第二話 Ⅶ
お楽しみいただければ幸いです。
寮に戻り、部屋で寛いでいたロウェンはドアの隙間から漂ってくる甘い匂いに気付いた。
気付いてしまうと、甘い物が食べたい、と腹と舌が急激に訴え始める。
欲求に逆らわずロウェンはベッドから立ち上がり、リビングへ移動する。
リビングにはカウンターを仕切りにしてキッチンがある。広さはリビング:キッチン=2:1といった所。
そして、キッチンでは甘い匂いの素をエルがせっせと作っている。
「何作ってんだ?」
ロウェンの質問にエルは振り向かず短く答えた。
「青い鳥」
短い答えでロウェンは察する。
「あぁ、そう言えば今週だったな。第二土曜日」
「そう言う事」
以前、カーティスとリズが運営している託児所でエルが渡した青い鳥の包装が成されたフルーツドロップ。
それはケレステア神殿で毎月第二土曜日に行われるバザーで、最も人気な商品である青い鳥シリーズの中の一つだ。
エルはそのフルーツドロップを、作り手の友人だから貰った、と言ったがあれは嘘。
青い鳥シリーズを作っているのはエル。つまり、青い鳥=エル。作っている本人なのだから、持っているのは何の不思議もないのであった。
では、何故あの場で言わなかったのか? 言ったら面倒な事になるのは確実だったので言わなかった。ただそれだけである。
という訳で、エルは間近に迫ったバザーの為にお菓子を作っていたのであった。
「んで、これは?」
青い鳥シリーズのラインアップにない、というか出来ないホールケーキをロウェンは指差す。
「ん?」
ロウェンの文章的な意味で色々足りない質問を量りかねて、エルは後ろを振り向く。
彼の指差すものを見てエルは、あぁ、と理解して答える。
「ストレス発散? いや、気分転換かな。それで作った」
作ったのは今が旬の苺をふんだんに使ったショートケーキ。
「気分転換? 何で?」
エルがお菓子作りを始めた切っ掛けは興味、好奇心、そして疑問だ。
エルの母、ジゼルは料理も好きだがお菓子作りが特に好きな人物で、良く作っていた。
だが、彼女の作るお菓子には特異な点があった。
丸い型の焼き菓子に花が咲くのである。
ゼリーやプリンは勿論の事、四角い型の焼き菓子、パウンドケーキやフィナンシェは極々普通の見た目に出来上がるのだが、何故かホールケーキやマドレーヌの様な丸い形の焼き菓子に花が咲いているのである。
特に何も可笑しなものは入れていない筈なのに、丸い型に生地を流し入れてオーブンで焼き、取り出してみるとスポンジが内から外へ、まるで花弁の様に開いているのだ。
その事がとてもとても不思議だったエルが自分で作り出したのが切っ掛けである。
最初の方は実験みたいな気分でやっていたのが、今では趣味に変わっている。
未だに母、ジゼルが焼き出す花のスポンジは謎のままだ。
あれはもう、そういうものなのだと認識して解明は諦めている。
兎に角、趣味のお菓子作りを楽しみとしているエルが、ストレス発散や気分転換にお菓子を作る事はとても珍しい事なのである。
エルが時計を見ると、そこにはまだ夕食には早い時間が示されている。
「ロウェン、マリアを呼んで来い。食べながら話す」
「? 分かった」
一瞬、疑問符を浮かべたロウェンだったが、素直に承諾してマリアを呼びに部屋から出て行った。
ロウェンがマリアを連れて戻り、お茶とケーキの用意が完了し、ソファに座った所でエルは話し始めた。
「言い忘れてたんだけどな。今朝、生徒会からスカウトされたんだ」
「「え?!」」
口に運ぼうとしていた紅茶の入ったカップとフォークに刺さったケーキを停止させ、驚いた二人が正面に座るエルを見る。
「それで今日の放課後、生徒会室に行って来た」
「「そ、それで?」」
カップとケーキはそのままに、ロウェンとマリアがエルに先を促す。
「断ろうと思って断ったんだが」
「「だが?」」
ゴクリ、と二人の喉が動く。
「向こうも必死らしくて、あの手この手で迫られてな。押し切られてしまった」
「「…………」」
話を聞いて黙り込む二人。
そのまま口を開くまで、エルは茶を飲みながら待つ。
「「どうするんだ(の)?」」
「どうもこうも、引き受けてしまったから。これから生徒会書記としてやっていく事になる」
ここでやっとカップをソーサーに置き、ロウェンが言った。
「俺達は? 神官部の活動生とかになった方が良いか?」
こういう時、話が速いのがロウェンである。
「いや、非活動生のままで良い。特に問題は無いと思うが、もしもの時はそっちの方がお前達は動きやすいだろ?」
「そうだな」
男二人でどんどん進んで行く話にマリアが待ったをかける。
「ちょっ! 生徒会室にいる時とかはどうするのよっ?」
「俺達は今、学院の生徒としてここにいるんだ。やるべき事は四六時中一緒にいる事じゃない」
エルは諭す。
「でも……」
心配そうな顔をするマリアは、頭では分かっているが割り切れないのだろう。
「これから先、何か起こった時に必ず誰かが傍にいるとは限らないだろ? 俺は傍に誰かがいないと何も出来ない駄目人間にはなりたくないし、これも経験、勉強だと思え」
「……分かったわ」
更にエルが説得すれば、渋々ではあるがマリアは頷いた。
「別に、お前等を全く頼らないって訳じゃない。危ないと思った時は呼ぶから、そんなに不満そうな顔をするな」
「うん」
フォローを入れるとマリアは笑って頷いた。
「……なぁ、もう一個食べて良い?」
二つ目を完食したロウェンが三つ目を食べていいか訊いてくる。
「別に誰かにあげる予定は無いから、好きにして良い」
エルは答え、ロウェンの胃袋に感心する。
八ピースに切り分けられているとはいえ、エルが作ったのは普通のホールケーキよりも一回り程大きい。 常人なら一つで満足するであろう大きさのケーキなのだが、三つ目に手を伸ばすロウェンには感心する。
呆れないのは自分が作った物だからだろう。自分が作ったお菓子や料理などを他人に沢山食べて貰えるのは嬉しいものだ。
「私も良い?」
「ああ」
許可を得てマリアも二つ目に手を伸ばす。
エルが一ピース、ロウェンが三ピース、マリアが二ピースで残りは二ピースだ。
「マリア、食べれるなら一つ持って帰れ。ロウェン、後一つは食後にでもしておけ」
「「うん」」
母親の小言の様なことをエルが言えば、二人は素直に了承した。
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