第一話 ⅩⅩⅦ 下
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薄っぺらい内容ですが、お楽しみいただけると幸いです。
「蜥蜴を止めれば良いだけの事でしょ!」
マリアだ。
彼女は生徒の前に立つスハイツの隣に立ち、右半身を引いて構え、
「<牡丹>!」
と術名を唱えて何かを投げる動作をする。
発動したのは蜥蜴が作り出すものより大きな火の玉。
それがギュンッと蜥蜴に向かって飛んで行く。
だが、その火の玉は蜥蜴には届かず、その近くでシュンッ……と一瞬で消滅してしまう。
「チィッ」
魔術が消える光景を見てマリアが舌打ちをする。
中々威力のある舌打ちだった。
ちなみに説明しておくと、結界は防御魔術と拘束魔術の二つに存在している。
防御魔術では外から内への干渉を遮断し、内から外への干渉は遮断しない。
拘束魔術ではその逆。勿論、外と内の両方からの干渉を防ぐものも存在している(これは拘束魔術に分類される)。
今スハイツが使用しているのは防御魔術による結界。
だから、中から魔術や武器を放つことには何ら影響を与えない。
「チィッ、じゃないっ!!」
怒りの声と共に、スパコーンッ!!! とハリセンでマリアの後頭部が叩かれる。
「痛ぁーいぃぃぃぃ」
マリアは涙目になってしゃがみ込み、唸る。
彼女の頭をハリセンで叩いたのは、エルだ。
その手にはもうハリセンの影も形も無い。どこに行ったのだろう?
唸るマリアにエルは説教を開始する。
「お前はアホかっ!! 火を纏ってる相手に火の玉放つか普通?! 効果が無いのはちょっと考えれば分かることだろ!! それなのにあんなデカい魔術ぶっ放す奴があるか!!」
「だ、だってぇぇぇぇぇ」
エルはマリアに反論する隙を与えない。
「だっても、でもも無い!! ちょっとは考えろ!! ど阿呆!!」
「…………ごめんなさぁ~い」
すんすん、と鼻を啜ってマリアが謝罪する。
それを見て、エルは溜息を吐く。
「分かったなら良い」
(すっかり忘れてた…………)
そうだ。そうなのだ。エルは忘れていた。喧嘩を買うのはロウェンが速いが、手を出すのが速いのはマリアだという事を。
無駄に力を使わせてしまった。嗚呼、勿体無い。
二人の会話? はまるで喜劇を見ているようだ。
どんより落ち込むエルとマリアを見た者達はこう思った。
(今、ヤバい状況じゃなかったっけ?)
説教している場合じゃないと思うのだが。
「二人とも、落ち込むのはそれくらいにしてさ。そろそろ真面目に動こうぜ」
苦笑してロウェンが仕切り直しを計る。
「さっきから真面目に動いてるわよ!」
シャ―――ッ!! と威嚇するようにマリアが反論する。
だが、ロウェンは言い返さなかった。
「はいはい。んでエル、どうするんだ?」
マリアを適当にあしらって、ロウェンはエルに振る。
その軽い口調は緊迫した現状に全く似合わないものだ。
「ん~……」
悩みながらエルは周りを見回す。
そこには懇願するような目をしたクラスメイト。
「……ハイト。俺を乗せて、火の玉を避けながら、あの蜥蜴の所へ飛べるか?」
ハイトにエルは問う。
「クルル!」
まだ出会って間もない召喚獣は勢い良くエルに答えてくれた。
「おい、ちょっと待て! まさかここから出るつもりか?」
「はい。そうですが」
今言った言葉通りですよ、とエルは答える。
スハイツの台詞の意味を理解していながら。
エルの予想通り、スハイツはエルを止めようとする。
「駄目だ。危険すぎる。絶対当たるぞ」
眉間に皺刻んだままのスハイツにエルは返事をせずロウェンに向き直る。
「俺とハイトに防御魔術を掛けてくれ」
これは保険だ。
ハイトが火球を避けきれなかったり、途中で力尽きたりした場合の。
反対に、ロウェンの魔力が尽きて防御魔術が消えた時にはハイトが保険となる。
どちらも駄目になった場合? その時は自力でやるだけだ。…………相当厳しいが。
「リョーカイ。んじゃ、御武運を」
軽く言って、ロウェンが魔方陣を展開する。
「<双飛>」
魔方陣が輝くと同時に、エルとハイトに結界が張られる。
<双飛>もよく使われる防御魔術だ。違いは、<守陣>は位置固定式で、<双飛>は対象固定式だという事。
エルはロウェンに礼を言う。
「サンキュ」
そしてスハイツの方を向き。
「これで大丈夫です」
そう告げた。
「いや、結界を張れば良いってもんじゃなくて」
自信ありげに言ったエルにスハイツは脱力する。
言われたことにエルは小首を傾げる。
「え? 避けられないって言われたので……」
ロウェンに結界を張ってもらったまでだ。
恍けるエルに、そうとは知らずスハイツは返す。
「そうじゃなくて、危ないからやめろと言ってるんだ」
「大丈夫です。駄目だったら離れて自分で結界張って助けを待ちます」
間髪入れずにエルは返す。
その決意を宿した瞳の力にスハイツが折れる。
「……分かった。駄目だったら直ぐに離れろよ」
「ありがとうございます」
どこか呆れた様なスハイツの言葉に礼を言い、エルは勢いを付けてジャンプしてハイトの背中に跨る。
「エル! わ、私は……?」
若干潤んだ目でエルを見上げ、マリアが問うた。
しかし、エルはマリアを容赦なく切り捨てる。
「お前は反省してろ」
マリアがガックリと首を落とす。
エルはハイトの首をポンポンと軽く叩き、言う。
「それじゃ、頼む」
「クルル!」
任されたヒッポグリフは大きく嘶き、スハイツの結界から飛び出す。
あれよあれよという間に、軽いノリで出て行ってしまった感が無くも無いエルを見て、ユウキがロウェンに尋ねる。
「いいの? 一人で行かせちゃったけど……」
彼の顔には心配ですという文字がありありと浮かんでいる。
「ダイジョブ、ダイジョブ。結界張ったし」
はははっ、と笑ってロウェンは返す。
「まぁ、それはそうなんだけど…………」
「誰かが付いて行っても出来ることなんて無いし。寧ろ、エルの邪魔するだけだから一人で行かせた方が良い」
ハイトがいるから一人じゃないけどな、と快活にロウェンは続けた。
「それもそうだね……」
エルなら何とか出来るよね。知らず知らずの内にユウキはそう確信していた。
◇◇◇◇◇◇◇
バサッ、バサッ、と翼を羽撃かせて飛ぶハイトの背に乗るエルは言った。
「ハイト、今から暴走を止めるが、その為には蜥蜴の近くにいなきゃならない。でも俺は防御に力が割けない。頑張ってくれ」
「クルルル」
力強く返事をしてハイトは蜥蜴へ飛んで行く。
無差別に放たれる無数の火の玉を避けながら。
最初の内は蜥蜴との距離が離れているから大丈夫だろう。しかし、距離が縮まればハイトが避けられないものも出てくる筈だ。
そんな中、エルは目を閉じ蜥蜴へ、正確には蜥蜴の纏う魔力へ意識を集中させる。
空を飛んでいる、自分の意思で移動していない。火の玉が当たるかもしれない、この状況下で目を閉じるという行為は恐怖が先に立って中々出来るものではない。
それは召喚獣への信頼の表れか、将又友人への信頼の表れか、それともエルの胆力が凄いのか。
(強制退去させる前に、魔力を発散させる必要がある…………。火を使ってるから、水で行くか……?)
思考しながら、感覚という頼りない手で、正に暗闇の中を手探りで進むようにエルは魔力を掌握していく。
その速さは慎重さと正確さを最優先にしている為、亀の歩み程に遅く感じる。
エルがそのまま目を閉じ集中していると、突然ハイトの体躯がグラッ……と大きく揺れ、バシィッ! とロウェンの張った結界が火球を弾く。
「大丈夫か?!」
ハイトの背にしがみ付きながらエルは声を出す。
「クルッ!」
声を返してハイトは気合を入れ、体勢を立て直す。
「もう少しだ! 頑張れ!」
励ましの言葉を掛け、エルは切れ掛けている集中を繋ぎ直す。
周囲の音がだんだん遠く、聞こえなくなっていく。
代わりに、ドクンドクンという自分の心臓の鼓動が耳に響いてくる。
時間が無い。
外部からの情報を遮断しているので余計にそう感じる。
あともう少し、あともう少し…………ジリジリしながらエルは魔力を操作。
視界を閉じているので、エルはもう今自分がどこにいるのか分からない。
ただ、炎による暑さと汗で蜥蜴の傍に居る事は分かる。
エルは蜥蜴の魔力をその手に握る。
――――準備が完了する。
「ハイト、上から蜥蜴に突撃してくれ」
召喚主の意図を計りかねたのか、ハイトの体が一瞬震える。
「ゆっくりでいい。突撃したら床に着地しろ」
ハイトは了解したらしく、体が浮き上がる感覚をエルは感じた。
エルの目は閉じられたまま。
ハイトが上昇し終わり、上から押さえ付けられているような感じがピタリと治まる。
「よし。行け」
エルが言った瞬間、ハイトが降下を開始する。
上昇する時とは反対に、今度は途轍もない浮遊感がエルの体を襲う。
その感覚を無視して、エルははっきりとした大声で唱える。
「<瀑布>!」
下を向いているエルとハイトには見えないが、蜥蜴と彼等の頭上に巨大な魔方陣が現れて、ドバアアァァァァァァア――――――ッッ!!! と大量の水を吐き出す。
ちょっと遣り過ぎだが、鎮火という事にしておく。
<瀑布>を発動させた直後、迫りくる大量の水を背にエルは次なる魔術を行使する。
「<強制退去>」
今度は上ではなく、蜥蜴の足元に魔方陣が展開され、間を開けずに魔方陣が輝く。
その輝きは今までの魔方陣の輝きの比ではない。
雷が落ちたような、目が眩むほどの光が発される。
全員が手や腕で目を庇う。
光が収まり数秒して視力が戻った後、巨大な炎の蜥蜴がいた場所には、ずぶ濡れになったエルとハイトだけが水浸しの床に立っていた。
お読みいただきありがとうございます。
ちなみに、<双飛>は双宿双飛という四字熟語の後半から取りました。この四字熟語の意味は、夫婦の仲が良く、常に離れることが無い事。双はつがいの事で、宿は住むこと。つがいが一緒に住み、一緒に飛ぶという意味です。
<牡丹>は花火の名前から。
<瀑布>は、上から大量に落ちてくる水と言ったら滝でしょ、という考えから、滝の別名を使わせてもらいました。
前回出た<守陣>は、守る魔方陣という事で、最初と最後の文字をくっ付けました。




