第一話 ⅩⅩⅤ
今回はスハイツ先生視点です。
第一話 ⅩⅩⅤ、お楽しみいただけると幸いです。
「次ぃ~、ユウキィ~、サロート双子ぉ~」
前の三人の召喚魔術が無事終了したので、スハイツは次の三人を呼ぶ。
「あ、はいっ!」
「「はいはぁ~い」」
小走りで近づいてくる三人。返事の仕方は全く違うけれど。
それまでの生徒達と同じように、スハイツの前に到着したユウキ、ナディア、ソフィアにもスハイツは同じ言葉を掛ける。
「じゃ、この紙に描いてある通りに魔方陣を描け」
「はい」
「りょうかーい」
そう言うスハイツにユウキはコクンと頷き、双子は敬いのない敬礼をする。
三人に召喚魔術の魔方陣(と言うよりも術式)が描かれた紙をそれぞれに渡し、スハイツはその場から少し離れる。
紙を渡された三人は紙と睨めっこをしながら既に魔方陣を描き始めている。
彼等が魔方陣を描き終わるまでスハイツには何もすることが無い。
ただ黙って彼等のすることを見守るだけだ。それにしても、こんな詰まらないことを十数回繰り返すのはやはり詰まらない。
「ふわあぁぁ」
我知らずスハイツの口から欠伸が出てくる。
最初が最初だっただけに、それ以降が平年とあまり変わりは無い筈なのに通常よりも詰まらなく思える。
…………いや、最初が非常識なのだから平年と比べるのはいけない。平年が可哀想だ。
何気なくスハイツは今考えているその非常識な最初に目を向ける。
非常識はいつものように喧嘩するほど仲の良い二人の傍にいる。そして現在も喧嘩をしている仲の良い二人は、クラスの中心的存在になるような性格をしている、またはモノを持っている。対して、非常識にはあまり積極的にリーダーシップを取る性質はないらしい。魔力保有量などの実力的なものを抜いて単純に考えれば、何かと問題を起こすあの二人の傍に非常識がくっ付いているように感じるのだが、何となく、非常識があの二人の傍にいるのではなく、あの二人が非常識の傍にいると言った方が正しいようにスハイツは感じる。
三人を良く知る者ならばそれが普通のことなのだが、まだ会って一か月、それに生徒と教師という立場に差を考えればスハイツの思考は極々自然であった。
(それにしても)
それにしても、生徒達に囲まれて非常識がスハイツに非常識と思われる事になった原因が、非常識に助けを求めているように見えるのだが、非常識はそれに気付いていないのか助けない。あれ程の助けてオーラを出されれば気付きそうなものなのだが、と思った所で逆にスハイツは気付く。
あれは気付いていないんじゃない。敢えて無視しているのだ。と。
(確かに助けるの面倒臭いもんな~。そりゃ無視するわ)
エルの考えとはちょっとズレていた。
そんな事をつらつら考えていると、いつの間にか魔方陣を完成させた三人を代表してソフィアがスハイツを呼ぶ。
「先生ー、出来たよー」
「んあ? ああ、分かった」
スハイツは先程と開けた距離を今後は縮める。
「じゃ、発動していいぞ。三人同時に」
「はい」
「うぃ」
「うん」
素直にユウキとナディアとソフィアは頭を上下に一度振る。
後ろ二人の返事の悪さをスハイツは気にしない。
彼は三人が怪我をしないように結界を張り、また周りに被害が出そうな時の為に自分や他の生徒を守る準備、心構えをする。
目の前に展開されている魔方陣で三人が召喚魔術を発動する。
エルや他の生徒と同じように、三つの魔方陣は一秒ほど光って溶けるように消える。
そうして現れ出でたのは、貶す訳ではないがエルが召喚したヒッポグリフとは比べるのも烏滸がましい程に小さな者達だった。
まずはナディア。呼び出したのは虫の様な半透明の淡いライムグリーンの羽を二枚持った少女の妖精だ。
大きさは掌よりも少し大きい位。薄い黄色の瞳に、レタス色の髪を後ろで団子状にして結んでいる。人より長く尖った耳が特徴的だ。
「下級三位だな」
スハイツは一見して短く言い切る。
細かいところまではいかないが妖精の階級は実に分かり易く、背中の羽の数で見分けられる。
二枚であれば下級、四枚であれば中級、六枚であれば上級となっているのだ。
妖精はスハイツの言葉を耳に入れず、自信を呼び出した召喚主を見て無邪気に口を開く。
「私はフリサ。風の妖精だよ。あなたは?」
「私はナディア。ナディア=サロートよ。初めまして」
「初めまして。多分しないと思うけど、一応聞くね? 私と契約する?」
妖精の少女は、自分が呼ばれた手段が通常の召喚魔術ではなく簡易召喚魔術であることを理解しているらしかった。
「ごめんなさい。失礼だけど、今回は試しで召喚したの。契約はしないわ」
残念そうにナディアがフリサの質問に答える。
ショボン……としたナディアを見て、フリサは満足そうに笑って言った。
「分かったわ。契約する時が来たらまた呼んでもらえると嬉しいな。あなたとなら楽しい時間が過ごせそうだもの」
一度召喚したが、契約はしていない召喚獣をもう一度呼び出したい場合、術式にその召喚獣の名前を書き込めば召喚することが出来る。ただし、それが出来るのは一回だけだ。
「ええ。ありがとう。契約するのを決めたら、絶対にあなたを呼ぶわ。フリサ」
「ふふ。じゃあまたね。ナディア」
「ええ。また」
再会の言葉を告げると、フリサの足元に魔方陣が現れてその魔方陣と共に彼女も消えていった。
お次はソフィア。彼女の目の前には姉と同じ少女の姿をした妖精がいた。こちらも耳が長く尖っている。しかし、背中にある二枚の羽は、白と言っても可笑しくないほど白に近い水色、月白色だ。
大きさはフリサと同等。ミントグリーンの髪は短く、瞳は意志の強そうなフォレストグリーン。フリサはお姉さんっぽい印象を受けたが、この少女の妖精の容姿は快活さを窺わせる。
妖精は好奇心旺盛な者が多い。この妖精もフリサと同じく、少し口早に話し出す。
「あたしはヴァーミルホ! 風の妖精! あなたは何て名前なの?」
「私はソフィアよ! 初めまして!」
妖精の口調に影響されてか、心なしかソフィアの口調が早い。
「初めまして! 契約しちゃったりする?」
単刀直入にヴァーミルホが質問する。
「ごめんね! 契約は出来ないんだ。まだ契約するかどうかも決まってないの」
「ふ~ん。そっか、そりゃ残念。じゃあ、また機会があったら呼んでね!」
「もちろん! 任せといて!」
「そんじゃ、またねぇー」
「うん! バイバーイ!」
ヴァーミルホもフリサと同じように魔方陣と一緒に消えていった。
風のように速い登場と会話と退場であった。
そして最後はユウキ。
彼の前に現れ出でたのは妖精ではなく、精霊であった。
妖精と精霊の違いの最たるものは背中に羽があるかないか。これが一番分かりやすい。他にある違いは、妖精は人型しかいない、妖精は人工物による力(例えば針、糸、布等)を持つ者がいるが精霊は持たない、といった所だ。
ユウキが召喚した精霊は子熊の姿をしている。色は茶色。万人受けする愛らしい姿だ。
足元で寝そべっている熊の子に、ユウキはしゃがんで緊張気味に声を掛ける。
「ここ、こんにちは……。は、初めまして。ぼ僕はユユユウキ=シノノメで、です」
「んー……。はじめまして。ボクの名前はタブラだよ」
タブラは体を起こして足を開いて座り、左前脚で目元を擦りながらユウキを見上げ、掛けられた震える声に子熊はのんびりした口調で応える。
「き、君は、精霊なのかな?」
「そだよー。大地の精霊」
ソフィアとヴァーミルホの会話とは反対に、ユウキとタブラの会話は進みが遅い。
「ユウキは、ボクと契約するの?」
「ううん。ごめんね。契約はしないよ」
タブラの持つ良く言えばゆったり、悪く言えばダラダラした雰囲気に、ユウキの心は落ち着いてきたようだ。
「そっかぁ~。んじゃ、ばいばい」
さして残念がる様子もなく、タブラはあっさりと別れを告げる。
「うん。バイバイ」
子熊とは反対に、ユウキは寂しそうな顔をしてタブラに手を振る。
魔方陣がタブラの足元に現れる。
そのまま子熊の精霊は消えると思われたのだが。
「あ、そうだ」
思い出した、という言葉と共に、魔方陣の輝きが少し弱まる。
「ばいばいする時はこう言うんだった」
ユウキから外した視線を戻してタブラは言った。
「縁があったら、また」
その言葉に、どうしたんだろう? と目をぱちくりさせていたユウキは、キョトンとした顔を笑顔に変えて返す。
「うん。縁があったら、また」
そしてタブラは消えていった。
無事に三人の召喚獣が帰還したのでスハイツは結界を解き、説明する。
「ナディアとソフィアの召喚獣は下級三位だな。ユウキは下級二位」
「下級三位かぁ~。そりゃそうだよねぇ」
「まだホントに駆け出したばっかの、殻をちょっと破っただけのひよっ子だもんねぇ」
「下級、二位…………」
双子は妙に納得顔。ユウキは放心している。
そんな三人に淡々とスハイツは言う。
「サロート二人に関しては別に言うことは無いな。殻をちょっと破っただけのひよっ子とも言えないひよっ子が下級三位以外呼べる訳ないからな」
事実、エルとユウキを除いた他の生徒達は全員下級三位だった。ロウェンとマリアはまだ召喚していないので除外。
「ま、ユウキは見てる限り魔力の操作が上手いようだし。他にも色々やってるみたいだから、そのお陰だろうな」
頭一つ飛び出ている、と評価する。
「おぉ~い、ユウキィ~」
「目を覚ませぇ~」
双子がユウキの顔の前で手を振る。
ハッとしたユウキが、ブンッといきなり頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」」
「聞いていたのか……?」
スハイツの言葉は耳に入っていないと思っていた。聞いているなら最初から放心などしないで欲しいものだ。
気を取り直して三人にスハイツは言う。
「お前等、もう終わったから戻っていいぞ」
「はーい」
「うぃっす」
「分かりました」
ナディアとソフィアとユウキが戻っていく。
「次で最後か」
呟き、名簿に書かれた名前を見てスハイツは顔を顰める。
最後はロウェンとマリア。
エルという前科があり、この二人も面倒臭そうだったので、後回し、後回し、と先延ばし手にしていたら、最後になってしまっていた。
「はぁ……」
仕方ない。これが最後。スハイツはそう思って、綺麗に掃除された床へ気合の溜息を吐く。
そして顔を上げ、口を開く。
「最後ー。ロウェンとマ……」
しかし、彼の言葉が最後まで紡がれることは無かった。
例え最後まで紡がれていたとしても、誰の耳にも届かなかっただろう。
それほどにいきなりで、それほどに大きな異変だったのだから。
無味。無臭。無形。無音。不可視。
異常を感じたのは味覚でも嗅覚でも触覚でも聴覚でも視覚でもない。
チェンジリングを潜った者にとっては、第六巻に次いで第七感とでもいうべき感覚。
魔力を感じる感覚。
第四訓練室にいる全員が一人の例外もなく、同じ方向、同じものを見ていた。
良くも悪くも、何か大きなことが起こる瞬間というものは、途轍もなくゆっくりと、だが指一本動かす暇もなく過ぎてしまう。
人がそう感じるのは予感したからか、予見したからか、それとも予知したからか。
それとも、識っていたからか。
スハイツにも、その長く短い時間が到来していた。
何も出来ない。
それは当然の事。だって、それは一瞬なのだから。
故に、その場を支配するは静寂。
しかし、一瞬である為にその張り詰めた静寂はすぐに破り去られる。
破り去ったのは火。
そして、グワァッッ!!! と、一気に火が炎へと膨れ上がる。
巨大化した炎が、ゆらゆら揺れる炎ではない輪郭を持つ。
曖昧に、だがしっかりと。
形成されたソイツは、首を擡げ、吠えた。
「オオオォォォォォ――――――――――ッッ!!!」
巨大な、炎の蜥蜴が。
お読みいただき、ありがとうございます。




