第三話 ⅩⅩ
優しい優しい守護獣二人によって、侵入者の足跡だらけになった床が前よりピカピカになったリビングで茶をエルは飲む。
ザインとアルバは人型では無く、子狼と子竜の姿で膝の両脇に寝そべっている。
バアルは多分、エルの部屋で何時もの如くビールを飲んでいる事だろう。
「ただいま~」
「失礼しまーす」
ほぼ無音であるが心地良い時間が流れる空間に、もう一人の部屋の主+αが入って来た。
「おかえり」
ドタバタ音を出すロウェンとマリアにエルは答える。
そして二人の姿を見て眉を顰めた。
「汚い」
ついさっき綺麗になったばかりなのに、と意識する前にエルの口は動いた。
二人の服は砂埃によって茶色くなっている。
無意識故にどストレートで威力の高い一言は、二人の心に深く突き刺さった。
「……お前、もっと何か言い様は無いのか?」
ガックリとロウェンは肩を落として言った。
勿論マリアも。
特に厳しい戦いでは無かったが、結果がスッキリしない戦いであった為、身体的にも精神的にも疲れている。
この状態にエルの先程の言葉は重い。
「悪い」
二人の落ち込み様に素直に謝罪するエル。
肩を落とした序でにロウェンは自らの姿を確認する。
更に肩が落ちた。
「いや、確かに汚いな……」
この言葉を聞いてマリアも自分の体に目を向ける。
「……そうね」
キラキラ光っていた部屋が、彼等のどんよりした雰囲気に浸食されて沼に嵌ってしまった様に見える。
それ位、目に見えて落ち込んでいる。
流石にエルは可哀想に感じた。
「まずマリアは部屋に戻って風呂に入って着替えて来い。ロウェンも早く風呂に入れ」
といっても解決策を出す以外に選択肢が無いのだが。
「「了解」」
風呂に入って着替えればスッキリする事だろう。
「茶、用意しとくか」
二人が消えてから暫くして、手にあるカップが空になったのに気付き、エルは呟いて立ち上がろうとする。
子竜姿のアルバが頭を上げた。
「エル、私が淹れます」
「そうか? じゃあ頼む。もう直ぐ来るだろうからロウェンとマリア、それと折角だからザインとお前の分も」
アルバは丸い目をパチクリさせ、ソファから降りて人型になると笑顔で言った。
「はい」
それから茶器を扱う音とコポポポポ……と5つのカップに紅茶が注がれる音が耳に入ってくる中で。
「着替え用意するの忘れたー!」
再びドタバタとそんな事を叫びながら、腰にタオルを巻いて自分の部屋へと走っていくロウェン。
「おいおい……」
お前もう18歳だろ、もう少し落ち着けよ、とエルは思わずにはいられなかった。
因みにアルバは女性の姿をしているが、生物としての生理現象等は持ち合わせていないので例え男の裸を見ても一切動揺しない。ザインも同じ。
とは言っても、見られた相手若しくは見た相手の心はそう簡単に割り切れる訳が無いので、人の姿の時は人としてのマナーを守らせている。
後、食事は出来る。必要は無いが。
食べた物は消化では無く、分解されているらしい。詰まりは消えて無くなる。
「ふぅ、スッキリした」
部屋着に着替えたロウェンが部屋から出て来る。
そのままキッチンまで歩いてグラスに水を注ぎ、彼は一気に飲み干した。
「お茶を淹れましたよ」
「サンキュ」
トレーに5つのカップを乗せたアルバに、ロウェンは礼を言う。
「失礼しまーす」
ノックをしてまだ若干湿った髪を揺らし、マリアが部屋に来る。
「ああ」
2杯目紅茶を一口飲み、エルは先ず尋ねた。
「何で皆寮に戻ってきたんだ?」
「昨日も通り魔の被害者が出たからよ」
正面に座ったマリアが答えた。
「へぇ」
予想の範囲内の答えにエルは特別関心を示さない。
それより気になる事がある。
「寮に戻るだけなのに何でお前等は砂塗れだったんだ?」
「寮に戻る前に全員グラウンドに集められて学院長の話を聞いた後、移動し始めたら行き成り通り魔が出て来て戦ったから」
マリアの言葉を聞き、エルはロウェンに目を向けた。
彼女の説明は誤っていたり、重要な部分が欠落していたりする事が良くあるから。
「間違ってねェよ。もっと正確に言うなら、出て来た通り魔は複数だった」
エルの右前、一人掛けのソファに座ったロウェンが補足する。
「へぇ」
先程とは違い、今度は口元の右端をクイと上げるエル。
「ちょっと、間違ってないってどういう意味よ!」
大きな声を出すマリア。
「他には?」
「ちょっとエル?!」
無視するエルにマリアは抗議するが、今のエルにはどうでも良いそんな事である。
「他には、切った瞬間紙切れになった事位だな。多分式神」
「ふぅん」
またニヤリとするエル。
「何で無視するのよー!」
と、男2人は会話をピタリと止め、
「「話が進まないから」」
マリアに顔を向けて宣った。
正論である。
「ソウデスカ……」
マリアはまるでロボットの様に顔から表情を無くした。
何時の間にやら人型になり茶を飲むザインとアルバに挟まれているエルは胸ポケットに手を突っ込んだ。
そして、テーブルに置かれた物に自然とロウェンとマリアの視線は向けられる。
「「釘?」」
視界に入って来た物が予想外で、2人はエルの胸ポケットから取り出された物の名を口にした。
「しかも真っ二つ……」
「錆びてるし……」
これは一体何なんだ? とロウェンとマリアは怪訝な目で、誰がどう見ようと確実にゴミ認定される物を出してきた張本人を見た。
「実は、お前等の言う、通り魔であろう奴等が大勢俺の部屋に来てな」
「「ええ?!」」
「それで、そいつ等が土足で歩き回った所為で床が汚れてな……」
「「えぇぇー……」」
立ち上がりかける2人は、続いて耳に入ったエルの言葉に脱力した。
「冗談はさて置き」
「「冗談なのかよっ!」」
「本当の事ではあるが」
「「一体、どっち!?」」
「じゃあ本当」
「「じゃあって何だよ、じゃあって……」」
澄ました顔で話すエルに振り回される2人。
「実は、お前等の言う、通り魔であろう奴等が大勢俺の部屋に来てな」
「「振出しに戻るの!?」」
「俺の部屋じゃ狭いから、窓から飛び降りて戦ったんだ。バアルが」
「「普通に続くんだ……」」
ロウェンとマリアは肩を落とした。
「お前達の話通り、バアルがバッサバッサと切る度に黒いマントの多分男は紙になっていったんだが」
話を一旦切り、エルはテーブルの上にある真っ二つに折れた錆びた釘を指差した。
「1つだけ、紙じゃなくてこれになった」
「「!?」」
告げられた衝撃の事実に、ロウェンとマリアの中でゴミ並みであった釘の価値がギュィンッ! と上がる。
釘を凝視する2人にエルは言う。
「恐らく、これが式神達のリーダー的な立場で、今までの犯行もこの式神に依るものだろう。他の紙になった式神とは明らかに動きが違った。錆びた釘を使ったのは、そこに落ちていても誰も気にしないからだろうな」
ゴミが道端に落ちていても、余程親切心のある人以外は普通意に介さない。更に、夜になって暗くなれば釘の状態から人へ変化しても、そこに突然現れた様にしか見えない。
エルは紅茶を口に運ぶ。
「これ、どうするんだ?」
ロウェンの質問に答えようとエルがカップから口を離す前にザインが答える。
「これを今教師や騎士団に渡せば、こちらに疑惑の目を掛けられエルの事がバレてしまうかもしれない。それに、この釘からは魔力が完全に抜け切っているし、細工も見当たらない。渡した所で意味が無い」
因みに、紙は全て回収してエルの部屋に保管している。
「ですが、このまま捨てるのも良くないので、紙も一緒に神殿の方へ渡そうと思います。そちらなら比較的自由に動けますから」
アルバが付け加える。
「確かに、そっちの方が良いわね」
説明を聞いてマリアがうんうんと頷く。
それを見てエルは言った。
「勘違いしてる様だから言っておくが、重要なのは釘じゃなくて紙の方だぞ」
ロウェンとマリアは目を点にした。
「「え?」」
そして、ロウェンが口を開いた。
「人を襲ってたのはこれなんだよな?」
「ああ」
「じゃ、何で……」
困惑した表情をするロウェンにエルは説明する。
「確かに通り魔として人を襲っていたのはその釘の式神だが、犯人を調べる情報としては紙の方が、重要度が高い」
「どうゆう事?」
眉間に皺を寄せてマリアが尋ねる。
「先ず1つ。これは釘だけでも分かるが、釘や紙に何の細工もされていない。詰まり、犯人は只の釘や紙を式神に出来る技術があるという事」
魔具もそうであるが、式神の作成時に媒体へ魔方陣や媒体自体に加工を施す事は常識である。
何の細工もされていない物を式神にしたり魔具にしたりするのはかなり難しい事なのだ。
「更に、それを大量に作る事が出来る」
これは襲撃者の数及び紙の量から察する事が出来る。
「2つ。さっき俺は釘の式神と紙の式神の動きが明らかに違った、と言っただろ?」
「うん、言った」
「……」
コクリとマリアが頷き、ロウェンも無言で頷く。
「その事から、犯人は紙の式神を急いで作ったんじゃないか、という仮説が立てられる」
「ちょっと待て。式神は操る数が多ければ多い程、操作が難しくなるんだぞ。動きが悪いってだけでそんな仮説は立てらんねぇだろ」
ロウェンから否定が出るが、エルは首を左右に振った。
「いや、それなら釘の式神の動きも悪くなる筈だ。もっと言うなら、釘の式神の方が良い動きをしている事が可笑しい。紙の式神より長い間、術者の手に無かったんだからな」
その後をアルバが続ける。
「バアルが戦っている間、術者を探そうと索敵しましたがそれらしい人物はいませんでした。私の索敵できる範囲に居なかったというよりは別の方法で式神を操っていたと考えるのが妥当かと」
「というアルバの報告もあって、紙の式神は急ごしらえだという結論に至った訳だ。だから釘より紙の式神の方が術者を見つけ易いだろう」
話を聞き、手を口元に当て難しい顔をするロウェン。
彼にエルが目をやっていると、マリアが話し出した。
「何で急いで紙の式神を作ったのかしら……」
釘の式神1体のままであった方がもっと長い間続けられただろうに。
「さあな。向こうにそうされる程のイレギュラーがあったのは間違い無いけど、それが何なのかを知る術は無い。只、釘の式神がそっちじゃなく、こっちの方へ来たという事はこっちに何か目的があったんだろうが……」
最低でも、術者の側で起こったイレギュラーを知らない限り、目的を知る事は出来ない。
あの時はエルの他にザインとアルバ、バアルも居た。誰かを狙っていたのは分かるが、誰を狙ったのかを特定するのは不可能だ。
「まぁ、今は通り魔が出没しなくなるって事で良しとするべきかな」
後の事は行動範囲が狭い自分達では無く、神殿や騎士団の人達に任せる方が良い。
エルがそう言えば、ロウェンとマリアは彼に同意を返した。
「そうだな。グダグダ考えても意味ないし」
「私達がやる事はもっと他にあるわよね」
前向きな思考というのは良いものである。
「ああ」
笑顔を向けてくる2人に、エルも笑顔を返した。
お読みいただき、ありがとうございます。
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今回から、分けて投稿したものは続けて書く事にしました。
投稿したのは、<何時の間にやら人型になり>の部分からです。
また、以前分けて投稿したものも繋げていきますのでご了承ください。




