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第四話・美少女騎士団と家畜ブタ

あけおめ、そしてことよろ。ようやくあべこべ要素が出てきました。

 小鳥が歌うような美しい声音。が、僕の驚愕はその程度では済まなかった。

 思えば僕は、こんな間近で馬を見たことがない。だから馬上のヒトがどの程度の背丈なのかと予想する事さえ叶わなかったわけだが、

 二人の騎士が馬から降りる。随分と慌てて僕を気遣ってくれた。思わず緊張が解けて腰が抜けそうになり、そういえば既に腰は抜けていた。

 二人が近付く。ちょっと仮面が無機質で怖いが、敵意は無さそうだ。僕は目覚めてから初めての安堵のため息を漏らす。

 ……二人とも、えらく小さい。背丈が。

 正面の人は、多分兜を脱いでも161~2cm程か? 僕の右手を取ってくれた比較的軽装の女性(こっちも女性? エイミィって呼ばれてたけど)にいたっては150cm足らずだ。

 ……中世だから平均身長が低いのか、異世界ファンタジーの騎士団だから体格は関係ないのか?


 魔法? 騎士団? エミリー=ド……なんだっけ? 御仁? 「お怪我は御座いませんか?」そんなセリフ始めて聞いたぞ? なんだか友好的どころか、この『お迎えに上がりました、我らが魔王候補様』くらいのへりくだりっぷりはなんだ??

 僕世界を救う予言の勇者か何かなの???


 考えることが多すぎるが、とりあえず全部パス。今は目の前のこの女性ヒトに全神経を集中し――。


 女性は兜を脱ぎ去った。

 ふぁさり、と、長い黄金のストレートブロンドが乱れた。

 一瞬背景の荒野が薔薇園に変わったかのような錯覚さえ受けた。


「―――――――――――――――――――、――――」


 美人、美女。

 絶世の美女、傾国の美少女。

 ……そんな言葉さえ霞んでしまう、まさに“魔法のような”金髪美女。


 ……うっかり口から魂が零れ落ちてしまいそうな、もっと言うなら「ああ、今死んでもイイや」ってくらい…………言葉にできないレベルの美女だった。

 背に流れる金髪は、夜空の天の川さえ輝きが足りない。

 蒼い瞳は凛々しく知的で、揺らぐことのない絶対の自信と意志の強さ、同時に僕を怯えさせないように努めているかのような、戦女神のような心優しさ。

 魂さえ射抜くほど美しい――。

 顔の造形にはもう一部の隙もない。長く美しい睫毛、透き通るような鼻筋、完璧なラインの白い頬。

 薔薇の花びらを添えたような赤い、唇――。


 僕は言葉を失うどころか思考さえ失い、ようやく知性を取り戻し最初に思った言葉が、


『……ナニコレ……?』


 だった。

 コレ、ナニコレ? だ。もう人間の美しさをどう考えても限界突破しきっている。神話の女神たちとか、そういう次元の美しさだ。

 マジでナニコレ?


 僕の真っ白になった思考は、脇に跪いた女性の声に覚醒させられた。


「……御仁、右手を拝借いたします。失敬……」


 もう一人の軽装な白銀の鎧に身を包んださらに小柄な女性も、兜を脱いだ。

 赤い――ルビーを溶かして梳いたような、溶けるような赤い髪のセミロング。しかもその髪は、頭の左右でツインテールに、さらにその髪が縦ロール、いわゆるドリルにセットされ、黒バラの髪飾りで止められていた。

 落ち着いた大人な態度。だが、身体はとても小さい。顔も小さい。

 分けられた前髪は知的で、気だるげな垂れ目は憂いだ顔が似合いそうな――こちらも顔に一部の隙もない。エミリーと名乗った隊長同様、どんな稀代の職人さえこれ以上手を施しようがないほどの整いよう。

 金髪の女性がエミリー隊長。

 赤髪縦ロールの女性――童女のようにあどけない美少女が、エイミィ。


 ……ぶっちゃけ、ヴァルキューレとスクルドって名乗られた方が自然だったと思う。

 スクルドさんは……いや、エイミィさんは、僕の血と汗と埃で汚れた手を何のためらいもなく慈愛の女神のように優しく包み、その薔薇の蕾のような唇から不思議な言葉を紡いだ。


≪ラヴィアンロッド―――-癒しの大地よ、慈愛の大陸よ――この者の傷を癒したまえ……≫


 僕の傷ついた手は、淡い光に包まれ、すう、と痛みが引いて行った(そこで初めて痛かったと思い出した)。


 ……ええと、うん、整理しよう。

 彼女たちは……魔法騎士団で、さっきのはゴブリンで、僕はゴブリンに襲われて彼女たちに助けてもらって、しかも傷まで治して貰って……、

 ああ、お礼を言わないと。


 もう頭がぱっぱらぱーだ。けど、それでも最低限の常識としてそれだけは思い出した。


「……あ、ぁぁ、あ…………」


 『ありがとう御座います』たったこれだけの言葉を言うのに、僕は目から涙が滂沱と溢れ出した。


「あり……がとう、ご……ざぃ……ぅぅ、うぐ、あ、あああああああッッッ~~!?」


 途中から、無様に泣いてしまった。

 緊張が解け、全身から力が抜け。

 僕はそれでも這うようにその場に這いつくばり、大地に手を突き頭を垂れた。

 この人たちは、きっと女神だ。



     ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 助けた相手にお礼を言われる。

 ただそれだけのことが、こんなにも嬉しいと思い出させてくれた。

 この御仁は――まるで天上から降りた天使のような美しい少年は、私達のようなゲテモノを前に、神にでも祈るようにお礼を返してきた。


 顔のいい男は性格が悪い、美人は性格が歪んでる――。

 あながち間違いではないのが悲しい所だ。少なくとも私は、美少年に優しい言葉をかけられたことなど一度もない。

 だけど、それは間違いだと気付かされた。

 こんな――こんな恵まれた、容姿を誇りながら、少年は全く私たちに対し貴賤なく、心から感謝の意を表してくれた。


 エミリーは、つられて泣いた。

 エイミィも、一緒に泣いた。

 騎士団一同、皆涙を流した。

 この少年は、天が遣わした神の御使いに違いなかった。



     ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「……スミマセン、無様な姿をお見せして」


 本当だよまったく。大和男子が何たるざまだ。切腹モノだよ切腹。

 とはいえいきなり知らない世界に放り込まれて、歩いてたら目の前から砂塵を巻き起こして突っ込んでくるゴブリンの群れに襲われてあわや殺されそうになったとあっては――、

 いや――、いやいやいや!

 だがそれでも日本男児たるもの、女性の前で無様に泣くなどあるまじき行為よ!

 海より深く反省! しかし助けられました。

 この借りはこの僕の安っい命、税込1,980円を賭してでも返させて頂きますゆえ何卒ご容赦を!


「いやそんな! その……貴殿に怪我がなくて何よりだ。どこか他に痛むところはないか? 苦しい所があったりしたら、遠慮なく言って欲しい」


 ……さっきから何なのコレ? 天使なの? マジで天使なのこの方々は??

 あれから他の騎士たちも次々と下馬し、兜を脱いで(なぜか)僕に頭を垂れてきた。

 なんかもう……目も潰れるほどの美女美少女っぷりだ。ありえんだろこの美女率? アニメのモブだってもう少し手抜きな美少女キャラだぞ?

 なんかもう生きているのが申し訳なくなるレベルだよ。豚でスミマセン蛆虫でスミマセン本当。


 その後僕は、絶世の美女軍団の魔法騎士団に囲まれ、僕は一人一人に手を取って頭を下げまくった。

 首領はエミリー隊長で、傷を魔法で治してくれたのはエイミィ隊長補佐だけど、この人たち全員がゴブリンを追っ払ってくれたのだ。

 皆々一人一人の手を取って、何度も何度もお礼を言った。

 僕みたいな容姿魅力ステータスが枯渇している(そのくせ他のステータスが高いわけでもない)豚に手を取られても、騎士団の皆様は嫌な顔一つせず、それどころかうっとりと熱っぽい視線で頬を赤らめて謙虚な言葉を返してきた。


 ……やっぱ天使だろこの人たち。絶対に人間じゃないよ。


「大丈夫です、ありがとう御座いました! 本当に……本当に!」

 何度目かさえわからないが頭を下げる。「そんな頭を下げなくてもいいから!」と慌てて返され(何度も)、コレを最後にした。

 ……よっし! この先は言葉でなく、身体で返そう! 桐ケ谷琢磨呂16歳! 御恩は命を賭して返して見せる所存!

 さて、ここからが問題だ。


「……ところで、御仁は、何者であるか? 見るにやんごとなき出生の殿方とお見受けするが?」


 ……? 着ている服のせいか? ただの学ランだけど、もしかしてこっちでは珍しいのか?


「いえ……僕は、えっと、ごく普通の高校生で……」


 『ごく普通の高校生』→普通にイケメン。

 『ごく不細工なニワカオタ趣味の相撲部肥満万年悪臭デブ高校生』→○


「……コーコーセイ? それは……どういう役職であらせられるか?」


 高校生が通じないかぁー……つまり日本も富士山も、ダチョウ倶楽部のネタも通じないだろうな。

 ……ええいままよ!


「……いえ、実は……その、記憶があやふやで、というか全然無くって、この世界が何なのかさえ……名前ぐらいしか思い出せないんです……」

 ゴブリンと遭遇するまで当てもなく歩いている時に、「まあこう言っておけばいいだろ」と思い出していた異世界での定石。神の一手。


「なんと……!?」

 エミリ隊長もエイミさんも、驚愕の顔を浮かべる。そして後ろの騎士団一同、


「き、記憶喪失系美男子!?」「それなんてラノベ!?」「あ、坊やはまさか……私の生き別れた弟!?」「思い出してアレックス! 私は貴方のフィアンセよ!?」


 ……ノリいいなこの人たち、もしかして「絶対押すなよ~」っつったら間違いなく押してくれるのか?


「ええい静まれバカ共!? 静まれ、静まれぃ!?」


 エイミィ隊長補佐が怒鳴る。てゆ~か僕ってエミリー隊長の生き別れの弟だったの? ついでに妹に殴られてた。

 その設定で大歓迎ですが……。

 元に戻ったエミリー隊長は続ける。


「……ん、おほん。ええと、御仁……失礼だが、名前は思い出せるのかな?」


 名乗っていなかったです。

 大失態だ。万死に値する。つか切腹しろこのバカ!


「も、申し訳ありません! 僕は……タクマロ・キリガヤ、です……」


 カッコイイ名前考えておけば良かった。夜霧セツナ・フォン・クーガーとか厨二全開な、16歳ではちょっと名乗るのも恥ずかしい名前。

 ゴブリンに出会うまでくっそ暇だったのに。万死に値する。


「タクマロ……」「……キリガヤ」「なんてエキゾチックな名前だ」「天の小川に流れる星舟のような……!」


 日本語名、そんな珍しいか? 一応英国風に名前を前にしておいた。


「えっと……その、お陰様で、名前以外全く右も左もわからぬ身の上でして……もしよろしければ、不躾ですが人のいる町まで送って頂けたり、とか……この世界についてお教え頂ければ、とか……」

 厚かましい豚だなおい。我ながら。水まで貰っておいて。土でも食ってろよ。


「!? も、勿論だとも! 貴方のような……タクマロ君のような男子を、このような荒野に一人置き去りになど!?」

「ええもう、なんでしたら住むところから三食食事にお昼寝、あと結婚してくれませんか!?」


 ……本っ当ノリいいなこの人たち。こんな……信じがたい美女軍団なのに、なんて優しくて慈愛に満ち溢れてて、その上話しやすくていい人たちなんだ。

 白銀の薔薇魔法騎士団、マジ天使。リアル天使マジコレ。



     ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 生まれて初めて馬に乗りました。

 滅茶苦茶高い。あとおケツが痛いですが、泣き言は言いません着くまでは。

 失禁してるのは土埃に汚れてるから見逃してプリーズ。

 いや乗馬初体験なんてどうでもいいんだよ。今のこの状況に比べれば、歯に詰まったクラッカーのカスよりどうでもいいんだよ。


 僕の席は、エミリーさんの後ろなんだよ……。


 もう……ありえないくらいいい匂いがする。

 鎧だよ? 全身甲冑だよ? なのに……腰は折れそうなほど細くて、甲冑の上からなのに掌が柔らかくて、暖かくて――やばい、本当ヤバい。


 先ほどから背後からの視線が凄まじい。

 ぶつぶつと、怨念じみた呟き声まで聞こえる。馬の闊歩音と風の音でよく聞こえないけど。


「……おのれ隊長……」「月夜だけだと思うなよ……」「好きな言葉は……“猫駆除”です」「っく……殺せ!」


 なんかもう……スミマセン。

 とってもノリのよい優しい女神天使のような騎士団の方々でしたが、そらまぁ、こんな触れただけで病気になりそうな人豚が、皆様の憧れの絶世美女の隊長の腰に腕を回していたら……。

 僕なら殺すね、うん。戦場でなくても後ろからでなくても、真正面からヘッドショットでワンキルだわ。

 「お前の罪を数えろ」「生まれてきてスミマセン」だ。


「その……タクマロ君、えっと……お尻は痛くないか? ああぁ!? 違うんだ!? 別にセクハラとかそういうのではなくてな!?」

「え? いえ全然!(本当は痛いけど)全然大丈夫です! これっぽっちも! こちらこそ、腰に抱きついて……ああぁスミマセン!? セクハラじゃないです!?」


 なんかもじもじしてるけど……そんなに? 嫌がっては、いない、ですよね?

 多分。自意識過剰かもしれないけど。

 てゆ~かもう……髪から香しい香りが……合法ハーブかコレ? 馬が揺れるたびにお尻が……エミリーさんの、豊満なヒップが、ああ、ああああああ!?!?


「……憎しみで人が殺せたら……ッ」「エミリ~ぃ……あんたの時代は終わったんだ……」「いっぺん、死んでみる……?」「“不運ハードラック”と“ダンスる”っちまうぞマジで……ッ」


 天国と地獄をいっぺんに味わうような、希少な体験をしました。

 僕はもう今日のことを一生忘れません。

 並み居る目も眩むような美女美少女騎士団に助けられ、その隊長の馬の背に乗り腰に腕を回して……。

 死ぬなら今がいい。

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