第一話 Ⅷ 下
お久しぶりです。
魔術もバトルもまだ全く出て来ていませんが、気長に待っていただけると嬉しいです。
「すみません。お待たせしました。神官部へ入部しに来たんですか?」
副部長は切り替えが早かった。
「あ、はい。そうです」
「では、自己紹介を。私は神官部副部長のオルティア=マイスキー。そして、そこに這い蹲っているのが神官部部長のホメロス=モストボイです」
「よろしくお願いします」
「因みに私は二年生、部長は三年生です。あなた方は?」
「はい。私はエル=フェルトゥナといいます」
「俺はロウェン=グライフェン」
「私はマリア=ウェルベイアです」
ロウェンとマリアの名前を聞いて、部長の肩がピクッと反応した。
「ロウェン、マリア……?」
そして、名前を呟いたかと思うといきなりガバッと立ち上がって近付いてきた。
ズンズンと音が聞こえてきそうな足取りでエルの脇を通り過ぎ、後ろに立っているロウェンとマリアの前に立って二人の顔をじっと観察する。
「む? もしかしてお前ら神官候補生の……?」
「そうですよ。お久しぶりですね、先輩。相変わらず信仰心のお厚いことで」
「お久しぶりです。先輩は本当に暑苦しいですね」
ロウェンとマリアはウンザリした様に言った。
「お前たちの信仰心が薄いのだ。それとマリア、俺は暑苦しくなんてない」
このような遣り取りに慣れているのだろう、言い返しているが怒っているような感じはしない。
そして、そんな会話に慣れている部長が物悲しい。
そうこう考えている内に、同じく考えを巡らせていたらしい部長の思考が何かに至ったらしい。
「待てよ……。お前達二人が此処にいるということはまさか……」
眉間に皺を寄せ、人差し指をロウェンマリアの順に向ける。
それから回れ右をしながらゆっくり振り返る。
当然、振り返った部長の正面にはエルがいる。
「…………」
エルを見つめたまま部長は一言も発さない。
「…………」
対するエルはこの状況に困惑して身動きが取れない。
しばしの沈黙。
やがて、部長が途轍もなく重大なことを言うように重々しく口を開く。
「まさか……、君はあっ!?☆△□〇☓ …………」
言葉の途中で、後ろにいたロウェンとマリアが両脇からサッと部長の口を塞ぎ、物凄い勢いで扉の方へ引き摺って行った。
二人の絶妙な連係プレーで、感極まった部長の声が強制的に中断される。
「「…………」」
いきなり起きた一瞬の出来事に、置いてきぼりにされたエルと副部長は呆然と立ち尽くす。
「「……??」」
互いに顔を見合わせる。
こんな訳の分からない状況に直面した時に誰もが発するであろう疑問を副部長が口にする。
「どうしたの……?」
「さぁ……?」
大方の予想は付いているが、それを話してしまうと二人の行動が水の泡となってしまうので、自分も分からないという風に返す。
そのまま数秒間見合っていたが、これ以上は無駄だと思ったようで、副部長が視線を元に戻した。
それに倣ってエルも視線を戻す。
視線の先にいる三人は何やら小声でブツブツと話している。
「な……れ……ま…………だ…………ら!」
「……れは……の…………ひみ……だ……で……!」
「……か…………した……め……ん…………!」
耳を澄ましても聞こえてくるのはかなり断片的なもので、何を言っているのかサッパリ分からない。
ただ、顔を寄せ合って話している三人の必死さは漂っている雰囲気からよく分かる。
そして、伝わってくるその必死さが邪魔をしてはいけないようなものを感じさせるので、非常に声を掛けづらい。
暫く何の行動も起こさないまま見ていると、やっと話しの決着がついたらしい三人が此方を振り向いて何食わぬ顔で戻ってきた。
当然、戻ってきた部長に副部長が今まで抑えていた疑問を率直に聞く。
「部長、三人で何を話していたんですか?」
「あぁ、いや、特に何も……」
対して、部長の返答は歯切れが悪い。
そんな答え方では、何か大切な話をしていました、と言っているようなものである。
どうやら部長は嘘を吐くことが苦手らしい。
目が泳いでいる部長にロウェンとマリアが助け舟を出す。
「先輩が口止めしていた俺達のくだらない過去話を持ち出そうとしたので、止めさせてもらっただけです」
「先輩はすぐに約束を忘れてその話をしたがるので、何時も強制的に止めているんですよ。話せば自分の恥ずかしい過去が暴露されるっていうのに」
部長はこれ幸いと二人の話に便乗する。
「そうなんだ。お互いそういう話を人にしないと約束していたんだが、ついつい忘れてしまってね。いやぁ、危ない所だったよ」
これが嘘だと分かっているエルには、ロウェンとマリアの言葉と態度が白々しく思え、部長の演技力の無さにガックリきたが、嘘だと知らない副部長は納得したらしい。
「そうでしたか。苛めるネタが増えるので部長の恥ずかしい過去話には興味がありますが、約束があるのなら聞くわけにはいきませんね。残念です」
さして残念に思っていなさそうにさらっとS発言をしながら副部長は話を進める。
「大変遅れましたが、これが入部届です」
と言って、部室の左にある焦げ茶色の棚からB5サイズの紙を三枚取り出してきた。
紙には名前や学年、クラス等を書く欄があるだけの簡素なものだ。
ただ、そこに見慣れない項目が一つだけあった。
「あの、この活動生、非活動生のどちらかに丸を付けてくださいと言う項目は何なんですか?」
「活動生は神官部の仕事をする部員のことで、非活動生は神官部に所属はしていても部員としての仕事を一切しない部員のことです。神官部は生徒会と連携して学院の行事などを運営する為に作られたのですが、仕事の大半は風紀委員会の手伝いとなっています。風紀委員会は学院で禁止されている無許可の魔術決闘や乱闘を取り締まる役目を負っています。ある程度の実力が求められるので、委員会に入ることのできる生徒は限られてきます。その上、危険な場面に自ら踏み込んで行かなければならない為、委員会への加入は生徒から敬遠されています。以上のことから風紀委員会は万年人員不足となっており、対処しきれない時に神官部がその代わりを務めているのです。なので、活動生となる場合はそのことを承知の上で丸を付けて頂かなければなりません」
「そうなんですか……」
まさかそこまで深い事情があるとは。
「どうする?」
ロウェンが顔を此方に向けてきた。
「うーん……」
悩んでいると部長が口を開いた。
「今すぐ決めなくていい。急ぐことは無いから、寮に戻ってゆっくり考えてくれたまえ。決まったら入部届を持って来てくれ。特に何時までと期間は付けないから。それと、分からないことがあったら何時でも何でも聞きに来てくれ」
このまま悩んでいたら邪魔になるし、これ以上ボロを出すのは避けたいので、部長の言葉を素直に受け取ることにする。
「分かりました。決まったら持ってきます。では、失礼しました」
「「失礼しました」」
そう言って、三人は神官部の部室を後にした。
三人が出て行った後、副部長が部長に聞く。
「随分、あの三人に優しいですね? 何時もなら決まったら持って来いで終わるのに」
その言葉に部長がギクッとして冷や汗を流し、誤魔化すことに多大な労力を費やしたことは当人である部長以外誰も知らない。
お読みいただき、ありがとうございます。
来週はゴールデンウィークなのですが、予定が詰まっているので投稿出来ません。
楽しみにしてくださっている方々、申し訳ありません。




