第一話 ⅩⅥ 下
今回は前回とは反対にちょっと長いです。
お楽しみいただければ幸いです。
エル達が生徒会棟から出る、約二十分前。
ユウキとナディア、ソフィアの三人はエル、ロウェン、マリアの三人と別れた後、しばらく談笑してから教室を出た。
教室での話を続けながら三人は玄関へと足を進める。
玄関に着くと、三人は話を一旦停止して、靴を履き替えるためにそれぞれの靴箱へと向かう。
靴を先に履き替え終えたユウキは、他の人の邪魔にならないようにと外に出て、玄関から少し離れて双子を待った。
運が悪いことに、そのナディアとソフィアを待つ数十秒の間に事は起こった。
立っているユウキと誰かの肩が当たった。
校舎から出て行く人は多くもなければ少なくもない。そんな感じだ。玄関ならまだしも、外で肩がぶつかるなんてことはまず無いと言ってもいいだろう。
不思議に思いながら顔を上げたユウキは、ぶつかった相手を見てその理由を0.1秒で理解した。彼は顔を引き攣らせ、自分の運の悪さを嘆いた。
ぶつかった相手はアマンシオだった。これだけで、もう十分は理由である。
アマンシオはユウキを見て、鼻が天狗より高い貴族の笑みを顔に浮かべて言った。(普通、顔をしかめたり、申し訳なさそうな顔をすると思うのだが、ユウキは前者に関してツッコむ勇気がなかったし、後者はアマンシオに求めても無駄だということぐらい分かっていた)
「おい、ぶつかっておいて謝罪もしないのか?」
ぶつかってきたのは貴方なんですけど、という台詞を飲み込み、ここから早く脱出するために謝罪する。
「いえ、ぶつかってすみませんでした。では、僕はこれで失礼します」
そう言って去ろうとしたユウキの後ろ襟をガロの太い腕が掴む。
「おいおい、謝るだけで済むと思ってんのか?」
はい、思ってます。っていうか、そもそも僕が謝る必要はこれっぽっちもありません。さらに言えば、そっちが謝罪しろと言ってきたんですけど。
「アマンシオさんにぶつかって痛い思いをさせたんだぞ? チャラにするにはそれなりのもんが必要だろうが」
いや、ぶつかってきたのそっちだし、痛かったのはお互い様でしょ。
「はあ…………」
埒が明かないボケ、もとい言い分に気力を持って行かれて、ユウキは力のない声しか出てこない。
そこに救世主? が現れる。
「ちょっと! ユウキはもう謝ったじゃない!」
「そうよ! そもそもぶつかってきたのはそっちでしょ?!」
ナディアとソフィアだ。
いつの間にかユウキの横、いや、前に出ている。
「どこにそんな証拠があるんだ?」
アマンシオは余裕のある笑みで双子に言い返す。
「「ユウキがアンタにぶつかっていくほど、気が強いわけ無いでしょ!!」」
グサッ!!
遠まわしに、気が弱い、と助けに来てくれたはずの双子のハーモニーがユウキの胸に深々と突き刺さる。
庇っているのだろうが、別の意味で全く庇えていない。むしろ、傷つけている。
「ふ、二人とも、ここで喧嘩は……」
「「ユウキは黙ってて!!」」
ユウキは傷つきながらもナディアとソフィアを止めようとするが、双子の言葉に遮られて最後まで言わせてもらえなかった。
「……はい」
僕なんて、僕なんて……と思いながらユウキは引っ込んだ。
売られた喧嘩を買わないように努めていた彼の行動を水の泡にして、ナディアとソフィアはあっさりと喧嘩を買った。
落ち込むユウキを無視して二人は喧嘩を再開する。
「どうせこの前の八つ当たりなんでしょ?」
「相手がエル達だと負けるからユウキに当たるなんて、小さい男ね」
ナディアとソフィアが言う。
「ハッ、アマンシオさんが負ける? そんなことはありえない」
「根拠のないことを並べ立てて被害妄想するのが、貴様らクズの趣味なのか?」
負けじとサルバとアマンシオが返す。
「あら、知らないの? これは被害妄想じゃなくて、おバカさんなアンタ達には到底できない、論理的な思考の下で弾き出された答えであり事実なのよ」
「図星だから、反論できないから、私達を貶すんでしょ? 馬鹿丸出しね。もう一度生まれ直してみたら?」
嘲るような笑みで双子は余裕で言い返す。
そして、ここでアマンシオの怒りが沸点に達した。
「ふざけるなよ、そこらに生えている雑草の分際で。この俺に暴言を吐いたこと、後悔させてやる!」
そう言って、右手をユウキと双子の方に突き出した。
彼の手が動き、そこに描き出されたのはつい先日習った術式を組み込んだ魔方陣。
「「「!?」」」
学院の中での魔術の発動、特に人に向かって魔術を打つことは禁止されている。もしそれを破れば退学にもなりかねない。
この校則があるため、まさか魔術を打ってくるとは思っていなかったのだろう、ユウキ、ナディア、ソフィアは突然のことに逃げるどころか動きもしない。
その三人を庇うように、ザッ! と滑り込む二つの背中。
「「「「「「!!」」」」」」
ロウェンとマリアだ。
いきなり飛び出てきた二人にユウキ達はもちろんのこと、アマンシオ達三人も驚く。
「!」
しかし、アマンシオは構わずに魔術を発動した。……が、予想に反して魔術は発動しなかった。
「なっ!?」
「「「「「!?」」」」」
不発で終わった魔術に、アマンシオは当然として、ロウェンとマリアを除く全員が衝撃を受ける。
先程までとは打って変わってその場が静かになる。
その静寂を新たな声が切り裂いた。
「お前達! そこで何をしている!?」
声の主は、巨漢という単語が素晴らしいほどに似合う男だった。
年はどう見ても三十代に見えるが、制服を着ているので先輩だろう。こんな大きい人物がいれば、入学式の時に絶対気付く。
髪の色は灰色に近い銀色、瞳は柿のような渋い橙色。容姿にピッタリの色であった。
「あー、えっと……」
固まっていない二人の内の片方、ロウェンが言葉を絞り出そうとする。
しかし、如何せん言い訳が得意ではない彼の口からは言い訳のいの字も出てこない。
そして、固まっていない内のもう片方、マリアも彼の隣で必死に頭を回転させるが何も出てこないようだった。目が泳いでいる。
「魔方陣の講義で分からない部分があったので、それを聞いていたんです」
崖っぷちの彼等を救ったのは、エルだった。
振り返ったロウェンとマリアが、エルの姿を認めてホッと息を吐く。
「……君は?」
エルに気づいていなかったのか、男は軽く目を見開きながら言う。
他の六人も驚いて、目を丸くしている。アマンシオ達三人は、すぐにエルを睨みつける顔へと変化させたが。
「俺は彼等の友人です」
男にエルはにこやかに返す。
「そうか。俺が見たところ、先程の彼等の雰囲気はそんな穏やかには見えなかったが?」
追い詰めようとするかのように、巨漢の男は質問を重ねる。
「それは見解の違いで少しばかり熱くなってしまったんです」
笑顔を崩さずにエルは答える。
「では、なぜ魔方陣を描いていたんだ?」
「それは実際に書いたほうが分かりやすいと思ったからです。その証拠に魔術は発動させていませんし、例え発動してしまっても害のない術式でしたから」
エルはまたも、にこやかな笑顔を崩さずに答える。
そんな二人の問答に、新たな人物が介入する。
「もういいのではないでしょうか?」
夜を思わせる漆黒の真っ直ぐな長い髪に、一重で髪と同じ漆黒の瞳を持った優しそうな女性だ。
言葉で表すなら、大和撫子、だろう。
「彼の言ったこと、本当なのでしょう?」
女性はエルを指して、固まっていたユウキ達に問う。
「あ、は、はい」
「そうです」
「言った通りです」
話を振られて戸惑いながらも、ユウキ、ナディア、ソフィアはコクコクと頷く。
「彼等もこう言っていることですし、見逃してあげてはどうでしょうか? 委員長」
女性は隣に立つ男を見上げる。
「……分かった。今回は見逃そう」
仕方ない、という様に委員長と呼ばれた男は女性の提案を承諾する。
「あ、自己紹介がまだでしたね。私は二年生のミズホ=タカハシと申します。風紀委員会の副委員長を務めております。以後お見知りおきを」
ミズホは男の返事に一度頷いてから、思い出したように自分の名前を名乗り、深くお辞儀をする。
「俺は三年、グウィード=アバルキンという。風紀委員会の委員長を務めている」
ミズホに対してグウィードは全く動かず、簡潔に自己紹介を済ませた。
「貴方達は?」
ミズホが自己紹介を促す。
「俺は一年のエル=フェルトゥナといいます。よろしくお願いします」
名乗って先輩二人に頭を下げる。
「ロウェン=グライフェンです」
「マリア=ウェルベイアです」
「ユウキ=シノノメです」
「ナディア=サロートです」
「ソフィア=サロートです」
エルと同じように五人も頭を下げる。
「……君達は?」
名乗らないアマンシオ達にグウィードが声を掛ける。
「……アマンシオ=ムローワです」
「ガロ=コルチノです」
「サルバ=メドウェスです」
三人はエル達とは違い、頭は下げなかった。
「何もないなら、もう失礼してもいいですか?」
アマンシオの口調は丁寧だったが、不機嫌さは隠さず彼はグウィードに聞く。
「ああ。もう聞くことは何もないからな」
答えるグウィードは、アマンシオを見ることなく彼の言葉を了承した。
「では」
そう言って、アマンシオ達は前回と同じようにエル達を睨みつけ、背を向けて去って行った。
彼等が去るのを見て、ミズホは笑ってエル達に言った。
「貴方達も、もう帰っていいですよ。次からこんなことはしないで下さいね」
「はい。すみません、ありがとうございました」
エルは色々な意味での謝罪と感謝を込めて言った。
そして、いつの間にか野次馬が集まっていた魔術科校舎の玄関の前を六人は後にした。
お読みいただき、ありがとうございます。




