PALUS 01
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/home/rabit/
%cat Asterios.txt
「アステリオス」
この世界に広がる大規模電脳空間の名称。
かつてインターネットと呼ばれていたものが進化した姿。
現実世界としばし対比される。
アステリオスは「マホラ」と「カオス」と呼ばれる二つの層から構成されている。
人々は「端末」と呼ばれる体内に埋め込まれた小型演算機を介して、この世界に潜る。
%cat collecter.txt
「拾い屋」
アステリオスにおける職業の一つ。
アステリオス内に記録される古いデータを回収する事が主な業務。
古いデータは不安定な領域「カオス」のさらにその深淵、通称「ゴミ箱」と呼ばれる空間に無秩序に廃棄されている。
それらの回収作業は非常に危険を伴うために、卓越した端末制御能力が必要とされる、非常に専門性の高い職業である。
%cat god hands.crb
**PROTECTED**
***LEVEL2 EYES ONLY***
Received:8 January 2132
Protected:21 November 2132
**SUMMARY:Internal RABIT memo deted 6 may 2132.Earliest know reference to the K Project
***START***
「どっち――」
「はい?」
「どっちなんですか?」
「え?」
私の問い、それを電医の先生はうまく理解してくれなかった。
「死因です、どっちなんですか」
「……それは先程説明した通り、脊椎端末の破損による自律神経の損傷が原因です」
「私が聞いているのは、それが事故なのかそれとも――」
私はそれ以上先が言えなかった。
沈黙、やがて私の目からは涙が溢れてくる。
「……残念ながら今の技術では、他殺でないという事しか分かりません。なのでそれを特定するのは難しそうです」
――お気を確かに、先生はとても悲しそうな顔をして最後にそう言った気がする。
いや、何も言わずに物憂げな眼差しを伏せるだけだった気もする。
そこから先は、ただただ溢れる涙と、冷たいのリノリウムの床の感触しか私は覚えていない。
%cat K Project.dir
**PROTECTED**
***LEVEL3 EYES ONLY***
Received:13 October 2134
Protected:13 October 2134
**SUMMARY: Unclassified.
***START***
青白いコンクリートで囲まれた五畳ほどの狭い部屋。その三方の壁には小さな六角形の珍妙な窓があり、荒れ果てた山岳地帯が臨めた。部屋には焼け焦げたテーブルがあって、その上にマネキンの首が一つ、無造作に転がっている。妙に生々しく赤みが刺したそのプラスチック製のマネキンは、眼球のみが紙で作られていた。
まるで現実の様な雰囲気と質感を持つ空間であるが、ここは決して現実世界ではない。
ここは広大な電脳空間「アステリオス」の中にある領域の一つに過ぎなかった。
ここは「ゴミ箱」と呼ばれる領域。
やがて壁の窓の一つが緩やかに開かれ、そこから一組の男女が入ってくる。
変わった二人組だ。男の方は高級そうなスーツを着込み、首に大きな鉄の輪を巻いている。缶切り、ネジ、拳銃、ペン、虫かご、そんな鉄製の小物が首輪には吊るされ、ガチャガチャと忙しなく金属音をたてている。右の手のひらには女性の物と思われる、艶っぽい口が付いていた。
女の方は真っ赤なコートを着て、数十個ものアナログ時計を手足に巻いている。
二人は拾い屋であった。
「あれが回収目標かよ」
「大きいですね」
「送還できそうに無いな」
彼らはマネキンの首を眺めつつ、そんな言葉を交わす。
「ククリセ。ハコでは送れなそうだから直接運ぶぜ」
男はそう右手のひらに話しかける。
「分かったわ。行きより大分横幅が増えそうね、別ルートで帰ってきて」
ククリセと呼ばれた手の口は艶やかな声色でそう言った。一方コートの女は、時計の二つを腕から外し、マネキンが乗っているテーブルの上に置いていた。
「ウサギ、帰りは別ルートだ。マネキンを頼む」
男は女にそう言うと、首輪から鉄のペンを外して壁に大きく円を描き始めた。ウサギと呼ばれた女はそっとテーブルの縁に指を置く、するとテーブルは一瞬で灰と化し崩れ落ちた。
灰の山の中からマネキンを掘り起こし、産まれたて赤子を抱くように、慎重に小脇へ抱える。
「コツコツさん、こっちは準備が整いました」
「りょーかい、ちょっと待って」
コツコツと呼ばれた男は壁に必死に何かを描きながら返事をする。
巨大な円、その内側には複雑なフラクタル模様。
「できた」
コツコツがそう言うと同時に壁が消失する。
その先には薄暗い洞窟が広がっていた。
湿り気を帯びた赤土、天井で不規則に揺れるランタンの明かり、低く鳴り響く風の音、それらで構成された洞窟はまるで生き物の臓腑の中にも見えた。
コツコツとウサギは直ぐに洞窟に入り、奥へ奥へと進んでいく。
「待って、その辺で床にドアを」
洞窟の中程まで進んだ時、ククリセが言った。
コツコツはそこでかがみ込むと、再び先程と同じような模様を床に描いていく。
「ククリセ、床に書くってことはレベル3に降りるのか?」
コツコツが尋ねる。
「まぁね。スクランブルは四分後だし、直ぐに上がるから」
「へいへい」
床に図形が書き上がると地面は掻き消え、二人は下へと落ちる。
下は廃病院の廊下と思わしき空間になっていた。
いくつもストレッチャーが煩雑に放置され、その上には干からびた死体が投げ出されていた。
錆と黴と腐敗の匂いが鼻の奥まで縋り付いてくる。
「ククリセ、次は?」
「二○五号室へ」
二人はすぐに二○五号室のトビラを見つけ、開く。
トビラの向こうは遊園地の観覧車の中になっていた。
窓には大量の手垢がびっちりと張り付き、その隙間からは嵐が吹き荒む廃都が望める。
観覧車の座席には一人の小さな老人が座っていて、こちらに微笑みかけていた。
「ここで上へ、レベル2にあがって」
ククリセの指示に従って二人が上を見上げるが、その観覧車には天井がもともと付いて無かった。
「天井は開いてる、自然開口だ。ウサギ、俺を踏み台にして上へ」
ウサギは言われた通りにコツコツの体をよじ登り、上の部屋に登る。そしては手を伸ばしコツコツを引き上げる。
そこは古い洋館のエントランスホールだった。
高い天井には何故か石造りの湯船が設置されており、暖かそうな水蒸気がキラキラと降り注いでいる。
彼はしばらく周囲を見渡すと眉をひそめ、ククリセに抗議した。
「おいどうなってる? 天井が高すぎだ、上がれないぞ」
「よく見て、すぐそばに暖炉がないかしら?」
その言葉に合わせるようにウサギが黙って部屋の隅を指差す。
そこには不釣合いな程に地味で小さく古びた暖炉があった。
「あぁ、発見した」
暖炉の方へ駆けていき中を覗き込むと、異様に短い煙突を通して夜空が覗けた。
二人は煙突をよじ登って外へ出る。
「よし、レベル1に着いたぞ」
煙突を抜けた先には満点の星空とどこまでも続くススキの草原が広がっていた。
全身の臓腑を芯まで凍らせるような、冷たい風が吹き荒れている。
不思議な空間だ「地球の内側」とでも形容すれば良いのだろうか? そんな超巨大な球体の内側の外周に彼ら二人は立っている。
遥か上空の「地球の中心」に当たるだろう場所には、一際大きく眩い星が輝いていた。
「ククリセ、脱出シーケンスを」
「ちょっと待ってね……オーケー、行けるわ」
そう言うと手の口が大きく開き、水色の卵を二つポンっと吐き出した。
コツコツはそれを一つ割ると、もう一つをウサギに投げ渡す。
そして彼は「地球の中心」を見つめながらその卵を砕いた。するとコツコツの見る世界は水を掛けた水彩画の様にグニャリと歪み、滲み、霞み、全ての光量が爆破的に増大する。
ふと見上げると、空には地面が、足下には空が広がっていた。
世界はそこで途切れる。
再び世界が再開された時、コツコツは水の中にいた。
電脳世界から現実世界へと意識が帰ってきたのだ。
彼の口には近代的なデザインのマスクが嵌められ、全身は潜水服と呼ばれるぴっちりとした水着が包んでいる。
コツコツはマスクを外して水面へ向かって泳ぐ。
水底には彼と同様の格好をした人々が幾人か眠ったように沈んでいた。
コツコツは水面へ上がる。
そこは橙色の証明が照らす、巨大なプールだった。
青白いタイル、高い天井、柔らかく反響するリラクゼーションミュージック、微かに響く人の声、バシャバシャと自分の水を掻く音。
コツコツはプールの縁まで泳ぎ上がると、直ぐに大量の水を吐き出し始める。
そんな彼の元へ一人の女性が歩み寄って来た。
彼はむせながらその女性に尋ねる。
「ククリセ、目標は回収できたか」
「えぇ無事回収できたわよ。お疲れ様」
そう答える彼女の声は先ほどまでコツコツの手の唇から発せられていたものと、まったく同じ物だった。
「そうか。ウサギは? アイツまだゴミ箱の中か?」
コツコツはそう言いながら、自分が今しがた上がってきたプールの奥底を覗き込んだ。
「えぇ、いつも通り。また活動限界目一杯まで居るんじゃないかしら?」
じゃあ、お疲れ――彼女はそう言って踵を返し、立ち去ろうとする。
「なぁ待てよククリセ。ウサギってなんなんだアイツ」
彼は少し焦ったような声でそう言ってククリセを呼び止めた。
「何って、十五歳の拾い屋、それ以外何か?」
振り返ったククリセは、酷くぞんざいな口調でそう答えた。
「そんなのはわかってるよ。何なんだアイツ、なんであんなにゴミ箱から出たがらないんだよ」
「いいじゃない、趣味なんて人それぞれでしょ?」
「趣味? ククリセも分かってるだろ。ゴミ箱はなんていうか、クトゥルフ神話とか、ブラックロッジとか、隔世みたいな世界で、普通の人間ならビビって一秒でも早く出たがる」
「そーいう趣味なんでしょ。てか私にネチネチ聞いてないで彼女に直接聞きなさいよ」
コツコツは困り果てたようにため息を漏らす。
「聞けって言われてもだな、なんつーか距離が掴みづらいんだよ」
「何そのセリフ、彼女と組んでもうすぐ一年でしょ? なっさけない」
「そんな事いわれても、ウサギとは娘程歳が離れてんだぞ、無茶言うな」
ククリセはそんな彼を一度鼻で嗤うと、じっと彼の目を見た。
「いいことコツコツ、さっさと彼女と仲良くなりなさい、いつまでもあんなちぐはぐの仕事してないで。言っとくけどね、アンタよりウサギの方がポテンシャル高いんだからね。クビになりたくなければ、一発イてこましてきなさい」
「うっさい!」
ククリセは言うだけ言うと踵を返し、プールの出口へ向かっていってしまう。
「あの変態が」
コツコツはそんな言葉を吐き捨てながら耳から水を抜き、ゆっくりと立ち上がる。
丁度その時、背後で一人の女性がプールサイドへ上がった。
「おぉ、上がったかウサギ、お疲れ様」
コツコツは恭しく声を掛け、水を吐き出す彼女の背中をそっとさすってあげる。
「はい、お疲れ様です」
活動限界までゴミ箱に残っていたせいか彼女の顔色はかなり悪い。
「なぁウサギ、その、そのだな。なんで……」
オエッっと一際大量に水を吐き出す音でコツコツの言葉は遮られる。
「――はい? 何ですか、コツコツさん」
「あ、いや、あー。この後飯でもどうだ?」
動揺と緊張で言葉が変わってしまった。
「飯、ですか?」
ウサギはキョトンとした様子で、首を傾げる。
「あーそうそう、仕事の無事完終を祝って。あ、いや強制じゃなくてだな、そういうのじゃなくて――」
再び彼女の嘔吐、そして床の水に血が混ざってるのにコツコツは気づいた。
この女、まさか生理中なのにゴミ箱に潜ったのか? そんな疑惑に愕然しながらコツコツは必死に笑顔を取り繕う。
「すいませんコツコツさん、今日は少しその……」
「あーわかった、いいよ。ゆっくり休みな」
「すいません、折角のご好意を……」
コツコツは嘔吐しながら謝罪する彼女をなだめると、逃げるようその場から立ち去った。
「明神様のお膝元」とギリギリ読める、錆びに錆びて崩壊寸前の看板が下げられた店。
その入り口にコツコツが立っている。
彼は薄汚れたガラスのドアに手をあて、中を凝視していた。
店内の壁には雑多な端末関係のポスター、アーキテクトの宣伝広告で覆い尽くされてかなり汚い。
奥のカウンターには誰もいない。でもその手前、部屋の中央に置かれたボロボロのソファーには一人の女性が座っているのが見えた。
「あれ……ウサギか?」
コツコツはそう呟くきながらドアを開け、ゆっくりと店内に入る。
「ウサギじゃん、こんな所で会うなんて、奇遇だな」
不意に声を掛けられたウサギは、手に持って眺めていたを写真を慌ててしまった。
「コツコツさん、こんにちは」
「何見てたの? まさか彼氏?」
コツコツは軽いノリで会話をしようとするが、ウサギは困惑した様子で俯くだけだ。
「あー、悪い悪い、詮索しないから」
彼は謝りながら、彼女と向かい会うように座る。
「どうしたウサギ、端末をイジりに来たのか?」
「はい、コツコツさんもですか?」
「いや俺はただのメンテ、俺のは変にイジってるから、ここでしか調節ができなくてね。ウサギはどの端末をイジるの?」
「脊椎です」
「脊椎か、アプリの追加?」
「いや、潜水服のドライバーを少しその……変更しようかと」
「おぉう、いまどこ製の使ってる?」
「ボーラス社の蟹です、アーキテクトはサカモト」
「あぁ、あれクセ強いらしいね。制御用のアプリが独特すぎて、俺みたいなジジイには絶対使えないや」
コツコツはそう自重気味に言っておどけてみせるが、ウサギは反応に困ってしまう。
――おっと、つまんないボケしちまったな。
彼はそんな事を考えながら、慌てて会話を繋ごうとする。
「あー、ちなみに俺はクリムゾン社のを使ってる」
「アーキテクトはどなたですか?」
「オリヴァー、父親の方ね」
「……え? 一番制御が変な奴じゃないですか」
ウサギはそう言うと、思わずといった様子でクスクスと笑った。
コツコツもそれに合わせて合わせて笑う。
――この程度のコミュニケーションなら、問題なくできるんだけどな。
もう少し、踏み込んだ会話がしたい。
「ところでウサギ、一つ聞いていいか?」
「はい?」
「ウサギはなんでこの仕事をしてんの?」
「この仕事を……ですか」
「君みたいに若くて頭の良い娘に、これ程縁遠い仕事はそんなにないぞ」
ウサギは目を逸し、返答に窮する。
「――なんとなく、です」
「なんとなく?」
彼女は再び俯く。
それ以上は話したくない、そういう意思表示。コツコツはそう受けとった。
「あぁごめんごめん。いや別にいいんだすま――」
その時ガラガラと五月蝿い金属音をたて、奥のカウンターに車椅子の男が現れた。
「ウサギ、取り敢えずメンテはしといた。ドライバーの件は一回保留な」
男は無愛想にそう言うと、携帯端末をカウンターの上に置く。
「ありがとうございます」
ウサギはそれを受け取ると一言お礼をする。
「それではコツコツさん、また明日」
そう言って、彼女は足早に店を出ていってしまった。
――やっぱり、なんか距離を置かれてるよな。
改めてそう実感したコツコツは、なんともやり切れない気分になってため息をつく。
「なんだ、邪魔したか俺?」
車椅子の男はそんな彼を冷やかすように言葉をなげた。
「別にそんなことねぇよ、ミヤフジ」
「なら良かった」
ミヤフジと呼ばれた車椅子の男はそう言うと、好奇心に満ちた視線を彼に向ける。
「で、アレが例のウサギとかいう新入りか、噂どおり随分と若いんだな」
「そう、十四だってさ」
「へぇー、そんなガキが拾い屋? 世も末だな」
扱いにくいだろ、男はそう言って嫌味な笑みを浮かべる。
コツコツはため息でそれに答える。
「……ミヤフジ。ちょっと聞いていい?」
「ウサギが俺にどんな注文をしたか? だな」
「頼む、教えてくれ」
コツコツは申し訳なさそうに尋ねた。
「ドライバーの変更。巫山戯た注文だよ、よりによってあの馬鹿ドライバー『ゴッドハンド』を欲しがりやがった」
ミヤフジは心底忌々しげにそう言って顔を歪める。
「ゴッドハンド? 何それ聞いたことないけど」
「出所不明の怪しげな非正規ドライバーさ、多分どっかの企業が投げ捨てた物をアングラな連中が再構築したんだろうな」
「何だそれ」
「四〜五年前に随分と流行ったんだけどな、フリーのドライバーなんて珍しいだろ?、それに設計思想がかなりぶっ飛んでたから話題になった。今でも熱狂的なファンの多いドライバーで有志の馬鹿共が改造を続けてる」
「フリーのドライバー? 有り得ないだろ? 潜水服のドライバーを開発するのは決してそんな楽な事じゃあ……」
「噂だと、ヴェルザンディ社が開発途中でお蔵入りにした物をハッカーが盗み出したとか。まぁ眉唾ものだけどね」
いずれにせよロクな物じゃない。そんな物を導入しろとあのお嬢ちゃんは言ってきたのさ――男はそう言って無精ひげをさする。
「なんでそんな危険な事を?」
「さぁね。パトロンの付いてないの貧乏な潜水士とか、命知らずな自称天才アーキテクトが使うならまだ解かるが。国の子飼いの拾い屋さんが使う利点なんて皆無だ」
「そんな物を使うって、彼女はそのつまり、えーっと――」
「セガのハードを大量に買い集めてる奴みたいな、風変わりなオタクって言いたいんだろ? 多分違うと思うぞ彼女は。そういう奴は端末やアプリ、さらにOSまでやたら拘るが、あの娘はその辺は全部テキトーだ。脊椎端末もタイレル社のΣシリーズの廉価版だし、アプリだって俺の勧めるまま基本的なのを積んでるだけだ」
「じゃあなんでウサギはそんなギークなドライバーを?」
「知るかよ、本人に聞け。つーかお前メンテに来たんだろ、さっさと済ますぞ。俺も暇じゃない」
「はいはい」
ミヤフジはコツコツに背を向け奥の部屋に入る。コツコツもカウンターを回り込んで彼に続く。
奥の部屋は、「CPUの内側」そんな第一印象を与える様相だった。
様々な電子機器が意味不明に相互接続され、それが部屋全体を地衣類の様に覆い尽くしている。
「相変わらず酷い電磁波だな、早死するぞ」
「もう俺は六十手前だぞ、いい加減死にてぇよ」
コツコツは部屋の中心の台の上にのり、首筋のジャックをミヤフジに見せる、彼はそこに三本ケーブルを接続した。
ミヤフジの正面に、ホログラムによるトラックボール付きキーボードとモニタが現れる。
「で、どうしてほしいコツコツ、いつも通りか?」
「来週は三回も潜るんだ、しかもレベル3と4。硬めで頼む」
「了解。じゃあアプリの更新も必要最低限にしとくぞ」
「あぁ、お願いした」
ミヤフジはキーボードを叩き、メンテナンスを開始する。
次々とホログラムのモニタが新たに表示されていく。一般的なウィンドウタイプ、球体型、ツリー型、環状の物まで。
「不安かコツコツ」
ミヤフジはトラックボールを忙しなく廻し、ウィンドウを動かしながら尋ねる。
「不安、何が?」
「ウサギとレベル3とか4で仕事すること、がだ」
「別に彼女の能力に不満は無いよ。正直、俺より優秀だし」
「でも不安なんだろ。彼女の何が気になるんだ、情緒面か? 年齢か? 経験か? まさか性別?」
コツコツは思わず苦笑する。
「どれでもないよ。ただちょっと、ちょっと打ち解けてくれないのが……な。命を預けあうパートナーとして、少し引っ掛かるんだ」
「『打ち解けてくれない』?」とミヤフジは強調して、わざと嫌味っぽく攻撃した「当然だろうが馬鹿者。博打で借金抱えて縁切り寺的に拾い屋に逃げ込んだオッサン、そんなのと仲良くなりたがる十五歳女子がどこにいる」
「うっさい!」
「騒ぐな、ほれ終わったぞ」
コツコツの首からケーブルが引き抜かれる。
コツコツは数回瞬きをして、端末の簡単な動作確認をした後、溜息と共に立ち上がる。
「……ウサギ、あいつ暇さえあればゴミ箱の雑観地図を見てるんだよ」
「勉強熱心じゃないか、お前と違って」
「それだけじゃない、毎回毎回活動限界ギリギリまで脱出しないし、有給だってロクにとらない。それになんだか『深い層に潜りたがってる』そんな感じがする」
――彼女ひょっとして何か、こう、何かあるんじゃないか。
そこまで言ったところで、それ以上語ることを遮るようなため息をミヤフジが発した。
「……なぁコツコツ、老婆心で忠告をしておくぞ」
「はい?」
「詮索だけはするなよ。拾い屋なんて、ロクでも無い過去から逃げてきた奴ばかりだ。彼女が例外という保証は、どこにもないのだからな」
そう言って彼は、力の篭った瞳でコツコツを睨んだ。
「……わかってますよ」
コツコツはバツが悪そうにそう答えると、首のジャックを隠し、部屋を出ていった。