第一話 Ⅶ
五人は両開きになっている木製の大きな扉から魔術校舎に入った。
廊下と壁の下半分は黒に近い焦げ茶色の板が張られており、天井と壁の上半分は白く塗られている。
教室は一階の奥から二番目。
教室に入って黒板に張り出されているプリントを見て、自分の席を確認する。
席は縦五つ、横五つという並びになっている。
エルの名前は一番窓際の列の前から三番目の席に書かれていた。
机と机の間を縫って歩いて行き、椅子に座りながら、ちらりと隣の席を見る。
その席に座っている生徒と目が合った。
「「あ」」
見たことのある顔だ。
そう、入学式の時にエルの隣に座っていた生徒だった。
「えーっと、二回目だけど初めまして。エル=フェルトゥナです。エルと呼んでください」
「はい。僕はユウキ=シノノメといいます。ユウキでいいです。よろしくお願いします」
向こうも此方を覚えていたようだ。
「その名前は、もしかして……?」
「はい。アルベジャント皇国出身です」
ユウキはにこやかに答えてくれた。
「そうか。それと普通に話してくれ、俺もそうするから」
「うん、分かった」
そのままユウキと二人で話していると、ロウェン達四人が会話に参加してきた。
「エル。そいつ確か、入学式で……」
顎に右手を当て、ロウェンが眉間に皺を寄せる。
「そうだよ。俺の隣に座ってた人」
「初めまして、ユウキ=シノノメです」
「よろしくな。俺はロウェン=グライフェン。ロウェンでいい」
「初めまして。私はマリア=ウェルベイア。マリアでいいわ」
「私はナディア=サロート。ナディアって呼んでねー」
「私はナディアの妹でソフィア。ソフィアでOKだよ」
「僕のこともユウキで。よろしく」
自己紹介が済んだところでユウキが言った。
「まさかこんなに早く色つきの人達と仲良くなれるとは思わなかったよ」
「そうか?」
エルは不思議に思って聞く。
「三人のことを悪く言うつもりは無いんだけど、色つきの人はエリート意識というか、プライドが高い印象が結構強いんだよね」
ユウキは苦笑する。
その後をナディアとソフィアが続ける。
「だから、自分より下のランクの奴を見下したり、貶したり、相手をしない人が多いんだよ」
「入学初日からFランクの私達と友達になる三人は珍しいんだよ」
「ふーん」
「知らなかった」
ロウェンとマリアは三人の説明にふむふむと頷いている。
頷いているが、その様子は他人事だと思っているようにしか見えない。
「魔術師としての階級にランクはあまり評価されないのにな」
此方も他人事だと思っているような態度で、エルが率直な感想を言う。
「ランクの差は目に見えるからね。自分に才能があると感じて優越感に浸るのは、ある意味普通だ」
ユウキはまた苦笑する。
「色つきなんて自分の首を絞めるだけなのに」
呆れの混じったエルの言葉にマリアが反応する。
「どういうこと?」
「色つきなのに低い階級の魔術師のままだったら、プライドの高い奴は屈辱だろ」
「あ、そっか」
マリアは手をポンと叩く。
ここで予鈴が鳴り、会話が中断された。
教室の扉がガラッと開き、真面目そうな顔をした三十代前半くらいの男性が入ってくる。
髪は金茶色で、濃い髪の色とは対照的に瞳は色素の薄い白藍色だ。
男性は教壇に立ち、自己紹介を始めた。
「私は君達G組の担任をすることになったスハイツ=カリカだ。階級は二級。一年間よろしく」
自己紹介を簡潔に済ませると、スハイツは次の説明に入った。
「講義だが、午前は座学、午後は実習が主になる。実習はH組との合同で行う」
どうやら最初に持った印象は間違いらしい。
一見、真面目に進めているように見えるが、言葉の端々に面倒臭そうな心情が現れている。
スハイツは時々質問がないか尋ねながら、どんどん説明を進めていく。
「分かってるだろうが、原則訓練棟や講義以外での魔術の使用は禁止だ。自主練の時も訓練棟でするように。お前たちが使えるのは一号館だ」
訓練棟は一、二、三号館があり、使用は学年ごとに分けられている。
面倒臭くなってきたのだろう、スハイツの口調が適当なものになってきている。
「違反すれば最悪退学処分になるからな。というか、それ以前に俺が面倒臭いから違反はするな。文句あるか?」
何故そこで質問と言わずに文句と言うのだろうか。
今までずっと、質問は? と言ってきたのに。
教室に入ってきたときのキリッとした真面目な顔は最早影も形もない。
誰も文句はなかったようで、手を上げる生徒はいなかった。
「以上で説明は終了だ。今日は登校初日だからもう帰っていいぞ」
スハイツはスタスタと扉に向かって歩いて行く。
「あぁ、神官志望の奴らは神官部に言って部員登録しておけよ。全員だぞー」
教室を出る間際、そう言って出て行った。
ヴァルト中立自治領は権力を大きく五つに分散させている。
その中の一つをケレステア神殿という神殿が持っている。
残りの四つは、領主、ヴァルト警備騎士団、ファルベント魔術学院、依頼会社。
ケレステア神殿は人々の信仰の対象であり、ヴァルトでは孤児や難民の保護などの福祉面を担っている。
神官とはケレステア神殿に務めている人達のことを言う。
神官は魔術師の資格を持っていなければなれない特殊な役職だ。
一応、国に雇われているので、国家公務員ともいえる。
「エル、どうする? 行くか?」
いつの間にかこちらに来ていたロウェンが聞いてきた。
発言は若干歯切れが悪い。
「行くしかないだろう。一応、神官志望なんだし」
少し考えて答える。
「確かにな。行くしかないか」
ロウェンとの話を聞いて、ユウキが聞いてきた。
会話の不自然さには気付かなかったようだ。
「二人とも神官志望なのか?」
「おう、ちなみにマリアも神官志望だ」
ロウェンが返す。
「そうなの?」
こちらもいつの間にか傍に来ていたナディアがマリアに視線を向ける。
「そうよ。私も神官志望なの」
「へぇ~。三人とも凄いね」
感心したようにソフィアが言う。
「そうか?」
ロウェンが不思議そうな顔をする。
「だって、神官になるのって、すっごい難しいんでしょ? 良くなろうと思ったなぁって」
ナディアが言う。
神官になる為には、魔術師の資格を取得した後に国家試験を受けて合格する必要がある。
「三人とも両親がどっちも神官でな。その影響で」
「そうなんだ。なら、憧れるよね」
ユウキが納得したように言う。
神官の推薦があれば、国家試験が免除される。
その為、神官にはその家族や親戚、友人が多い。
しかし、推薦をもらうにはある意味試験よりも難しい。
試験はほぼ学力と魔術師としての技量で測られる。
神官はその人が神官に相応しい人物なのか、その性格や能力など全てを見て推薦するのだ。
「まぁな。結構厳しく躾けられたぜ」
眉間に皺を寄せてロウェンが言う。
(思い出してるのは親じゃなくて、タリアだろうがな)
ロウェンが思い出しているであろう人物をエルは的確に当てる。
「そのお陰で神官になろうって思ったんだけどね」
ロウェンとは違い、マリアはちゃんと両親のことを語っている。
「そろそろ行くか。悪いがナディア達は先に帰っててくれ」
話を切り上げ、椅子から立ち上がる。
「いいよ、いいよ。気にしないで」
「いってらっしゃーい」
「じゃぁ、また」
ナディアとソフィアが手を振り、ユウキが軽く手を上げる。
「あぁ」
「おう」
「じゃねー」
エルとロウェン、マリアの三人はそれに応えて教室を出た。
お読みいただきありがとうございました。