第三話 Ⅶ
今回は短いです。
土曜日。
出掛ける用意をしているロウェンにエルは声を掛ける。
「ロウェン」
熱が出てから三日目。残念ながら熱は一向に下がる気配を見せない。
なのに何故起きて寝室から出ているのか、というと熱があるから起きているのだ。
不思議な物で、微熱だと上半身を起こすのも億劫なのに、逆に高熱だと何とも無いので、体調的のコンディションは最悪でも気分は最高、だったりする。
しかも、風邪では無いので頭も喉も痛くないし、咳も出ない。
要するに、退屈なのだ。
三日間部屋から一歩も出ていないので、外出するロウェンをエルは羨ましく思う。
「ん?」
バタバタしているロウェンが気も漫ろに返事をする。
「これ」
差し出し給うは一つのトートバッグ。一目で中に何やら物が沢山入っているのが分かる。
「何だそれ?」
怪訝な表情でエルを振り返って言うロウェン。
「飴だ」
エルの意外な一言にロウェンは目を丸くする。
「飴ってお前、何時……」
「熱が出る前。そんな怖い顔するな」
平然とエルは返す。やる事はさっさと終わらせる主義だ。
「一人一袋ある、皆にあげてくれ。それと、行けなくて悪いと伝えてくれ」
「はいよ」
少々疑いを残し、ロウェンはバッグを受け取る。
エルが知らない所で、彼は救世主となった。
「俺達夕方まで帰って来ないけど、一人で大丈夫か?」
「ああ。ザイン達が居るから、問題無い」
「ザイン達が?」
ロウェンが目をパチクリさせる。予想外だったのだろう。
「熱を出した日からずっと居るぞ? 後バアルも」
「バアルもっ?」
丸くした目を更に丸くしてロウェンは驚く。
無理も無い。会う度にエルの部屋でツマミを片手にビールを呷る彼の姿を見れば、人を看病するといった殊勝な部分があるとは思えないだろう。
本人に言えば、心外だ、と反論されるに違いない。
そして、心外だ、と言いつつも率先して人を手厚く看病する事は無いのだ。
「バアルの事は置いといて、取り敢えずザインとアルバが居るから大丈夫」
「ああ……」
トートバッグをドアの傍に置き、ロウェンは自室に入って出て来る。
「ロウェン、靴下が左右で違うぞ」
「はっ? っあぁ!?」
慌てて彼はまた寝室に戻る。
驚き過ぎだ。
普段のバアルは只の飲んだくれ親父だが、妙に律儀な所がある。
(……そう言えば)
考えてみると、ロウェン達とバアルが顔を合わせている数はかなり少ない事にエルは気付く。
恐らく、バアルが気を遣って彼等と会わない様にしているのだろう。ロウェン達はバアルとの接し方をどうすればいいか戸惑っている節がある。
「くっ……」
思わず、エルは笑ってしまう。
「どした?」
靴下を履き直してきたロウェンに尋ねられる。
端から見れば、一人で何も無いのに笑っている自分は変人だ。
「いや、何でも無い。気にするな」
「ふーん……」
? を浮かべるロウェンに忠告する。
「向こうで物壊すなよ」
「壊さねぇよ……」
ロウェンは返すが、前科がある為にその声は強くない。
一度子供達と遊んだ(暴れた)時に花瓶を割ったのだ。マリアも一緒だった。
その時、十歳も年下のララに、暴れた仲間と共に床に正座をさせられ説教を喰らっていた。何とも情けない光景だった。
子供は素直で分かり易い。ちょっと見れば個人の扱いの差がよく分かる。
まず、ロウェンとマリア。二人は子供達に自分と同レベル程度にしか見られていないに違いない。良く悪戯されて鬼ごっこをしている。後、体を動かす遊びは必ず二人に声が掛かる。
次に、双子。こちらはちょっと上位に見られている様に思う。少し年上の友達、みたいな。ナディアとソフィアは万能型で、スポーツもごっこ遊びも読み聞かせもする。唯一気になるのが、そのどれもに子供達に悪影響が出やしないかと心配になる演技が入っている部分だ。
で、ユウキ。彼は性格の大人しい子達に人気だ。いつも、お絵かきやら折り紙やら紙芝居やらをしている。と言っても、活発な性格の子達の人気が芳しくない訳では無い。何度同じ事をされてもあたふたするユウキの反応が面白いらしく、色んな事に巻き込まれている。何か、不憫だ。
最後に、自分。当たり前だが、良く分からない。している事が何も無いのも要因の一部だと思う。何もしていない=遊んでいない。になる訳だが、必ず数人の子供が傍に居る。特にテオ。彼は四六時中傍に居る。しかし何も要求されない。なので、床に座って一人か二人を膝に座らせ、他の子供達が遊んでいるのを眺めている。大人しい子だけで無く、元気の良い子も。それで子供達に不満は無いらしい。
良く分からん。
ただ、他の五人に比べてスキンシップは多い様に思う。
ズズ……、考えながらコーヒーを飲む。
そこにロウェンの小言が耳に入った。
「つーかお前、部屋で寝てろよ!」
今更だな。
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