第二話 Ⅸ 下
前回の続きです。
お楽しみただけたら幸いです。
「いらっしゃい」
エルが生徒会室の扉を開けると、そこには笑顔で出迎えてくれた副会長のクラリスと書類整理をしている書記のキリルの二人しかいなかった。
別に不思議でも何でも無いが、全員が揃っている所しか見た事の無いエルには違和感がある様に映った。
「ルリエー副会長、会長達はどうしたんですか?」
「生徒会と風紀委員会と神官部メンバーのお披露目会の調整で出て行っているのよ」
疑問を感じずにはいられないクラリスの答えに、エルは再び質問する。
「お披露目会って何ですか?」
エルの言葉にクラリスは少し驚いた顔をした。
「あれ? 聞いてない? 今日の朝のホームルームで先生から話される筈だったんだけど」
(スハイツ先生……、また忘れたな)
今日一日でかなり堪ったストレスの影響か、エルは何時もの事であるスハイツの連絡ミスにイラッとした。
その時、スハイツは背筋がゾクッとしたとかしなかったとか。
担任への苛立ちをおくびにも出さずにエルは話す。
「そうなんですか? そんな事は言ってなかったですね……。連絡し忘れたんでしょうか?」
その時、スハイツはクシャミをしたとかしなかったとか。
「なら、説明するわね。簡単に言えば、この前の顔合わせの相手が学院の生徒全員になるってだけの話よ」
向こうは名乗らないけどね、とクラリスは付け加える。
「ほら、顔も知らない人間が過激な喧嘩の仲裁に入ると、ますます過激になっちゃうかもしれないでしょ? だから、顔を覚えてもらう為にお披露目会をするんだよ」
のんびり口調のキリルが参入してきた。
「あぁ……」
エルの頭の中では、過激な喧嘩=魔術を使用した戦闘、ますます過激=怪我人・死人が出る様な戦いになる、としっかり変換されている。
「それは何時あるんですか?」
「今週の金曜日よ」
「分かりました。ありがとうございます」
日取りを聞き、まだ余裕がある事に安堵しながらエルはクラリスに礼を言う。
そして、三日前に言われた席、キリルの隣に座るエルにクラリスは言った。
「後、多分心配する必要は無いと思うんだけど」
「心配?」
エルが聞き返せば、クラリスはコクリと頷く。
「お披露目会の最後に、メンバーに異議が無いか生徒達に聞くの」
クラリスの言葉にエルはきょとんとする。
「それが、何で心配になるんですか?」
「異議を出した生徒とその生徒に反対された生徒は試合をしなきゃいけないの」
「え?」
「異議を出す生徒は自分の方が相応しいって言ってる訳だから、それを証明するには試合が手っ取り早いし」
「ええ?」
「性格や頭の良さも大事だけど、最終的にはやっぱり実力が一番重要視されちゃうからね」
「ええぇ?」
「まぁ、生徒会や風紀委員会の仕事は面倒臭いと思ってる人が大半だろうし、生徒全員や教師達が見てる前で異議を申し立てる度胸を持った生徒なんてそうそう居ないから大丈夫だと思うんだけどね。実際、ここ数年はそんな事なかったし」
突然クラリスの口から出て来る何が何でも避けたい事柄に、エルは衝撃を受けた。
衝撃を受けながらも、気になる事をクラリスに訊く。
「負けたらどうなるんですか?」
「それは反対した方かな? それとも反対された方かな?」
笑顔でクラリスに返される。
「あ、えっと、どっちも……です」
主語を忘れるとは……、エルはかなり動揺しているらしかった。
「勿論、勝った方は生徒会、または風紀委員会入り、負けた方は入れないわ。どちらにしても、負けた方はと《もちろん》っても恥ずかしい上に屈辱よね」
「ですよね……」
試合なんてしたくない、絶対嫌だ。そう思いながらも、異議を出される可能性が誰より高いであろう自分に、エルは溜息を吐くしかない。
明らかにテンション駄々下がりのエルに、隣に座るキリルが励ましの言葉を掛ける。
「大丈夫、大丈夫。そんな生徒、滅多に居ないから」
可能性を消す事は出来ないが。
「そうですね。そんな生徒が居ない事を願って頑張ります…………」
力無いエルの声が部屋に落ちた。
まだ話は終わらない。クラリスが口を開く。
「そんな事よりも」
エルにとっては全くそんな事では無い。
「エル君、私の事はクラリスって呼びなさい」
命令口調だが、強制力はあまり無い。
クラリスの要求にエルは首を振る。
「無理です。ルリエー副会長を呼び捨てなんて出来ません」
拒否するエルに、クラリスはぷぅ~と頬を膨らませる。
「これから一年間一緒に活動していくんだから、そんな他人行儀な呼び方じゃ駄目でしょ」
クラリスに睨まれるエルは折れるしかない。
「……分かりました。それじゃあ、クラリス副会長で」
「駄目。副会長は無し」
「…………じゃあ、クラリス先輩で。これが限界です」
渋い顔をするエルに、仕方無いなぁ、とクラリスは言って続けた。
「これからはそれでお願いね」
「……はい」
言葉とは裏腹に、彼女は満足そうな表情をしていた。
「あ、じゃあ僕も」
クラリスに便乗してキリルも言ってきた。
「皆、僕の事はキリかニーって呼ぶから、このどっちかで呼んで欲しいなぁ」
にこにこにこ。
睨まれるとは種類は違うが、こちらも断りにくい。
「……分かりました。えっと、キリ先輩で良いですか?」
「うん。それで良いよ」
あっさり許可が出た。もしかして、からかわれたのだろうか……?
彼のおっとりした表情からは何も読み取れない。単に便乗しただけか?
ぐるぐる考えるエルの横で、クラリスがキリルに話しかける。
「ニー君。エル君にお仕事教えてくれない?」
「良いよ。それじゃあ、エル君。お仕事覚えよう」
「え? あ、は、はい……。よろしくお願いします」
個性的な先輩二人に振り回されるエルであった。
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