第一話 Ⅲ
前回よりも長くなっております。
「見られてないか? 俺達」
現在、エルとロウェン、マリアの三人はファルベント魔術学院の入学式に出席する為、大講堂に向かって歩いている。
ファルベント魔術学院は、ヴァルト中立自治領で一番最初に設立された魔術学院だ。
そんな中でのエルの発言である。
「そりゃあ、リングを潜るのは式の後だからな。俺達が注目されるのは仕方ないだろ」
「寧ろ、注目されない方がおかしいと思うわ」
何を今さら、という様にロウェンとマリアが返す。
因みに、リングとはチェンジリングのことだ。
「いや、まぁ、そうなんだが……」
納得できない、という心情を表すように返事が尻すぼみになる。
二人に言われた、注目されている理由は言われなくても分かっている。
ここに来る前に自分達が多少注目されるであろうことも予想していた。
普通、魔術学院に入学する新入生は入学式の後にチェンジリングを潜る。
そして、リングを潜った者は魔力を得る。
通常ならそれだけなのだが、中には例外もいる。
約一割の確率で他者よりも突出した魔力量を得る者がいるのだ。
その者達はリングを潜ると同時に髪と瞳の色が変わる。
また、その色と組み合わせによって上下がある。
便宜上、あった方が楽なのでランクが付けられている。
上から順に、
髪 瞳
ランクG・・・青―――――金
S・・・緑―――――黄,白
A・・・紫―――――赤,桃
B・・・銀―――――橙
C・・・赤,桃――――紫
D・・・橙―――――銀
E・・・黄,白――――緑
F・・・金,茶,黒―――青,茶,黒(色が変わらない者)
このように髪と瞳の色が変わる者達は『色つき』と呼ばれている。
なお、同じランクであっても個人差があり、色の濃淡がある。
因みに、ランクG…青い髪に金の瞳になったのは、世界初の魔術師クロス=エントラーレのみである。
そして、今現在ファルベント魔術学院にいる三人の髪と瞳の色は、エルが薄い橙色の髪に銀色の瞳で、ロウェンは蒲公英のような黄色い髪に深緑の瞳、マリアはほんのり黄みがかった白い髪に瞳は若葉色である。
一行はもう既に自分達がチェンジリングを潜っていることをその髪と瞳の色で宣伝しているも同然なのである。
しかも、今日は入学式である為、新入生以外の生徒はほぼいない。
周囲の視線が彼らに集まるのは無理のないことであった。
それでも自分達に視線が集中しすぎているような気がするのは自分が自意識過剰だからなのか。
そう思うのは、視界にいる人(いや、視界にいない周囲の人も)全員がずっと自分達を見つめているからだ。
穴の開くほど見つめる、ということを実践されているような感じだ。
この状況は異常ではなかろうか。
そんな周囲の視線を感じて居心地悪そうにしているエルを見て、
((うーん……))
と、ロウェンとマリアは思案する。
実は、エルが感じている居心地の悪さを二人も感じていた。
先ほどエルに言ったことは嘘ではない。
ただし、それは三人が注目されている理由であって、注目され過ぎている理由ではない。
そして、エルとは違い、二人はその理由を知っている。
気が付いているかもしれないが、三人とも所謂美形と呼ばれる容姿をしている。
しかし、三人がただの美形か、若しくはロウェンとマリアだけだったならば、もっと軽く済んだはずだ。
今のように、じぃぃぃぃぃっ、という文字が見えるくらいに見つめられている状況にはならない。
そうなっている理由はエルの持っている空気というか、オーラというか、雰囲気にある。
客観的に見て、中性的なエルの顔はロウェンやマリアよりも劣っている。
だが、それを補って余りある、人を惹きつける雰囲気を彼は持っているのだ。
(やっぱ、見ちゃうよなぁ)
(見ちゃうわよねぇ……)
心の中で二人は周囲の人達に共感する。
二人も彼に初めて会った時は彼から目が離せなかった。
共に過ごして八年が経つ今でも、無意識に見ていることがある位だ。
そんな八年間一緒にいる人物をも惹きつける吸引力をエルは持っているのだ。
その吸引力に慣れていない周囲の人々が彼に見入るのは当たり前だった。
そして、そんな彼に良からぬ思いを抱く不届き者が現れるのは必然だった。
その上、中性的な容姿がその思惑に拍車を掛ける。
彼を襲おうとする奴らは意外と多かった。
中には女性もいたが、ほとんどが男だったのには心底呆れた。
ロウェンとマリアと周囲の人々は、そんな奴らから彼をずっと守っている。
勿論、襲おうとして来た奴らは皆ボッコボコにしてやった。
ざまぁ見ろ、自業自得だ。
……兎に角、エルにそれを教えたら複雑な気持ちになると思うので誰も教えない。
エルが知らなければ、周りの者も心置きなく不届き者を叩き潰すことが出来るのだから一石二鳥だ。
なんという素晴らしき平和的解決。
最近はちょっと面倒臭くなってきているが。
まぁ、理由の大半が前述の通り自分達が気持ち良く悪者退治をするためなのだが、ちゃんとしたものも(僅かにだが)ある。
まず、雰囲気はその人が周囲の人達に感じさせるもので、自覚することはほぼできない。
故に多くの場合、指摘されてもピンと来ない。
そんなものを説明して理解させるほどの話術を二人は持っていなかったし、例え理解させることが出来たとしても、それを消すことは不可能に近い。
しかも、説明するのは「人を惹きつける雰囲気」。
『お前は人を惹きつける雰囲気を持っていて、その所為で皆お前を見てるんだ』
なんて台詞は、自分達も見てました、と告白しているようなものである。
エルが馬鹿ならそんなことには気付かないだろうが、生憎彼はかなりの洞察力を持っている。
絶対に気付かれてしまう。
エルはああ見えて結構人を弄るのが好きなのだ。
普段はほとんど弄らないが、自分の主張を通したい時などにそういう面が出てくる。
立ち位置から考えて、一番近くて親しいロウェンとマリアが標的になることは間違いない。
それでことあるごとに弄られることも。
(死ねる。恥ずかしさで死ねる)
(無理。耐えられない)
そんなことは二人とも御免である。
(エル、悪い。許してくれ)
(ごめんね、エル……)
二人は自分達のためなのか、エルのためなのか分からない理由による変な罪悪感を背負いながら、まだ考え込んでいるエルと共に大講堂へと歩いて行った。
読んでいただき、ありがとうございます。