最悪最善の選択
―――どれくらいこうしていただろうか?
イクマはゆっくりと上体を起こすと、体中が再び痛み出すのを感じた。
「くそっ!?」
どうしようもない無力感が彼の心を蝕んだ。
この世界が未来の世界で、ここには地球という星すらない。
あるものといえばあの不気味な巨大な黒いブラックホールみたいな存在。
『俺はこれから如何したらいいんだ?』
イクマは答えの見つからない問題に頭痛が催してくる気さえした。
―――地球?
そうだ地球だ。
彼はセキレイと名乗った少女の言葉を反芻する。
―――地球軍が放った核とユリイカが放ったクロノ・バイパスが同時に相殺して地球とその周辺宙域を壊滅させた―――
彼女は確かにそういった。
だが果たしてそれだけの衝撃で惑星丸ごと消滅させることが本当にありうるのか?
ましてや俺が起動したのは中性子爆弾。
クロノ・バイパスという兵器がどういったものかは想像がつかないが、
それはあくまで”相殺”する程度のものだったのじゃないのか?
だとすれば腑に落ちないことが多すぎる。
「・・・・・・・・・・」
急にイクマに思考力というものが蘇ってきた。
もしあの黒い霧が地球表面を覆っているだけだとしたら?
もしその中ではまだ地球が存在しているとしたら?
セキレイはあの宙域に近づくことはできないといっていた。
だがそれは帰ってこれた人間がいないだけで、その中に何もないことを裏付けるものじゃない。
もしかしたら中には入れたがただ単に出れないだけ、だがそういう人間が今でも地球で生存しているとしたら?
彼は立ち上がった。
『行ってみよう。』
そうだ、いつまでもここにいても仕方がない。
ユリイカは俺の中では戦争相手のであり敵。
無論この世界ではそんなこと全く意味を持っていないのはわかっている。
だが、俺は地球軍として、地球人として一度あそこに帰らなきゃいけない。
なんとなくそんな気がした。
『だがどうやって?』
隼はすでに大破していた。
ならば移動手段を手に入れなければならない。
どうやって?
イクマはここでかなり丁重な扱いを受けているようだが、
正体不明の自分が機体を貸せといって素直に貸してくれるわけがない。
ならば人質?
誰を?もうセキレイという少女はいない。
イクマは考え込みながら訓練室の扉へと向かって歩き出した。
すると思ったよりも早く自動ドアが開いた。
「あ、、、、、、、」
目の前には見覚えのある少女が一人、目の前の存在に驚きの目を向けている。
『この娘は、、、、、、』
イクマは思い出した。彼女は医務室にいた少女だ。
「あ、あの、、、、、ここにいたんですね。
急に飛び出してしまったものですから。
、、、、、医務室に戻りましょう?まだ安静にしていないと、、、、」
どうやら彼女は隠しているようだが内心怯えているようだ。
当然だ、さっきイクマが彼女にした行為を考えれば。
「さっきは、すまなかったな、どうやら俺は混乱していたようだ」
俺はそういうと彼女に笑顔を造って見せた。
確かに嘘ではない。
確かに俺は混乱していたのだ。
だがその理由はヒスイが知りようもない理由からだ。
ヒスイは彼の笑顔を見るとほっとしたような安堵の顔を見せ緊張の糸を解いた。
「そ、そうですよね。さっきはびっくりしてしまいましたが。
心配なさらないで、このことは誰かにしゃべったりしませんから―――」
だが彼女はその言葉を言い終えることはなかった。
彼女の口はイクマの左手によっていとも簡単にふさがれた。
その一瞬に起きた出来事が何を意味するのか、その後数秒間彼女は全く理解することができなかった。
彼女の背後にすばやく回りこみ、ヒスイを羽交い絞めにしている男が口を開くまでは。
「悪いな、しばらく俺に付き合ってもらうぞ。
危害は加えない。
ただ交渉の材料になってもらう。」
イクマはこのチャンスを逃す気はなかった。
見るからに華奢で非力な少女。
すでに一度自分に対する恐怖が彼女にはある。恫喝する手間が省ける。
それにさっきも感じたことだが、この娘はどこかの令嬢か何かだろう。
軍人らしからぬ気品があり、そのなりも余りに戦場には似つかわしくない。きっとこの娘を盾にすれば相手も下手な手出しを躊躇ってくれるかもしれない。
―――格好の人質、偶然にしては恵まれた神の配剤
「んんーーーっ!?」
二度もこうして拘束されてヒスイはもはやこの男の考えていることがまったくわからなくなった。
すでに抵抗が無駄だとしり彼女は力なく彼のなすがままにゆだね、
自分の浅はかな行動を咎めていた。
「まず格納庫まで案内してくれ。そこで脱出用の船か何かを調達する。」
そういうとイクマはヒスイの口を塞いでいた手を解き彼女にしゃべる自由を与えた。
「けほっ、けほっ、、、、、、、どうしてこんなことをするんですか?
脱出って、何で、、、私たちはあなたを悪いように扱うつもりなんて全くないのに。」
ヒスイは必死に彼に語りかける。
だがイクマにはそんなことはすでにどうでもよかった。
もはやこの自分の”見知らぬ”ユリイカなど関係ない。
ただ、今はあの地球を目指す、それ以外に彼が考えられることなどなかった。
「無駄口をたたくな。俺は迅速に行動したい。格納庫は?」
イクマは羽交い絞めにしている腕に力をこめてヒスイを威嚇する。
「―――っ!」
ヒスイはその締め付けに抗えず震える手である方角を指し示した。
「OKだ。」
イクマは力を緩めてやると、彼女を引きずり訓練室入り口近くのあのショーケースに近づいた。
―――バリィーンッ!
ヒスイは目の前に散らばるガラス片から顔を背け瞬間的に両目をひしと瞑った。
イクマはそこに展示されていたEM-9を手に取るとベルトと腹の間に挟みこんだ。
目を見開いたヒスイは当然彼が装備したそれが意味することを悟った。
「そんなもの捨ててください。
あなたを傷つけようなんて人なんてここにはいないんです。
お願いですから、、、、、、皆を傷つけないで下さい」
事もあろうかこの少女はこの状況で自分の危険より他人の心配をしている。
イクマは少しこの気弱な少女の認識を改めなければならない。
この少女は実に”芯のある”人間の一人だ。
「念のためだ。
誰も怪我させたくなかったら、お前は素直に俺の指示に従え。」
そういうとイクマはヒスイを拘束したまま彼女の指し示す方角―――格納庫へと進みだした。
『隊長!セキレイ!皆、、、、、、、』
ヒスイは彼の速度に合わせて足を動かしながら無言の悲鳴を上げた。
だが今彼女は彼に従うしかない。
再び彼女に襲い掛かる自己への無力感。
だが、抗わなければいけない。
いつまでも周囲のお荷物であり続けるわけには行かない。
自分のためにも、自分が自分として生きていくためにも。