表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

POWER 03

「管理官の連中がお前に会いたがっている」

「僕に? 理由は?」

「――惚けるなよッ」

 そういうとホロレリは僕の肩にガバッと抱きついてきた。

「この三ヶ月で五連続でクエイクを予見した偉大なるガザ様を、直々に表彰したいんだとさ!」

 ホロレリは興奮した様子で一息にそう言うと僕の髪を乱暴に撫で回した。

「やめろ、やめてくれホロレリ」

「はッ、やめねー絶対やめねー。来月にはお前はユニットリーダーに昇進だ、俺よりも上の地位に着きやがって許せねー」

 彼は楽しそうに喚きながら、サルのように僕に纏わりついて小突き廻す。

「ホロレリ、その話本当なのか?」

「本当だよ本当、既にお前の部下の選定もされた」

 僕は内心安堵の息を吐く。

 小さな間が空いた。

「長かった」

 無意識の内に、そんな言葉を僕は発していた。

「長かった? どこがだよ、お前が怪しげな予見を始めてからまだ三ヶ月じゃないか」

「三ヶ月も掛かった、その間に僕の予見した五回のクエイクで、八人が死んだ」

 上の連中はなかなか僕の言葉を真に受けてくれなかった。

 八人もの死者を出して、ようやく僕の言葉を信じてくれたのだ。

「気に負うなガザ」

「別にそんなつもりじゃないよ」

 ――八人、救えた筈の命。

 それは僕の心の奥底に、棘の様に突き刺さっている。

「そんな暗い顔すんなって、来週末はお前の昇進祝いで飲みに行くぞ。他の班の同期も呼んどいたからな」

「あぁ、ありがとう」

 僕は複雑な内心を隠し、嬉しそうな笑みを顔に貼り付けてそう返した。

 彼はそんな僕の様子に満足したように何度も頷くと、「それにアイツも呼んどいた」と嬉々として付け加えた。

「アイツ?」

 嫌な予感がした。

「ウサギだよ、あのお化け女も来させるようリルナッハに厳命しといてやったぞ」

 ウサギ、その名前を聞いた途端、全身を冷たい物と熱い物が駆け巡った。

 ――私がそれを殺してあげる

 闇の様に色のない瞳。

 感情を欠片さえも見せずに、彼女は言い切った。

 僕の鼓動は秒針の様如く時を刻んでいた。

「どうしたガザ、余計なお世話だったか?」

 彼の声で現実に引き戻される。

「あ、いや――」

 彼女は結局あの後、何もしてこなかった。

 この三ヶ月、エルエルにはもちろん、俺にさえ一切のコンタクトを取って来なかった。

「――別に、大丈夫だ」

「あはぁ、フられたか?」

 ホロレリはそう言うと、今日一番楽しそう僕を小突いた。








「ガザさーん!」

 エルエルは嬉しそうに駆け寄ってくると、僕の体に抱きついた。

「遅いよー待たせないでよー」

 彼女はころころと楽しそうに笑っている。


 三ヶ月

 ――僕がエルエルと出会い、彼女の予知を利用するようになってから、もう三ヶ月もの時が流れた。

 全てが順調に進んでいる。

 


「ガザさん、なんで今日は遅れたの?」

「ちょっと報告会が長引いてね」

「報告会ってなに?」

「え?」

「教えてくださいガザさん、報告会ってなんですか?」



 ――彼女は発生するクエイク全体の内三割程を予知する事ができ、その精度は恐ろしい程に高かった、。

 僕はその予知のお陰で多くの人命を救うことが出来た。



「……っとまぁそれが報告会の内訳」

「そっかー、じゃあ毎月やってたんだ」

「こんな話が面白いのか? エルエルは」

「うん」

 少女はその輝きに満ちた瞳で僕を覗き込む。

「だって私は、あなたの事をもっともっと知りたいから」



 ――父が死んだあの日、僕は心に決めた。

 こういう悲しみは無くさないといけない

 僕はそう自分に言い聞かせ、それだけを生きがいにして来た。

 でも僕は今までずっと無力だった。

 修繕屋になってもやる事はクエイクの後始末ばかりで、人の命を救うことができなかった。

 命の弱さ、運命の残酷さ、世界の非情さ、そんな乾いた物ばかりをかみ締める日々だった。



「ガザさん」

「なんだ?」

「次はいつ来てくれます?」

「そうだな……まぁ来週にもう一回来るよ」



 ――無力、それはもう昔の話だ。

 今の俺は自分の無力さに嘆くことは無い。

 僕は、エルエルに出会えたから。

 僕は、彼女のお陰でやっと成りたかった自分に成ることができたから。

 僕は、父が死んだ時の様な悲しみを減らしてるのだから。

 夢が適ったんだ。

 悲しみを減らす、そんな仕事を僕はしているのだ。



「ばいばいガザさん」

「あぁ、じゃあまた来週」

「うん」

 彼女が僕を見送る

 千切れそうな程に右腕を振って

 いつまでもいつまでも

 

 彼女はとても幸せそうで

 僕も幸せだった







「……ガザ」

 唐突に呼びかけられ、僕は反射的に振り返る。

 幽鬼の様な女性が僕の後ろに立っていた。

「ウサギ――本当に来ていたのか」

 月明かりを受けて浮かび上がる彼女の青白い顔からは、相変わらず表情らしき物は一切汲み取れなかった。

 時刻は午後十一時を廻り、僕の送別会は佳境に入っていた。

 さほど広くない座敷にはホロレリ班とリルナッハ班の修繕屋が渾然とひしめき、文字通り足の踏み場も無い。

 大して酒も飲めず、そもそも人付き合いがあまり得意じゃない僕は、主役だというのにこっそりと抜け出し、外でタバコを吸っていた。

 ウサギはそんな僕の真横に立つと、頚椎の端末からプラグを一つ伸ばし、僕に差し出した。

 ――有線で話そう、そういう意味だ。

「いいよ、口頭で話したい」

 なだめるようにそう言って、僕は彼女の方を向いた。

 ウサギがプラグから手を離す。

 しゅるしゅると繊維の摺れる様な音を立て、それは彼女の脊椎に戻って行った。

「それで……何の用だウサギ」

「聞きたい事があるんだけど」

「何?」

「リヒートフェン計画について知ってるかしら?」

「は?」

 まったく聞き覚えの無い言葉だ。

「今から百年ほど前、アステリオスを開発したコンソーシアム社は、根源領域であるカオスを観測する為に、極秘裏に非人道的な実験を繰り返していた。後にそれは『K計画』と呼ばれ、最終的には公安の連中に切裂かれて中止に追い込まれる」

 いきなり説明が始まった。

 僕は虚をつかれる形で呆然とする。

 ――百年前? コイツなに言ってるんだ?

 彼女の言っている言葉の意味は半分も理解できない。

「K計画の中止から十年後、当計画の中心人物の一人、主任分析官『リヒートフェン』が東アの小国で『K計画と良く似た実験』を開始する」

 彼女はそんな僕の様子に構うことなく、一人言葉を流し続ける。

「彼の行った一連の実験、通称『リヒートフェン計画』は概ねK計画のコピーだったが。ある一点、カオスの観測に関して『軍事的利用価値』を追い求めた、という点はリヒートフェン独自の物であった」

 お前は何を言ってるんだ――僕はそんな抗議にも似た質問をぶつけるが、彼女はそれに何の反応も示さずに説明を続ける。

「その九年後、リヒートフェン計画は小国が内戦に突入した事により凍結されたとされている。ただ試作段階の兵器は幾つか完成していた」

 ――リトルシリーズ、それらはそう呼ばれていたらしい。

 そう言うと彼女は軽く息を吐き出し、ようやく僕の方を見た。

 僕はたじろぐ。

「で、それが何なんだよ?」

「何でもないわ、今のはただの私の勘。正直どうでもいい話だから」

「は?」

 彼女は答えない。

 代わりに僕をじっと凝視した。

「意味わかんないよウサギ、何が言いたいんだお前」

 彼女は何も言葉を発さず、僕を見つめ続ける。

 底なしの闇が、まったく理解できない薄気味悪い穴が、僕の眼の前に浮かんでいる。


 ……どれ程の時間が経っただろうか。

「火、貸してくれない」

 彼女は唐突に沈黙を破った。

「はい?」

 ウサギはコートからしわくちゃになったタバコのパックを取り出すと、針金の様な指で一本引き抜き、口に加えた。

 憮然としながらも、安物のライターを彼女に差し出す。

「点けて、火」

 僕はため息を漏らしながら彼女に近づき、そっと火を点したライターを近づけた。

 その時彼女の右腕が動いた。

 それは有り得ない程に素早く、僕は殆ど認識できず――

 車が突っ込んで来た様な衝撃。

 ――次の瞬間、僕の体は後ろに吹き飛んだ。

 二秒ほどの滞空時間の後、全身が冷えたアスファルトに叩きつけられる。

 息ができない、首に鈍く巨大な痛みが遅れてやってくる。

「――ッ? ――ッ」

 言葉を発することもできず、僕は死にかけの金魚の様に口をパクパクとさせる。

 掌底打ちを、喉に叩き込まれた?

 僕は今になってようやく理解する。

 自分の喉を掻き毟り、必死に呼吸をしようとするが、気味の悪い音が鳴り響くだけだ。

 肺が崩れたスポンジの様に萎縮し始める。

 ――助けて、誰か、助けて

「お前達は罪を犯した」

 刃の様な彼女の言葉が降ってくる。

 顔を上げると、僕を見下ろすウサギの姿があった。

「――ッ?」

「罪は償わなければならない」

 意味がわからないッ――彼女は何を――

 ウサギは僕の髪を掴むと、乱暴に顔を床に叩きつける。

 視界に火花が散り、口に血の味が広がった。

 死ぬ? 僕は死ぬのか?

 恐怖で視界が狭くなる。

 脳が悲鳴をあげる。

「違うか? 違わないね」

 彼女は僕の脊椎端末のカバーを強引にはがし、ポートを露出させる。

 そして一枚のメモリースティックを強引に差し込んだ。

「償え」

 僕の視界に別の映像が割り込んで来た。

 今、この現実の映像じゃない、古い、三日前の……

 視覚データを無理矢理挿入されてる?

 彼女の視界だ、彼女の三日前の。

 何かの書類を見ている、書類には大量の数字が並んでいる。

 これは――クエイクの調査報告書?

 僕は必死に体を動かし、現実でのウサギの束縛から逃れようとする。

「黙って見てなさい」

 彼女の力は驚くほどに強く、僕の抵抗は何の意味も成さない。

 そうして必死にもがいてる間に、どんどん視界の時は進んでいく。

 データ、データ、データ

 幾つもの資料が視界に現われては、次々と消えていく。

 意味が分からない、意味が……

 僕のパニックが頂点に達したその時、視界一杯にある資料が表示された。


 ――え?


 それは恐ろしくシンプルなデータだった。

 本年度の月別のクエイク発生件数の一覧表。

 管理官に問い合わせれば誰でも、何時でも閲覧することのできる資料。



 でもそこに記されていた情報は、それまでの僕の動揺を一瞬にして鎮めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ