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Change Ring  作者: 桜香 辰日
第三話 ~引いて欲しくない時に限って風邪を引く~
73/92

第三話 Ⅴ

 今回は長めです。

 楽しんでいただけたら幸いです。

 フッ……、と唐突とうとつに、自然にエルは目が覚めた。

 どうやら、何時いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

「………………」

 残っている記憶の最後、ベッドにうつぶせに倒れ込んだ体勢のまま、白く塗られた壁を眺める。

 別に面白くも何とも無い。

 まだ頭が覚醒し切っていない所為せいか、将又はたまた熱の所為なのか、詰まらなくも無いが。

「起きたか」

 頭からすれば後ろ、体からすれば右の方から、今ここに居るはずの無い声に声を掛けられる。

 驚いた事でぼんやりと頭の中にただよっていた霧が晴れ、一気に覚醒する。

 首を回して声のした方を振り返れば、勉強用のデスクに左(ひじ)を着いて椅子に座っている男が居た。

「何で……」

 ここに居るんだ? とエルは最後までつむげなかった。

 自分が発した声が思っていたよりかなり力が無い事に気付き、またしても驚いたからだ。

何故なぜ、と問われても、多少異なっているとは言え、主が高熱を出して寝込んでいるとなれば、心配しないわけ無いだろう?」

 エルの問いの続きを察し、渋く威厳のある声で返答する男が顔をこちらに向けてくる。

 顔の造りは美形、イケメンでは無く、男前。見た目は40前半位。髪は黒、長くも短くも無い。ただ、瞳に宿る深い深いあか色が、彼が人間では無い事を静かに語っている。

「と言いつつ、手にあるそれは何だよ? バアル」

 男の手にあるビールを指し、エルは半目になって突っ込む。

 バアル。

 それは召喚魔術で喚起する事が最も難しい、召喚獣の中で最上位に存在する者の名。

 ソロモン72柱の魔神が一柱、序列じょれつ一番、66の軍団をひきいる東の王。

 それがバアルである。

 と、そんな凄い存在であるバアルだが、エルにとってはちょくちょく自分の元へやって来てはビールを飲んで魔界に去って行く、ただの飲んだくれのオッサンである。

 見目が良い上に魔神のステータス補正なのか、何か凄いオーラをまとっている彼にはワインやシャンパンが良く似合う。だというのに、ジョッキに注がれた冷たいビールをプッハァー! と言いながらグビグビ飲んでいる姿には、正直、幻滅する。否、した。

 前に大量のビールを飲みながら居座るバアルへ向かって、

「魔界に持って帰って飲んだ方が変身していなくて済むから楽なんじゃないか?」

 と言ったら、

「本当の姿でも変化した姿でも何も変わりは無い。むしろ、本当の姿よりも人の姿の方が便利で洗練されているから魔界でもずっと人型だ」

 己の存在を否定してないか? と思われる返答を返された。

 さらに当時、最近ツマミを知った彼は、

「それに、魔界だとツマミが無い」

 心底悲しそうな顔して付け加え、俺より何十倍何百倍も生きてる奴がたかがビールとツマミで……、とただでさえげんじていたエルのバアルに対する畏敬いけいの念を完全に消失させた。

 話は変わるが、一体何故、エルとバアルがこの様な関係なのか、どのようにして出会ったのか気になると思う。

 全てを話すと長くなるのでつまんで説明しよう。

 昔、とある大魔術師ポンコツがバアルを召喚しようとして、色々あって魔方陣が破砕し呼び出されたバアルが暴走する、という迷惑(きわ)まりない結果を生み出したのだ。

 それを治めたのがエル、という訳である。

 以前、召喚魔術まがいの魔術をエルはやった事がある、とつづった。これがバアルの言った、多少異なるとは言え……、に繋がる。

 彼等の出会いは、またの機会に語るとしよう。

 バアルが魔界に帰還できた時点で契約は破棄して良かったのだが、それまで人間界に接触した経験が無い彼は一度だけ口にしたビールを大層気に入り、契約を破棄するのは勿体もったい無いと言ったので契約したまま、今に至る。

「暇だからな」

 先のエルの質問に、バアルが答える。

「それに、お前の状態を知ったそいつ等が慌てふためいていると思ったからな」

 ピッ、と指差されたのは俯せ状態のエルの右脇腹。

「?」

 掛布団かけぶとんの上には何も無いので、バアルが示したのは布団の中だろう。

(あれ? そういえば俺、自分に掛布団なんて掛けたっけ?)

 不思議に思いながら布団をめくる。

「………………」

 右脇腹の横に、居た。

 二つのかたまりが。

 一つは金色。まるで金のべ棒の様につややかな。そして、ふさふさもふもふさらさらしている。

 もう一つは白色。白過ぎて輝かんばかりの。こっちは、つるつるぴかぴかすべすべしている。

 二つの塊は同時に、むくり、と首をもたげ、エルを見上げる。

 金色の塊は、翡翠色の瞳と犬の様な形の大きな耳に尻尾を持った狼。

 白色の塊は、瑠璃色の瞳と鱗と蝙蝠こうもりに似た翼を持った所謂いわゆるドラゴン。

 どちらも、狼、ドラゴン、というには小さ過ぎるが。小型犬位の大きさしか無い。

「おはよう」

 取りえず、挨拶。

「おはよう」

「おはようございます」

 子狼と子ドラゴンが返してくる。

「ごめん。心配かけて」

 言って、上半身を起こすエルの膝に二匹が上ってくる。

 体をこすり付けてくる二匹の頭を撫でる。

「久しぶり。ザイン、アルバ」

「久しぶりだ。エル」

「お久しぶりです」

 気持ち良さそうに目を細めるザインとアルバに、エルの口元は自然と緩む。

 しばらくして、ふと時計に目を移せば、針は12時を示していた。

「もう昼か……」

 一度起きた時は確か7時だったので、5時間近く寝ていた事になる。

「結構眠ってたんだな」

 感想をらせば、白ドラゴンのアルバがピコッと顔を上げる。

「朝は何か食べましたか?」

「スープ飲んだ」

 心配そうな声にエルが答えれば、一転して説教をしている様な声音に変わる。

「駄目じゃないですか、しっかり食べないと」

「ごめん」

 もう、と言ってアルバはベッドから飛び降りる。

 そして、床に着地する瞬間に小さなドラゴンの体は女性の姿へと変わった。

 年齢は25歳前後に見える。腰まである真っ直ぐな長い髪はドラゴンだった時の鱗と同じ色。瞳もドラゴンの時と同じ。

 服はドラゴンという単語に似合わない巫女装束。上は白ではかまは紺色だ。

 顔の造りは眉目秀麗びもくしゅうれいで、優しい雰囲気をかもし出している。

「食べやすい物を作って来ますから、待ってて下さいね」

 振り返って告げる声は人を落ち着かせる。

「ありがとう」

 礼を言うと、アルバはキッチンへ向かった。

 視線を膝の上に戻し、エルは言う。

「ザインもありがとう。心配かけてごめん」

「気にしなくて良い。最近会えていなかったから、寧ろ嬉しい位だ」

 少し低めの、こちらも人を落ち着かせる美声。

 エルがファルベント魔術学院に入学してから二ヶ月。学院に来るまではほぼ毎日顔を合わせていた事を考えれば相当長い期間になる。

「……うん」

 嬉しいのは、エルも同じだ。

 自分の都合でザインとアルバを外へ出せていないので申し訳無い気持ちもあるが、それ以上にこうやって顔を合わせて言葉をわし、触れられる事が嬉しくて仕方が無い。

 ちなみに、ザインもアルバと同じ様に人型へ変身できる。

 変身した時のザインは、狼の姿をす様に髪は金色でほんの少し長め。瞳は翡翠色だ。服装は白いシャツに黒いジャケットとズボンの大人な服を着ている。勿論もちろん見目も良く、クールな感じが印象的な25歳前後の青年となる。

 所で、ザインとアルバがどういう存在なのか説明しておかなければなるまい。

 まず最初に言っておかなければならないのは、二匹は召喚獣では無い、という事。

 関係無い話だと思われるかもしれないが、ケレステア神殿には、守護の輪、というにび色でブレスレットの形をした輪がある。

 これはクロス=エントラーレが作り出したと言われる特殊な魔具だ。

 守護の輪はいくつかの特別な力を持っている。

 一つは、神子の選出。神殿にとって大きな意味を持っている。

 基準や原理は不明だが、神子となる者が触れると反応する。

 二つ目は、前述した反応。守護の輪が神子として認める者が触れると、その者の手首にブレスレットが形成される。

 形は様々。無論むろん色も。守護の輪と同じ鈍色のブレスレットである事は一切無い。エルのブレスレットは金の輪と白の輪が螺旋らせんを描き、からみ合った形をしている。

 そして、このブレスレットの形成と同時に作られる者がある。守護獣、と呼ばれる者だ。

 この守護獣がエルの場合、ザインとアルバに当たる。通常、守護獣は一人の神子に付き一体なのだが、エルだけ特殊で二体いる。

 守護獣、とは文字から推察できる通り、神子を守る者だ。これは次に記す三つ目の力にとって大きな役割を負っている。

 三つ目。それは結界を張る力である。規模はヴァルト中立自治領全土。これは領土として中堅程の大きさしか無いヴァルトが、大国として存在し続けていられる理由の一つをになっている。

 また、この結界があるがゆえに、ヴァルトの領土は縮小も拡大もしていない。

 この力を引き出せるのが、神子ただ一人なのである。

 神子は自身の腕に作られたブレスレットを通じ、守護の輪に働きかけて人一人では到底()し得ない大規模な結界を張るのだ。

 となれば、神子の身が狙われるのは至極しごく真っ当で当然の事である。

 で、神子を守るために守護獣が居る、という訳である。

 守護獣のその存在のり方は、生物というより式に近い。

 式とは何らかの物質を核として、性能の差は別として魔術によって体や思考、心を生成された者の事で、主が死ぬと消えてしまう。故に、彼等の死は消滅と表現される。

 ついでに書いておくと、魔術によって生命を操る事は禁忌とされている。

 式との違いは、主が死んでも消滅しない事と魔力を動力源にしていない事だ。

 それでザインとアルバの核は当然、エルの手首にある金と白のブレスレットである。

 エルは現在、自分が神子である事を隠している為、普段二体はブレスレットの中にいる。

「おかゆが出来ましたよ~」

 無言でザインを撫で続けていると、ニコニコ顔でアルバがお粥の盛られた皿が乗ったお盆を両手で持ち、部屋に戻ってきた。

 自分がお粥を作っている間、エルにべったりだったザインに文句を言う事は無い。

 雌、あるいは女性として生まれたからか、アルバはお世話が大好きだからだ。

 そしてザインは、狼の時はそうでも無いけれど、人型の時は見た目にそぐわずスキンシップが大好きである。

 どちらもエル限定で、と注釈ちゅうしゃくが付くが。

「ありがとう、アルバ」

 ザインが降りた膝の上にお盆が乗せられる。

「いただきます」

 蓮華れんげで湯気が立つお粥をすくい、ふぅふぅと息を吹き掛け冷ましてから口に入れる。

「ん。美味しい」

 アルバに感想を告げれば、彼女は花がほころぶ様に笑う。

「良かったです」

 それからザインとアルバは話しかける事無く、お粥を口に運ぶエルを見続けた。

 見られているエルの方からすると、ちょっと所では無く恥ずかしい。

 食事が終わり、一息付いている所でずっと黙ってビールを飲んでいたバアルが口を開く。

「で、体調を崩した理由は分かっているんだろうな?」

 さっきまでの穏やかな顔とは一変した、真剣な表情。

 分からない、と言ってはいけない。言ったら何をされるか分からない。

 恐ろしや。

「分かってる。抑え込み過ぎた」

「そうだな」

 出した答えは間違っていなかったらしい。

「……練習したから、大丈夫だと思ってたんだけどな」

 分かってはいた。でも、口にしてしまうと気落ちする。

「抑えていた事もそうだが、急に魔力を中途半端に使った事が大きな原因だな」

「ああ」

 お前が悪い訳では無い。そうなだめる様に言われて、気持ちが少し軽くなる。

「そもそも、エルの魔力はまだ体に対して大き過ぎるから、仕方の無い事だ」

「他の人にとって心配する必要の無い事も、エルはどうなるか誰にも分かりませんし」

 ザインとアルバのフォローも入る。

「前例と言っても、Gランクの魔力を持った人間はクロス=エントラーレ以外に居ないから意味が無い」

 金狼の追加した言葉に、エルは頷く。

 エルの今の橙色の髪と銀色の瞳は偽りだ。本当は空色の髪に金色の瞳をしている。この事が世間に知れれば平穏な生活など夢のまた夢なので、隠しているのだ。

 ロウェンとマリアも黄色の髪に緑の瞳では無く、本来は緑の髪に黄色の瞳をしている。あの二人は学院で魔術を学ぶ事の他に、エルの護衛の役割もっていたりする。エルと同じく彼等も色を隠しているのは護衛をしやすくする為と目立たない為だ。

 だが、色を偽装するだけでは魔力は隠せない。

 人は意識が及ばない所で体から魔力がにじみ出しており、魔力の保有量が多いほど滲み出る魔力は多くなる。

 魔術師はその滲み出る魔力から、相手がどれ程の魔力を持つか大体読み取る事が出来る。その為、エルは魔力が体外へ出過ぎない様に抑制している。ロウェンとマリアも同様だ。

 ただ、魔力保有量のけたが違い過ぎるのか、魔力を抑制しているとエルだけ体調を崩すのだ。これは魔術師の常識から外れている事である。

 今回の発熱もそうだ。鍋へギュウギュウに押し込めていた魔力をほんの一瞬、ほんのちょっとふたを開けるならまだしも、バルドとの試合で中途半端に開けてしまった。そして鍋から一気に溢れ出て来ようとする魔力を、また無理矢理鍋に押し込んだが為に体の中で魔力が暴れまわってダウン、という事だろう。普通なら無い。

 他にも色々と常識が通じない点がエルには多々あるので、平気だと思っていたのにっ倒れた、なんていうのはザラにある。

 これは放って置けない。何とかせねば。と、何時だったか現状を改善しようと立ち上がった事がある。

 それは残念な結果に終わった。

 Gランクの魔力を持つエルの参考になるのは、クロス=エントラーレしかいない。

 クロス=エントラーレは世界的に有名な名前だ。だがしかし、調べてみれば彼について分かっている事は非常に少なかった。

 世界初の魔術師。

 世界で只一人の魔力Gランク保持者。

 ヴァルト中立自治領の建国者。

 ファルベント魔術学院創設者。

 チェンジリングの発見者。

 などなどなど……。

 調査しても出て来るのは教科書で出て来る様な基本的な事ばかり。挫折。心が折れた。全く役に立たない。

 エルの脳内辞書のクロス=エントラーレの項目に、謎の人物、が書き加えられた瞬間だった。

 回想していると、再びバアルに声を掛けられる。

「エル、お前何時まで隠すもりだ?」

 魔力を。

 彼は真剣な顔のままだ。

「よもや、一生隠し続ける訳じゃ無いだろうな?」

 声音からは察しにくいが、エルを心配しての言葉に微笑する。

「いや、隠すのは神子としてヴァルトの皆の前に出るまでだ」

 魔力を一生隠し続けるのは、どう考えても難しいし、誰にとっても負担になるのは間違いない。

 この先、自分が守る人達に嘘を吐きたくも無い。

 それに、こういう秘密はどうせ何時かバレてしまう物だ。

 なら、自分からバラした方が良い。

「そうか」

 素っ気無くバアルは返した。

 神子として動き出せば、どこかかせの無かった自分は居なくなる。

「もう少しだけ……」

 近い内に失うだろう、周りの目を気にしなくて良い自由な時間を思って、エルは呟く。

 だが、変わらない物もある。

 バアルを見、膝に居るザインとドラゴンに戻ったアルバを視界に収める。

 思わず、フッと笑ってしまう。

 今ここにいるザインとアルバを含め、バアル達は多分、エルの為にここにいる。

 魔力によってエルの体に掛かる負担を軽減させる為に。

 多少異なっているとは言え、バアルは召喚獣でザインとアルバは式。呼び出すにも帰還させるにもエルの魔力が必要になる。

 また、彼等はエルの魔力を使って、自分達が居るのをさとらせない様に気配をつ魔術を行使している。自分の魔力だ。分からない訳が無い。

 それを言ってしまえば、感じている穏やかで温かい優しさがどこかに行ってしまいそうだから決して口には出さない。

「次からはそうなる前に魔力を発散するんだな」

「分かった」

 バアルの忠告にエルは素直に頷いた。

 お読みいただき、ありがとうございます。

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