第五話・アールドワースの秘密
元旦に今年最初の雪が降りました。いや今年は今日からですが。寒いです。マジもう寒いです。
“ごく普通の高校生”などと自称し自惚れているイケメンな輩には理解さえできないだろう。
僕はごく普通以下。自他共に認める不細工で、女の子や他人の気持ちをいつも気にしている。
「気持ち悪い」「不潔」「臭い」「やだ近寄らないでよ」「スモー部だってくすくす」「お似合いねぇ……」
そんな言葉を投げかけられないために、いつもデカくて太い図体で周囲に気を配っている。距離感や言葉遣い、一応身だしなみまでも。
イケメンやら“ごく普通の高校生”ならば必要ないんだろうけどね。
だがしかし。周囲の空気や機微に敏感に小動物のようにアンテナを立てている僕でも、この世界の“恐るべき真実”に気付くにはだいぶ時間がかかった。
多分皆、聞けば絶対に納得してくれるとは思うけど。
まさか、まさかだよ?
まさか僕のこの吹き出物だらけの豚面が、天より遣わされた美の神の化身とさえ評されるイケメンフェイスだと、どうやって気付くことができるってゆうのか。
違和感が無かったわけじゃない。
それでもまずその“違和感”さえも理解するのに、時間がかかった。
まずは僕が、白銀の薔薇魔法騎士団の駐在する村まで、無事護送された所から順を追って話そう。
ああ、あとこの世界はアールドワースって言うらしい。もしかしなくても本当に異世界でした。
ファンタジーな村に到着した。
「ようこそ たび の ひと ここは なろう村 だよ」
「夜になると モンスター が 凶暴に なるよ」
勿論そんな会話無いけど。
日は落ちかけ、世界が暁色に染まっていた。
まあ……想像通りのファンタジーな村だ。周囲には柵が張り巡らされ、簡素だが門のようなものまで用意してある。やっぱり危険なんだなと実感させられる。
違和感その1
門番が居た。後で聞いた話だが、モンスターが活発な時期だけ立つそうだ。普段は農作業をしているらしい。
ただ――その簡素な槍をもった門番は、中年の女性だった。
……矢面に立つのは普通男の仕事だ。ま、この時は騎士団が駐屯しているし、男手を手伝ってのことかと思えば別段そこまで不自然ではない、が。
「ああお帰りなさい、騎士団の皆様、お疲れ様です、ゴブリン退治は如何でしたか?」
明朗な感じの中年女性、歳は四十代半ばとさえ見えるのに……滅茶苦茶若々しくて結構な美人だ。
つ~かどうなってんだファンタジー? この女性に誘われたら、余裕でツバメにでもミツグにでもなれるレベルの美人奥様だ、つかこんな村小町に門番やらせるなよ!?
エミリー隊長は少しバツが悪そうに、だが、
「申し訳ありません、この御仁をお助けするため、ゴブリンは追い払っただけに留まりました」
いやそれ謝るの僕でした。
直ぐにエミリーさんの脇から顔を覗かせ、馬上からだが全力で謝る。「申し訳ありません! 自分が騎士団様の足を引っ張ってしまって――!」
……これで明日村が全滅したら、寝覚めが悪いどころの騒ぎじゃない。マジでラノベの主人公みたいに一生ファッショントラウマを背負って生きる羽目になる。
顔を覗かせた僕に――門番のおばさんは(おばさんと言うのさえ憚れる美人奥様さんだが)目が点になった。
??? ……もしかしてこの世界、男の数が極端に少ないとか??
生身の男を見るのは久しぶりとか? うは夢が広がりんぐ、ハーレムルート突入キタコレ?
※残念! 桐ケ谷琢磨呂の歩む道は、“ハーレムルート どころの 騒ぎじゃない !!”
「ああ、ご婦人……この殿方がゴブリンに襲われていて、な……助けるのに必死で、取り逃がしてしまったのだ、面目ない」
「…………」
おばさん、目が怖いです。瞬きして下さい、乾きますよ?
おばさんの手から、槍がぽとりと落ちた。
なんなのだコレ……この村に伝わる魔王の生まれ変わりなのか僕は?
そんな門番のおばさんの反応を見ても、エミリーさんはさして気に掛けるでもなく、「では、後ほど」などと、結構あっさり……薄情に馬で村内に入った。
あれエミリーさん? いいのあのおばさん??
違和感その②
村の柵内に畑があるんだな~とか、不思議に思った。まあそりゃ作物を狙われたら意味がないのか。と、実際見るファンタジー世界で色々発見する。
もっとも居住区以外は柵で囲っていない村も勿論あるらしいけど。
だが、この違和感は決定的だ。
農作業をしている村人は、誰も彼も手抜きか? といいたくなるくらいの美人で――いやそこじゃない。
女性だ。女性が畑を耕しているのだ。
村の男たちは徴兵でもされているのだろうか? ああだから騎士団が助けに来たのかな? と自己納得しかけ、
僕の違和感は確信に変わった。
男子も居るのだ。
ただ――男子が子守をして、家の仕事に精を出していた。
????? なんだコレ?? え? この世界じゃ女性が働いて、男が家事をするの???
もしかして、いやそんな筈はないけど、この世界って男と女の役割があべこべだったり??
とはいえ……流石にそれはないだろう。もしかして宗教上の理由で、ある月だけ限定で役割を交換しているだけ、とか?
が、僕のこの時の、脊髄反射より短絡的な直観は、まさに正鵠を射ていた。
少なくともここまでは、混乱しつつも理解できた。
この先が大変だったけど。
騎士団が村道を行くと、畑仕事をしていた女性たちがわらわら集まってきて、ゴブリン追撃の成果を笑顔で聞いてきた。
僕はもう本当に申し訳ない気持ちで、エミリー隊長の背で小さくなっていたんだけど、
「ん? ところで騎士団長どの? 後ろの人は?」
しかし、回り込まれてしまった。諦めて顔を出し、僕のような木偶のせいで妖魔退治が滞ったことを謝罪する。
「す、すみません皆様! 僕が襲われていたせいで――騎士団の皆様は、僕を助けるために妖魔の討伐を中断してくださったんですぅ!」
農作業で汗と土に汚れた美マダムの集団が――一瞬であの門番のおばさんのような目になり、次の瞬間、爆発した。
「きゃあああああ!?!? 誰このイケメン!?」
「美少年だわ!?」
「なに? どこで拾ったの!? 一割頂戴ぃ!!」
「翼の無い天使??」
「きゃあああああ!?!?」
「この豚が! お前なんての垂れ死ねばよかったんだよ!」「こんなクズのせいで騎士様の業務が滞っただとぅ!?」「クズめ、なんで生まれてきやがった!?」「今夜は豚カツね! 不味そうだけどよぉ、っぺ!」……って、反応ならわかるけど、何この黄色い歓声??
しかも「イケメン」とか「美少年」とか……僕の中で「エリート」とか「人気者」以上に縁のない単語が投げかけられ続けるんですが……この世界の「イケメン」や「美男子」は、「首吊って死ね!」って陰語かなにかですか?
『違う、俺、人間! 顔は醜くとも、心は、人間! 人、喰わない!? 人間、襲わない!』
……流石に偏差値50以下の高校で毎度赤点に追われている僕でも、異常事態を察する。
そう……誰も彼も、「やたらと僕に好意的」なのだ。それこそ不自然なほどに。
何なんだろう? この世界では顔に吹き出物がある男は、胸に七つの傷がある世紀末救世主みたいな扱いなのだろうか?
それともこの服装か?
『その者、黒い学ランを纏いて、赤い荒野に立つべし――』とかって言い伝えでもあるの?
その方がよっぽど納得できるけど……。
ダメだ、考えがまとまらない。
「あ~あ~……失礼、どうかご静粛に」
「……皆様、この御仁の名は、タクマロ=キリガヤと言うそうです、どうやら記憶を失っている様子で……どなたかこの名と、この美貌……面貌に見覚えのある方はおられませぬか?」
辟易しているエミリー隊長の代わりに、エイミィ隊長補佐が引き継いで質問した。
「こんな美形! 一度見たら忘れるわけないわ!」
「それなんてエロゲ!?」
「あ、私の生き別れの息子が、確か名前がタクマグロ!」
「間違いないわ! 行方不明になっていた私の恋人よ!」
「ようやく会えたタクモロ! 私達結婚していたでしょう!?」
「ええぃ静まれぃ! 誤報報告は大罪であるぞ!!」
村人までもノリノリだ。「ツー」と言えば「カー」。「いつやるか?」と問えば間髪入れずに「今でしょう!」と響きそうだ。
肝心の僕は――話題の渦中だっていうのに、妙に冷静だ。
……まあ、頭の中がもう、ぐらんぐらんして、
お尻は痛いし、こっちは魔法かけてもらうわけにもいかないし。
限界は意外と目の前だったらしく、僕の視界は、真っ暗に反転した。
「!? タクマロ君!?」
「た、タクマロ殿!? しっかり!?」
この後村は蜂の巣を突いたような騒ぎになったらしいのだが、スミマセン僕はもう限界でした。
僕は甘美なる寝落ちという安らぎに身を包まれ、冷たく硬い――頼もしい背中の甲冑と、薔薇とミルクが混ざったような甘い匂いに包まれ、眠りに落ちた。
今日一日――、部活で窓の外では雪さえチラつく中、半裸のマワシ一丁で先輩に日が暮れるまで扱かれ、居残りで部室の掃除、帰りに駅前で投身自殺に直撃、僕脂肪。そして死亡。
目が覚めたら見知らぬ荒野、多分歩いたのは二時間足らずでしたが、正直うきうきしたのは最初の10分くらい、あとはもう本気で怖くて怖くて仕方なかった。
ようやく知的生命体と接触、ゴブリンでした。襲われて――ああ、そうだ、二匹自分の手で殴り殺したんだ。うげ、感触を思い出してしまった。合掌。
ゴブリンの大群に囲まれて、あわや絶体絶命の危機、現れたのは文字通りの騎兵隊。白銀の甲冑を纏った“魔法”騎士団の俺TUEEEE!! で瞬殺無双。
僕を助けてくれたのは、目も眩むような絶世の美女美少女騎士団。うはハーレムルートktkr! いやいやいや……どうなんだろ?
治癒の魔法、全身の傷をガチ先輩に殴られた打ち身や痣まで治して貰った。“ヒール”って言ってた。
面倒そうな顔など一つも見せず、天使のように献身的に美少女騎士団の皆さんは僕に良くしてくれた。村へ到着、女性が畑仕事???
怒涛の「イケメン」コール、はい僕です。僕がイケメンで~す! どうぞ美女美少女、ロリっ子から人妻から未亡人まで並んで並んで~。
……いや、流石にそれはないわ。
村には勿論男の人も居た。
赤ちゃんを抱えてあやしていたり、ジャガイモ(?)と包丁を片手に僕を野次馬に遠巻きに見つめていた。その仕草や態度がなんとなくイチイチなよなよと軟弱臭い。
……導き出される結論は?
答え:アールドワース!
……ゴメン寝ます。