POWER 01
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USER:GAZA
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/home/gaza/
%cat tinker.txt
「修繕屋」
アステリオスにおける職業の一つ。
カオスの表層、マホラとカオスを分かつ為の領域「基礎」の管理人である。
基礎には「柱」と呼ばれる巨大な建造物が数百本存在し、柱は下層領域「カオス」に突き刺さり、上層領域「マホラ」の支えとなっている。
彼ら修繕屋はそんな「柱」の、文字通り修繕が主な業務。
柱は定期的に崩壊し、「クエイク」と呼ばれる大きな障害を引き起こす。
それらクエイクの予防と後始末は非常に重要であり、また危険でもある。
%cat base.txt
「基礎」は非情に障害が多く、危険な領域である。
カオスとマホラ、空間構成要素の大きく異なる二つの領域の橋がけであるこの領域は、その構造に根本的かつ致命的な問題を幾つも抱えている。
その為に情報の独立性が非情に曖昧であり、容易に崩壊が始まってしまう。
それが俗に言う「クエイク」の正体である。
%cat TomTitTot.crb
**PROTECTED**
***LEVEL7 EYES ONLY***
Received:1 January 2153
Protected:21 May 2153
**SUMMARY:Internal reference to the Richtofen Project
***START***
date:2 4 2029
覚書宛先 K
送信者 主任分析官リヒートフェン
件名:"Little Lady"(NO.18)
生誕地:ロシア、レニングラード(現ヴィクトル領)
国籍:アメリカ\白人
生年月日:二0一五年十一月七日
年齢:十二
身長:百二十センチ
体格:華奢
体重:四十三キログラム
眼の色:ブラウン
髪の色:ブラウン
K、添付した動画を見てるか?
お前の呆けた顔が眼に浮かぶよ
全て私の言った通りだったろ?
やはりあのプロジェクトは停止すべきではなかったのだ
今更後悔したって遅い、もう貴様らの出る幕は無い
分かるか? これはお前に対する報復だ
俺はお前の偽善を見下し、お前の情熱を冷笑し、お前の努力を無益にし、お前の全てを奪い取る
じゃあな、哀れな操り人形さん
%cat Richetfen Project.dir
**PROTECTED**
***LEVEL12 EYES ONLY***
Received:NO Data
Protected:NO Data
**SUMMARY:Suspended
***START***
所々腐食によって黒く変色した、木製の大きな橋。
今にも破れ解けそうな皮紐と、湿り気と虫食いによって弱り果てた木々によって作られたその橋の下には、底なしの闇が広がっている。
欄干の闇の奥を覗くと、遥か遠くに小さな赤い焔が微かに舞っているのが見えた。
まるで現実の様な雰囲気と質感を持つ空間であるが、ここは決して現実世界ではない。
ここは広大な電脳空間「アステリオス」の中にある領域の一つに過ぎなかった。
ここは「基礎」と呼ばれる領域。
不安定な虚無の大渦が生み出した世界。
木々の軋む音が響く。
今、一人の男が橋を渡っている。
奇妙な格好をした男だ。真鍮製の重厚な鎧を身に纏い、身の丈程もありそうな大きなリュックを背負っている。
男はやがて橋を渡り終え、赤く多肉質な地衣類に覆われた大地に辿りついた。
闇の中にぽつんと浮かぶその地の中央には、一本の金属質な柱が突き刺さっていた。
その柱は大きな亀裂が中央に大きく斜めに走り、そこから黄土色の気体が噴出している。
「時刻にーまるなななな、ガザ、第百○七号側土台を目視」
男はブツブツと独り言を呟きながら、ゆっくりと柱に近づいていく。
「目標の損壊は予定よりも深刻、中央部に大きな断裂、ラムダの漏洩も視認可能なレベル、今週は持ちそうだが来週末以降は怪しい」
男は背中のリュックから大型のリベットガンを取り出すと、それを構え、柱に向けて二本の弾丸型のネジを撃ち込んだ。
「オシロの打ち込み完了、値の記録を開始する」
男はそう呟くと銃を降ろし、その場にリュックを下ろす。
そしてポケットの中から一掴みの黒水晶の欠片を取り出し、それを辺りに適当にばら撒いた。
「少し休むか」
彼は最後にそう言うとリュックの上に腰掛けて、そっと眼を瞑った。
――あぁ、またこの夢か
棺を囲む人々
手には白い花を持ち、棺の中を覗きこんでいる
泣きたければ泣きなさい
何時かは来る日だと分かってはいました、でも
母の嗚咽
彼女はこの三年後、あの家に僕を捨てた
――父は廃棄屋だった、そしてクエイクに巻き込まれて死んだ
廃棄屋は仕方ないんだ
拾い屋みたいに高価な防具やオペレーターは付けれない
可愛そうに、まだ八歳だぞあの子は
だから所帯なんて持つなと
僕も白い花を手に取り、黒い列に並んだ
列は短く、並ぶ人々はそっけなく、僕の順番は直ぐに来た
――父の死は純粋に悲しかった、だから僕は修繕屋になった
四人、廃棄屋の月平均での死者だ
修繕屋になるといい、そして減らしてやるんだ
こういう悲しみは無くさないといけないよ
棺の前に立つ
僕はその淵にそっと手を掛け、中を覗き込もうと……
男の夢はそこで途切れる。
何かが蠢く気配を感じて、そっと瞼を持ち上げた。
「あなたはだあれ?」
幼子特有のまんまるで大きな瞳が二つ、そしてあどけない声。
彼の眼の前には、いつの間にか一人の少女が立っていた。
男は状況をその状況を全く飲み込めていないようで、何度も眼を瞬かせる。
「なんだ……お前……誰だ? いや、なんで子供がこんな所に……」
彼の呟きを聞くと少女は少し恥ずかしそうに笑いながら、そっと右手を差し出した。
そこには先ほど彼がばら撒いた黒水晶が、大量に握り締められていた。
「落し物ですよ、こんなに綺麗な物、落としちゃ駄目ですよ」
彼女はにっこりと微笑む。
男は困惑しながらも腕を伸ばし、水晶を受け取る。
「おい……お前、子供がどうやってここに……」
「え?」
突然男は手を伸ばし、少女の腕を掴んだ。
「いや、痛いッ」
少女が悲鳴をあげる、だが男は手を離さずに力づくで少女を引き寄せる。
「答えろ、子供がどうやってこんな所に……いやお前どうしてそんな軽装備でここに――」
「お願い離してッ」
叫びながら暴れる少女を、男は押さえつける様に抱えあげ、リュックから識別機器を取り出しそれを少女に突き刺そうとする。
「じっとしろガキ、大して痛くねぇから」
「離して、離さないと貴方つぶれちゃうよ」
「は? 潰れる?」
その時、酷く不快な金属音が周囲に鳴り響いた。
「柱が、倒れるからッ」
男は弾かれた様に顔を上げる。
柱が、ついさっき彼がオシロを打ち込んだばかりの巨大な柱が、中央の断裂からゆっくりと斜めに傾いて――
「おい……嘘だろ」
男が言葉を失う。
少女が隙を突いて男の拘束から逃れる。
そして今度は逆に彼女が男の腕を掴むと、力任せに引っ張った。
「危ないッ!」
どれ程の時間が経ったのだろう。
どれ程の時間、僕は気絶してたのだろうか。
とにかく唐突に視覚に色が流れ込んで来た事で、僕は覚醒した。。
強引な覚醒措置によって意識を取りもだ度した僕は、外界からの過剰な刺激に悲鳴をあげる。
「おい、おい、君――」
誰かが僕に呼びかけているのが微かに聞こえてるが、それに答えるだけの余裕はない。
ただただ脊椎や脳や末梢神経から嵐のように吹き荒れる電気信号に、僕は獣染みた悲鳴を上げる。
「――おい、こっちだ、人がいるぞ、それも生存者だ――」
眼球が張り裂けそうな程に痛み、僕は手で目を押さえようとするが、それはできなかった。
その時になってようやく僕は自分の体が瓦礫の中に埋もれ、割れた大地のカケラで四肢が串刺しになっている事に気がついた。
「――あぁ、奇跡だ、恐らく震源地だからこそだろう――崩れた柱が緩衝になったのかもしれん――」
僕はゆっくりと首を上げる。
瓦礫の隙間から僅かに空が望めた。
真っ暗な空、闇の空、アステリオスの基礎の空。
その空の一角にまるで月のような、こちらを覗く少女の顔が見えた。
少女、その顔を見た瞬間意識が急速に輪郭を持ち、全ての記憶が明確に浮かび上がった。
……あの少女、さっきの……
僕は声を出して呼びかけようとするが、狂ったような雑音が洩れるだけだった。
少女はそんな僕を暫く心配そうに見つめていたが、やがてそっと目を瞑ると
あなたはだあれ?
ガラスの様に透き通った声でそう言うと。慌てた様子で闇の空の中から去っていってしまった。
待ってくれ、待ってくれ君は。
声は言葉にならず、壊れた雑音となって散っていく。
「――こっちだ、声が聞こえるだ。おーい無理に喋らんでいいからな――」
瓦礫が手当たりしだいに再構築されていく音。
ソナーが僕の位置を探知しようとしている気配。
やがて少しずつ闇の空が広がっていた。
「おい、おい、大丈夫か君――」
体が破片から引き抜かれる。
プログラムの阻害になっていた因子が一斉に取り除かれ、僕はやっとまともに活動できるようになる。
救助隊の隊員が僕の体を抱き上げ、話しかけてきた。
「――君が修繕屋か。わかるか? 君はクエイクに巻き込まれたんだ、それも直下で」
会話プロトコルの再起動はまだ完了していないので、僕は返事ができない
「おめでとう、奇跡的に助かったな、瓦礫が一つもあたらなかったんだ。わかるか? 君は助かったんだ」
奇跡的? 違う、あの子が僕の手を引いたから?
「……ガキは?」
プロトコルが直った。
「え?」
「ガキは? 女のガキだ」
僕の問いかけに、隊員は困惑してる。
「ガキが居たんだ、さっきまで僕を見ていた。見なかったか?」
ふざけるな、なんだその戸惑いの混じった視線は、さっきまでそこに居ただろ。
見たはずだ、絶対に見ているはずだ。
見てないのか?
見えなかったのか?
「落ち着いてくれ、落ち着くんだ君――」隊員はそう言って僕をなだめるよう、そっと額に手を置いた「――ここに居たのは君だけだ、管理官もそう言ってる。私達も『一人の修繕屋がクエイクを直下で受けた』という報告があって救助に来た。わかるね?」
ここには君しかいなかった。
女の子なんていなかった。
隊員たちはそう強く言い聞かせるのだったが、当然僕は納得できる訳がなかった。
僕しか居なかった?
そんなわけは無い。
じゃあ、あれ何だって言うんだ?
あれは何だ?
まさか幽霊?
「へぇ、元気そうじゃんガザ」
クエイクに巻き込まれたんじゃなかったのかよ――ホロレリと呼ばれている男はそう言うと、ベッドに横たわる僕を興味深そうにジッと眺めた。
「運が良かったのさ」
僕はそう言うと半身を起こして、楊枝が刺さったリンゴを取って口に運ぶ。
「ふーん、まぁそういう事もあるのか」
そう言う彼にあまり納得した様は見えなかったが、一応は怪我人である僕を気遣ってくれた様で、あっさりと引き下がってくれた。
ここは現実世界、修繕屋専用の共同住宅の一室、僕の部屋。
目の前でへらへらと笑っているこのホロレリという男は、僕の上司筋にあたる人間だ。
一昨日、クエイクに直下で巻き込まれながらもほぼ無傷で生還する、という稀有な体験をした僕は、とりあえずの自宅療養を命じられていた。
多少のブラストが端末を逆流し、海馬の一部が軽く焼け付いた程度の傷で得たこの一週間の休暇は、些か大げさで僕は随分と暇を持て余していた。
「――で、今回のクエイクで死者は?」
僕がそう問うと、ホロレリは酷く面倒気な視線を返してきた。
「何時も思うんだが、お前それを聞いてどうするんだよ」
「どうするも何も、覚えておくだけだ」
「バーカやめとけ、そんな物まで気に負うんじゃないよ」
「別に、そんなんじゃないよ」
僕はそう言うと気楽そうな微笑を彼に見せた。
だが僕の思惑とは逆に、彼は益々不満げな表情に顔を歪めてしまった。
「なぁガザ、お前もう少し気楽に仕事しろよ」
見てるこっちが辛いときがあるよ――彼は半ば懇願するようにそう言ったが、僕は首を縦に振ることはできなかった。
「ごめん、無理だよ」そう言うとリンゴをもう一つ取って齧る「――僕は父親をクエイクで亡くしたから」
諦め半分忌々しさ半分、そんなため息をホロレリは漏らすと、俺に一枚のデータスティックを投げた。
「ありがとう」
俺はそう言ってそれを頚椎プラグに差し込み、中のデータを読み込んでいく。
中身はパーソナルデータ、三人の拾い屋の物。
それはつまり、あのクエイクで三人の死者が出たという事だった。
僕はできる限り丹念にその情報を読み込み、彼らの存在を脳裏に焼き付けていく。
僕にとってこれはとても大切な儀式であった。
弔い、僕なりの弔い――
データスティックを引き抜く。
「ありがとう」
僕はもう一度礼を言った。
「どういたしまして、お役に立てて光栄です」
ホロレリは嫌味をたっぷりにそう言うと、指でデータスティックをへし折った。
「こんな死者の事ばかり見てどうする、バカみたいじゃないか」
独り言を呟きながら彼は何度もスティックを折り、入念に不正ダウンロードしたデータを破壊する。
――あぁ今だ、今なら聞いても怪しまれない。
「なぁ、幽霊っていると思うか?」
僕はもう一つリンゴを頬張り、何気ない感じを演出したが、案の定ホロレリは「はぁ?」と困惑の声を上げると、僕を疑り深い目で凝視した。
「幽霊だよ、死んだ人の魂がアステリオスの中を歩く。そういう事ってあると思うか?」
「あるわけねぇだろバーカ」
ホレロリは強い口調でそう言いきると、データスティックの残骸をゴミ箱に投げ捨てた。
「そうだよね、あるわけないか」
「下らない事ばかり考えてないで、さっさとその焼け付いた脳味噌を治せ」
ホロレリは投げやりにそう言い捨てると腰を上げた。
そのまま帰るのだろうと僕は思った、だが彼は何かを考え込む様に暫くその場に棒立ちしていた。
「どうしたホロレリ」
「……そういえば、前にそんな話を聞いたな」
「え?」
俺は少し戸惑った声をだす。
言ったホロレリ本人も、何故か不思議そうな顔をしてる。
「なぁガザ、リルナッハの所に女の修繕屋がいるだろ」
お前面識あるか――そんな目線が向けられた。
「女? 女の修繕屋なんているのか?」
「まだ驚くには早いぞ、その女は元拾い屋だ」
僕は一瞬言葉を失う。
「……なんだその素性は」
「若干十五歳の天才拾い屋つーことで持て囃されてたらしい。まぁちょっとした不祥事で記録には残ってないけど」
「なんだよその不祥事って」
「知らないよ――」彼はそう言って肩を竦めてみせる「――何れにせよ超一流技師集団の中でも輝いていたその十五歳の才媛は、今や場末の瓦礫の補修工だ。嗤えるだろう?」
ホロレリはそう言って笑ったが、僕は真顔だった。
「で、その天才少女がどうしたのか?」
「噂だとそのお嬢ちゃん『幽霊』を見たらしいぞ、それが拾い屋を辞めた理由に関係あるとか」
それと、もう少女じゃない。二十四のお姉さんだ――と彼はどうでもいい事を付け加えた。
「幽霊……」
「今度会ってみたらどうだ? 死人にご執心な者どうし気が合うんじゃないかな」
幽霊
彼女も「あの子」に会ったのか
それとも――
「おい、どうしたガザ」
「あぁいや、なんでもない」
僕はそう言ってひくつく瞼をそっと閉じた。
記憶の殻が貝の様に口を開き、昨日のあの出来事を想起させる。
――あなたはだあれ?
そういう君は、誰なんだ。
次の日の昼、ガザは「基礎」に居た。
彼はデタラメな歌を唱えながら、赤い植物に覆われた大地を進んでいる。
そこは二日前、あの少女と出合った区画だった。
着込んだ真鍮の鎧が彼の歩みに合わせるように、大げさにガシャシャと音を鳴り響かせている。
ガザの右手からは歩調に合わせて、一定の間隔で美しい紫水晶を地に零れ落ちている。
それはまるで道しるべの様に、彼の行動の軌跡を地面に残す。
「……っとこんなもんで良いかな?」
そう言うと彼は歩みを止め、残った紫水晶を周囲に適当にばら撒いた。
「こんな罠に掛かるとは思えないが……まぁいい」
最後にそんな独り言を零すと、ガザはその場にリュックをどかりと降ろし、その上に座り込んだ。
そしてあの時と同じように眼を瞑り、適当な物思いに耽る事にする。
「ウサギ……か」
彼がぼそり呟いたその名は、昨日ホロレリの話していた「女の修繕屋」の名前だ。
やはりというかなんというか、女の修繕屋なんてほぼ存在せず、見つけ出すのは非情に容易だった。
「元拾い屋、ねぇ」
一応、オープンなパーソナルデータをある程度読み込んではみたが、ホロレリの言ったように「拾い屋をやっていた」という記述は何処にも見あたらなかった。
だが彼女の取得している資格、免許、そして脊椎に埋め込まれたやたら高額な端末を見る限り……
「今度一度リアルコンタクトを取ってみようか」
あまり気乗りしなかった。
恐い――ガザは彼女に対してそんな印象を抱いているのだ。
データベースで彼女の画像を見た時。死んだ魚の様な瞳をしたその女性を一目見た時、彼は思わず眼を逸らした。
明らかに、普通の人間の「それ」ではなかった。
壊れた人間
「まぁ、その辺はおいおい考えて行こう」
そんな言葉を発したとき、微かに人の気配を感じた。
彼は軽く息を整え、うっすらと眼を開ける。
遠くに人影が見えた。
酷く小さく、華奢な少女の影。
その子は体をくの字に折り曲げて地面を凝視し、時折屈み込みこんではじわじわと男の下へ近づいてくる。
彼女は男が落とした水晶を拾っていた。
ただ一心に、とても楽しそうに。
男の直ぐ目の前まで来ても、その少女は地に散らばった宝石ばかり追いかけ、一向にガザの存在に気づかない。
「おい」
痺れを切らした彼がそう呼びかけると、彼女は弾かれた様に顔を上げ、そして眼を丸く見開いた。
「あッ」
少女小さく声を上げると、一歩後ずさる。
二つの大きな瞳が、不安げに揺れ動く。
「待てよ、もう無理矢理腕を掴んだりはしないから」
あれはすまなかった――そうガザは謝るが、彼女はさらに一歩後ずさってしまう。
「おいおい、そんなに警戒しないでくれ。お前は僕の命の恩人なんだ、僕はお前に礼がしたいだけだ」
「恩人?」
彼女の声には、まだ若干の怯えが含まれている。
「柱が倒れた時、お前は僕の腕を引いてくれたじゃないか。お前が助けてくれなかったら僕は今頃――」
彼女の表情に僅かだが安堵の色が覗いた気がした。
――もう一押しだ、もう一押し何か
「その石をくれてやるから、ちょっと話をしよう」
ガザはそう言って、少女が大事そうに握っている黒水晶を指差す。
途端に彼女は瞳を輝かせ、嬉しそうに顔を綻ばせた。
「いいの? 本当に?」
「いいよ持って行け」
そんな安い設置型リーコンなんざ、幾らでも支給してもらえる。
すっかり警戒心の解けた彼女は男の側に歩みよると、そっと男の顔を覗き込んだ。
「あなたはだあれ?」
あなたの事を、いろいろ教えて




