第三話 ⅩⅧ
いらっしゃいませ、毎度ありがとうございます。
文章の表示の関して、文字を大きくして欲しい等の要望があれば仰ってください。
お楽しみいただけると幸いです。
同時刻。
所は寮。ある一室。
「すぅ……、すぅ……」
エルはベッドでお休み中。
ザインとアルバは傍で寝そべり。
バアルは何時もの如く、机の椅子に座ってビールを呷っている。
エルの寝室では穏やかな時間が流れていた。
唐突に。
ピン、とザインの耳が立つ。
彼が体を半分起こすと同時に、アルバは起き上がりベッドから降りる。
「ん? 何か来たな」
言ってバアルはグラスに残っていたビールを一気に喉へと流し、空になったグラスとビールの入った瓶を一瞬で何処かへと仕舞う。
そして、彼は扉を……否。扉の向こう側を見詰め、クッと口元を吊り上げた。
「ほお……、中々面白い」
面白い、と言いつつ、あまり興味が無さそうに右手の人差し指と親指で顎を擦るバアルに、アルバが口を開く。
「どうします?」
しゅるんと人型を取るアルバにバアルは少し考えて言った。
「……俺が相手をしよう。エルは任せる」
「了解です」
二人の会話を聞いたザインは、エルを起こすべくベッドの上で立ち上がる。
「エル、起きろ。緊急事態だ」
ザインはエルの肩を肉球で柔らかく叩く。
「ん……、んぅ? ザイン、何……?」
目を薄く開き、エルは尋ねた。
「緊急事態だ。悪いが起きてくれ」
「うん……」
手で目を擦りながらエルは体を起こした。
「エル、大丈夫?」
ベッドの傍にしゃがみ、アルバが尋ねる。
「うん、大丈夫」
エルは心配してくれる彼女に礼を言い、立ち上がって扉の方を向いているバアルを見た。
「きな臭い魔力が近付いてきている。しかも数が増えている。ここは狭いから移動するぞ」
耳に入った言葉にエルは軽く目を見開き、次いで扉の方を見詰め、言った。
「……ああ、そうだな。確かにきな臭いし、数が多い」
「俺が相手をするからお前は引っ込んでろ」
バアルに言われた事にエルは困惑する。
「え? でも、誰かに見つかるかもしれないから俺が……」
迎撃する。とエルは続けられなかった。
「起こされて言われるまで気配に気付かなかった今のお前には任せられん」
ズバァッ!
「…………」
ブシャァァアー!
ぐうの音も出ない。
普段のエルなら気付けただろうが、ザインに起こされ、バアルに言われるまで敵の接近に気付けなかったという事はそれだけ調子が悪い証拠である。
「それに、誰かに見つかる様なヘマはせん」
「ですよね……」
仮にもソロモンの魔神の頂点にバアルは位置している。
心配するだけ無駄だ。
「エル、乗ってくれ」
声を掛けられてそちらを見れば、そこには何時の間にか人型を取ってベッドの横にしゃがみ、エルに背を向けているザイン。
「………………」
おんぶ、である。
何処からどう見てもおんぶである。
誰に訊いてもおんぶと答えられるに違いない。
「エル?」
自分の背に乗らないエルを気にして、ザインが首を回して後ろを向いてくる。
「乗らなきゃ駄目か?」
自分で動ける、と抵抗してみる。流石にこの年でおんぶは、誰が見ていなくとも恥ずかしい。
「駄目だ」
意地の悪い笑みで言われればまだ反発できるのに、真剣な顔で告げられては断れない。
はぁ、と溜息を吐いてエルは大人しく彼の背中の御厄介になる。
ザインは自身の脇腹辺りにぶら下がるエルの両足を確りと抱えて立ち上がる。
「先に行け」
「分かった」
バアルに促され、アルバが開けた窓に彼は足を掛ける。
「行くぞ」
「ああ」
短い合図に短い返事をすると、躊躇い無くザインは窓枠を蹴る。
一瞬の停滞の後、内臓が浮く、と多くの人が嫌う浮遊感が一気に体を襲う。
風で感じる落下速度と人一人を背負っているとは思えない程、ザインは着地の衝撃を感じさせる事無く軽く地面に降り立った。
ほぼ同時にアルバ、次いでバアルも降りてくる。
「少し離れますか?」
寮へ向かって来ている生徒や教員の気配を気にしてアルバが問う。
「ここで構わん。人間の目は魔術で何とでも出来る」
パチン、と態とらしく指をならして、バアルは外から見えない結界と人払いの結界を一緒に張る。
「便利だな……」
人は魔方陣が無ければいけないのに。
エルが呟けば、バアルはニヤリと笑って答えた。
「これでも魔神。存在が魔術みたいなものだからな」
言う彼はカッコイイ。カッコイイのだが。
(言ってる事が恥ずかしい)
でも事実なので。
「確かに」
とエルは返した。
バアルは寮の方を向いたまま、振り返らずに言う。
「お前等は下がってろ。後、言わんでも良いだろうが、零れた奴は自分達で対処してくれ」
「ああ」
「はい」
「分かってる」
「「「お前は対処しなくて良い(です)」」」
「えー……」
三人同時に突っ込まれて不満げな顔をすると、アルバが口を開く。
「ザイン、そのままエルを背負ってて下さい」
「分かった」
自由に動けなくなってしまった。
エルはガックリ項垂れる。
この恥ずかしい状態が続くなんて。
墓穴を掘ってしまった。不覚。
「来るぞ」
心の中で嘆いていると、上を見てザインが言った。
エルも寮を見上げる。
直後、つい先程四人が飛び降りた窓から、黒いマントを身に付けた者が出て来た。
彼等もエル達と同じ様に窓から飛び降りてくる。
「部屋、土足で歩いたのかな……」
着地する黒マント達の足元を見て、エルは呟いた。
一人ならまだ良かったのだが、十人以上飛び降りて来たので流石に不安になった。
「多分、そうですね」
黒マントが穿いているブーツを見ながらアルバが肯定する。
分かってたけど、ショックだ。超ショック。
「掃除……」
「私達がしますから、エルは気にしないで下さい」
「アルバ、ありがとう」
彼女の慰めが胸に沁みる。
「二人共、真面目に……」
「真面目だ。大真面目」
「掃除を舐めては駄目です」
「…………そうか」
注意しようとしたのをエルとアルバに遮られた上に反論され、ザインはこれ以上何かを言うのを止めた。
お読みいただき、ありがとうございます。




