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POWER 02

「なあ、そろそろ僕も質問していいか?」

 ガザはそう言って少女の言葉を遮った。

「え?」

 少女はちょっと困った様な表情を作る。

 彼女は僕の命の恩人だ、求められた物はすべて与えよう――そう男は考えていたが。名前、年齢、職業、家族構成、趣味はまだしも女性関係まで根掘り葉掘り聞かれそうな段になっては、流石に話題を逸らす他なかった。

「お前、名前は何ていうんだ?」

「私? 私は……」

 彼女はそう言って暫く考え込む。

「どうした?」

「……エルエルだったかな? みんなからはそう呼ばれてた気がする」

 気がする?

「なぁエルエル、お前ってその――」

 男は言葉が続かなかった、彼女に関して分からない事ばかりで何をどう質問すれば良いかさえ、上手く整理できていなかった。

 どうして子供がこんな領域に? どうしてそんな軽装備で大丈夫なのか? どうしてあの時俺以外誰もお前の存在に気づかなかった? どうして自分の名前さえもあやふやなのか?

「――普通の人間ではないよな?」

 できる限り柔らかい言葉を捜したが、結局そんな棘のある問い方しかできなかった。

 少女はそっと微笑んだが、目には悲しみの色があった。

「私わからないんだ、『普通の人間』がどんなのか。ずーっと私一人ぼっちだったから」

 うん確かに、普通の人間じゃないのかも――彼女は弱弱しくそう付け加えた。

「『ずーっと』ってどれくらいだ?」

 ガザはそう尋ねたが、少女はそっと首を横に振るだけだった。

「そうか、まぁなんとなく分かったよ」

 男は最初にこの子と出合ったとき、「幽霊」という印象を受けた。

 きっとそれはあながち間違ってはいないのだろう――彼はそう心の中で呟く。

 ――この少女は、常世の理から外れた存在なのだ。

 男はそういう超自然的な認識を持つことに、あまり抵抗を感じなかった。

 その名の通り混沌の坩堝である「カオス」を長いこと見続けてきた彼には、この程度の不思議が実在する事はむしろ自然の摂理に思えた。

「ねぇガザさん、質問してもいい?」

「なんだ?」

 彼女の表情には、もう悲しみは名残さえも残っていない。

 男はそれに多少の安堵を感じながら、やはりこの子はその幼い外見には似つかわしくない賢さを持っているのだと知る。

「ガザさんて、今お付き合いしてる女性はいるんですか?」

「いや、だからそういうのは聞くなって」






「そうだエルエル、最後にもう一つ質問してもいいか?」

「なぁに?」

「お前この前、柱が丁度僕目がけて倒れた時。実際に倒壊の始まる直前に言ったよな『潰れる』って」

「……うん」

「どうやってそれを察知したんだ?」

「それは、その……」

「お前、予め柱が倒れるって知ってたのか?」

「……」

「ひょっとして予知できるのか? 倒壊の瞬間を」

「……ガザさんのお仕事って、柱の点検なんだよね」

「あぁそうだ、クエイクの予防が仕事だ」

「私がもし予知ができるなら、それは貴方の役に立つ事なの?」

「当然だろ、それで何人もの命が救える」

「もし予知できるなら、また会いに来てくれますか?」

「それどころか、足しげく通う事になるだろうな」

 僕はそう言って少しおどけてみせた。

 でも彼女はただ静かに俯いていた。

 やがて静かに顔を上げ、僕の眼をじっと見つめる。

 その時一瞬、本当に一瞬だったが、彼女の瞳が暗く沈みこんだ様な気がした。

 幼子らしいきらきらとした輝きが消え、気の遠くなるような年月を経た人間だけが持つ深い闇、それを宿したような気がした。

 エルエルはそれを彼から隠すように顔を背けると、虚空の遥か彼方を見つめた。

「このままずっとあっちに行って二つ目の柱、それが多分明後日……」



 二日後、その柱は正しく彼女の言ったとおりに倒壊した。









「ほら、アレが『ウサギ』だよ」

 ホロレリはそう言って、食堂の隅に一人座っている女性を指差した。

 僕はじっと彼女を観察する。

 長く美しい黒髪、雪のように真っ白な肌、全体的に細く簡単に折れてしまいそうな華奢な体格。

 一見すると美人なのだが……

「気味悪いよな、まるで日本人形だ」

 ホロレリの言ったその感想は、彼女の雰囲気をよく言い表していた。

 眼が異常なのだ、獣の様に瞳孔が大きく見開かれ、それでいて生気が一切感じられない。

 死んだ魚みたいな眼だ。

「知らなかったよ、ガザ君はあんなのが趣味なのか」

 彼はそう言って僕の肩を慣れ慣れしく叩く。

「そんなじゃないよ」

 僕は素っ気無く言うと、席を立つ。

「がんばれよガザ君、上手くデートに連れ出せるといいな」

 そんな冷やかしを背中に受けながら、彼女に近づく。

 枯れ木のような人間だ。

 近くで見てそう思った。余計な肉の殆ど無い彼女の体は動物と言うよりも、植物のそれを連想させる。

「どうも、始めましてウサギさん」

 できる限り気さくに声を掛けてみる。

 だが彼女は僕の方をちらりとも見ず、ただただ手元のスープを匙で突いている。

「自分はガザと言うものです、ホロレリの所で修繕屋をやっています」

 言いながら彼女の直ぐ正面に、向かい合うように腰掛けた。

 だがそれでもウサギは何の反応も示さない。

 まるで自分が空気になったような錯覚を感じる。

「ウサギさん?」

 ――少々強引に行こう、仕方ない。

 僕は心の中で深く溜息をつくと、覚悟を決める。

「僕も幽霊に会いました」

 ガチャッ、と鈍い音が鳴った。

 彼女が匙で皿の底を強く叩いたのだ。

 数瞬の沈黙。

「消えなさい、私は他人が好きじゃないの」

 一切僕の方を見ることなく、彼女は冷たい言葉を落とした。

 僕は顔を顰めながらも、一枚のデータスティックを彼女に差し出す。

「これは僕の視覚記録の一部です、一度眼を通してはもらえませんか?」

 彼女は言葉を返さず、視線はじっと下に伏せたままだ。

 それでも僕には「彼女は興味を持っている」という確信があった。

「教えてください、ここに記録されている幽霊は、貴女が九年前に遭遇した物と同じですか?」

 彼女は一つ舌打ちを発すると、乱雑にデータスティックを取って自分の頚椎プラグに差し込んだ。

 ウサギの目が大きく見開かれる。

 スティック内の視覚データが、彼女の現在の網膜に映し出されているのだ。

 穴の様に真っ黒なウサギの瞳は今、子供らしい無垢な輝きに満ちた少女の姿を追っているはず。

「なるほどね」

 彼女はスティックを引き抜く。

 その視線は冷ややかだった。

「幽霊、確かにその表現があってるね」

 そう言うとウサギは顔を俺に向け、データスティックを差し出した。

 初めて彼女と眼が合った。

 僕は何故か萎縮してしまう。

「ガザって言ったかしら。教えてガザ、この幽霊は今何処にいるの?」

「どこって、だから基礎に――」

「基礎の何処? 詳しい座標を聞いているんだけど」

「えっと、八区の……」

 僕はそこまで口にして言葉に詰まった。

 決して座標を失念したわけではない、嫌な想像が脳裏に走ったのだ。

 ――この女、どうして真っ先にそんな事を?

 僕は彼女の瞳を覗き込む。

 彼女もこちらの意図に感づいたのか、僕から視線を外した。

 再び沈黙。

 互いを推し量るような、長い間が空いた。

「……ウサギさん、貴女はどんな幽霊に会ったんですか?」

 僕がそう問うと、彼女は僅かに首を左右に振った。

「幽霊じゃないよ」

 スープを匙で軽く掬い、それを舐める。

「私が逢ったのは過去の人の影――」

 彼女はもう僕の方を見ようとしなかった。

「――私はその影に触れて、とても大切な事を学んだのよ」

 半端な無視。

 それは「貴方は相手をする価値も無い」そんな冷酷な意思表示に映った。

「『この世の道理に背いた存在、それは罪でしかない』ってね」

 ――この女、まさか……

 悪い予感の翼がバッと開いた。



「幽霊の場所を教えなさいガザ、私がそれを殺してあげる」








「エルエルッ!」

 ガザは大声でその名を呼びながら、彼女の元へ駆け寄った。

 少女は男の取り乱した様子に、不安と戸惑いの混じった表情を向ける。

「どうしたんですかガザさん」

 男は少女の側まで来るとリベットガンを構え、かなり警戒した様子で周囲を見渡した。

「エルエル、誰か来なかったか?」

「え?」

「女の修繕屋が来なかったか? 日本人形みたいなヤツだ」

 少女は状況がまるで良く分からなかった。

 ガザの腕をそっと掴み、怯えた声を発する。

「誰も来てないよ、ガザさん以外は誰もここには」

「そうか、なら……いいんだ」

 ガザは深く息を吐き出すと銃をしまい、首を垂れた。

 少し冷静になってみれば、それは当たり前のことだった。

 ウサギがここに辿り着けるはずが無い。

 彼女に見せたのは僕の視覚の、それもほんの数十秒間に過ぎない。

 たったそれだけの情報からこの広大な基礎の内の、この座標をドンピシャで見つけ出すことは干草の中から針を探すような物だ。

 男は自分にそう言い聞かせ、心を落ち着けると、そっと顔を上げエルエルと向き合った。

「ガザさん――どうしたの?」

「いや何でもないんだ。驚かせたな、もう大丈夫だ」

 男はそう言うと、一目で作り物と分かる下手な笑みを浮べた。

「大丈夫ですか?」

 少女は心配そうに僕を見つめる。

「ひょっとして、私の予知が――」

「いや違う違う。そんなんじゃないよ、エルエルの予知は外れてない。それどころかまた、正にその通りに柱が倒れたよ」

「そっか……それなら良かった」

 彼女は沈んだ声でそう言うと、ガザに抱きついた。

 男はどう反応すれば良いのか分からず、なんとなく彼女の頭に置いてあげた。

 ――少女は泣いていた

 ガザにしがみつき、さめざめと涙を流していた。

 彼にはその涙の理由も意味も分からず、ぎこちない仕草で少女の頭を撫でてやる事しかできなかった。


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