HEAT 05
「それで、結局大丈夫なんですか?」
橘電子総研の医療棟四階の408号室っていうケーブルやら電子機器やらが溢れかえった部屋に、うっかり間違って入れちゃった生ゴミみたいにベットごと突っ込まれた私はぼけーっとしながらもマジジにもらった資料を眺めてる。
「キヌカさん、聞いてますか?」
ううん、聞いてないのごめんねゲッショウ。お姉ちゃんいまこっち見る作業で忙しいの。ぱらぱら資料を捲って捲って戻してまた捲って。
「キヌカさん、折角見舞いに来て上げたのに無視ですか? 何見てるんですかさっきから」
私は資料を掲げ、ゲッショウと向き合おうとして体を起こす。体中に着けられたバイオケーブルが変な機器を引っ張ってガコンッ。
「これ、この資料、拾い屋の退職者リスト」
私の言葉に反応して、ゲッショウの雰囲気が変った。
「去年辞めた拾い屋の中に、十五歳の女の子が居たみたい。いま画像データ取り寄せてみたんだけど、あんたそっくりじゃん」
名前はウサギ、ククリセ班に所属。
「それが、それがなんですか。勝手に人の過去を探らないで下さい、いい趣味じゃあないですよ」
ゲッショウはそう言って暗い目玉で私をじろりと睨む。
「貴女、ウサギなのね」
「だったらなんですか」
私は思わず笑っちゃう、笑うっていうよりも引きつったみたいな感じかな。とにかく不器用な笑顔を浮べた。にやぁ。
「つまり、ヤジマクニシゲの妹さんね」
彼女の瞳孔がザザーって開く、そしてゆっくりと拳がにぎられて、でもそれを誤魔化すみたいな余裕たっぷりのにっこり。
「えぇ、そうです。やっと気づきましたか」
お互い暫く見詰め合ったままニコニコニコニコ、私は自然に顔が勝手に作っちゃう笑み、ウサギは私の真意を測ってるっぽい目が死んだ微笑。
本当はここでいろいろ牽制したり、情報小出しにしたり、そういう駆け引きするのかもだけど私はやらない。
「そうだよウサギ、あんたの兄さんを殺したのは私」「……」「ゴッドハンドが不完全なドライバーだって事は分ってたよ、でも企業としての利益を優先する為にああいう実験が必要だった」
私が殺したんだ。
あの子どもを、私が。
ウサギは黙って私の言葉を聴いてる。聞いてくれてる。
「あんたのお兄さんの死亡データで沢山金儲けしようとした、もっと人が死ねば良いと私達は考えていたしね」
私の作ったゴッドハンドは完璧だった、どれだけ国の連中に洗われようとも誰もアレをヴェルザンディ社の製品だなんて気づけなかった。
アステリオスの闇の中でいくら犠牲者を出しても試験を続けられる、そう作ったんだ。
私は両手を広げて、ウサギを向かい入れるような体勢を取る。
「ねぇ私を殺しにきたんでしょ? 貴女の大切な人を殺した私を」
殺しなさい、もう邪魔はいないよ狐面さん。
あの時は悪かったわね、クズな彼氏が邪魔しちゃって。
「私は貴女の大切な人を奪った、若い子供の命を金儲けのために殺したのよ」
裁いて、お願い私を裁いて。
彼女が、ウサギが私の元へと歩み寄ってくる。
私を殺してくれるんだ。
ボロボロと涙が零れる、私の微笑がどんどん自然な物になっていく。
嬉しかった、嬉しくて嬉しくて、私は救われるんだ。
私は終に裁かれるんだ。
私は罪と向き合えるんだ。
お願い、私を殺して。
――え?
ウサギは私を抱きしめた。
私の頭を両手で包み、そっと胸に抱き寄せられた。
私はとっさに離れようとするけど、ウサギの力は予想以上に強くてギュウ。
「兄は自殺でした」
え?
「キヌカさんに罪はありません」
彼女の鼓動が聞こえる。小鳥のみたいにとんとんとんと鳴っている。
「私が、殺した……」
「違います、兄を殺したのは私なんです。兄は私に追い詰められて自殺しました」
ごめんなさい、ウサギはそう言って優しく、私を慈しむように頭を撫でた。
「私が赦すまでもなく、貴女は無実ですよ」
少女の体温が私を包み込む。
涙でウサギの服がぐじゅぐじゅに濡れちゃって、でも私の涙は止まらなくて、大声をあげてしゃくりあげながら泣いちゃう。恥かしいし申し訳ないけど止まんない。
壊れちゃったみたいに感情が溢れてきて、私はウサギにしがみついて泣き続けた。
ずっとずっと泣き続けた。
全身の臓腑を芯まで凍らせるような、冷たい風が吹き荒れている。
空には満点の星空が、大地にはどこまでも続くススキの草原が広がる。
私はそんな冷涼としたゴミ箱を、一歩一歩踏みして歩いている。
遠くに一人の女性が見える。
ククリセだ。
私はそっと手を挙げ彼女に挨拶する。
彼女も此方に気づくと、静かに会釈した。
「久しぶりねウサギ」
先に声を掛けたのはククリセの方。
「お久しぶりです、ククリセさん」
黄色のダッフルコートを着込んだククリセは、昔を懐かしむようにに目を細める。
「懐かしいわね、こうしているとあの頃に戻ったようじゃない?」
私達三人で拾い屋をやっていた頃。
「そうですね」
「あれからもう一年も経つのね、この一年貴女は何をしてたのかしら?」
私は暫く思案したの後、結局答えないことにする。
答えないというか、答えられない、説明できなかった。
「ねぇ? どうして? どうして一年もの間私を避け続けたの?」
ククリセは優しい微笑みを浮かべなが、たしなめるような口調で私に問う。
「決まってるじゃないですか」
「何が?」
「貴女に逆恨みされてるからですよ」
「フフッ」とククリセは小さく笑う、そして私の瞳を覗き込む。
「逆恨みなんてしてないわよ」
「嘘です」
「嘘じゃないわ、私は逆恨みなんてしてない。普通に恨んでるだけよ」
ジャキリと金属が噛む音がする。
見ると彼女のコートの隙間から、鋼鉄のワームが頭を覗かせた。
とぐろ丸。
彼女はそのワームを愛でながら言葉を続ける。
「貴女は私の大切な人を殺した、コツコツを私から奪った、それを憎むことが逆恨みだっていうの?」
彼女はその優しい表情も、声色も、仕草もを崩さない。
ただただ穏やかに言葉のナイフを私に突きたてた。
「どうしてキヌカさんを襲ったの、彼女はなんの関係も無い人です」
私の質問、彼女は少し戸惑ったような苦笑を浮かべる。
「仕方ないじゃない、そうでもしないと貴女は私に会ってくれなかったんだから。私だって嫌だったわよ」
でもその甲斐は会ったようね、そう言うと再び彼女は悪戯っぽく笑う。
「ねぇウサギ、貴女なら解かるでしょう? 大切な愛が殺された時の気持ちって」
抑えきれない憎みと、身を焦がすような怒りと、脳を犯すような絶望を
「貴女は狂ってる」
「そうかもね」
「貴女は、昔の私と同じだ」
ククリセが驚いた様子で眉をひそめる。
私は言葉を紡ぎ続ける。
「愛していたのね、コツコツを」
「当たり前でしょ、誰よりも愛していたわ」
彼が危険な目に会う度、心が砕けそうになるほど心配したわ
彼を失うのが怖くて怖くて、目を逸らしたくなるほど心配で
あの時も私はやめてって言ったのに
帰還しなさいって命令したのに
あんなに私は
「ウサギ、貴女が殺したのよ。コツコツは貴女に殺されたのよ」
私は静かに息を吐き出す。
深く、長く、大きく。
「私に嫉妬しないで、私は彼を殺してなんかいないのだから」
「嘘だ。貴女が殺したんだ、貴女がコツコツを殺したんでしょ」
「彼は自分の心に従っただけ。彼は死を恐れず自分の正義を成し遂げようとしただけ」
「嘘だって言ってるでしょ、コツコツは死にたくなかったはず。それを貴女が――」
「気づいてるんでしょ、それは全部貴女の身勝手な妄想だって」
私はもう一度息を吸う。
「彼の心には、貴女の身勝手な愛なんて見えて無かった」
彼は自分の正義を見ていただけだ。
ククリセの叫び声。
とぐろ丸が振るわれる
私は左腕でそれを受ける
甲高い破壊音と共に左腕が砕け散る
私は右腕で銃を引き抜きながら、一発撃ちこむ
バチィっという炸裂音と共にククリセの右肩が吹き飛ぶ
だが彼女は右肩を失いながらもウサギに肉薄し、もう一度ワームを振り上げる
ギギギギッと金属音が響き、彼女の胴体にワームが突き刺さる
「があああああッ!」
ワームが口角を広げ、私の体を食い破ろうとするが、私は彼女の首を掴み銃口を額に突きつける
銃声。
ククリセは頭部の右半分を吹き飛ばされながらも、ワームを引き抜かない
「死ねよぁおおおおらああああああああッ!!」
ワームがわき腹を食い破る
私の体は胴体から真っ二つにされ、そのまま支えを失った上半身が地面に崩れ落ちる
私は倒れながらももう一度銃の照準を彼女に向け、引き金を絞る
ギャッキッっという金属音、銃弾がワームで弾かれる。
「果てなッ!」
最後の攻撃、ワームが再び振りかぶられる
次の瞬間、ククリセの足元から突如回路のツタが飛び出、彼女の胸に突き刺さった
攻撃が阻害され、ワームは私ではなく、遥か横の地面を抉ることになる
――兄さん
再び銃の照準が、彼女の顔に合う
引きつった顔
死を受け入れられず、感情が溢れかえったククリセの苦悶の表情が瞼に焼きつく
「さよなら」




