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PALUS 03

「コツコツさん、これ、穴部屋ですか?」

 そこは幅八メートル程の広い人造石の廊下で、ちょうど彼ら二人が出てきたような穴が、等間隔に三つづつ空けられている。

「珍しい、レベル3では始めて見たぞ。どうするククリセ」

「そうねぇ。残念だけど穴の先のレベル4はあと二分でスクランブルするのよね、今入るのは危険よ」

「待機ですか?」

 そう尋ねるウサギの声には少し不安の色が混じっている。

「いや、マーカーをお願い。地図が捗るかもしれないわ、管理官へのいい手土産になる」

 コツコツはそれを聞くと首輪からレーザ照射機を二つ外し、一つをウサギに投げ渡し二人で穴の先をポイントしていく。

 部屋の床一面に穿たれている穴達の下には、それぞれ多種多様な空間が散らばっていた。

 巨大な砕けた砂時計の中身のような空間、赤いクラゲのような物がただよう暗い森の空間、白と黒の二色で作られた電子音の鳴り響く空間。

「なぁウサギ」

 コツコツは穴の下をポイントし続けながら彼女に声をかけた。視線は手に握った照射機に向け、あえて彼女から目を逸らしている。

「なぁ、そのだな、変な噂を聞いたんだ。いや、詮索とかしたわけじゃなくてな」

 コツコツは、何気なく発してるような、少しばかり語気を弱めた口調で続ける。

「もしこの噂が本当ならウサギは、ちゃんとそれにケジメを付ける必要がある、そう俺は考えてるんだ。だから正直に答えてほしい」

 だがコツコツのその声は、ウサギの耳には届いていなかった。

 ウサギはある深い穴の底を食い入るように見つめていた。息をするのも忘れる程にその底へと全神経を向けて。

 穴の底には、大きな回路の木に真っ赤な頭蓋骨で打ち付けられた、一人の男性の死体が見えていた。

 彼女は吸い込まれるように穴の底へと降りる。

「ウサギ、お前、自分の兄貴の死体を探してるんじゃないのか。この広大なゴミ箱のどこかに沈んでいるはずの」

 ウサギは押し黙っているだけ、てっきりそう思い込んでいたコツコツは誰もいない背中の虚空に向けて言葉を続ける。

「危険だよウサギ、それは危険だ。深いレベルでの仕事を、そんな無謀な目標と一緒に行えば、すぐに闇に呑まれる。だからウサギ、提案なんだが――

「コツコツ!」

「あ? なにククリセ」

「ウサギは何処!?」

 そこで始めてコツコツは後ろを振り返り、彼女がいない事に気づいた。

「…………ッ! ウサギ!どこだウサギ!」

 コツコツは大声で呼ぶが、返事は無い。

「穴に落ちたか!?」

「分からない、探して! スクランブルまであと二十三秒、早く!」

 彼は急いで手当たり次第に穴を覗いていく。

 ウサギはその遥か下の層で、ゆっくりと死体に近づいていた。

 彼女の足元には無数の牛の死体が転がり、その歩みに合わせゆっくりと拍動している。

「……兄さん?」

 彼女は引き込まれるようにその死体に手を伸ばし、触れようとする。

「よせ! ウサギ!!」

 遥か上で、穴に身を乗り出して叫ぶコツコツの声は、彼女の耳に届かなく――

「スクランブルする! コツコツ! 離れてッ!」

 次の瞬間、スクランブルによって穴の次元連結法則が急激に変容し、吹き上がる膨大な量の電磁波によって、コツコツの体は壁に叩きつけられた。




「……兄さん、兄さんなのね」

 ウサギは、木の枝を払い除け、死体へと近づいていく。

「兄さん、私ずっと信じてた、兄さんがそんな事するわけないって」

 死体を護るように張り巡らされていた枝の隙間に手を伸ばし、死体に触れようとする。

「ずっと、ずっと探してた。一人ぼっちで辛かった。だから、教えて、あの時何があったのか……」

 伸ばされた指先が、死体の体に、そっと触れる。

 黒く輝く思念と情報の渦が、まるで光の奔流の様に、その指先を伝い彼女の全身へと流れ込んだ。







「心肺停止! 聞こえてる、コツコツ! ウサギが心肺停止した! コールにも反応しない、気道の確保! 心臓マッサージを開始する。起きてコツコツ! いつまで寝てるの!!」

 ククリセの声でコツコツは覚醒する。壁に叩きつけられた背中が痛むようで、呻き声を上げながら立ち上がった。

 大量の電磁波を浴びたせいか、彼の周囲には幾匹もの光る小さな虫が纏わりつくように飛び回っている。

「ククリセ、どうなった、ウサギは……」

「スクランブル発生から二十秒経過、ウサギは以前ロストしてる、ベイルアウト不可、危機的状況よ」

 コツコツは首輪から釘を一本外すとそれを自分の首筋に打ち込む。

「ウサギは、ウサギの現在地の特定はまだか」

「まだよ、特定完了まであと三秒……二秒……一秒、でた、十二時方向、横に八百メートル、縦に四百メートル。マズいわ、これって――」

「――レベル5に落ちたか」

 コツコツは言うと、首輪から拳銃を外す。

「コツコツ、命令よ、帰還しなさい。救出は無理よ、直ちに帰投しなさ――「うっせぇ! んなこと出来るかッ!」

 コツコツはそう怒鳴ると引き金を絞る。

 放たれた銀色の銃弾が、彼の目の前の壁を丸くくり抜く。

「クッソ! コツコツのバカ! 死ぬわよ!」

「うっさい、サポートしろ!」

 コツコツは穴を潜り、不気味に明滅を繰り返す極色彩の部屋に入る。

「ウサギはあとどれくらい持つんだ」

「一分が限界よ、心臓は潜水服で無理やり動かしてるけど、扁桃体に著しい負荷がかかって脳が焼け始めてる。非同期制御設定に変更して、自閉モードに切り替えたけど――」

 コツコツは再び銃を使い、極色彩の壁に風穴を開ける。

 穿たれた風穴から、大量の青白く淀んだ濁流が流れ込んでくる。

 彼はその流れに脚を取られ、流されそうになる。

「下に穴を、はやくっ!」

 コツコツは言われた通り地面に穴を開け、濁流を下の階に逃がした。

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