第三話 Ⅷ
今回は長いです。
ページ数だと13ページ位でしょうか?
お楽しみいただけると幸いです。
「「「「おぉー!」」」」
寮から出て来たロウェンの手にあるトートバッグの中身を聞いた四人は歓喜した。
「やったっ!」
「やったっ!」
子供達の期待を裏切らなくて済むのと懐が寂しくならなくて済むのとで、双子がピョコピョコと跳ねる。
その様子を見て微笑むユウキがふと呟く。
「あれ。でもエル、いつ作ったのかな?」
彼の呟きにマリアはハッとしてロウェンに凄む。
「ロウェン……」
ズイッ、と迫力のある表情を近づけられて、ロウェンは慌てて口を開く。
「熱が出る前! 前って言ってたから!」
「……本当に?」
半目で睨み付けてくるマリア。
「本当だって」
エルに嘘を吐かれたかもしれないが。
「まぁ、良いわ」
フイッと背中を向けるマリアは納得したらしい。
ロウェンはげっそりする。
こういう、凄む女性は誰であっても何故か背中に冷や汗を掻いてしまう。
何故だ、何故なんだ。
「ロウェン、早くしないと皆行っちゃうよ?」
ユウキに優しく促され、ロウェンは歩を進め始めた。
託児所に着けば、フランツと子供達が出迎えてくれる。
「おはようございます」
「「「「「おはよう! お兄ちゃん、お姉ちゃん」」」」」
流石は子供、朝から元気一杯である。
と言っても、時刻は既に午前十時過ぎ。夜行性ではない限りは大人でも確り目覚めている筈の時間である。
「おう、おはよう」
挨拶を返すロウェンとその後ろにいるマリア達を見て、敏感な子供達は一人足りない事に気付く。
「ねぇねぇ、エル兄ちゃんは?」
そこはやはり年長者だからなのか、一番年上のヒューイが質問してきた。
頭に手をやってロウェンは答える。
「あー、エルは具合が悪くて今日は来れないんだ」
「そうなんだ……」
ヒューイを含め、答えを聞いた子供達ががっかりした顔をする。
「そのエルから伝言だ。来れなくてごめん、だとさ。後、飴もくれたぞ」
「本当?!」
バッグを掲げて見せれば、さっきまでの表情が嘘の様に笑顔へ取って代わる。
子供にとってお菓子の価値は高い。
一人ずつ一袋渡していると、もう一人の最年長者であるララが言った。
「早く元気になってね、ってエル兄ちゃんに伝えてね!」
「おう。伝えとく」
ポンポンとララの頭を撫で、ロウェンは快く了承して周りに目を向けた。
他の子供達はもうマリアやユウキ、ナディア、ソフィアの手を引っ張って遊びに駆り出そうとしている。
その中で唯一、離れた場所にいる存在が。
「…………」
テオである。
彼の手にはまだ飴の入った袋は無い。
「よ、テオ」
近付いて声を掛けても、テオは僅かに顎を引くだけで返事は無い。
ロウェンは飴を渡す。
「ごめんな。今日はエル来れないんだ。代わりに俺達と遊ばねぇか?」
答えは行動で返ってきた。
「…………」
テオは無言でクルッとロウェンに背を向け、テッテッテッと走り去ってしまった。
遊ばない、らしい。
出来るだけ柔らかくアタックしたのだが。
子供にそういう態度を取られるのは、精神的に、来る。
ずぅん……、と項垂れていれば、マリアの声が背中に掛かる。
「あーららー、振られちゃったー」
プププ、と笑う彼女は完全に面白がっている。
「「可哀相なロウェン~」」
双子にもからかわれる。
「うっせぇ。じゃあ、お前等が行けよ」
ムッとしてロウェンは言う。
「言われなくても、行くわよ」
建物の中に消えるマリア。
「…………」
一分もせずに戻ってきた。
肩を落としているその隣に黒髪の少年の姿は無い。
撃沈した模様だ。
「人の事言えねぇじゃねぇか」
「うぅ……、ショック」
遊びに誘ったら、思い切り顔を背けられたらしい。
うん、痛いな。
「じゃあ、次は」
「私達の番だね」
意気揚々としているナディアとソフィア。
「多分、無理だと思うわよ」
「フッフッフ、舐めないで欲しいわね」
「絶対、テオ君と手を繋いで来てあげるんだから」
マリアの注意に全く耳を貸さず、軽くスキップしながら今度は双子が建物の中に消える。
そして、マリアと同じ様に一分経たずに戻ってきた。
「絶対、テオ君と手を繋いで来るんじゃなかったのか?」
「ほら、言ったでしょ」
ロウェンとマリアのツッコミに、双子が反論する余地は無い。
「うぅ、前言撤回します」
「駄目駄目でしたよぅ」
出ていない涙を二人して拭う。
誘ったら喰い気味で、嫌、と一言で断られたらしい。
だんだん受けるダメージが大きくなっている。
「「「「…………」」」」
四人は生き残っている最後の一人に視線を向ける。
「行かないよ。どうせ駄目だと思うから」
ユウキに苦笑で返された。
「だよな」
彼の判断は正しい。
「あの子、何だかカイに似てるし。エルじゃなきゃ無理だよ」
「だよなぁ」
ユウキの意見は物凄く良く分かる。
カイと比べるとまだ表情が出ているが、その分喋らないので理解難易度はどっこいどっこいである。
良くエルはあの機械人間みたいな奴の言いたい事が分かるよな、とロウェン達は感心した。
子供達に囲まれながら、遠い目をしているとロウェンは唐突に気が付いた。
「あれ、そういえばカーティスさんとリズさんは?」
疑問にはフランツが答えてくれた。
「カーティスさんは寝室で療養中です。リズさんはその看病をしてますよ」
「え? どこか悪いの?」
目を丸くしてマリアが問いかける。
訊かれたフランツは暗い顔で答えた。
「皆さん知ってますか? 最近、良く出没している通り魔の事」
「嘘、まさか、カーティスさん通り魔に襲われたの?」
言うナディアの声は動揺で少し高い。
「はい、四日前の夜に一人で外出していた所を」
「怪我は? 酷いの?」
「いえ、左肩を刺されただけなので、そんなに深刻な物じゃありません。暫くは不自由ですが」
「そう、良かった」
返ってきた答えに、尋ねたマリアも他の四人も安堵の息を漏らす。
「お見舞い出来ますか?」
「ええ。案内しますよ」
ユウキの問い掛けにフランツは笑顔で答える。
「じゃあ、お世話になってるし俺達も行くか」
「そだね」
ロウェンの提案にソフィアが同意を示し、マリアとナディアは頷いた。
この託児所は大きいので、カーティスとリズは他に家を持たずに託児所に住んでいる。
フランツに案内され、五人はカーティスの寝室に訪れた。
「いらっしゃい。済まないね、こんな恰好で」
カーティスは寝間着を着、ベッドから上半身を起こしている。
「いいえ。仕方の無い事ですから、気にしないで下さい」
代表してロウェンが言う。
「別にベッドにいる必要は無いんだけどね」
「駄目です。暫くは安静にしていて下さい」
苦笑するカーティスにリズが反論する。
彼女の顔には少しだけ疲労の影が窺える。
自分の夫だ。襲われた時の衝撃は相当な物だったろう。
「今のエルと同じ状態ですね」
ユウキの言葉で、リズはエルの不在に気付く。
「あら? そういえばエル君が居ないわね。どうしたの?」
「エルは体調を崩してベッドの中ですよ。ある意味カーティスさんより悪いですね」
冗談めかしてマリアが答える。
彼女の言っている事は強ち間違ってはいない。
怪我をしているが体調的に問題の無いカーティスと、怪我はしていないが熱を出して立つとふらつくエルとでは、後者の方が重体かもしれない。
ロウェンが見た時、エルは熱があるにも関わらず元気そうではあったが。
「ふふふ、そうかもしれませんね」
笑うリズに、カーティスの状態が深刻でない事が実感できてロウェンは安心した。
「そのエルから飴を与っているので、食べて下さい」
トートバッグに入っていた飴の袋は子供達の分だけでは無く、託児所に務めている人達の分もあった。
「良いのかい?子供達の分は……」
バッグごと差し出すロウェンにカーティスは問い掛ける。
「子供達にはもう渡しました。これはカーティスさん達の分です」
「まぁ、ありがとう。頂きます」
ロウェンの返答を聞いて、受け取らない方が失礼だ、とリズが飴を受け取った。
話が一段落ついた所で、ソフィアが口火を切る。
「カーティスさん、通り魔の姿を見ました?」
不謹慎ではあるが、気になってしまう。
「残念だけど、見てないんだ。歩いていたらいきなり物凄い痛みが襲ってきて、その場で蹲ってしまったから」
カーティスの答えは至極真っ当な物だ。
相当な強者で無ければ激痛に耐え、襲った者の姿を確認しようと後ろを振り返る思考にすら辿り着かないだろう。
「それにお医者様や騎士団の人に言われるまで、自分が噂の通り魔に襲われた事にも気が付かなかったよ」
「まさか、通り魔がここまで来ているなんて思っていなかったので、私も思い付きませんでした」
夫婦の言はロウェン達も思っていた事だ。
噂が広がり始めたのは、ほんの数日前。
予想以上に通り魔の移動速度が速い。
いや、こういう情報は広がる速度は速いが、広がり始めるまでは遅いから想定出来ない事では無い。
とは言え、日々戦いの中に身を置いていたり事件に関わったりしていなければ、話を聞いても他人事にしか感じられないので予想できないのは仕方無い事ではある。
「そうですよね。まさか自分が襲われるとは思いませんもん」
ナディアが同意を示し、更にマリアが同意する。
「確かに」
「兎に角、怪我が酷くない様で良かったです」
ユウキが言う。
通り魔に襲われた人の中には、死亡した人もいる。
肩を刺されただけで済んだカーティスは、運が良かった。
「ああ、早く捕まってくれれば良いんだけど」
苦笑するカーティス。
「皆も気を付けてね。今日は早く帰った方が良いわ」
「はい。そうします」
リズの気遣いに、マリアが素直に返事をした。
◇◇◇◇◇◇◇
一方その頃、寮のある一室では……。
「エル、朝ご飯はちゃんと食べましたか?」
「林檎食べた」
アルバがエルの世話を焼いていた。
「どれ位?」
「……」
ベッドに寝転がり、ザインを撫でるエルは妙に迫力のあるアルバから視線を逸らす。
「どれ位食べたんですか?」
「…………四分の一」
エルが渋々答えれば、アルバは眉を寄せた。
「全く……、幾ら食欲が無くてもご飯を確り食べないと良くなる物も良くなりませんよと何度も言った筈です」
「……病気じゃないから」
「今のエルは確かに病気に罹っていませんが、それに近い状態なのです。魔力が正常に戻ってもその後直ぐに風邪でも引いたら元も子も無いでしょう?」
エルが反論すれば、その倍の量の小言がアルバから返ってくる。
バアルはビールを呷るだけで助け舟を出さない。寧ろ面白がっている。
ザインはこういう時には絶対に口を出さない。出せばこてんぱんに返り討ちにされる事が分かっているからだ。
生まれた年、日付、時刻、果ては過ごした時間まで、まるで双子の様に同じである筈なのにこうも違うのが不思議でならない。
やはり取っている姿が男性形か女性形かの差なんだろうか?
「……だって、食べたくないんだよ」
「だっても何もありません。魔力が飽和状態にある所為で空腹を感じないのは分かりますが、食べないと体に良くないんですから」
「……分かった。食べる、食べるから」
「分かってくれた様で安心しました。ではこれからご飯を作って来るので、ぜ・ん・ぶ、食べて下さいね?」
「…………分かったよ」
容姿が秀麗で女性な分、ああなったアルバは威圧感が半端無く、勝てる気がしない。
心配して言ってくれているのは理解しているので、嫌な気はしない。
でも、言い負かされるのはちょっと悔しい。子供染みた感情が沸くのは多分、高い熱の所為だ。
ザインを撫でる手を止め、ぎゅっ、と抱き締めて体を縮める。
「アルバの言ってる事の方が正しい。嫌でも我慢して食べないと」
子供の様に拗ねるエルを、ザインが諭す。
「分かってる。大丈夫」
返事は素直だが、声音と表情は納得していなさそうな空気を含んでいる。
勿論、食べる事を本気で嫌がっているのではなく、熱の為に幼児化したエルの精神のちょっとした反抗である事はザインも、アルバも、バアルも、本人もきちんと理解している。
偶には仕方ないか、とザインは自身を抱き締める最愛の主に擦り寄った。
お読みいただき、ありがとうございます。




