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第三話・白銀の薔薇魔法騎士団

よいお年を。

 琢磨呂がゴブリンに襲われる四半刻ほど前。


 隊列は横に広く。広げた翼のように。

 縦に伸びると後方は砂塵に目をやられるからだ。

 二十騎、砂埃に汚れた白銀の甲冑に身を固めた騎士たちが、正午を超えた太陽の荒野を、颯爽と隊伍で行軍する。

 軍馬に跨る騎士たちは、誰も彼もが筋骨隆々と逞しい益荒男――――ではなかった。

 その体躯は意外なほど細く、むしろ驚くほど小さい。

 先頭を二騎。左を行く者が、兜のフルフェイスを親指で押し上げ、その面貌を露わにした。


「……エミリー姉上。たかがゴブリンごとき、わざわざ追撃までする必要はないのでは?」


 厳つい甲冑の中から現れたのは、まだあどけない顔の幼少女だった。白い頬に赤い唇。垂れ目がちで、まともにしていても眠たげな、気だるそうな瞳はルビーのように紅く――、

 分けられた前髪、まろやかな額と白い頬には、同じく絹糸のような赤い髪が数本、汗にほつれて張り付いている。

 男であれば、誰もがその目元を覗いただけでも心を射抜かれるほどの美少女だ。

 そう――その矮躯の甲冑騎士は、まぎれもなく女だった。


「そう言うなエイミィ。たかがゴブリン風情とはいえ、周辺の村からすれば脅威だ。二度と王国の地を踏めぬよう、徹底的に叩いておかねばな」


 エミリー姉上、そう呼ばれた者もまた、兜の顔当てを外して答えた。

 ――こちらも、驚くほどの絶世の美女だ。

 目の上できっちりと揃えられた金髪。後ろは長く背に流し、青い瞳はぱっちりと大きく睫毛が長い。

 まさに伝承に聞く女騎士――神話から体現されたほどの美しさと凛々しさの女性は、齢若干24歳。エイミィの三つ年上の姉であり、この王国最強の白銀の薔薇魔法騎士団騎士隊長。エミリー=ド=キャルケンその人だ。


「それにな、エイミィ――なんだかこう……私の勘が告げているのだ。この先に運命の出会いがあるような気がしてならん」


 エミリーは自他共に認める王国最強の魔法騎士なのだが、最近処女をこじらせて情緒不安定な部分が多い。妹でありながら隊長補佐を務めるエイミィは、軽くため息を吐く。

 愛らしいジト目で「何言ってんだコイツ?」という目で姉を見やり、


「……その勘が当たったことなどないでしょう……」

「ん、何か言ったか?」

「……いいえ別に」


 普段であれば、「難聴が許されるのはラノベの美少女だけですよ年増」と返して戯れるところだが、一応今は任務中だ。

 エイミィは再び兜の顔当てを下す。

 エイミィはふと回想した。

 容姿やスタイルが優れなくとも、女は中身だ実力だ。

 最強の騎士団に入隊して実績を残せば、少しくらいは男にモテるんじゃないかな~、などと夢を見ていた頃が私にもありました。

 こう……傷ついた美男子の前に颯爽と現れ剣を振るい、その美男子と許されざる恋に落ちて添い遂げる……。

 この世界、アールドワースに生を受けて21年。もうとっくに夢見る乙女の時期は過ぎていた。

 過ぎていると――思っていた。



     ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「追いついたぞ、薄汚い妖魔どもめ、気晴らしついでに殲滅してくれるわ……と、何をしているのだヤツら?」


 足跡や血の跡を追い、明け方近くに村を襲ったゴブリンの残党一団に騎士団はその遁走を捕えた。

 ゴブリン如き幾らでも潰せる、白銀の薔薇魔法騎士団は連中を軽く追い払った後は、追撃より村の警護強化と怪我人の手当てを優先させた。

 思ったより早く追いついた、が、その必死で逃げている筈のゴブリン共は、ナニかを取り囲み威嚇を続けていた。


「……大方デザートリザードでも見つけ、逃げるのも忘れて狩りを始めたのでしょう。まったく低能な……」


 ゴブリンの知能は低く、その力も対して強くはない。

 が、自分より弱い相手にはどこまでも容赦がなく残忍で、その数と繁殖能力の高さは一般人からみれば十分すぎるほどの脅威だ。

 小賢しくはあるが直情で、弱いモノを多数で囲めば自分たちが死神から逃げていたことさえ忘れ攻勢に出る。


「まあいい、これなら明るいうちに帰れそうだ。此処を奴らの墓場に――待て、なんだアレは?」


 高所に展開し見下ろす先、ゴブリン達が囲み、襲っているのはモンスターや動物の類ではなかった。

 ヒト――――人だ。それも、男だ!?


「おいエイミィ!? お、男が居るぞ!? なぜこんな所に!?」

「……間違いありませんね、男子です、それも――服装は奇妙ですが、な、なんという美男子!?」

「どこかのやんごとなきご身分の嫡子か!? どどど、どうする? いや助けるんだ! お救い致すのだ!」

「理由はわかりませんが、兎に角お助けましょう!」


 珍しくも狼狽える隊長補佐のエイミィ。並列する他の騎士たちも“それ”を視認で確認し、白銀の薔薇魔法騎士団の戦意は一瞬で常温から沸点まで吹き上がった。


「皆の者! 突撃開始! 命に代えてもあの御仁をお守りするのだ!!」

「「「応ッ!!」」」


 小鳥の囀りのような可憐な声が、雄々しく勇ましい鬨の声と変わり、騎士たちは我先にと騎馬を奮い、砂塵をまき散らして高台を駆け下りた。

 ゴブリン達は直ぐにそれに気付き、慌てて武器さえ手放し四散する。


「一匹も逃がすな! ここに小鬼共の首塚を築け!!」


 襲われた男子を救うため、妖魔の群れへ突撃する。

 女騎士の本懐ともいえる英雄的行為に、騎士団は最早死をも恐れぬ一本の突撃槍ランスと――例え火龍でさえ止められぬ無敵の軍勢と化し――、


 …………一騎、また一騎と馬の手綱を諌め、冥王でさえ静止しえぬ、大陸最強の突撃が――停止した。

 既にゴブリンは四散霧消、脇目も振らずに地平の彼方まで逃げんばかりの遁走っぷり、だが、

 騎士たちは誰一人、その場を動けなくなった。


 その視線の先に、汗と涙で砂埃に塗れ、大和男子でありながら無様ここに極まりない醜態を曝し、失禁までして腰を抜かしている男。


 桐ケ谷琢磨呂が、彼女たちの視線の先にあった。



     ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 でっぷりと太った腹、吹き出物とニキビだらけの顔。

 鼻は低く潰れ、唇は分厚い。耳の形は抉れるほど変形していた。

 その顔は涙と汗と涎で荒野を転げまわり、全身と共に砂埃で薄汚れていた。

 衣服は不思議な拵えだ、シンプルに真っ白な長袖のワイシャツ、その前を肌蹴て……見ているだけで鼻血が出そうなほどセクシィなタンクトップは、競り上がった胸板と腹でパンパンに張れている。

 ズボンは黒一色、同じく砂をかぶり灰色に染まっているが、


 ここまで説明すればわかるだろう。

 信じがたいような美男子が、なぜか荒野でゴブリンに襲われていた。

 少年は見るも可憐に腰を抜かし、子宮が飛び上がるほど愛らしく小さく震え、馬上の私たちを信じがたいモノを見るような目で見上げていた。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 誰も、一言も発せられなかった。

 ただ流れる風が一陣、砂埃を舞い上げたが、それさえも彼の前では満開に咲いた花吹雪のデコレーションにさえ映った。


「……あ、あのぉ……えっと、ぉ……」


 たっぷりと太った豊満な体躯。その分厚い唇から発せられる声は、まるで洞穴どうけつの中で吹き荒ぶ冬風のように雄々しく、舌足らずで噛み噛みな口調は穢れを知らない幼子を思わせた。


 沈黙――このまま時が止まってしまえばいい。


「えっと……そのぉ、あの、ぉ……」


 数度目の少年の言葉に、ようやく騎士団長エミリーは我に返った。


「……っは!? あ、ああ、ご無礼、御仁……お、お怪我は、御座いません……あぁ!? ありますね!? ああ、出血が!? おいエイミィ、何をぼさっとアホ面下げて突っ立ってる!? とっととこの御仁の白魚のような手を治療せぬか馬鹿者!!」

「~~~っっ!?!? っは! 姉上! いえ、隊長! ただちに!!」


 少年は驚いた顔をした。

 その驚愕の表情さえ、まるで旧世界の天使が現在の魔法を見て吃驚したように愛らしく――ああ、もっと……もっと彼の驚いた顔が見て見たい……ッ!

 って、それどころじゃねぇ!?


 エミリーは慌てて、治療のため降りたエイミィに続き下馬する。

 第一印象! 第一印象が大事だ!

 ……まあ私のような不細工は、どんなに微笑んでもキモがられるだけだが、それでも笑顔は世界共通、せめて……怖がられない程度には、静かに微笑んで。

 そうだ、国王陛下に謁見したことだってある。その時に比べれば……その時など比べものにならないくらい緊張している!?


 私は、御仁の前へ歩み寄り、自らの兜を外した。

 ……いっそ外さず、名前だけ憶えて頂くのも手なのだが、まあ……どうせいずれバレるし。何より私が、彼の顔をもっと近くで、直接じっくりと眺めたかった。


「馬上より失礼致しました、御仁殿……わたくし、王国騎士団所属、白銀の薔薇魔法騎士団騎士隊長。エミリー=ド=キャルケンと申します」


 頬を染めて瞳を潤ませたり、そんながっついたりする素振りなど見せず、静かに、自然に、笑顔笑顔――出来た!(ッテ~ッテッテテ~☆)


 少年の顔が驚愕に目を見開く。

 ……まあ、そうか。

 この面相じゃあどれだけドラマチックにお救いしても、台無しですよね~。


 ……ちょっとエイミィ、貴女もちゃんと兜外しなさいよご無礼でしょ? 間違いなくどこかの貴族のご嫡男様よ?

 このエミリー、地獄へは一人では逝かぬ。



     ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 砂塵を巻き起こし、颯爽と現れた白銀の鎧に身を固める騎士たち――。

 血相を変えて転がるように四散するゴブリン(?)共。

 琢磨呂はまるで、映画のワンシーンを見ているようだった。

 騎士たちの突撃は凄まじく、ゴブリン共が戦意喪失して逃げても、その攻撃の手を緩める気はさらさらないらしい、逞しい騎馬の足はあっという間にあの醜い小鬼共へ追いつくだろう、その先に待ち受ける屍山血河を想像し――僕は恐怖にわなないた。


 ――……の、だが。

 騎馬の足が、一人、また一人と止まる。

 その白銀の甲冑に包まれた身体、いや無機質な鉄の兜のその奥はまるで表情が読めない。

 ついに全員馬の歩を止めた。まるで――僕を囲むように、皆が皆僕を見下ろしている。


 再び僕の背筋に、また別種の恐怖が蟲が這うように這い上がってくる。

 ……騎士たちは、あのゴブリンを退治しにきたのではないのか?

 敵の敵が味方なんて保証は。どこにもないのだと今さら気付いた。

 能面のような仮面が20面。呼吸さえしているのか怪しいほど僕をじっと凝視している。気がする。


 ……なんだよ、なんだよ、コレ……?


 命の危機さえ感じ、僕の脳はかつて“こんな状態”に陥った先を模索する。

 なんと言われる?


1・『お迎えに上がりました、我らが騎士王様』?

2・『ついに見つけたぞ、魔王ザーメングースファー!』?

3・『ギジャバ ビゴギン グスジャヅザ クウガ!』?


 ……考えてみれば、言葉が通じる保証さえない。

 再び風が流れ、砂塵が舞い上がる。

 騎士たちはまるで、僕の命令を受けなければ一歩も動かない機械のように、誰一人呼吸さえ発しない。時折馬が嘶く。

 ……僕は、勇気を振り絞り、恐怖に耐えきれなくなり、言葉をかけた。


「……あ、あのぉ……ッ!」


 僕は、無害。コイツ、マジ、アンゼン。

 三度目の声掛けで、ようやく騎士団の先頭の人が声を返してくれた。


 ――――驚くべきことに、その声は小鳥の囀りのように美しく、小川のせせらぎのように流麗な、まだ若い女性の声だった。


 ……日本語通じました、良かった。

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