第三話 ⅩⅦ
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ロウェン達がグラウンドに到着すると、そこには既に多くの生徒が集まっていた。
「あれ? あの人……」
と言うユウキの視線の先にロウェンは目を向ける。
そこには黒を基調とした軍服の様なデザインの服を着た、学院の教員達とは異なる雰囲気を纏った男性が立って居た。
「あぁ、あれは騎士団の奴だ」
知っているロウェンはユウキの疑問に答えた。
「え? あの人騎士団の人なの? 騎士団って名前だから皆鎧を着ているのかと思ってた」
目を丸くして彼は言った。
騎士団の事を知っている側からすると笑ってしまう発言だ。
「プッ。騎士団には確かに鎧を着ている人が居るわ。だけど、騎士団の正式名称はヴァルト警備騎士団。街の警備をする為には鎧は邪魔でしょう?」
全身を鎧で包んだ人間が、ズドドドドドッ……!! と逃走する罪人を追って全力疾走する姿を想像したマリアは噴き出す。
「へぇ、だから制服を着てるんだ。知らなかった」
「ま、名前が騎士団だし、皆騎士団騎士団って言うからな。そう思うのも仕方ない」
ククク、と笑いながらロウェンはユウキに言う。
話ながらスハイツを探し、彼の前に割り振られている出席番号の順で縦二列に並ぶ。
座らずに立ったまま指示を待っていると、用意されていた台の上に一人の老人が立つ。
長い髪と髭は錫色で瞳は烏羽色。長老、と言えば100人中90人は想像する見た目の老人は、ファルベント魔術学院の学院長、バートランド=エイゼンシュテインである。
人から粗雑だと評されるロウェンでも、それ位はちゃんと知っている。
「へぇ……」
学院長が出て来るか。そうロウェンは思った。
通り魔対策を生徒に伝えるのに学院長は出て来ないと思っていたから。
生徒と教員を見下ろす位置に立ったバートランドは話し始める。
「知っている者もおるだろうが、一昨日と昨日、二日連続で通り魔に生徒が学院内で襲われた。その対策として、主君等には済まぬが、通り魔が捕まるまで寮に待機して貰う事になった」
言われた事に生徒達はざわめき出す。
「静かに。……例外は認められない。今から教員の指示に従って寮に戻りなさい。以上」
バートランドは簡潔に話し終えた後、台を下り、グラウンドから去った。
学院長が居なくなり教員達が動き出した事で、ザワザワと生徒達が列を崩し始める。
多分、クラスが早い順に移動するのでロウェン達は最後の方だ。
態々《わざわざ》ぼっちでいる必要は無いので、ロウェンも移動する。
「籠城っぽくなったね」
後ろからユウキに話し掛けられた。
「んぁ、そうだな。最善策はそれ位しか無いだろ」
考えるのは苦手だ。ロウェンは最後に付け加える。
「はは。確かに、考える姿より動く姿の方がロウェンには似合ってるよ」
笑うユウキはロウェンの事を褒めているのか、貶しているのか。
視線の先では、ナディアとソフィアが不満顔をマリアに向けている。
「「つまんなーい」」
寮に籠城させられるのは、情報収集が趣味らしい彼女達には苦痛だろう。
「そうね……。早く捕まえて欲しいわ」
既に憂鬱な表情をしているマリア。
動く事が趣味と言っても過言では無い彼女にとっても籠城は苦痛だろう。
ロウェンにとっても苦痛である。
生徒達の中に、トラブルを起こさず不満も溜めず、長期間大人しく閉じ籠っていられる奴は何人いるのやら。
まぁ、居たらその人物は引き籠りと断定されてしまうのだが。
「騎士団の人達も動いてくれているみたいだし、早く捕まると思うけど」
ユウキが元気づける。
「だと良いんだけどねー」
「でも捕まえられたら捕まえられたで、調べらんないからなー」
ハァ……、とナディアとソフィアが溜息を吐く。
「我慢するしか無いか」
釣られてロウェンも溜息を吐いた時。
『うわあぁぁぁっ!』
『キャアァァッ!!』
何処からか悲鳴が上がった。
「え? な、何?」
ユウキの戸惑いの声に、的確に答えられる者は彼の周りには居ない。
「何かは分からねぇけど、厄介事なのは間違いないぜ」
こんな風に答えるのが精一杯だ。
問答は無意味で益の無いものだが、今の場合は心を落ち着ける為のものだ。
己の内に押し込めていては、咄嗟の時に頭も体も働かせる事が出来ない可能性が高い。
吐き出せば精神に掛かる負荷は多少なりとも軽くなる物だし、口に出す事で散らかっている頭の中を整理し易く出来る。
例外として、悲鳴はこの逆の事を引き起こすが。
体が縮こまらない様にする為に、ロウェンはユウキの疑問に答えた。
グラウンドから去ろうとしていた生徒達が走って戻ってくる。
理由は十中八九、さっきの悲鳴の原因だろう。
悲鳴の原因を目にしていない者も、悲鳴によって恐怖を喚起されてその場から離れようと走っている。
「これじゃ、身動き出来ないわね……」
マリアの声は苛立ちを含んでいる。
グラウンドという無意識に限られた領域で、大勢の人間がバラバラに逃げ惑う中では自分の身を守る事も出来ない。
ロウェンも舌打ちをしたい気分だ。
「どうする?」
「って言っても、この状況じゃ皆と同じ行動するか、このまま動かないかしか無いんだけど」
打ち寄せてくる人の大波の中、周りの雰囲気に呑まれず落ち着いた様子でナディアとソフィアが言った。
「待機だな。もう少しすりゃ勝手にスペースが空く」
生徒達が背を向けている方向を見詰めながらロウェンは答えた。
それをマリアが補足する。
「危ないようだったらその時に下がれば良いわ」
そもそもロウェン達が立っている場所は悲鳴の上がった場所から離れているし、今の人でごちゃごちゃした中を走るより、後でスッキリした所を走る方が効率は良い。
何時でも武器を出せる様にロウェンとマリアは準備する。
逃げてくる人の数が徐々《じょじょ》に減っていく。
その隙間から見えるのは、
「……通り魔?!」
マリアが驚きに目を見開く。
「「え?!」」
「嘘?!」
双子とユウキも驚いた声を出す。
逃げてくる人の間から見えたのは、黒いローブを纏い、スティレットを手に教員や生徒と戦う人間。
それも、一人では無い。
「何だよこれ……」
ロウェンはその光景に呆然と呟いた。
彼等の目には、通り魔と全く同じ姿をした人間が少なくとも20人は映っていた。
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