医務室にて
―――チッ、チッ、チッ、、、、
時計の音が異様に大きく反響してくるような気がする。
ヒスイは沈痛な面持ちで目の前に横たわる彼女を見つめていた。
「シア、、、、、、、」
今医務室でカルテシアは先の戦闘で受けた傷の治療を受けて眠りについていた。
側腹部への深い裂傷、何より失血の量がおびただしく、未だカルテシアは目を覚ます事はない。
ヒスイはポロポロと涙をこぼした。
あの時自分は一体何をやっていたのか?
ただただ戦々恐々としたあの惨劇を手をこまねいてみている事しかできなかった。
最後に至ってはセキレイに励まされながら運んでもらわねば離脱すらできなかったという醜態。
『どうして私はここにいるんだろう、、、、、』
いつも感じている疑問。
それが今になって彼女の心を強く揺さぶり始めていた。
そう彼女はセキレイやカルテシアとは違う。
士官学校似通っていたわけでもなく、彼女たちのように戦いに特化した修練など積んでいない。
ただ父である葦原大源がシベリウス創設の際に葦原グループによる技術協力と資金提供をしているからに過ぎない。
彼女はいわば父の会社と衛団との蜜月関係を維持するための手段でしかない。
もちろんアンファンへの適合試験をパスした一人握りの人間に彼女は属するかもしれない。
だが、自分でもわかっているように彼女は戦場にむいているはずがないのだ。
ヒスイは涙をぬぐった。
『私は、、、、、いつまでこうして、、、、、、』
もう限界だったのかもしれない。
このシベリウスにいるということ、いつまでも父の会社の利益のために人生を翻弄され続ける自分というものが。
だが、彼女にはそれに抗う手段などなかった。
こうして自分はこのまま悪戯にここにいてまた皆に迷惑をかけ続ける事になるのだろうか?
『もっと、、、強く、、、、戦う力がほしい、、、、、』
力、、、、、それは決してアンファンを駆ってフロウを打ちのめす戦いにおけるものを意味しているわけではない。
もっと強い意志。
自分で生きる道、運命を自ら決めて突き進む力。
自分を信じる事のできる強い心。
―――強い力、力強い光を放つもの―――
ヒスイの目が無意識にある方向へと眼差される。
医務室の一角にあるベッドにその男は横たわっていた。
『私たちを助けてくれた方、、、、、、
あのフロウに恐れもせず、、、、、、
そして倒してしまった、強い人、、、、』
あの後リスキー隊長が座礁していた彼を間一髪サルベージしこのクレバインへと連れ帰ってきていたのだ。
私はあの戦闘では錯乱しすぎて彼の存在など知りもしなかった。
だから彼女はセキレイやリスキーの話を聞いて事の仔細をしったのだ。
『どうしてあんな恐ろしい怪物相手にたった一人で立ち向かう事ができるの?』
ヒスイは気付けば彼のベッドの脇へ歩み寄っていた。
強い、絶対的に強い力と意思。
それは彼女が求めて止まないソレをきっと持っているに違いない。
フロウ相手に果敢に戦い、聞いた話ではサルベージされたとき、彼の機体はほとんど原形をとどめないほどに破壊され、
コックピット内の酸素も許容量を遥かに下回っていたという。
彼を治療した医師は、彼の生存した事実を奇跡とさえ言っていた。
『どうして、、、、、、、、』
ヒスイは再び両目が熱くなるのを感じた。
悔しい?
違う。
ただ自分の危険も恐れず戦う事の出来る彼を見ていると、ヒスイは自分がなんて恥ずかしい小さな人間なのだろう、とそう思えたからだ。
「何を泣いているんだ?」
ふとヒスイに届く声。
男の声?
「・・・・・・・・え?いや、、、、、、これは、、、、」
目の前の男は気がつけば目をさまし、彼女の泣き顔を訝しげに見つめていたのである。
「す、すいません、起こしてしまって、、、、、、、」
ヒスイはしどろもどろになりながらも、自分が涙をこぼしていた事をごまかそうと自然に振舞おうと言葉を継いだ。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
二人の間で沈黙が流れる。
ヒスイにしてみればとても気まずい。
ましてやよく考えてみたらこうして男性と一対一で対話した事などあっただろうか?
社交の場での表面的なそれであればいざしらず。
だがそれにたいしてイクマは冷静にこの異様な状況を理解しようと勤めていた。
無論目の前で見もしらぬ女性が泣いていた事も気になるが、それ以上に今自分が置かれている立場というものに対してだ。
『俺は、、、、一体、、、、、ココはどこだ?』
見知らぬ医務室らしき部屋。
少なくとも牢獄ではない。まともな扱いを受けているようだ。
ではこの女性は?軍人なのか?
彼からしたらとてもそうは思えない。
「君は?」
イクマは彼女と会話するために上体を起こそうと力を入れる。
「―――っグッ!?」
前進に痛みの伴う痺れが走り、やがてめまいに襲われたためイクマはそのままベッドから落っこちそうになった。
「あ、危ない!」
ヒスイは彼の問いに答えるよりもとっさに彼の上体を支えてやった。
だが、その拍子にイクマの着衣が乱れ左肩から胸の上辺りまでがはだけてしまった。
「あ、すいませ、、、、、、、」
ヒスイはそれを整えようと彼に近づく。
すると彼の肉体に刻まれた”ソレ”がいやおうなく彼女の視界を支配した。
『、、、、、、何、、、、これは?、、、、、』
ヒスイは悲鳴を上げてしまいそうになった。
イクマの肩、胸、そこかしらに縦横無尽に走る裂傷。
その具合から随分と昔に受けたものである事はわかる。
だが切り傷、火傷、それらが自然にできたものとは到底思えない。
「気にするな。昔の傷だ。」
そういうとイクマは上着を調えなおした。
「す、すみません、、、、、、」
ヒスイはそういう意外に言葉が思いつかなかった。
キットこの人は彼女の思いもよらぬ過酷な道を歩いてきたのだろう。
「手間かけたな。、、、、で君は誰なんだ?」
イクマは改めてさっきの問いを彼女に尋ねた。
「あ、私はヒスイ、葦原ヒスイです。
さっきあなたに助けられたシベリウスのメンバーの一人です。
さきほどはありがとうございます。
なんてお礼を言ったらいいか」
彼女は感謝の気持ちをこめて頭を下げる。
それに対してイクマは少し面を食らったように固まってしまった。
『この娘がさっきの部隊の!?つまり軍人なのか?
驚いたな、、、、、、』
薄緑色の腰丈もあろうかという長髪。
傷一つない白い肌。
そのどれもが軍人と感じさせるものを持っていないのだから当然だ。
だが、しばらくしてイクマはあることを思い出して納得する。
あの時助けた2機はあの化け物に対して怖れの余り何もできずに腰を抜かしていたのだ。
あの一機が彼女だったと考えれば合点がいく。
「気にするな。成り行きだ。フロウって化け物にも興味があったしな」
フロウに興味があった?
ただそれだけで?
ヒスイは目の前の傷だらけの男の言葉を内心戦慄しながら聞いた。
「とにかく、しばらく安静にしていてください。
お医者様は生きている事だって不思議だっておっしゃってたくらいなんですから。」
ヒスイはそういうとにっこり笑ってイクマを見た。
「ここは君たちの基地なのか?俺はこれからどうなる?」
イクマはようやく彼の求める核心について彼女に問いかける。
「どう、といいますと?」
ヒスイは彼の言わんとしていることを理解する事ができなかった。
「俺は捕虜だろう?」
イクマは平然と彼女に当たり前のことを確認するように尋ねる。
ヒスイは一瞬彼が何を言っているのかわからなかったが、
ようやくその意味するところのモノを知るや動揺して否定する。
「と、とんでもない。あなたは私たちを救ってくれた命の恩人。
それはあなたがどこの誰であるとかそういう基本的な事は聞かれるかもしれませんが、
捕虜、、、、だなんて、、、、」
ヒスイは自分が責められているかのように悲しそうな表情を浮かべ、
さも『そんなこと言わないで下さい』とでもいわんばかりにイクマの目を見つめた。
イクマは感じていた。
絶対的な違和感を。
さっきフロウを相手取って共闘したあの女軍人とのやり取りでもそうだ。
おかしいだろう?
俺は確かにあの女軍人に名乗ったのだ、”正統地球連合軍”であると。
だが彼女は俺に敵意を見せるどころか、協力すらした。
いやそれ以前に彼女は俺のいった言葉の意味を知らないとすら思えた。
今目の前にいるヒスイという娘にしてもそうだ。
これが戦時下に生きる軍人か?
馬鹿な!まるで平和ボケしている。
ハヤブサには正統地球連合軍の機章が明々白々刻印されているはずだ。
それを知るながら俺が捕虜でないとどの口が言うのだ。
何かがおかしい。
俺が知っている世界とこの世界は何かが大きく”ズレ”ている。
イクマはとてつもない不安に襲われた。
あの夢で見たセツナの分身、彼女は俺に意味深な言葉を投げかけていた。
―――私と、私の子供たち、そしてこの世界
まさか俺が今戻ってきたと思っているこの世界はすでに彼女のほのめかした”フラクタル”とかいう世界なのか?
俺はしばらく沈黙し、心を決めて口を開く。
「俺は正統地球連合軍第二空軍特殊部隊KARAS大鳳幾真だ。俺の言いたいことがわかるか?」
コレを聞けば彼女もおれがユリイカの敵であるという事実を理解するはずだ。
いや理解しなければならない。
もしそうでないとしたら、、、、、、、、
ヒスイはキョトンとした表情でイクマの言葉を聴いていた。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
しばしの静寂。
イクマは息を呑んだ。
ヒスイは口を閉ざしていたが、やがてゆっくりと両の唇を上下させ―――
「え、と、、、、、オオトリさんとお呼びすればよいでしょうか?
随分とお疲れになってるようですし、、、、
もう少しここでお休みになってくださ―――」
戸惑いがちに返ってくるヒスイのねぎらいの台詞。
イクマは予期していた彼女の最悪の反応に怒りとも絶望ともいえぬ感情で全身から血の気が引いていった。
―――バンっ!
気がつけばイクマはベットから飛び降り彼女の腕と首根っこを力をこめて掴み近くの壁に押し付けていた。
認めたくない事実。
それにも拘らずその残酷な現実を納得してしまった自分に対する憎悪。
「俺は地球の人間だといったんだ!
なぜ平然としていられる?
あの女もそうだ!
俺はお前らを殺しに来た兵士だっ!
数時間前にだってお前らは俺の起動した核が爆発する様を見ていただろうっ!!
なぜっ!!なぜっ、、、、、、、、」
だが、イクマの悲鳴にも似た絶叫は次第に力を失っていった。
ヒスイは全身をガクガクと震えさせ、恐怖に目を見開いてあえいでいた。
「や、、、、、めて、、、、くだ、さ、、、、」
苦しい。
彼女にとってこんな粗暴な扱いを受けるのは生まれて初めてだった。
首を絞められ呼吸は虚ろ、信じられないほどに強靭な腕によって拘束された手首はもはや抵抗する力も失っている。
「―――っく!」
イクマは前進に激痛が走るのに耐えられず、思わず後ろのめりに倒れる。
そのためヒスイはその強烈な拘束力から解放され、壁をずり落ちるように床にへたれこんだ。
ヒスイには彼がどうしてこんな行動にでたのかその理由が全く理解できなかった。
怒り?
違う。それ以上に、なぜ彼が彼女を痛めつけているのにもかかわらず、あんな苦痛に歪んだ悲痛の表情をしていたのか?
まるで苦痛のあまりにがむしゃらに救いの手を求めて叫ぶかのようにさえ聞こえたのだ。
そしてヒスイはもう一度彼の口走った言葉を思い返す。
『地球、、、、』
地球。
彼はそういった。
だが彼女の知る限りこの世界には、、、、、
だが目の前で苦痛にあえぐこのイクマという男、
自分や皆を命がけで救ってくれたこの英雄が口からでまかせを言っているというの?
『核、、、、、、核?それに地球とユリイカ、、、、』
そのキーワードが結びつくもの、それを彼女はしっていた。
いやそれどころかこのユリイカに生きるもののほとんどの人々が当たり前な事実としてそれを”識って”いる。
「核、、、、、2098年に地球軍がユリイカに落とした中性子爆弾、、、、、、」
ヒスイは独り言を呟くように口を開く。
イクマの動きが一瞬とまる。
知っていた!彼女は俺の知っている世界の出来事を、あの忌まわしい戦乱の終幕を知っている。
歓喜!イクマは全身に命が再び吹き込まれていくのを感じていた。
「・・・・もうすでに二百年以上も昔の史実です。私もその事は教科書で勉強しましたし、、、、」
ヒスイは目の前で何かを期待するような眼差しで自分を見つめる彼に対して控えめにそう告げた。
―――二百年前?
イクマの脳内を駆け巡るその言葉。
単純な論理すら、すでに全ての理解力が拒絶を示している。
二百年前?教科書?
何を言っている?
「・・・・・・・」
ヒスイは硬直した。
なぜなら目の前の男はいきなり立ち上がるとこの静寂にためらうことなく大声で笑い出したからだ。
『二百年前!?二百年前だと!?
なるほどそういうことかっ!
俺はつまりだからあの後未来の世界に来て―――』
―――バンッ!!
イクマの手を滴り伝う一筋の赤い雫。
激しい衝撃がヒスイの上の壁に叩きつけられ、そのめり込んだ壁にはガッチリと力のこめられたイクマの右手握り拳が押し付けられていた。
「―――っ!?」
ヒスイは声を殺し頭上でぱらぱらと舞い降りる壁の砕け散る様に目を奪われていた。
『ふざけるなっ!二百年後の世界だとっ!?
あの核爆発がはるか過去の出来事だと!?
そんな映画みたいな事があってたまるかっ!?』
気がつけばイクマは駆け出していた。
必死にその事実を受け入れまいとして全速力で疾走していた。
どこに行けばよいのか、ココがどこさえもわからないにも拘らず、
彼は今この瞬間あの場所に留まっていることなどできなかった。
医務室に一人取り残されたヒスイは身動きせず呆然とすることしかできなかった。
イクマがいきなり飛び出して言ったのはわかっていたが、
それをとめることなど彼女にできるわけがない。
かといってこのことを誰かに報告しに行くにしてもなんて説明すればよい?
『あの男が私をいきなり押さえつけ、笑い出したかと思うと、いきなり走り去った』
と?
ヒスイには彼の行動の意味するところの欠片すらわからないのに一体どう説明すればよいというのだ?
不意にこぼれる涙。
押さえ込んでいた恐怖や混乱全ての感情がようやく安堵の中であふれ出した。
『とにかくこのまま放って置けない。あの方を追いかけなきゃ』
そういうとヒスイはふらふらと立ち上がると一歩一歩踏ん張って彼が走り去って言った方向へと歩いていった。