第二話・荒野をデブが行く
三話くらいまで一気にうpります。今日一日は書いたの全部そのまま上げていくのです。……年の瀬になにやってんだか。
何が起こったのか、不思議と覚えていた。
「おい! 誰か“落ちた”ぞ!?」
「飛び降りだ!!」
「高校生が下敷きになった!」
「救急車ぁ!?」
「……お、おい!? 女の方生きてるぞ!?」
「誰か救急車! 早く救急車ぁッッ!!?」
その光景を、なぜか僕は目撃していた。
幽体離脱――そんな現象だろうか? 潰れた肉、コンクリートに広がる血溜り。
“僕”の身体はぴくりとも動かず、飛び降りたOL風の女性は微かに痙攣している。
お人よしな僕は、「ああ、女性が無事で良かった」とさえ思った。
結構美人だ。まさか失恋での飛び降りだろうか? コレで僕も生きていたら、年上の彼女とかになっちゃくれないだろうか? などと他人事のように思う。
そんな“奇跡”は、膨大な光――いや、闇? と共に飲み込まれて消えた。
膨大な“ナニか”は、目を潰すような光だったのか完全なる深遠の闇だったのか、その区別さえつかなかった。人智の理解を超えたナニかだった。
で、気が付くと――僕は荒野の真ん中に横たわってたわけだ。
僕は真っ先に「あ~こりゃ死んで異世界に飛ばされたな~」とほのめかし、数分間……数十分間。ついに一時間、頬をつねったり一人でベラベラと喋ったりし、
……どうやらこれが夢じゃないと気付かされた。
落ち着け……まだ慌てるような時間じゃない。知らんけど。
燦々と輝く太陽。“死んだ”時は(?)夜だったのに、今は紛れもない真昼間。正午少し前といった感じか?
まして暖かい。もう二月目前の日本とは違い、多汗の僕ならふつふつと汗ばむほどの陽気だ。
荒野――――荒野だ。
そうとしか言いようがない。
「……いや、ちょっと待ってよ……」
血の跡など全くない学ラン、内臓を口から吹いてもいないし、身体のどこも骨折していない。学生鞄は見渡しても見当たらない。
胡坐をかいて赤い砂の上に座り、先ほどからずっと頭を捻っている。
見渡す限り、起伏があり雑草や低木が生えていることから砂漠ではない、が、水はどうやって調達するのだろう?
ごくまっとうに常識的に考えるなら、僕はあの飛び降り巻き込まれから一命を取り留め、夏まで(赤道直下か南半球かもしれないけど)意識がなく治療され、全回復したのを見込んで荒野に投げ出された。
……誰が得するんだよソレ?
喉が……少し乾いた。
部活の後に水道水をガバガバ一気飲みしまくって良かった。……少なくと今の体調は、あの時の直後だ。いや直前か? 先輩に殴られた頬や擦りむいた肘が今だって痛いし。
…………マジで、どゆこと……?
そろそろチュートリアルモードが始まって欲しい。
迷子や遭難したら、その場から動かないのが鉄則だが、砂の上にSOSを書くなり火をおこすなり……、
とりあえず歩いてみた。
誰だってとりあえずこうするだろう?
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
座って悩んで歯ぐき剥いて一時間。
立って歩いてぶつぶつ独り言を言いながらさらに一時間。
もう笑うしかない。僕は余計な体力を使ったらまずいと心の中で知りながらも、先ほどからずっと独り言が止まらない。
「異世界ものって言葉とか魔法ってどうなんだろ? つか普通にオーストラリアかアメリカ?」
どっちも行ったことないけど。
「そういや身元とかどうなんだろ? ああ学生証あるか、使えるのか? まあいざとなったらいつもの“記憶喪失”でしょ」
「どう見ても日本じゃないよな? 鳥取砂丘だってここまで広くないだろうし、異世界に飛ばされたなら、魔法とか能力値とかどうなの? エルフ居る?」
「北海道だとこれくらい広いのかな? いやでもこの暑さはないでしょ、いやでも意外と夏は暑いって聞くしなぁ、どうなの実際?」
一人語りが止まらない。かれこれさらに一時間は歩いている。垂れた汗が地面に落ち、乾いた砂に一瞬で吸収されてしまう。
「いやいやいや……死んで転生して、さらにその先で野垂れ死にってどうよ? なんて罰ゲーム? ワタクシ何かしましたか??」
……そろそろ、本気で怖くなってきた。
「お~い神様ぁ~? 転生する前に質問とか能力値説明とか、魔法とかチート能力とか…………チュートリアル始めてよいやもう、マジで誰か出てきてよ……………………マヂで……」
喉が渇いた……テンションがおかしく、止まらなかった独り言がついに止む。
戦場では笑わなくなった奴から死ぬらしい。
でも……もういい加減マジで笑えなくなってきた。
僕は一月(の筈)のくせに燦々と照りつける太陽が恨めしく、学ランとマフラーはとっくに脱いで折りたたんで左腕で持っている。
ワイシャツの前は全開で、タンクトップの白シャツは汗でびっしょりだ。
……ちょっと、本気で怖くなってきた。泣きたくなってきた。僕がなにしたってんだ???
だから……永遠と景色の変わらない荒野、目の前に人影と砂塵が見えた時は嬉しさで泣いた。
「!?!? うぉおぉおぉぉぉ~~い! 誰か~~! 誰かぁぁ~~!!」
僕は学ランとマフラーを振り、ありったけの声を張り上げた。
一瞬野牛の群れとかだったらどうしようとも思ったけど、間違いなく人影だ! 誰でもいいから助けて欲しい。
遠目に見える影の数はかなり多く……徒歩で走っている。
その影は子供のように小柄で、肌は信じがたいことに緑色。剥げていて耳は尖っていて、目がギラギラと血走っていて、
その手には、粗末な剣や槍が握られ、一直線に僕に向けて突っ込んでくる。
「…………」
ゴブ、リン……?
んなアホな、と思いつつもそれが一番しっくりくる。
向こうもこちらにとっくに気付いている。
「ギャギャギャア!?」
「ギャギャ、ギャギャギャァ!」
しいて言えばそんな“声”で、ガラスに爪を立てるような不快な鳴き声を上げながら、進行速度は一切緩めず、そのまま武器を構えなおす。
どう考えても友好的じゃない。
本当僕が何したってんだ??
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ぎゃああああああ!?!?!?」
絶叫しながら来た道を一目散に逆走。
とりあえず得られた情報は、「ここは地球じゃないかもしれない」「本当に異世界かもしれない」
まだ「何かの実験説」や「未来の地球説」、「夢の中説」は捨てていないけど、とりあえず大ピンチだ。
あっちゅ~間に追いつかれる。
僕は見ての通りのデブ、これでも瞬発力はあるし運動神経自体は悪くないんだけど、ご覧のとおり長距離は一番苦手だ。
「あは、アハハハハハハハハハ~~♪!?」
ええもう笑うしかないよ。
僕はまるで気が触れたように(見た目ほど狂っちゃいないけど)一人で爆笑し、
「あはははははははは! 畜生やってあるよバきゃ野郎ぉ!!?」
汗だく噛み噛みで立ち止まり、振り返った。
仮名ゴブリンの数は100匹以上(あとで数えたら22匹でした)、異世界だ! 夢にまでみた異世界転生だ! あっはっは♪ ゴブリンに負けてたらハーレム無双なんてお笑い種だ。
左腕に学ランとマフラーを巻き付ける、防刃対策。ここだけ切り取ると特殊工作員みたいでカッコイイだろ?
吹き出物だらけの肥満な顔面は、汗と涙と鼻水でぐちょぐちょだけどね、それで爆笑してるんだから、冒険者だかが通りかかったらどっちがモンスターかわからないだろうな~アハハ♪
仮名ゴブリンは小さい、本当に120cm前後だ。
面相はちびるほど醜く、怖い。どれほどキレた不良でも、ここまで醜悪な表情は浮かべないだろうというほど凶悪だ。
手に手に粗末な棍棒やナイフ、槍。
ああもう自棄だ。
先陣は特に足の速かった二匹、その顔には情の欠片もない、逃げる獲物を無慈悲に嬲り殺すその目は、狩人でも戦士でもない。
殺しを愉しむサイコキラー、モンスターだ。
足が、震える……バカみたいに笑った僕の口から、泡の交じった涎が落ちる。相手がキレてるなら、自分だってキレてる。
一匹目はナイフ、二匹目は短い槍。
錆塗れのナイフを振りかざし、小鬼が僕に飛びかかってきた!
「ぎゃああああああああ!!!」
僕は吠えた。コイツラと同じような奇声で吠えた。
逆手に持ち、振り下ろされるナイフ、僕は学ランとマフラーを巻いた左腕を盾のように真正面から垂直にそれを受ける。
――もしこのナイフが切れ味が鋭く、よく手入れされたモノだったら腕を貫通していたかもしれない、あとで思い出すと震えがくる。が、今は、
ずん、と、想像より痛く、だが言うほど“重く”はない一撃が左腕を穿つ。
その痛みを無視して、
「っだああああああああああああああ!!!!!」
渾身の右ストレートを、身体のわりにやけにでかい顔面にぶち込んでやった!
ッゴ、と鈍い音がした。
拳から手首、肘から肩まで響く、“命を絶った”衝撃。
ゴブリンは……マジで空中で一回転した。
顔面が潰れ首の骨がひしゃげ、壊れた人形のように慣性に従って前に“落ちる”
ぞ――と、背筋に寒いモノが走る。
化け物とはいえ、正当防衛とはいえ、人型の生命体を殺したショック。
……僕のパワーは別段上がっているようには思えない。確かに火事場的な馬鹿力は出たが、特にパワーステータスは(多分)上がっていない。けど、
僕が強いというより、このゴブリンが予想以上に弱くて脆かった。
「――ぃ、イヒ……!」
化け物とはいえ、殺した。
頭がおかしくなりそうだ。が、ショックと罪悪感で気が触れる暇さえ、僕には与えられなかった。
先行したもう一匹、長さ1.2m足らずの、ショートスピアというより銛のような短い槍、
やはり刃はボロボロに錆びているが、乾いた血がこびり付いている。
僕は走馬灯のようなスローモーションの世界で、その槍が僕の太った腹に突き立てられ――、
払った!
必死に右手で払った。
掌を少し切り、鮮血が舞う。
「ギャギャ! ギャギャギャ!」
「あは、あはははは!♪」
転げる。土塗れだ。
ゴブリンはさらに槍を突き出す。
華麗さもテクニックもない。僕は転げまわってそれを避け、三度目の刺突が地面に突き刺さった瞬間、血に塗れた右手で槍の柄を掴んだ。
引き寄せる。軽い、まるで子供のように軽い!
「うおおおおおおおお!!!!!!!」
魂を絞り出すような絶叫を吐きながら、僕は腕に学ランを巻いたままの左腕でぶん殴った!
ゴシャぁ。
裸拳で殴ったより、凶悪な音がした。
ゴブリンは後方へ10mも吹っ飛ぶ(錯乱による大げさな表現です)
「は、はぁ、は、はぁ、は、は、は――ァ!?」
肺が焼ける、心臓が破裂する。
どんな地獄のシゴキでだって、こんな疲れたことはなかった。
一瞬でも気を抜いたら、足元から崩れ落ちてしまいそうな、全身が鉛になってしまったかのような疲労。
が、
後続隊が追い付いてきた。100匹は居る。
右手が熱く、温い。ああそうか、切れていた。
いつ切ったのか、右目の目尻からも出血していた。
ゴブリン達は僕を囲み、ギャアギャアと悪夢のような声を上げて包囲する。
まるっきり――地獄だ。
ゴブリン達は、この時躊躇していた。このデブの獲物は逃げたくせに、先の二人が瞬殺されたのだ、もしかしたら自分達の群れより強いのかもしれないと考えて迷ったのだ。
が、この獲物はもう疲れ果てていた。
今なら自分たちの方が強い。
ゴブリン達は雄叫びのような笑い声を上げた。狂気、狂喜、狂気凶器驚喜。
死――。
僕は漏らした。
殺される、と。
嬲り殺しにされる、と。
土下座したかった。泣きながら命乞いしたかった。
今ならクソを食えと言われれば、喜んで食った。
死にたく――ない――――、
ゴブリン達が、狂気の絶叫を上げて僕に襲いかかって――、
その時、後方のゴブリンが、高い声を上げた。ゴブリン語などわからないが、その声は明らかに悲鳴とわかるほどの切羽詰ったモノだった。
ゴブリン達は後方を振り返り、僕もつられてそちらを見た。
砂塵――馬。
騎兵だ。
はためく旗は真紅に銀の薔薇の拵え。砂埃で薄汚れているにもかかわらず、その騎士たちの纏う甲冑は鏡のように輝く白銀に見えた。