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Change Ring  作者: 桜香 辰日
第三話 ~引いて欲しくない時に限って風邪を引く~
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第三話 Ⅸ

 長めです。

 その日の午後十時。

 マリア達はジョルジオとカイを加えた七人で街に居た。

 こうしている事の発端ほったんは双子の発言だった。


 カーティスのお見舞いが終わった後、五人は子供達と遊び、夕方に託児所を出た。

 学院への帰路を歩いていると、ソフィアが言い出したのだ。

「ねぇ、通り魔って、今ここに居るんだよね?」

 唐突とうとつな言葉に怪訝けげんな顔をしながらマリアは返す。

「多分ね。それがどうしたの?」

 いたソフィアはとても言いずらそうに下を向く。

「んと、私達で調べられないかな? って思って……」

「それはただの好奇心か? それとも正義感からか? それともカーティスさんが襲われたのをやり返すためか?」

 尋ねるロウェンの口調は、尋ねるというより詰問きつもんに近い位に厳しく感じる。

「全部、かな……?」

答えるソフィアは誰とも目を合わせない。

「……私も、調べてみたい」

 うつむく妹を見て、意を決した様にナディアが言う。

 それを見たロウェンは渋い顔をする。

「お前もかよ」

「ちょっとだけで良いの」

 態度で反対だと分かるロウェンにナディアは言った。

 マリアも、双子の意見に賛成できない。

「相手は何度も人を襲っているのに、姿さえ見られていない奴なのよ? ってしまったらどうするの?」

 騎士団でさえ、影を見る事も出来ていないのだ。それを学生がどうこう出来るとは到底思えない。

「それは魔術で結界を張れば解消できる。遭っても逃げれば問題ない」

 ナディアは引き下がらない。

「そう言うって事は、誰かを一人(おとり)にするもりだな?」

「……っ。うん」

 ロウェンが鋭く突く。

「結界の強度が足りなかったらどうするんだよ? それに、逃げても追ってきたらどうすんだ?」

「それでも、やる」

 押されつつあるナディアの代わりにソフィアが宣言する。

「……ユウキ、お前は?」

 双子の様子に、呆れた様にロウェンがユウキに話を振る。

「え? 僕? んー……、ナディアとソフィアに賛成、かな?」

「はぁ……」

 こらえ切れずロウェンが溜息を吐く。

「結界はどうするんだ?」

「んー、それは重ねけすれば何とかなるんじゃない?」

 苦笑してユウキは返す。

「逃げても追ってきたら?」

「皆と合流すれば良いんじゃないかな? 姿が見えていれば何とかなりそうだし」

 再び苦笑しながらユウキは返す。

 そして彼は続けた。

「それと、ロウェンとマリアが居てくれると心強いなぁ、なんて思うんだけど」

「……ったく」

 と、ロウェンは吐いた。

 人をその気にさせるのが上手い。

「しょうがないわね」

 苦笑してマリアは了承する。

「「ホント?!」」

 双子の顔に喜色が浮かぶ。

「反対してもどうせ、二人だけとかで行くんでしょ?」

 マリアがそう言ってやれば、

「「全くもってその通り……」」

 ナハハハハ……、と罰が悪い顔でナディアとソフィアは肯定した。

「だから手伝う。でも、条件があるわ」

「「何?」」

 一変して二人の顔が真剣味を帯びる。

「囮役はロウェンがやる事。後、ジョルジオも参加させる事」

「何で囮役がロウェンなの?」

 そこは自分がやると言うのでは無いか? とナディアが訊いてくる。

「この中で一番接近戦にけてるからよ。私も出来るけど、魔術の方が得意だし」

 マリアがロウェンに目を向けると、ロウェンは二度目の溜息を吐いて了承する。

「分かったよ。了解。囮は俺がやる」

「頼んだわ」

 ソフィアが手を上げる。

「じゃあ次。何でジョルジオも参加させるの?」

「ああ見えて腕は立つし少しだけど治癒魔術使えるから、アイツ。ホントはエルに手伝ってもらいたいけど、無理だしね。もしもの場合、居てくれると助かるのよ」

 私とロウェンは治癒魔術使えないの、とマリアは付け加える。

「ん、了解。じゃあ、一旦寮に戻らないといけないね」

 ソフィアが素直に頷き、ナディアとユウキも続いて頷いた。


 話は冒頭に戻る。

 カイが居るのは、ジョルジオが彼の実力を保証したからだ。

 囮役のロウェンには結界を重ね掛けしなければならないので、人数は多い方が良い。

 こういう訳で、七人で行動している。

 エルには何言っていない。

 言えば、無理を押してでも付いてくるか、実力行使で寮に縛り付けられる。

 エルが付いて来てくれる事はとてもありがたいし、縛り付けられるのは誰も危険な目に遭わないで済むので安心する。

 だが、それ以上にエルの体に負担を掛けたくなかったのだ。

 ただでさえ、彼の体には限界を超過した負荷が掛かっている。これ以上負担を強いれば、エルは体調を崩すだけでは済まないかもしれない。

 ゆえに、後で恐ろしい説教が待っていたとしても、何も言わずに出て来た。

 再度確認しよう。現在の時刻は十時。明かりが付いているのは酒場位の物でまばら。人通りはあまり無い。

 作戦の実行は深夜一時。ほぼ完全に人が通りに居なくなるであろう時間だ。

 それから二時間、七人は作戦を決行する場所を選別。ロウェンに結界を張る所まで来ていた。

 掛ける魔術は<双飛そうひ>。

 ユウキとナディアとソフィアはまだ扱えないので、マリアとジョルジオとカイと本人であるロウェンが掛ける。

 日付が変わって深夜一時になり、計四重の結界がロウェンに掛けられる。

 作戦の概要は、行ける限りロウェンは真っ直ぐ通りを進み、他の六人はその後方の横道で姿を隠して待機。というごく単純な物。

 待機組の中でも、カイは六人の後方を警戒。マリアとジョルジオはロウェンの背後を注視で、戦闘経験の浅いユウキとナディアとソフィアも一応ロウェンの背後注視。残念ながら最後の三人は戦力として勘定かんじょうに入れられていない。

 準備が完了し、まずはユウキが口を開いた。

「頼んでおいてなんだけど、気を付けてね」

 調査すると言い出した時とは違い、彼の表情は緊張している。見れば、双子も同じ様な顔をしている。

「おぅ。気にすんな」

 三人とは対照的に、ロウェンは気楽な様子だ。

「後ろは任せといてくれ」

 ロウェンと同じく、笑顔を浮かべてジョルジオが言う。

「任せた」

「いってらっしゃい」

 マリアにも、気負いは特に無い。

 不安はあるが、緊張していたりすればロウェンが怪我を負う確率が高くなるので、捨て去らなければならないからだ。

 背を向け、通りを歩き出すロウェン。

 正直、元々遭遇確率が低い上に結界を四重に掛ければ、通り魔が自分の実力に相当な自信があるか余程よほどの馬鹿でなければ現れないとマリアは思う。

 それでも、念の為にロウェンの後ろに通り魔が現れないかと神経を集中させる。

 二分ほど歩いた頃だろうか、マリアの予想は裏切られる。

 不意に。

 不意に、湯気が消える逆の現象が起きるかの様に、音も影も無く、そいつは現れた。

 今は夜だが、月が満月に近い状態であるのがさいわいしてその姿を見る事が出来た。

 黒いマントで全身を包んだ姿。

 もしも月が満月に近い状態でなければ気付けなかったかもしれない。

 ロウェンより長身のそいつは身長だけで判断すると男に見える。

「ロウェンッ!!」

 咄嗟とっさにマリアは叫ぶ。

 判別しづらいけれど、黒マントは右手を振りかぶっている。

 間に合わない。

 腕が振り下ろされる。

 ユウキとナディアとソフィアが息をむ。

 ガチンッ!!

 四重に張られた結界がそれを防いだ。

「……ッ!」

 ロウェンが右回転して振り返ると同時に、右手首にある鋼色のブレスレットをロング・ソードに変換し、左から右へ真横に薙ぎ払う。

 その間にマリアは魔方陣を展開。

 通り魔であろう黒マントはロウェンの剣をジャンプでかわす。

「ジョルジオ!」

「OK!」

 マリアが声を掛ければ、ジョルジオはすでに魔方陣を展開していた。

 狙いを定め、マリアは迷わず<牡丹ぼたん>を発動し、撃つ。

 ロウェンには結界があるので気にしない。

 ジョルジオも魔術を放った。

 <フェルド>

 衝撃波をボール状にして放つ魔術だ。

 二つの魔術が黒マントに向かって飛ぶ。

 しかし、これも躱される。

 再び跳躍で攻撃をけた黒マントはマリア達が隠れていた横道とは違う横道へ逃走。

 その背をロウェンが追う。

「チッ……!」

 魔術が当たっていないと認めて舌を打ち、マリアも黒マントが逃げた道へ疾走。

 先にロウェンが辿り着くが、彼は足を止めた。

 それで黒マントに完全に逃げられた事を理解する。

 ロウェンにマリアが追い付くと、彼は首を左右に振り、

「駄目だ。逃げられた」

「そう……」

 逃げ足が速い。速過ぎる。

 ロウェンは黒マントの直ぐ後ろを追い掛けたはずなのに、曲がった瞬間には居ないなんて。

 ジョルジオ達が二人に追い付く。

「駄目だ。逃げられた」

 ロウェンが五人に同じ言葉を告げる。

「そうか……」

 残念がるジョルジオ。

「に、逃げるの、速過ぎ……」

 息を切らしてナディアが言った。

「ええ。速過ぎるわ……」

 マリアは眉を寄せる。

 魔術を使われたのか? いや、もし使ったのだとしたらこの暗さだ、魔方陣の光を見逃す訳が無い。

 謎だ。

 考え込んでいると、ソフィアがロウェンに尋ねた。

「ロウェン、どうだったの? あれは通り魔?」

「ああ。武器が噂にあった針みたいな形してたからな、あれは多分スティレットだろうな」

 スティレットとは、刃の無い刺突専用の短剣である。

「顔は?」

「見えなかった。見えてねぇんじゃねぇかって位に顔をおおってたからな。体格としては男っぽかったけど」

 再びソフィアの質問にロウェンが答える。

 そして、次はロウェンが質問してくる。

「なぁ。襲われた直前、気配も何も感じなかったんだけど、どうやって現れたんだ?」

「ホントにいきなり出て来たの。まるで、暗闇から生まれたみたいだったわ」

 肩をすくめてマリアは答えた。

「気配に気付けないのは仕方ないね」

 ジョルジオが付け加える。

「何だよそれ……」

 ロウェンは渋面を浮かべる。

 ますます不可解だ。

「カイは何か気付いた事ある?」

 沈黙を保つ彼にジョルジオが声を掛ける。

 カイは首を振った。

 気付いた事は無いらしい。

「何か、調べたら、もっと分からなくなって来ちゃったね……」

 肩を落とすユウキの発言に、六人は同意した。

 残ったのは、疲れと眠気だ。


 お読みいただき、ありがとうございます。

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