第一話 Ⅴ
入学式の翌日。
目覚まし時計の音でエルは目を覚ました。
時刻は午前七時。まぁ、早くもなければ遅くもない、無難な時間だ。
いや、今日は休みだから早い方か。
顔を洗い、服を着替えて身支度をする。
部屋にキッチンはなく、食事は全て寮の食堂で食べることになっている。
そして、部屋は相部屋だ。
身支度を済ませたエルは、まだ寝ているもう一人の住人を起こす。
「ロウェン。朝だぞ、起きろ」
「うん? あぁ、おはよ」
ああ見えてロウェンは寝起きがいい。すぐに起きる。
「おはよう。朝食食べに行くけど、行くか?」
「行く」
ロウェンは素早く着替え始めた。椅子に座ってそれを待つ。
「悪い、待たせた」
時間は五分も掛かっていなかったが、一応礼儀としてロウェンが言ってくる。
「いいよ。じゃ行こう」
分かっているので特に何を言うこともなく普通に返し、食堂がある一階に下りる。
寮は完全にではないが男女別の六階建、一階は食堂や談話室などがあり、生徒たちの憩いの場となっている。
そして、二人の部屋は三階にある。
食堂に入ると、中は閑散としていた。
やはり、皆休日なのでまだ眠っているのだろう。
二人はメニューから好きなものを選び、朝食を受け取る。
エルはトースト、ロウェンはサンドウィッチのセットだ。
適当に選んだ席に座った直後、二人の背中に声が掛かる。
「二人ともおはよう」
「おはよう、マリア」
「おはよ」
エルとロウェンはマリアに挨拶を返す。
二人はマリアが食事を受け取ってくるのを待つ。
マリアはロウェンと同じサンドウィッチだ。
三人揃ったところで、朝食を食べ始める。
「「「いただきます」」」
こういった挨拶はタリアに叩き込まれているので、欠かすことはない。
よく喧嘩をするロウェンとマリアも挨拶だけはお互いにちゃんとする。
朝食を食べていると、いきなり近くで声が聞こえた。
「マリア、おはよ!」
「おはよう!」
振り返るとそこには二人の女性がいた。
水色の瞳に少し日焼けした健康そうな肌、ふわふわした栗色の髪はショートカットで、見るからに元気の良さそうな二人だ。
そう、二人。
声を掛けてきたのは双子だった。
顔だけでなく、全てがそっくりだ。
違いは頭にしているリボンの色だけ。
「あ、ナディア、ソフィア。おはよう」
マリアが当たり前のように挨拶を返す。
その言葉にエルとロウェンは驚く。
まさか昨日話した内容を日付も変わらないうちに実行するとは。
マリアは二人の驚いた表情に気づき、双子を紹介する。
「この二人とは昨日知り合ったの。ナディア=サロートとソフィア=サロート。見ての通り双子よ」
「初めまして。姉のナディアです、よろしく!」
「妹のソフィアです。よろしく!」
ナディアは黄色のリボン、ソフィアは黄緑のリボンをしている。
そして、今度は双子に二人を紹介する。
「ナディア、ソフィア。この二人は私の友人で、薄い橙色の髪の方がエル=フェルトゥナ。黄色い髪の方がロウェン=グライフェンよ」
「エル=フェルトゥナです。此方こそよろしく」
「ロウェン=グライフェンだ。よろしく」
一通り挨拶が済んだところで、ナディアが言った。
「一緒に食べてもいい?」
「もちろん、OKよ」
「サンキュー!」
「失礼しまーす!」
双子はエルとマリアの間に座る。
どうやら二人共見た目通りの元気な性格のようだ。
そして五人は食事を取り始めた。
その最中、ソフィアが爆弾を投下した。
「ねぇ。マリアの彼氏はエルさんとロウェンさん、どっち?」
爆弾は見事着弾した。
ぶほっ、とロウェンはコーヒーを吹き出し、マリアはサンドウィッチを喉に詰まらせる。
幸い、エルはコーヒーを口につける前だったので事無きを得た。
危ない危ない。
「俺のことはエルでいいよ」
一応話題を逸らそうと試みる。
「あぁ、俺もロウェンでいいから」
ロウェンも乗ってきた。
「そう? なら私もソフィアでいいよ。」
「私もナディアでいいよ」
だが、その試みは無駄に終わった。
「で、どっちが彼氏?」
再度、ソフィアが聞いてくる。
「どっちも彼氏じゃないわよ! そもそも彼氏なんていないし」
顔を真っ赤に染めたマリアが力いっぱい否定する。
「えぇ~。二人共超イケメンなのに?」
ナディアが不満げな顔をする。
「そうそう! もったいないよ」
ソフィアが真剣な顔をする。
「別に私が彼女にならなくてもいいでしょ! 彼氏がいなくて困ったことないし!」
マリアの顔はまだ真っ赤だ。
「だって、マリア美人だしぃ」
「どっちかが彼氏だったら、美男美女カップルで素敵じゃん」
さすが双子と言うべきか、ナディアとソフィアは互いの言葉を補い合い、淀み無く喋っている。
ニヤニヤ笑う双子の目的は、既にマリアの恋愛事情を探ることから誂うことに変わっているようだ。
「態々私が彼女にならなくてもいいじゃない。二人ともモテるんだから、美人の彼女なんてすぐにできるわよ」
そのことに気付かず、マリアは反論する。
「そうか? ロウェンはモテるが、俺はそんなでもないぞ」
その瞬間、バッ、と音がするような勢いで全員に顔を向けられた。
ロウェンとマリアは兎も角、双子にそんな反応をされるとは思わなかった。
「何だ? 何か間違ったこと言ったか?」
若干戸惑いながら四人に聞く。
「まぁ、確かにロウェンとマリアに比べたらそれほどでもないけど」
ナディアは少し困った顔をしている。
「たぶん別の部分で、色々な意味でエルは二人よりもモテてるよね?」
ソフィアはロウェンとマリアに同意を求めるように見る。
双子は察しが良いらしい。よく分からないがロウェンとマリアは双子に、分かってくれるか、というような顔を向けている。
「あぁ、別の部分でな……」
「色々な意味でね……」」
ロウェンとマリアは疲れたように言う。
「「大変なのね……」」
双子は二人に同情するように言った。
(何故かこういう時ロウェンとマリアは仲良しなんだよなぁ)
などと考えているエルには四人の会話の意味が全く分からない。
気付くと四人が自分を見ていた。
その目には憐れみが宿っているように感じた。
会話は続く。
「でも良くそんなことが分かったな」
気を取り直してロウェンが双子に聞く。
「それは昨日三人を見たからよ」
ナディアが答える。
「ものすっごく目立ってたからね。目に入らない方がおかしいわ」
「特に魔力のランクの確認の時なんか凄かったよ」
「その時に危ない目をした奴がいたから。それでピーンと来たわけ」
双子は笑う。
「ここでもか……」
マリアはガックリと首を落とす。
「ここは学院だし、そういうことが起こる確率は低いと思うよ」
気遣うようにナディアが言う。
ロウェンとマリアが何か希望を見つけたような顔をする。
そこにソフィアが追い打ちをかける。
「まぁ、低いってだけで起こる確率はあるんだけどね」
二人は再び首を落とした。
双子はそれを見てクククっと笑っている。
これは確信犯だな、とダシにされている自分を棚に上げてエルは思った。
騒がしいだろうが、楽しい学院生活になりそうだ。
読んでいただき、ありがとうございます。