第一話 ⅩⅩⅡ 上
今回はちょっと長いです。
皆さん読むの頑張って下さい。
初めて闘うシーンを書きました。
思ったより短い戦闘ですが、そこは甘く見てもらえると助かります。
第一話 ⅩⅩⅡ 上、お楽しみいただけると幸いです。
「お願い! 先生を、皆を助けて!!」
焦った少年の懇願に、エルは行動を開始する。
事情をゆっくり聴いていられるほどの余裕がありそうではなかったからだ。
「分かった」
言って、エルは少年に背を向け、しゃがむ。
「……え?」
少年は「分かった」と言われて笑顔を浮かべたが、エルの行動の意味が分からず困った顔をする。
「乗れ。こっちの方が速い」
かなりの距離を走ってきたのだろう、少年にもう体力がそれほど残っていないことを見て取ったエルは少年を促す。
エルの言葉に、コク、と頷くと少年はエルの背中に乗った。
「どっちに行けばいいか教えてくれ」
背中の少年にエルは言う。
「うん!」
力強く少年は返す。
「行くぞ!!」
後ろの五人に大声でそう言って、ダッッ、とエルは走り出す。
ロウェン達が後ろから付いて来ていることを、振り返ったりして確認することなくエルは少年に指示された通りに全力で走る。
「次、右!」
「そこ左!」
エルの型に両手を着いて身を乗り出しながら、少年は道を示していく。
「そこ右に曲がって真っ直ぐのとこ!!」
エルは角を右に曲がる。
「あれだよ!」
少年が指を差すその先には一人の女性と数人の子供達が、いかにも性質の悪そうな男達に行く手を阻まれていた。
「金出せっつってんだろ!!」
不良グループ、なのであろう。その中の一人が女性、恐らく少年の言っていた先生に怒鳴る。
「だから、お金は持っていません! どっかへ行って下さい!」
子供達を背後に守り、女性は言い返す。
不良達は彼女達の前だけにおり、後ろには一人もいない。
だが一人の女性が、走りが遅く体力の無い子供達を連れて、男の集団から逃げ切るのは無理である。それを承知して不良達も全員前にいるのだろう。
恐らく、少年が人気のない路地で助けを探していたのも同じ理由だ。
「嘘つけ! 持ってない訳ないだろうが!」
金を出さない女性に焦れているのか、男達の顔は苛立ちを露わにしている。
「ありません!」
女性は気丈に言い返しているが、その手は震えている。
無理もない。彼女は頼れるものが何もない状況で、子供達を守らなければ、という一心で男達と相対しているのだ。
「いい加減にしろよ?! 大人しく金出せば何もしねぇっつってんのに、このアマぁ!」
男達の苛立ちがピークに達しようとした、その時。
「女性と子供達を相手にカツアゲするのは、男として情けないと思うんだが?」
嗚呼、何て本の中に出てくる正義のヒーローのような気障ったらしいセリフ。
今一瞬でも気を抜けば、顔から火を噴きだして穴が無くても穴を作って人目も憚らずその奥深くに入り込んで悶絶してしまう、とエルは確信する。
横合いから入ってきた第三者の声に、不良達が女性と子供達の向こうへと目を向ける。
「ま、カツアゲ自体、人としてどうかと俺は思うが」
声の主は少年を背から降ろして歩いてきたエルであった。
「んだ?! テメェ!!」
突然現れてきたエルに、邪魔するな、と男達が眉を吊り上げ睨む。
エルは女性と男達の間に立つ。
「助けを求められて来た者だ」
エルはそう言って後ろにいる少年を親指でクイックイッと指差す。
「このガキィ!!」
舐めた真似しやがって! と不良の一人が言う後ろで、何人かがひそひそと話していた。
「テメェ、その髪の色、魔術師、それも学生だな?」
ひそひそ話をしていた中の一人がエルに問いかける。
「意外と見ているんだな。それがどうした?」
挑発を混ぜて冷静にエルは返す。
「一般人に魔術を使えば捕まるぜ?」
ヴァルトでは対象が犯罪(それも相当に重い罪)を犯している等の特別な事情が無い限り、魔術師が魔術を使えない一般人に魔術を放つことは固く禁止されている。
どんなにお金を積んでも、最低は刑務所行きとなる。
そして、これは特別な事情には入らない。
つまり、エルは魔術を使えない、使ってはならないということだ。
「学生の、まだ孵っても無い卵に何が出来んだ?」
エルの挑発にヒクッと口元を引きつらせながらも、魔術を使えないエルに負けるはずないと思った男は嘲笑う。
「もう目的は言った」
即答するエル。
しかし、男は無視して言った。
「テメェが金出すってんなら、見逃してやるぜ?」
あくまで見下す姿勢の不良達にエルは言い返す。
「悪いな。今日は買い物に来たからそれなりに金は持っているが、お前達に与えてやるような金は一切持っていない」
「んだと、テメェ!!」
男達の言葉に、エルはさらに続ける。
「分からないのか? つまり、お前達には俺が金を与えてやるような価値は無い、と言ったんだ」
「こんの、糞ガキがぁぁぁぁ!!」
怒りが頂点に達した一人が、腕を振りかぶって両者の間にある距離を詰め、エルに殴り掛かってくる。
だが、エルは避けない。
「お兄ちゃん?!」
後ろに立つ少年が焦った声を出す。
今エル達が立っている場所は、大人二人がギリギリ並んで歩けるくらいの曲がり角の無い路地。
当然、後ろにいる少年や女性、子供達にエルの表情は見えない。
前にいる男達も一人が彼に殴り掛かっているので、その一人以外に彼の表情を見ることが出来る者はいなかった。
そして、唯一、エルの表情を見ることが出来た男は見た。
少し俯いて、目が髪で隠れている彼の口元がニヤリと笑っていたことを。
「ナイスタイミング」
とエルの口が動き終えた瞬間、男は顔に衝撃を受け、視界がグルンッ!! と周り男は意識を失った。
ドサッ……と男が仰向けに倒れて気絶する。
だが、仲間をやられた男達の視線は倒された仲間ではなく、別の人物へ向いていた。
その人物はエルに殴り掛かろうとしていた男めがけて、エル達の頭上から現れ、顔面ドロップキックをお見舞いしたのだ。
「ったく……。突っ立ってないで動けよな」
立ち上がって呆れた声で文句をエルに言ったのはロウェンだ。
彼は一番後ろにいた子供達の後ろから、ダンッッ!!! と地面を蹴り、二メートルほどの距離を飛んできたのだ。
「敵を倒すには隙を突くのが一番だからな」
彼の文句にエルは笑顔で応対する。
「間に合わなかったらどうするつもりだったんだよ」
反省の色が無いエルを軽く睨んでロウェンが言う。
「そんな心配、一ミリもしてない癖に」
絶対の自信があるようにまた笑顔でエルは返す。
「それでも、もしかしたらって思ってるんだ。一パーセント位は焦ってるんだぞ」
小言を言うように苦い顔でロウェンはエルに言う。
「悪い」
小言を聞いたエルは苦笑して謝る。
「じゃあ、罪滅ぼしとして後は俺が全部やるか。この前も今も働かせちゃったことだし」
とエルは続ける。
「この前って、走った時のか? あの時はお前も働いたろ?」
エルの言葉を正確に理解してロウェンが訊く。
「見た目だよ、見た目。ロウェン達は明らかに動きましたって感じだけど、俺は立ち止まって、歩いて、口動かしただけだからな。気分の問題だよ。それに、助けを求められたのは俺だからな」
一番最初に彼の目に入ったのが俺だったってだけの話だけど、とニッと笑ってエルは返す。
「そーですか。じゃ、黙って後ろを守ってますよ」
少し呆れたようにロウェンが後ろに歩いて行く。
「よろしく☆」
ノリで言って、エルは男達に向き直る。
「という訳で、ここからは俺が相手をする。アイツは手を出さないから、安心していい」
それは誰がどう聞いても、残り五人いる不良達に一人で勝てます、と言ってるようにしか聞こえない。
「舐めんじゃねぇぇぇ!!!」
この台詞が試合開始のゴングとなった。
ドドドド……と縦二列で迫ってくる五人の男達。
まず、エルは姿勢を低くして、一番先頭の男と距離を一気に詰める。
「ッッ?!!」
一瞬で目の前に現れたエルに驚く男の鳩尾にエルは右ストレートを放つ。
ドスッ、と重い音がして男が崩れ落ちる。
倒れる男にエルは構わず、二列目の二人の男のパンチをしゃがんで避け、曲げた足を利用して飛び上がり、三列目の左にいる男の左の横っ面に左足でキックを入れる。
「ガッ?!」
「ぅあっっ?!!」
蹴られた男は気を失い、右にいた仲間を巻き添えにして壁にぶち当たる。
「こ、のっっ!」
パンチを躱した二人の内の一人が再び右手を振りかぶり、エルに殴り掛かってくる。
蹴りを放った力を利用して振り返ったエルは、自分を殴ろうと放たれた拳を右に動いて避け、その伸ばされた腕を下から右手で掴み、次いで上から左手で掴んで地面に投げ落とす。
地面には石が敷き詰められており、叩きつけられれば相当な痛みが襲ってくる。
三人目の男を気絶させ、投げ落とした力に逆らわずエルは再びしゃがみ、背後で腕を振り上げ構えている男に右足で足払いを掛ける。
「なっ?!」
驚いた声を出し、倒れかけている男の腹へ、ズンッ、とエルは右肘をを入れる。
「ぐはっっ!」
と言って、四人目が倒れる。
そして、倒れかかってきた仲間が太っていた為に重く、その下から抜け出せずに四苦八苦している最後の一人の下へエルは歩み寄る。
しかし、男はそれに気づかないらしく、必死に抜け出そうと地面に肘を着き、突っ張っている。
エルが男の前にしゃがみ込んだ時に、男はようやくエルに気付き。
「ひっ!」
情けない声を出す。
「あのぉ……、手伝いましょうか?」
男の頭上から降ってきたエルの言葉は、その場にそぐわぬものだった。
「…………………………は?」
喧嘩をしている相手にこんなことを言われれば、男の目が点になるのは必然だろう。
「いや……、何か死にそうだから…………」
真にそうであった。
男の上に乗っかっているのは、相撲取りのように太った奴だ。
ではなぜ、狭い路地に二人が並んでいられたのかと言うと、逆に敷かれている男が痩せているからだ。
見た目は男、男性、表すよりは、青年と言った方がしっくりくる。
お相撲さんに敷かれている青年の顔色は、青ではなく白に近い。
エルの口からつい、手助けする、なんて言葉があっさり出てくるほどには。
プライドを捨てて敵に助けてもらうか、プライドを守って命を捨てるか。
大袈裟に感じるが、今青年にはこの選択肢が目の前にある。
命か、プライドか。
そんなの答えは決まっている。
迷うことなく青年は選択する。
「助けてください…………」
しくしく、と青年は願った。
これが、試合終了のゴングとなった。
お読みいただき、ありがとうございます。




