第一話 ⅩⅩⅠ 参
調子が良かったので、二つ投稿です。
第一話 ⅩⅩⅠ 参、お楽しみいただけると幸いです。
今から二時間五十五分前、ショッピングタウンに入って五分。良さそうな店を発見した双子は男性の意見を聞きたいからという理由でエルを連れて入った。もちろん、ロウェンとユウキは外で待機。
店に入った後、エルはマリア達が服を探して自分の体に当ててみたり、店員に欲しい服を訊いたりしているのをぼぉ~っと眺めていた。
服をあらかた探し終えた三人は、次に試着の段階へ入った。
まるでファッションショーの様に次々と服を着ていく三人の横で、店員が商品棚から新しい物を持って来て「こちらのトップスも合いますよ」だとか「青もいいですけど黒もお似合いですよ」だとか色々勧めて、売り込みがエンジン全開になる。
そこまでは良かったのだ。そこまでは。
さすが商売人。客に商品を買わせるために様々な方法、方向で攻めていく。
質問された時には、客が求めている服のデザインや色に沿ったものを瞬時に出し、ついでに「この服にはこんなものも合いますよ」とか言って、綺麗な営業スマイルでインナーや小物をどこからかササッと取り出す。
そして試着に入った客に、店員は分析したその客の好みに合ったコーディネートになるような物を出して勧める。
素晴らしい商売魂であった。だがエルにとって、この素晴らしき商売人は不運の材料でしかなかった。というか、不運の料理だったのである。
エルはマリアとナディア、ソフィアに時々意見を訊かれ、それに答えながら、着々と終わりに向かって進んで行くファッションショーを鑑賞していた。
ファッションショーが終盤に差し掛かった頃、偶然にも三人が丁度試着室のカーテンを開け、店員にちょこちょこ質問しながら服について論議を繰り広げている時にそれは起こった。
話の流れだったからなのか、店員がずっと気にしていたからなのかは分からないが、その店員によって、自分は蚊帳の外にいるのだとずっと思い込んで無防備だったエルに爆弾が投げ込まれた。
「お客様、このようなものはいかがでしょうか?」
そう言って店員がエルに差し出したのは、七分袖でフードが付いた黄緑色のTシャツ。所々レースがあしらわれ、丈は膝まである。
(………………は?)
いきなりのことにエルは声も出ない。
一瞬、また意見を訊かれたのかと思ったがそうではないようだ。
差し出されているのは黄緑色のTシャツ一枚。もう一着あれば、どちらが良いか訊かれているのだろうと推測できるが、どう見たって目の前にあるのは一枚だけだ。これ一枚を評価すればいいのだろうか。というより何より、訊いてきているのは店員だ。おかしいだろう。
(……ということはつまり)
この店員はエル自身に勧めているのだ。この服を。
女物の服を。
……エルは店員に女だと思われていた。
自身の姿を見下ろす。
靴は黒のスニーカー。紺色のジーンズを穿き、白い長袖Tシャツの上に黄色のパーカーを羽織っている。まぁ、女性が着ていてもおかしくはない。
髪は男としては普通の長さだ。しかし、昨今の女性たちの間ではベリーショートなる男性並みに短い髪型が流行っているらしい。ボーイッシュな女性だと思われているのだろうか。
そして、身長。コンプレックスになるほどではないが、悔しいことに男としてはほんのちょっと低い部類に入る(ヴァルトの男性の平均身長は約178㎝)。稀に男性より身長の高い女の人はいるから、変ではないだろう。
結論、たぶんエルは男みたいな女だと思われている。
恐らく、最初から店の中にいたことも「エルは女説」を後押ししている。
確かに、自分の顔は中性的だとエルは自覚している。
だが、年齢が十五歳を超えてから女性と間違われたことは一度も無かったので、投げ込まれたのは爆弾だったが、その衝撃は隕石並みであった。
「すみません……。俺、男です…………」
ガックリと肩を落としてエルは言った。
「えっ、あっ、申し訳ありません!!」
店員がこれでもかと言うほど目を真ん丸に見開いて驚き、謝罪する。
その反応はエルにショックしか与えない。
「いえ……。じゃあ、外で待ってるから…………」
前半は店員に、後半はマリア達に言って、エルはゆっくりと店を出た。
「「「うん…………」」」
エルの気の落ちようが憐れすぎて笑えない三人は彼の背中に小さく返した。
「エル、終わったの?」
店から出てきたエルを見て、ユウキが問いを発する。
「いや……、まだだ……」
力無く言葉を返し、エルはユウキの隣で欠伸を噛み殺している人物へ歩み寄る。
ガシッ。
と表現したが、力の入っていない両手をその人物の方に乗せ、項垂れる。
「エル? どうしたんだよ?」
エルの珍しい行動に驚いてロウェンが訊いてくる。
「俺は今、猛烈にお前が……お前達が羨ましい」
答えになってない答えにロウェンの頭の上に? が浮かぶ。
ユウキの頭にも同じように? が浮かんでいる。
「は? 俺等が?」
「ああ」
即答するエル。
その心の中では、バケツ……いや、プール……いやいや、海を引っ繰り返したような豪雨が降っている。
「だって、だって……、お前等は女に間違われることなんてないだろ…………?」
嘆きに近いエルの小さな呟きを聞いたロウェンは事情を察する。
「あぁー、そういう事かぁ……」
彼は憐みの目を斜め下にいるエルではなく、斜め上に向ける。
「どういう事?」
エルの呟きを聞き取れなかったユウキが一人納得しているロウェンに問う。
「この店の店員に、女と間違われたってことだ」
最初に店を、次いでエルを指差し、ロウェンは説明する。
「あー、それは…………」
ロウェンの解説にユウキが納得し、エルを慰めようと口を開くが掛ける言葉を見つけられず台詞が途切れる。
多少の変化はあるだろうが、ほぼ変わることのない事実に嘆く人を慰めるのは至難である。
さらに落ち込ませることになるので本当のことなど言えないし、嘘を言っても気休めにもならない。
共感できれば何か言えただろうが、女性に間違われたことの無いユウキにはエルの気持ちが分かるはずが無かった。それはロウェンも同じだ。
だがロウェンはあっさりと言った。
「まぁ、その内元に戻るだろ。気にすんな」
ロウェンは肩にエルの両手を置かれたまま、本当に何もしない。
「いいの?」
心配顔をするユウキにロウェンがまたもあっさり言う。
「ああ。これは一時的に嘆いてるだけ。ストレス発散みたいなもんだ」
これ、とロウェンはエルを指差す。
ユウキは心配半分、納得半分の顔をする。
「そっか。ならいいけど」
それから暫くして店から出てきた三人に、エルは開口一番こう言った。
「用がある時だけ、呼んでくれ……」
力の無い声に強制力はない。
しかし、それは力に於いてであって、感情にはあった。
弱々しいお願いは、五人の耳には悲痛な叫びに聞こえた。
「ええ、分かったわ……」
ついさっきまで高かったテンションをガタ落ちさせてマリアが了承する。
双子がその隣でコクコクと頷いていた。
その後、女性達はロウェンとユウキに袋を持たせ「何で俺が持たなきゃならないんだよ!」と文句を言うロウェンを「これからまたお店見るんだから邪魔でしょ!」、「女の荷物を男が持つのは当たり前!」、「紳士を学ぶのよ!」と黙らせ、買い物を再開した。
ちなみに、ユウキが袋を持たされている理由は「いっぱい荷物を持たせれば、たくさんの視線にに晒されてる気分になるから、それで度胸を付けさせる」とのことだった。
逆効果になるかもしれないとは考えないのだろうか。
お読みいただき、ありがとうございます。




