第二話 Ⅳ 下
今回はいつも通りの長さです。多分。
お楽しみいただけると幸いです。
第四訓練室。
置いてあるのは、弓、ボーガン、ブーメラン、投擲用ナイフ、銃。
ナディアにオーソドックスな弓を持たせる。
これも駄目ならもうお手上げである。
ナディアは用意されている的へ向かい、弓に矢を番え、打つ。
打つ。
打つ。
トストストスッ、と中心とは言わないが、見事全て的に当たった。
今までの酷い動きが嘘の様だ。
距離があまり無いとはいえ、弓を始めて持つ者が矢を的に当てる事はとても難しい。多少レクチャーを受けているが、これはナディアの才能の表れだろう。
「弓の才能が突出してる分、他の才能が低いんだろうな……」
エルの言葉に、前の武器の酷さを見ている者達は皆同意した。
弓の才能を発揮している姉とは対照的に、今まで才能を発揮していた妹はこれまでに無い程苦戦していた。
「…………ムンッ」
キリキリと矢を番え、眉を寄せてソフィアは矢を放つ。
ひゅうぅぅぅぅん…………、ぽてっ。
放たれた矢は、手にある時は的の方を向いていた筈なのに手を放した途端真上を向いて力無く飛び上がり、無い勢いを更に無くして進んだ軌道を逆行して落ちた。
「こっちはその逆か……」
エルの台詞に、その才能の恐ろしさを体験した三人は同意した。
頭の片隅で、良かったとエルは安心した。
ヒュンヒュン面白い様に左から右へ飛ぶ矢と、ピョゥンと情けなく真上へジャンプする矢を鑑賞していると、ユウキが言った。
「……そういえば、ロウェンとマリアの武器は剣って聞いたけど、エルの武器は何?」
彼の言葉にエルは記憶を振り返る。
「そういえば言ってなかったな」
話す前に色々あったからすっかり忘れていた。
別に教えなくてはいけない事では無いから気にすることではないが。
「俺の武器はな…………」
言いながら、エルは目当ての物を見つけようと台の上に置かれている武器を物色する。
それは苦も無く見つけられた。
「これだ」
「え?」
エルの手にある武器は…………、銃だった。
そのことに対して驚くユウキは別に可笑しくない。この世界では極普通の反応だ。反対に、驚かなければその人物が普通とは懸け離れた存在であることを示している。下の意味でも上の意味でも。
この世界での銃に対する評価は低い。特に魔術師からの評価は最低だ。魔術師が銃を選ぶ事は先ずありえない。
それは何故か。理由は単純。扱いきれない。ただそれだけ。
魔術師が銃を使う場合、基本的には鉄等で出来た銃弾ではなく、魔力を銃に流し込み銃弾の様に凝縮させた魔力弾という弾をその場で作って撃つ。
口で言うのは簡単だが、これが案外時間の掛かる動作なのだ。
数に制限はあるが、銃の利点は撃った後に直ぐ次の弾が撃てるという連射性だ。
しかし、この魔力弾の生成は普通の魔術師だと弓に矢を番えるより時間が掛かる。
魔力で作っているので銃弾を装填する時に出来る隙も出来ず、また使う魔力は弾が小さい為に極少量で済むのでほぼ無制限、という物凄いアドバンテージが付いてくるのだが、如何せん魔力弾を生成するより次の銃弾を装填する方が速いという、ぶっちゃけて言えば魔術師の実力・才能不足によって銃は魔術師には扱えない物とされている。
もし選ぶ者がいたとしたら、その人物は絶対に天狗より鼻が高い超ナルシストか格好付けたがりの超絶馬鹿かのどちらかだと言われる程には。
ある意味、どの武器より評価が高いのだ。扱えない、そのただ一点がとんでもなく評価を下げているだけで。
そういう訳で、現時点で今のエルを普通の人が見れば天狗より鼻が高い超ナルシストか、格好付けたがりの超絶馬鹿かのどちらかという事になる。
エルの事を知っているユウキが驚くのも無理はない。寧ろ、知っているからこそ驚きは通常より何倍も大きい。
だから、こう言ってしまうのも全く不思議ではない。
「…………使えるの?」
相手に対して失礼な言葉だが、仕方の無い事だろう。
目を真ん丸にして訊いてくるユウキに、エルはニヤリと笑みを浮かべて言う。
「まぁな。それに使うのは一丁じゃなくて、二丁だ」
隠していた左手を、ジャキッ、と出す。
それを見て、ユウキはこれでもかと言うほど開かれた目を更に見開く。
「う、嘘ぉ…………」
魔術師の武器の中で雲の上の存在を一つだけでなく二つとは。
放心しているユウキは本当に驚かせ甲斐がある。エルが内心でドッキリ成功と喜んでいると、スハイツとカルロがやって来た。
「エル、何で銃持ってるんだ?」
どうやらエルが銃を持っている事が気になって来たらしい。
正直にエルは答える。
「これが俺の武器なので」
「はぁ?」
「本当か?」
答えを聞いたスハイツとカルロは、ユウキ程では無いが驚いた反応をする。
「本当ですよ。一応言っておくと、一丁じゃなくて二丁です」
「俺は今までお前のことを頭が良い奴だと思っていたんだが、本当はバカだったのか?」
冷めた目で見てくるスハイツにエルは半目になって言い返す。
「失礼ですね。扱えなかったら持ちませんよ。っていうか、俺は銃じゃなくて剣とか刀の方を持ちたかったんです。十歳位までは刀を持ってましたし」
物語に出て来る様な武器に憧れるのは男の性だ。
「じゃあ何で?」
「周り、特に両親と祖父母に頼まれたんです。正論だったんで、断りきれなかったんです」
「ふぅーん、弓でも良かったんじゃないか?」
「魔力の操作が得意だったので、弓を持つよりメリットが大きかったんです。……それより、油売ってて良いんですか?」
「周り見てみろよ。面倒見る対象がお前等以外いない」
スハイツに言われてエルが周りを見てみると、確かにエル達六人以外生徒は居なかった。
「いつもそうだが、遠距離武器は人気が無いからな」
「でしょうね」
言われなくても周りを見れば分かる。
「……フェルトゥナ。その銃は上級生への牽制の為に持っている訳では無いのか?」
会話を聞いているだけだったカルロがふと口を開いた。
彼の台詞に、チラ、と出入り口付近にいる上級生を見てエルは話す。
「こうやって見せつけているのはそういう意味もありますが、その前にこれが俺の武器なんで、一石二鳥って奴ですね」
事実、エルが銃を持っていると上級生は殆ど出て行った。
色つきの一年生が何の武器を選ぶか気になって付いて来ていたのだろう。
無難なものを選んでいたら、エルは確実に揉まれていた。それは嫌だ。
「エルの実力見たらあんな態度取れないわよ」
呆れた顔をして出て行く先輩達を見ていたマリアは言った。
「あれはもうズルいとか反則とかの域を超えてるもんなー……」
遠い目をして呟くロウェン。
「否定出来んのが痛い所だな……」
同じく遠い目をして認めるエル。
三人の言葉にカルロは目を丸くする。
「そんなになのか?」
「一対一じゃ勝てる気しませんね……」
「馬鹿正直に真っ直ぐ突っ込んだら蜂の巣です」
遠い目で話すロウェンとマリア。
「それは銃が凄いのか? エルが凄いのか? ……いや、どっちもか」
スハイツが自問自答して遠い目をする。
「一度使っている所を見てみたいものだな」
興味深そうにカルロが言った。
彼等の会話は離れた場所にいる上級生には聞こえていない筈だ。
エルは焦点を合わせない様に、未だ一人だけ残っている上級生を見やる。
ネクタイの色は緑。つまり三年生。
背中の半ばまである焦げ茶色の髪を端の方で結んだ女性だ。瞳は群青色。
自分以外の二、三年生が去ったというのに、彼女は一向にここから去る気配すら見せない。ただ会話をしているエル達を眺めているだけ。
その目は観察するものでも探るようなものでも無い。
だが、エルは何時までもただ自分達を眺めている彼女が無性に気になった。
お読みいただき、ありがとうございます。




