第一話 ⅩⅩⅣ 下
すみません。ちょっと遅れました。
お楽しみいただけると幸いです。
「クルルルル?」
「あー、それは、試しにやってみただけであって、俺が契約しようと思ってないからだ」
スハイツの脇で慣れない召喚獣との会話に四苦八苦するエル。
ヒッポグリフに何か問われて答えているエルにスハイツが訊く。
「何て?」
「えっと……、何で契約しないの? って逆に訊かれました」
「はあ……。何でって言われてもなぁ……」
その気が無いとしか答えられない。
呼び出される召喚獣には申し訳ないなぁ……、とエルは思った。
二人が話しているところにヒッポグリフがまた何か言う。
「クルルルルルル」
「え?」
ヒッポグリフの言葉を聞いたエルは目を丸くする。
スハイツが訊く。
「何て?」
「契約しないと帰らないって。お前が気に入ったから、契約するって言ってます」
困惑顔でエルはスハイツに答える。
返ってきたその答えにスハイツは驚く。
「ははぁ、それはまた……」
変わった魔獣もいたもんである。
いや、この場合はエルの人徳、魅力といった所か?
「エル、どうする? 説得でもするか?」
講義では闘い方の選択肢があることを教える為に召喚魔術を教えたのであって、契約目的で召喚魔術を行使した訳ではない。召喚獣との契約はエルの未来に大きな影響を与えるだろう。本来なら色々と相談して、時間をかけて決めることなのだ。故にこの場で、しかも短時間で決めろというのは無理がある。
このまま召喚獣の言う通り、簡単に契約をさせるのは教師として見過ごすことは出来ない。エルが否と言うのであれば、最悪この召喚獣を殺してでも止める覚悟をスハイツは決める。
だが、エルは意外とあっさり答えを出した。
「いえ、これも何かの縁だと思いますし、契約します。幸い、俺は魔力保有量が多いですし、何とかなるでしょう」
あまりにも淡々とした物言いにスハイツは拍子抜けする。
「それでいいのか? 将来にも関わることだぞ?」
心配になってくるスハイツ。
「それを言うなら、今ここで契約をしないことも将来に関わる選択です。契約は別にいつでも破棄できますし、特に問題は無いと思います。相手が俺を気に入ってくれているので、これ以上の良縁は無いんじゃないでしょうか」
どこまでもエルの口調は淡々としている。
言われてみれば通常、契約時は召喚主と召喚獣の信頼関係はゼロからのスタートだが、エル達は召喚獣が召喚主を気に入っている為、まだ信頼関係はゼロと言っても関係を築くスピードは相当速いはずだ。
エルの言う通り、これ以上の良縁は無いかもしれない。
「……分かった。これが契約の魔方陣だ。これを召喚獣に掛けるだけで契約は完了だ」
淡白なエルの様子に呆れながら、魔方陣が描かれた紙を懐から出すスハイツ。
彼の心境としては、なるようになれ、と言った所か。
「ありがとうございます」
気乗りしていなさそうな担任にエルは笑って礼を言う。
契約魔術は、簡潔に言うと召喚主と召喚獣の魔術的な関係を強化する魔術だ。
使うことで出る違いは、召喚獣の名前を呼ぶだけで召喚獣を呼び出せるようになるのが一番大きな違いだ。
他にも、離れていても大体どこにいるか分かったりするようになるし、怪我をすればそれが伝わるようになったりする。
使用に必要なものは召喚主と召喚獣の名前だ。
「じゃあ改めて、俺はエル=フェルトゥナ」
「クルルルルル」
「ん。分かった」
自己紹介を済ませ、エルは魔方陣を描く。
ベースの周りに術式を描き込み、最後に自分とヒッポグリフの名前を書く。
完成した魔方陣をヒッポグリフに翳し、魔術を発動。
光り出した魔方陣は拡大しているように大きくなり、ヒッポグリフの頭上に瞬間的に移動すると彼を包み込むようにして消え去った。
終わった後、エルは召喚獣に言う。
「これからよろしく頼むな。ハイト」
「クルルルル」
ハイトは機嫌よく返事をした。
問題が片付いたので気を取り直してスハイツがG組の生徒に声を掛ける。
「んじゃあ、三人ずつ名前呼ぶから、呼ばれた奴は前に出てこい」
そして、彼は三人の生徒の名前を呼び、エルにしたのと同じように召喚魔術の魔方陣が描かれた紙を見せる。
エルは皆の邪魔にならないようにハイトに言った。
「ハイト、帰っていいぞ」
この台詞、もう四回目だな……、なんて地味にエルは思う。
しかし、ハイトはフルフルと首を振って拒否。
またも断られたエルは仕方ないなぁと苦笑し、言った。
「ここにいると邪魔になるから、こっちにおいで」
手招きしてハイトを誘導する。
エルは気を遣って固まっているクラスメイト達と離れた場所に移動した。
そこにいつものメンバーが歩いてくる。
「エルお疲れ~」
軽く手を振りながらナディアが労う。
「ああ」
エルは手を振り返して返事をする。
「ビックリしたよ。いきなり頭突きなんてされてるから」
苦笑いしてユウキが言う。
彼のことだから、その時は顔面蒼白だったに違いない。
「あれは俺も驚いたよ。まさかああなるとは思ってなかった」
苦笑を苦笑で返すエル。
今さらだが、明日お腹が青黒くなってたらどうしよう……、とエルは心配になる。
「ねぇねぇ! エル! この子触ってもいい?!」
いつの間にかエルの後ろで興味津々にヒッポグリフを見上げていたソフィアが訊いてくる。
これは一体何なんだ……、とハイトは謎の生命体を見るような目で彼をキラキラした目で見つめいているソフィアを見ていた。
その様子に笑いを誘われながらエルはハイトに了承をとる。
「ハイト、こいつ等がお前に触りたいらしい。触ってもいいか?」
「クルルル」
ハイトは快く了承してくれた。
「良いってさ」
「やったぁ!」
餌を前にして待てをされている犬の如く大人しくしていたソフィアが嬉しそうにハイトに触る。
「フワフワァ~。スベスベェ~、わしゃわしゃぁ~」
実に幸せそうだ。
「私も良い?」
ヒッポグリフを撫でているソフィアを羨ましそうに見てナディアが訊いてくる。
「もちろん。ユウキも良いぞ」
エルはついでに興味深げに見ているユウキにも言う。
こいつ等、と一々許可を取らなくて済むようハイトに訊いたので問題は無い。
自分が興味を持っていることをエルが気付いているのに気付いたのか、ユウキは少し照れて礼を述べる。
「うん。ありがとう」
そして、気の弱い彼はハイトに恐る恐る手を伸ばす。
ゆっくりと縮まっていくその距離と時間がとてもじれったい。
すぐ傍では双子が遠慮なくハイトの上半身を羽毛を触りまくっている。
ユウキの怯えがエルには無意味に見えてならない。
彼にそれを言った所で、何も変わらないか若しくは落ち込まれるだけなので何も言いはしない。
ある意味残念で、ある意味面白い光景だ。
しばらくすると、ナディアとソフィア、ユウキに好奇心を揺さぶられたのか、クラスメイトが意を決したように訊いてくる。
『俺(私)達も触ってみてもいい?』
「どうぞ」
くす、をエルは笑って快諾する。
異界の生き物に会える機会は少ない。さらに、それに触るとなると機会はもっと少なくなる。触らせてくれる異界の生き物となるとほぼ契約して人に慣れた召喚獣しかいなくなるからだ(誰だって初対面の者に体を撫でまわされたくはない)。さらにさらに、異界の生き物を見るのは初めての人が多いはず。その上、それが御伽噺に出てくるあのヒッポグリフなのだから、好奇心が抑えられないのは当然だ。
数分後にはぞろぞろと数人ずつハイトの周りに生徒が集まり、最後にはスハイツに呼ばれている者以外のG組全員がヒッポグリフを囲んでいた。
ハイトは自身の周りに集まっている人に戸惑っている。
その戸惑いを落ち着かせる為にそこから離れるか右往左往したいのだが、如何せん周りをがっちり囲まれているので身動きできない。
結果、頭はぐるぐるの困惑状態なのに、体は固まっていて微動だにしない。
助けて~と召喚獣の心の声が聞こえているような気がするが、面白いのでエルはハイトを放置。
傍観に徹していると、脇から声が掛かる。
「良かったのか? 契約して」
ロウェンだった。
「ああ。魔力もそんなに深刻なほど減ってない」
答えると次はマリアが言ってくる。
「でも、別に契約するほど必要じゃなかったんじゃない?」
その台詞の裏は、呼ばれないハイトが可哀想だ、とも、エルにとって邪魔になるから心配だ、とも取れる。
マリアの心遣いに苦笑してエルは返す。
「俺はお前ら二人と違って近距離戦闘が本業じゃないからな。何かあった時に召喚獣がいるのは頼もしいだろ?」
「だからって今じゃなくても、あのヒッポグリフじゃなくてもいいじゃない。エルならもっと格上の奴を呼べるでしょ?」
本気で心配そうな顔をするマリアに苦笑を深くしてエルは答える。
「ハイトは俺を気に入ってくれて、懐いてくれてる。これ以上、条件の良い召喚獣はいないだろ?」
「エルが良いなら、私もそれで良いけど……」
何を言っても心配は消えない。仕方のないことだ。
「そんなに不安がらなくても、そうそう不安になるような危ない目に遭うことはねぇよ」
ファルベント魔術学院だぜ? とロウェンがのたまう。
「だな。だから大丈夫だ、マリア」
エルはダメ押しする。
「分かったわ」
マリアは吹っ切るようにコクンと頷く。そして顎に手を当て、キュッ、と眉を寄せて呟いた。
「それにしても、ロウェンに諭されるのは不本意ね……」
ロウェンにとっては聞き捨てならない台詞だ。
エルにとっては余計な一言。
もちろん、ロウェンはちゃんと聞き取っている。
「んだと? 文句あるのか?」
もちろん、マリアの言葉はロウェンの怒りにしっかり火を点けている。
もちろん、喧嘩が始まる。
「殊勝なアンタって不気味だわ」
顔を顰めてマリアが自身の肩を抱く。
「突っ走らないお前より、夏に雹が降ってくる方がまだ確率が高い」
お返しとばかりにロウェンが言い返す。
「お馬鹿さんに言われたくないわね」
「猪に言われたくねェ」
(はぁ……)
どうにかならないものか、と心の中でエルは溜息を吐く。
辺りを見回すが、助っ人になってくれる人物はいない。スハイツは講義中、他はハイトに夢中だからだ。
(はぁ……)
もう一度、エルは溜息を吐く。
あっちはワイワイ、こっちはギャアギャア。
一人で何とか喧嘩を止めようかな、と思ったが面倒臭くなったのでエルはロウェンとマリアを放置することにする。
そこで、はた、と気付く。
オレ、スハイツに似てきてないか? と。
ショックだ。
「次ぃ~、ユウキィ~、サロート双子ぉ~」
エルが落ち込んでいると、ユウキ達三人にスハイツからのお呼びがかかる。
「あ、はいっ!」
「「はいはぁ~い」」
タタタタッと小走りで三人はスハイツの下へ。
なぜ仲の良い三人がまとめて呼ばれるのか。
そういえば、呼ばれているのは全部仲の良い者同士だったような気がする。理由は恐らくくだらないので考えない。
お読みいただき、ありがとうございます。




