第一話 ⅩⅩⅠ 弐
第一話 ⅩⅩⅠ 弐、お楽しみいただけると幸いです。
ヴァルト中立自治領には27の都市がある。
そして、都市は大体、中央区、東区、西区、南区、北区の五区に分けられている。
大きな都市になれば五区の他に、南東区、北西区など、方角に合わせて増えていく。
そしてそして、区はまた幾つかに分けられているのだが、そんなことを言っていると説明長くなるし面倒臭いし、別に知らなくても問題は無いと思うのでここで切らせてもらおうと思う。
現在、エル達の生活の拠点となっているファルベント魔術学院は、ミュートというヴァルトの中でも五指、いや、三指に入る大都市の更にそのど真ん中―――中央区に位置している。
つまり、彼等はヴァルトの中で超の付くお都会で暮らしていたりするのである。
寮を出て三十分、六人は何でもない話に大量の花を咲き乱れさせながら、目的地である街に着いた。
街と言っても、エル達の目の前にある通りは洋服店、装飾品店、レストラン、文具店、書店等々、数え切れない位の店がびっしりと立ち並ぶショッピングタウンだ。
ただし、規模が違う。
ズラ――――――――――ッ! と、どこまでも続く店、店、店。
本気でどこまでも続いている訳ではない。ないのだが、そう表現せざるを得ないほどに物凄く長い行列が見る限りは道を挟んで二つある。
その行列の正に先頭、二つの店によって線引きされた通りのスタート地点に立つ六人は皆一様に、うわぁ、と口を開けて声にならない声を上げている。
だが、込められている意味は全く同じではない。
意味は二つ。一つは女性陣、もう一つは男性陣。
まずは女性陣、彼女達は年頃の乙女らしく、貨物列車よりも長い店の列の長さ=店の数の多さに瞳からキラキラ輝く光の粒(涙ではない)を零しながら歓喜している。
彼女達のうわぁには、嬉しさが込められた驚嘆符が三つほど付いてくる。
次に男性陣、こちらは女性陣が歓喜している店の多さに、死んだ魚の様な目をしている。その顔に浮かんでいるのはまだ一ミリも積まれていないはずの疲労。
彼等のうわぁは、全体的に力が無く、語尾は消え入るようではなく消えてしまっている。その中には、これから精神的にも体力的にも富士山並みにうず高く積まれていくであろう疲れを予感し、逃げられはしないという諦めと嫌だなぁという拒否感がマーブル状に混ぜ合わされて混在していた。
店に入ってもいないのにテンションが鰻登りの女性陣と、通りに足を踏み入れてもいないのにテンションが地面を通過して地下まで落ちている男性陣。
両者のモチベーションは正に天と地ほど、いやそれ以上の差が出来ていた。
現在の時刻は八時三十分を少し過ぎたところ。
普通なら、まだ店が開店することは無い。あと約一時間三十分待つ必要がある。
しかし、休日は通常の開店時間の十時より一時間三十分早くここのショッピングタウンの店は開店するらしい。
女性陣にとっては素敵なことだが、男性陣にとっては余計なことである。
まばらだと思っていた人の数は予想を裏切り、結構な数の人が歩いていた。
店の店員はお勧めの商品や、値段や割引率が書かれたボードを持ったりして客を呼び込み、興味を引かれた客が店頭に並べられている商品を眺めている。
マリアとナディア、ソフィアもその例に漏れず、当初の予定通り洋服店の勧誘に誘われて入る度にキャピキャピ騒ぎながら服屋と服屋を梯子していく。
それにしても。
「店、多いなぁ……」
女性たちの後を付いて行きながら、しみじみと改めてエルは呟いた。
視界には一直線に並ぶ店達が映っている。しかし、隙間なく並んでいるかと訊かれると、うんとは頷けない。
今、エル達が歩いているのはショッピングストリートではなく、ショッピングタウンだ。ストリートの方でも曲り道があるのに、ここに曲り道の一切無い一本道などあるわけがない。
それは、道を曲がった道にもまた店があるということを意味しており、さらに曲がればまた店が、さらにさらに曲がればまた店が、という展開が待っている。
それだけ沢山の店が並んでいて、どうして空き店舗が目に入らないのか、不思議なものである。
「そうだな……」
買い物を始めて三時間、ロウェンが疲れを滲ませてエルの言葉に同意する。
その手には、現在四件目の服屋で服を見ている三人が買った洋服の袋がすでに三つ、ぶら下げられている。大きさやデザインはそれぞれ違うが、三つ共それなりに膨らんでいる。
「そうだね……」
こちらもロウェンと同じく、疲れを滲ませてユウキが同意する。
ロウェンの手に無い異なったデザインの袋が一つあるが、彼の手にもロウェンと同じように三つ袋がぶら下げられている。
完全に荷物持ちとなっている二人とは対照的に、エルの手には何もない。
この差は買い物が始まってからの行いの差である。
「ねぇ、来て来てー」
ソフィアが店の中から顔を出し、外で待っている男三人を手招きする。
「分かった。今行く」
そう言って、エルは店へと足を踏み入れる。
対して、ロウェンとユウキはその場に立ったまま、店には入らない。
この差が、彼等の手に荷物があるかないかを分けているのだ。
ロウェンはナディアの口車に乗せられて来ているので、面倒臭いと言って付き合わない。ユウキは、恥ずかしいから入れない、だそうだ。
何とも二人らしい理由である。
以上のことから、動くのがエルだけとなっているのだが、別にエルが優しくて度胸があるということではない。エルだって、何度も服を見せられて意見を訊かれれば多少の面倒臭さを感じるし、女性服売り場に足を踏み入れるのは気まずい。
だが、それでも素直に言う事を聞くのは自分の両親の買い物姿を見ているからだ。買い物中、エルの父が母の言う事を聞かなかったり突然いなくなったり等の粗相をすると、その場がどんな場でも構わず母が暴君と化すのだ。その光景を見る度に、気を付けよう、とエルはいつも思う。
他の人の買い物姿をじっくり見たことは無いから断言できないが、少なくとも、エルは買い物をする女性にはあまり逆らわない方が良いと思っている。
「ねぇ、エル。どっちが良いと思う?」
店に入り、ソフィアに付いて行った先でエルはマリアに訊かれる。
目の前では、胸元と袖口にリボンがあしらわれた桜色のワンピースとセーラー服の裾を伸ばしたような白いワンピースをエルが見やすいようにナディアが持っている。
「んー……。桜色の方が良いんじゃないか? 季節に合ってるし。白い方は夏っぽい感じがする」
しっかりと考えた上で答える。
ここで適当に「どっちでもいい。好きなの着れば?」という様な答えを出せば、不興を買って後で恐ろしい目に遭うこととなる。
「そっかぁ。んじゃ、こっちにしよっと」
ナディアが白いワンピースを元の場所に戻し、ソフィアと一緒に会計へと向かう。
どうやら、エルの意見は良いアドバイスになったらしい。
そしてふと、エルは服を持たずにエルの隣で立っているマリアに顔を向ける。
「マリア、服買わなくていいのか?」
「えぇ。もう十分買ってるし、気に入るのも無かったしね」
顔を向けられたことに気付いたマリアがエルに視線を合わせて答える。
「そうか」
確かにあれだけ買えば十分だよなぁ、と思いながらマリアに短く返し、そそくさと早足で店から撤退する。
このように、エルが急いで店から出て行くのはそれなりの訳がある。
それは最初に入った服屋での出来事。
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