覚醒、そして戦慄
妙にあたりが明るい。まるで夏の日差しにでも照らされているかのように、瞳を閉じていてもその暖かさとまぶしさがまぶた越しに伝わってくるようだ。
『ココはどこだ?俺は一体、、、、、、』
俺は徐に両目を開いた。
―――空、青い空
気持ちよさげに流れ行く雲の連なり。
あたりから徐に鳥のさえずりさえ聞こえてきそうだ。
まるで戦いなど縁もゆかりもない楽園さながらの世界にきているようにさえ思える。
『―――そうか、俺は死んだのか、、、、、、、つまりココは天国か何かなのか、、、』
俺は徐に立ち上がる。
天国?本当にココは天国なのか?
確かにこの世界は現実離れして奇妙なほどに静かで穏やかな時が流れているように感じる。
人の気配さえない。
だが、死んだにしては意識が、、、生前の記憶が鮮明すぎるのではないか?
この体にしても、余りに存在感が強い。
夢で感じるようなフニャフニャしたおぼろな肉体感覚とは程遠い。
俺は辺りを見回した。
見たこともない場所だ。
というか、コレが果たして地球にある場所なのか?それすら疑わしいほどに―――
『、、、、、、一体ココは、、、、、』
時代錯誤した風景。あたりに朽ち果てところどころ苔生すレンガ造りの壁たちは、さながら栄光を誇った在りし日の宮殿を思わせる。
俺はその中でも噴水のある広場のようなところに目覚めたらしい。噴水を中央にして放射状に階段が取り囲むようにしてあり、俺は丁度その中腹に立っていた。
『俺は、タイムスリップでもしたのか?』
そう、そこはまるでかつてギリシア・ローマ時代を思わせる荘厳で広々とした建築様式さながら。
こんな場所が現在の地球のどこにあるというのだ?
俺は何も言わずに階段を降り、涼やかな音を立てて水を噴出す噴水へと歩み寄る。
―――ゴクゴクゴク
なんということだろう。
俺は気がつけば噴水の水を飲んでいた。
俺はその行動の後になって、自分が死んだ存在であるということが圧倒的に疑問じみて感じられたのだ。死んだ人間に乾きなどありようはずもない。
それにしても人の気配はない。
噴水が動いていること自体が不思議なことではあるが、どういうわけか俺にはここに生きた存在がいないような気がしていた。
人の手を離れた楽園。
争いや憎しみの本奔流ら遠く時を隔てて忘れられた果ての世界。
そんな印象を受ける。
俺はこれからどうしようか、ということすら考えるのがバカらしく途方もなく無駄に思えたため、呆然と噴水の縁に腰を下ろした。
「―――ここは良いところでしょう?」
突然その声の主が現れた。
『―――!?』
俺は驚き後に一歩飛び下がると腰にあるはずの拳銃に手を伸ばし、構えるとその声の主に向けて構える。
「誰だっ!?」
俺はそういうとその声の主の姿をにらみながら観察する。
銀色の髪。年の頃は20かそこらか?来ている服は真っ白で汚れ一つないワンピース、というかどこかの民族衣装を思わせる。瞳は赤い、残念がら瞳の色から人種を知ることはできないようだ。
声の主、その女性は静かにこちらを見つめている。
「昔と同じですね。」
その女は懐かしげな声で俺に語りかけた。
”昔”、だと?俺を知っているのかこの女は?
だが不思議なことに俺もこの状況、この異様な感覚に既視感を覚えていたのも事実であった。
「あなたにとって―――3年前、あの日を覚えていますか?」
”あなたにとって”―――その言葉に俺は奇妙な印象を受けた。
まるで彼女にとってそれが全く別の意味を持っているかのような印象だ。
「3年前だと?」
忘れるはずもない。
その日は俺が軍を辞めるきっかけになった日だ。
だがその事実を知っている者は限られている。
つまりその日に行われた極秘作戦を知るものは、
その任務に関わった人間だけだ。
「お前はなぜソレを知っている?お前は何者だ!?」
俺は拳銃を握る手に力を込め、彼女の顔をキッと見据えた。
「まだ、思い出せませんか?私です」
彼女はうれしそうに微笑んだ。
微笑んだ?笑み。そうその表情に俺は覚えがある。
そうあの時も、あの戦場でであった少女もまた笑っていたのだ。
あの死屍累々とした戦場で彼女は奇妙にも笑ってこう言ったのだった。
「まさか、、、、、セツナ、、、、なのか?」
―――セツナ、それはあの写真に写っていた少女である
。俺が人生で唯一大切だと感じている存在。
唯一の心を浄化する存在。
「そうです。、、、、、、といいたいのですが、正確にはそうではありません。
彼女は私の分身。
あなたの知っているセツナと呼ばれる少女とは存在は違います。
ですが、私はセツナと名づけられた少女です。」
何を言っているのか意味がわからなかった。
確かにあの当時に比べて上背も高く、少女というにはすでに大人びた体へと変貌してしまっていたが、
それでも確かに目の前の女性はあの時の少女に違いない。
「どういう意味だ?ふざけてるのか?お前の正体は何だ?悪魔か!?」
悪魔、あるいは現実にありえない存在を体現させることのできる禍々しい何か。
そうでもなければこんなことはありえない。
「セツナは、、、、、、、死んだはずだ」
それゆえにありえない。
ありえるはずがないのだ。
彼女は悲しそうな困ったような複雑な表情を浮かべる。
そして俺に歩み寄り笑みを浮かべたかと思うと、
―――涙をこぼした
俺は拳銃をおろした。コレもあの時と同じ。あの時も少女の笑みを目の当たりにして俺はこうしたのだ。
「本当にセツナ、、、、、、、なのか?」
理屈はそれを否定しても、俺の中で湧き上がるその感情は全精力をかけて目の前の女性の存在を”セツナ”であると認めていた。
俺は気がつけば彼女を強く抱きしめ、湧き上がる感情に抗うことなく人生で二度目の涙を流していた。
―――3年前。すなわち西暦2095年12月25日、雪の降る夜、その作戦は始まった。
俺は当時の正統地球連合軍の特殊部隊”KARAS”の隊長を務め、とある研究施設への潜入任務についていた。
『敵ユリイカ勢力の地上研究施設に潜入し、そこに”保管”されている目標を奪取せよ、あらゆる事態に優先させて』
これが任務内容であったが、その”保管”されているモノが何であるか俺たちは知らされることはなかった。
作戦は潜入段階から目標確保まで何の問題もなく進行した。
当然といえば当然。当時”KARAS”特殊部隊といえば、連合軍生え抜きのエリート部隊であり、
後に高高度域人型兵装戦術専門の”第二空軍”の前身とでも言うべき兵達だったのだから。
俺は当初そこに保管されているものは、何かしらの新兵器やそれに関するデータか何かと想像していたのだ。
なにせ”保管”されたものといわれたら、そのときの俺には他に思いつかなかった。
―――だが、俺がそこで目の当たりにしたソレは、、、、、、、、まごう事なき<ヒト>であった
ヒト?というにはまだ年端も逝かぬ少年少女が十一人。
どうやら想像だにはばかられる実験の目的でそこに監禁されていたのだ。
まるでそこは音もない惨状であった。
小さな四角い一室―――窓一つなく、四方を白い壁に取り囲まれ蛍光灯の光が始終まぶしく照らし続けるその箱の中に少年少女はいた。
ほとんどのものは譫妄状態であり正常な意識を持つものなどおらず、皆がみな床に力なくだらりと腰を落としただ”呼吸”をしているだけであった。
―――そう、彼女を除いては
俺はそこで一人の少女と出会う。
ただひたすらに”こんにちは”としゃべる事しかできない彼女に。
ただ止むことなく笑顔を演じ続けることしかできない少女に。
少女はそこで懸命に戦っていたのかもしれない。
笑っても、こんにちはとしゃべりかけても、決して誰も彼女に答えてくれることはない。
その中でひたすらに信じ、待ち、過酷な運命に抗っていたに違いない。
その姿は不思議なことにおれ自身の生きてきた人生にどこか重なり合うものを感じていた。
作戦は”保管”された、いや監禁された少年少女の拘束・連行のはずであった。
だが、本部より入った通信により突如作戦変更がなされた。
―――目標の抹殺
それは恐らく最初から計画されたものであり、突然変更されたものではなかったのであろう。
非人道的、そういうしかない作戦内容に俺たちが意義を申し立てないために、あえて伏せられた事実。
俺はためらい、困惑しその任務を遂行することができなかった。
だが、隊員の一人が少年の一人を撃ち殺す。
―――それが惨劇の鬨の声となった。
少年を撃ち殺した隊員は、たちまち絶命しその場に崩れ落ちる。
驚愕するほかの隊員たち。
続けざまに混乱の銃撃が始まり、また子供たちの命が奪われ、、、、、、、そしてその略奪者の命が見えない力によって潰える。
俺は少女を連れてその場~駆け出した。
他の全員がその混乱によって原因不明の中で死んでいた。
俺は当然予感していた。
今抱きかかえている少女こそが、この惨劇の見えない力の元凶なのではないか、と。
だが、俺には少女を殺すことなどできなかった
。そうすることが、何故か自分の中の何か大切なものを一瞬にして葬り去ってしまうような恐怖があったからだ。
人倫とか罪悪感とかそういうものを超えたモノ。
或いは彼女を自分自身に重ね合わせていたためにそういう風に思っていただけなのかもしれない。
こうして俺は少女と出会い、軍の命令に背き逃走することになった。
当然少女をつれて、遠く軍の手の及ばない地へと。
俺は初めて平凡な生活というものを経験した。
紛争地帯に生まれ、出生と共に両親を殺され、その当事者であるゲリラ兵に拾われ、忠義も愛情もない利益のために戦闘・斥候術を教え込まれ戦い続け立った俺の人生で唯一訪れた、小さな幸せとでも言うべき時だった。
少女は言葉を教わっていなかった。
最初はただ”コンニチハ”の一言しか知らず、俺は彼女に言葉を教えた。
最初は悲しくてもつらくても笑うことしか知らなかった少女だが、
やがて俺に対していろいろな表情を見せてくれるようになった。
俺は少女を愛し慈しんだ。恋人というよりも、あたかも俺は自分が彼女の父親になったかのように、その喜びを享受していた。
俺はそして、彼女に”セツナ”という名前を与えた。
―――だがその日々は長くは続かなかった
日に日にセツナの体は衰弱していったのだ。理由はわからない。
考えられる理由は、あの日―――あの研究所を離れるまでに彼女に施された何か―――が何かしら彼女の体を蝕んでいるとしかいえなかった。
だが、俺もセツナもあの日に戻る気などなかった。
残された時間を俺たちは本当の親子のように笑い合い、悲しみあい、生きた。
『だが、、、、、、、、』
俺は目の前の彼女を見つめた。
確かにセツナにそっくりだ。
いや、彼女もあの時命を失わず今まで健康に生きていたらこんな女性に成長していたのかもしれない。
俺は抱擁を時再び彼女と向き合った。
どうやら感情が高まったせいで、久しぶりに昔のことを思い出していたようだ。
「ありがとうございます。やはり、もう一人の私が感じていたように、あなたはとても優しいですね。」
そういうと彼女はにっこり笑って一歩下がる。
「ですが、私にはその優しさを受け入れる資格はありません。私は彼女のクローン。全ての感覚・経験・精神を常に共有する存在でしかありません。」
クローン?だと?
俺は再び奈落のそこに落とされるような感覚に飲み込まれた。
『そうだ、俺は一体何を考えている。セツナはもうこの世にはいないのに!』
俺はつい心を許して感情を発露させた自分を後悔した。
あの日セツナを失ったときから、もう何も求めず戦い死ぬと決めたというのに。
「すみません、、、、、、ですが、私には時間が残されていないのです。どうか私の話を聞いてください。」
彼女は恭しくそういった。
俺はそれを聞いてふと現実的な思考を取り戻した。と同時に俺がこの場所に至る直前の出来事がようやく思い起こされた。
「そうだ、ココは一体どこなんだ?俺は死んだんじゃないのか?」
俺はトライアド・ソドムを起爆するまでの記憶はある。だがそれから死んだのか或いは―――万に一つも可能性はないと思えるにしても―――生き延びることができたのか、それについては全くわからない。
彼女は優しく俺に微笑みかけると、
「あなたは確かに肉体を失いました、、、、ですがまだ死んではいません。そしてココは”刻の庭”―――フラクタル・ノイズ世界の管理者たる者の住処です」
そういって俺の手をそっと握り締めた。
「どうか私のお願いを聞いていただきたいのです。もう私にはあなた意外に頼れる人間がいないのです。」
俺には彼女の言っていることの意味の少しも理解できない。
何を言っている?
フラクタル世界?
ここの場所の名前なのか?
肉体はなくなっても死んでないということがそもそも意味不明だ。
それに頼れる”人間”がいないという言葉がどこか俺の脳裏で引っかかってしょうがない。
「待て待て!!
俺は体がなくなったんだから死んだんだろう?
それにフラクタルってのは地名かなにかか?
お願いも何も、こんな場所で一体俺に何ができるって―――」
だが俺が言い終えるより早く彼女は口を開く。
「全てを説明している時間はありません。
ごめんなさい。
私はいまある存在によって存在を消滅させられようとしています。
どうか私と私の子供たち、そしてこの世界を救ってください。」
唐突に、それでいて冗談めいたもののかけらもない必死な様子で少女は俺の目を見つめて言った。
―――救う?
あまりに荒唐無稽な展開に俺は考えることすら無駄に思えてきた。
要するに彼女は俺に世界を救ってくれ、といっているのか?
馬鹿な!?
―――世界が歪む。俺の視界の全てが、そのメッキをはがされるように全く別の姿へと変貌する。
ピリピリと俺の肌に静電気のようなものが走る。
苔生したレンガ造りの壁、噴水の飛沫の一縷一縷、それらが微細な構成要素に分解され、飛散、再び別の意思で持って集合し始め、再構築される。
まるで夢を見ているかのような電子的な変貌。
現実というよりはコンピュータ上で剛体シミュレーションでも見せられているかのような、
極めて非現実的な電気的なプロセス。
そして生み出された世界に映るもの、それは―――
「ここは、、、、、宇宙?」
記憶に新しい。
ここは間違いない、俺がトライアド・ソドムを起動させたまさにその場所に違いない。
違うことといえば、あの時有象無象大量に疾駆していた人型兵器の大群が鳴りを潜め、静寂が支配していることだけだ。
『あれは!?』
―――軌道上施設群”ユリイカ”
その全貌は伺えないにしろ、間違いなくそれは俺たち連合軍が敵とみなしていた勢力の世界。
俺は死んでない!
さっきセツナは―――いや、彼女はセツナではない―――まるで違う異世界にでも俺が目覚めるといわんばかりだったが、
ココは間違いなく現実の世界。
何よりの証拠があのユリイカ。
俺はすぐさま戦士としての嗅覚を再び呼び覚まし、ハヤブサの損傷情報を調べた。
「ジェネレーター、は生きてる!奇跡的だな。
火器系統はゼロ、、、、仕方ない。
残っているのは、電熱サーベルだけか。」
―――充分だ、少なくとも単独戦であれば自分にとって問題ない!
イクマはすぐさまイグニッションボタンを押しハヤブサを覚醒させる。
ハヤブサは機体各所をきしませながらも何とか起動した。
―――ビー、ビー、ビー
と、同時にけたたましい警報がこだまする。
『な、なんだ!?敵機か!?』
イクマはすぐさまレーダーパネルににじり寄る。
赤い点がイクマ機に向かってくるのが映し出されていた。
だがその正体不明のソレはただこちらへ接近しているわけではない。
『なんだ、、、、この動きは、、、?レーダーの故障か?』
ソレはレーダー上を現れたり消えたりを繰り返しつつ、蛇行しながらこちらへ猛進している。
消える?そんな現象今まで見た事も聞いた事もない。
「くそっ!!」
そうこうしているうちに、その奇怪な動きを見せるそれは目と鼻の先に来ている。
幾真は電熱サーベルを構えてその怪異を待ち構える。
姿は見えない。だが、、、、、、
『―――いるっ!!』
イクマは直感的にその空間から一飛びに後退する。
―――ざしゃぁぁあああ!!
おぼろな”影”がその近辺に突然現れ、そして一瞬間前の俺の残像にすさまじい勢いで突っ込んできた!
「な、なんだ、、、、あれは!?」
見た事もない外見。およそ人の造りしものとは到底思われない。
未知の存在を安易にこう呼ぶのは戦士としてためらわれたが、、、、、、、、、”化け物”という表現しか思い当たらない。
「チィッ!!」
俺はその影がこちらに注意を向けなおす前に第二動作に移る。
電熱サーベルを振りかぶると一気に肉薄し、今まさに獲物を求めている頭部目掛けて斬撃!
―――グヌゥォォォォ、、、、、
重苦しい不気味な悲鳴にも似た反響が辺りを包んだ。
だが次の瞬間俺は反射的に退避しようと脳から指令を出していた。
半ば本能的に。
―――バシュゥッ!!
「―――なっ!?」
イクマはいかにもメチャクチャな眼前の敵の新たなる攻撃の”手段”にさすがに嬌声を上げていた。
背中だろうと思っていた部分から突如として生え出したその魔手がイクマに驚くべきすばやさで取り付いたのだ。
気を許したわけではない。
だが一瞬、敵の中から明確な戦闘の意識というものが消滅したかのような錯覚を覚え、それが彼の判断を一瞬遅らせたのだ。
一瞬ハヤブサ全体に衝撃が走り、イクマは脳震盪にも似ためまいに襲われる。
『くそッ!サーベルが効いてないのか!?コレじゃ戦いようが―――』
そのとき一閃の瞬きが目の前の影の頭部に直撃する。
イクマはその拍子で緩んだ魔手から逃れ、一気に距離をとった。
『助かったか。でも、今のは一体?』
すると急にコックピットに通信が入った。
『こちらトーラス管区衛団のものだ。
そこのパイロット、無事か?』
そこから聞こえてきたのは男勝りな女性の声だった。
ふと外を見ると少し離れた場所にその通信相手と思しき人型兵装の姿がある。
『ユリイカ兵か?だがしかし、今は、、、、、』
この宙域でいる人型兵装といったらユリイカ兵以外に考える事はできない。
だが、この状況であってはそんな事にかまって入られない。
「助かった。俺は正統地球連合軍だ。
貴君はこの化け物がなんなのかわかるのか?」
もはや自分が連合軍であるということを隠し立てしても無駄な事は明らかだったのでイクマはためらわず名乗った。
『正統、、、、何ですって?とにかく今はあいつ―――フロウを倒す事に専念なさい!』
そういうとその人型兵装は再びその”フロウ”と呼ばれる化け物目掛けてライフルの掃射を再開した。
『チッ!やっぱり表面をちまちま攻撃しても歯が立たないわね!やっぱりコアをいぶり出さないと、、、、』
今度はその女性の機体目掛けてフロウの触手が牙を向ける。
―――ザァンッ!!
間一髪イクマが人型兵装とフロウの間に飛び込み一太刀にてその触手を一刀両断に裂き、
それと同時に女性の機体を掴みフロウからさらに距離をとらせる。
「大丈夫か?しかしさっきサーベルで攻撃したが手ごたえがまるでなかった。
アレ、、、、フロウといったか?どうやったら倒せるんだ?」
リスキーはその一瞬の間に目の前の男が見せた驚異的な動きに一瞬面を食らった。
恐ろしく速い!ついさっきまで結構距離をとっていたはずなのに。
それにさっきの一撃。
リスキーは今まで多くの軍人の戦いを見てきたが、
その誰よりも迷いも無駄もない。その上一瞬の判断力がずば抜けている。
「え、ええ。、、、、、、アイツは表面の粘質体をいくら攻撃しても無駄よ。
あの中のどこかにある心臓―――コアをやらないと。」
それを聞くとイクマは再びあの奇怪なフロウを凝視した。
―――全身系を集中しろ。奴のアレの戦いの本質を見極めろ。
穴がある。見逃すな。
俺は感じることができた、いつも無意識下で行うようにごく自然に。
そしてイクマは閃いた、今可能な活路を。
「おい、ソレを俺に貸してくれ」
イクマはそういうと彼女の機体に装備されていたロケットランチャーを示した。
『ランチャーを?何をする気?言った様にいくら外側から攻撃しても―――』
リスキーはだが最後まで言うより早く、もう一人の自分に制止された。
この男には何か特別なものを感じる。
もしかしたら、こいつならフロウを、、、、、、、
『わかったわ。で、”私は”どうすればいいのかしら?』
リスキーはランチャーを手渡すと目の前の男を試すような口ぶりで問いかけた。
「頭だ。俺が合図したらそこを撃て。
後は何とかする。適当に援護射撃でもしてくれ」
イクマはそういうと颯爽とフロウの元へとバーニヤを噴かした。
『ちょっ!!フロウのコアは頭部にあるとは限らないのよ!?』
だがすでにイクマは戦闘に取り掛かろうとしていた。
リスキーは毒づきながらライフルによる掃射によって、フロウの注意をイクマから幾ばくか奪う。
『一体どうしようっていうの?いままでフロウを追い払う事はできても倒せたためしなんて聞いたことないのに!』
イクマは急速にフロウに迫りながら戦闘の算段を組み立てた。
『どこにあるかわからないコアだって?そんなもの俺が決めてやるさ』
そうだまずは脚部。
イクマは一気にハヤブサの軌道を曲げフロウの脚部に一撃を与え、
一時的にでもその部分を散り散りにした。
だが、イクマの連撃は止まる事はない。
脚部、ついで腹部、フロウの周囲を旋回しつつ徐々に頭部に向けダメージを広めて。
―――そう、イクマは気がついたのだ
きっかけはリスキーがコアがひとところに定まらぬという言葉を聞いたとき。
さらにソレはつい先刻イクマがフロウに対して振るったサーベルを食らった直後にフロウから放たれた触手の位置。
全ては憶測に過ぎない。
だがさっき感じた奇妙な感覚はそう考えると納得がいく。
特に直感を頼りにする類の戦士であるイクマにとっては特に。
『よし、コアは動いてる!さぁ逃げ場はないぞ、後は頭だけだ。』
なるほど!リスキーは驚嘆した。
確かに攻撃した部分からコアが逃げていくとすれば、それを一定の場所に追い込む事は可能だ。
無論そんなことができるのは恐らくこの馬鹿げた機動性を発揮できるこの男だけかもしれないが、とリスキーは付け加えた。
『だけど、表面、とくにコア周辺はランチャーといっても届くわけではないのよ?一体、、、、』
だがイクマは最後にフロウの胸部を切り裂くと、あろう事か信じられぬ暴挙に出る。
ランチャーを構え、大きく振りかぶり、そして
―――ズンッ!!
『なっ!?』
リスキーは目を瞠った。
殴った。思い切りランチャーでフロウの頭部を。
「準備はいいか?影の化け物さんよ。光に焼かれろ!」
一瞬、フロウの頭部が風船のようにふくらみ、、、、、、、そして飛散した。
そこには本来曝け出されてはならないものが明らかに露出している。
「今だっ!撃て!」
あっけにとられていたリスキーに怒号が届く。
「――――っ!!」
―――ダダダダダダダダダっ!!
掃射が、その無数の閃光がたちまち衝撃となってコア周辺を包み込む。
イクマはすでに翻り退路を取っている。
―――ピシッ
何かのひび割れる音。
呼応するようにボロボロと崩れ落ちるフロウの影の全貌。
―――シュウゥウウゥ、、、、、、、
断末魔というにはささやかな、その残滓の蒸発する音があたりの静寂に響き渡る。
「やったか、、、、、、」
イクマは肩を落とすと、嘆声をこぼした。
『、、、、、、、、、』
リスキーはフロウを倒したという喜びよりもこの男の成し遂げた現実離れした出来事に全身の力を奪われていた。
『なんて男なの、、、、、、大して性能のいい機体とも思えないし、それなのにさっきの動きに加えて、
こんなメチャクチャな戦い方を成し遂げてしまうセンス、、、、、、』
リスキーは思った。彼はきっと彼女たちに必要な存在、だと。
「・・・・・・・・・・・」
イクマは思った。今フロウと呼ばれる存在は消滅した。
そして目の前にいるのはユリイカ兵。
『どうする?今ココで排除すべきか?』
もしココで拘束されれば捕虜になるだけだ。
かといってここで彼女を排除して逃走したところで一体どうやって地球へ帰還する方策が見出せるだろうか?
そしてイクマが逡巡しているうちに状況が新たな展開を見せた。
―――ビー、ビー、ビー
警報の再来。
リスキーはそれに反応し瞬時に最悪の事態を把握する。
「ここはっ!」
レーダーに新たに出現したそれは、間違いなくセキレイたちがいる周辺宙域に明滅している。
リスキーは考えるより先に目の前の男が今この状況で絶対的に必要である事を直感した。
『またフロウが出現したわ。私の部隊の仲間がそこにいる。一緒に来て!』
彼を伴ってそこへ向かうという事は、当然極秘部隊にとってよからぬ事なのかもしれない。
だが、この男は今のシベリウスのためになるはず。
それにリスキーにとって、家族同然のセキレイたちを救う事は何にもまして重要だった。
イクマにとって見れば、あんな化け物と再び会い交える事を進んで引き受けるメリットはないし、義務もない。
だがあんな途方もない人外を相手にしながらもイクマは感じたことのない興奮に駆り立てられていた。
覚めやらぬアドレナリンの放出のやり場を脳は欲して止まない。
「どこだ?」
リスキーが先行するのに伴われ、イクマもそれに続く。
そこはさっきの宙域からそれほど離れていない場所だった。
そしてようやくその宙域で動き回る数体のシルエットがイクマの目に留まる。
『3、4機?、、、、、いや』
一体は違う。
俺はさっき感じていたアドレナリンの効用を再び湧き上がるのを意識した。
「セキレイ機!!応答せよっ!!っくそ!」
リスキーは舌打ちをしてカルテシア、ヒスイにも通信を試みるが、聞こえるのは支離滅裂な悲鳴と息遣いだけだ。
「おい、アレがあんたの仲間だな?
”うまく”ないな。完全に戦意喪失。
俺があの化け物、、、、、、フロウだったな。そいつを引き止める。
その間にあんたがあの腰抜けどもをどっかに連れて行け。」
イクマはそういうと急加速してリスキーを引き離した。
『っ!でも、今はそうするしかないわ、、、、』
彼にしても一人でフロウを相手取るのはかなりの困難。
だが、今は彼を頼るしかない。とにかくセキレイたちを引き離すのが先決。
そしてリスキーも加速、火気系統えのエネルギー供給をカットし全てを推進バーニヤにまわした。
―――ぐぬぉぉぉおおお、、、、、、
カルテシア機を蹂躙したフロウは次の獲物を求めてその腹部に映えた頭部に蠢く眼球らしき部分をぎょろりと動かす。
もはやセキレイは意識を失うほどに恐怖に打ちひしがれ震えていた。
「―――ひっ!」
フロウの目とセキレイの視線が合う。
いやそんな気がした。そしてソレは明確な殺意を伴ってこちらへ向かってくるのを感じた。
ヒスイは操縦棹を動かしてアンファンを操縦しようとしても、もはや意思伝達システムに対して適切な隊長など到底送る事ができず、
すがる様に握り締め涙をこぼすばかりである。
「や、め、、、、て、、、、こない、でっ!!」
イクマは捕らえた。
もう彼の目と鼻の先にそのおぞましい影がいる。
こちらには気がついていない。
彼は加速を一切緩めることなくこの好奇に乗じて先手を取ることを選択した。
―――ドォォォォォンッ!!
イクマの機体が最大戦速をそのままにフロウの横っ腹に体当たりをする。
下手な武器で攻撃する以上の衝撃がフロウをその場から吹き飛ばした。
セキレイは目を閉じて、その衝撃が訪れるのを感じていた。
だが、その音は予期していたものと違う。
フロウがセキレイに与えた衝撃ではない?
「、、、、、、、、え?」
セキレイは恐る恐る瞳を開く。
煙と火花に包まれたボロボロの機体が、セキレイのほうではないもっと別の方角を見据えてたたずんでいる。
『、、、、、お父さん、、、、、?』
夢のような光景。
もう目の前にフロウはいない。
その代わりにそこにはほとんど丸裸の損傷激しい機体がいるという非現実的な光景。
それがセキレイにそんな幻想めいた想念を喚起した。
『行け!』
違う。
目の前のソレは父ではない。
ならば誰?行け?
誰に向かってあの人はしゃべっているの?
『セキレイッ!』
ふと聞きなれた声がセキレイの耳朶を伝わる。
「隊長!無事だったの!?」
その声はまごうことない、シベリウス部隊の隊長の声であった。
『無事さ。だがあの男のおかげだがな。おいヒスイ大丈夫かっ?』
リスキーは沈黙したヒスイ機に近づく。
『セキレイさん、、、、カルテシアさん、、、、、、』
彼女は錯乱状態でリスキーの声など聞こえていない様子だった。
『カルテシアはどこだっ!?』
リスキーは周囲を見回した。すると少し離れた場所でカルテシア機が停止しているのを見つけた。
が、それは激しい損傷を受け完全に機能停止状態だった。
『セキレイ!!お前はヒスイを連れて行け!私はカルテシアを運ぶ!急げ!』
リスキーはカルテシア機をしっかりと抱え込むとそのままセキレイの元へと翻る。
セキレイもその指示通りにヒスイ機を抱きかかえ退避の準備にかかる。
『あの人は?まさか置いていくんですか!?』
セキレイは自分の役目を認識した瞬間に冷静さを取り戻し、
さっきの衝撃があの機体がフロウを突き飛ばしたものである事を理解した。
彼は彼女を間一髪で助けたのだ。
だから彼をこの場に残して去るということなどセキレイはしたくなかった。
『お前が行っても邪魔になるだけだ。
今は奴を信じろ。安全圏までお前たちが引いたら私が彼を加勢する。』
だがそういうリスキーの口調にもどうする事もできない歯がゆさに対する苛立ちのようなものが感じられた。
セキレイはヒスイを引っ張りバーニヤを全開で噴出する。
『確かに私がいったところで、、、、、そうよ今はカルテシアの治療とヒスイの事のほうを優先させなきゃ!』
セキレイはリスキーに伴って退避航路を取り、
なんとかヒスイを正気に戻そうと言葉を掛け続けた。
『持ちこたえてくれよ、、、、、、』
リスキーはちらりと背後の男に向けて祈りをこめて念じた。
―――ぐぬぉぉおおおおおぉぉぉぉ、、、、、、
ソレは憤怒か苦痛か判別不能なまでに混沌とした雄たけびであった。
「とりあえず、もうアレは俺を逃がす気は毛頭なさそうだな。」
フロウはゆっくりとこちらへ振り向くと、激しく頭部らしき部位を体中を巡らせて異様な殺気めいたオーラを立ち上らせていた。
獲物を目前で奪われた怒りからか、体のいたるところでイクマを凝視する眼球らしきものが無数に生滅している。
『さてどうしたものか、、、、残っているのはランチャー三発とサーベルだけ、、、、、、、万事休すか?』
ふとイクマはコックピットにあるある存在に目が行く。
―――トライアド・ソドムの起動スイッチ
無論中性子爆弾のほうはすっからかんだが、、、、、、
『まだ万策尽きたわけじゃないらしい。』
イクマは再びフロウを見据え相手の動きを伺った。
燃料はぎりぎりだが、イクマの思いついた作戦なら数十秒ぐらいの余裕はある。
先にフロウが動いた!空間が例の如く歪みその全貌が蜃気楼のように消える。
『またそれか!化け物めっ!!』
イクマはすぐさまその場を離れ神経を研ぎ澄ませる。
気配はない。見えないだけじゃなく本当に存在を消しているのかもしれない。
だが―――たとえわからなくてもイクマのすぐ近くに現れてくる事が明確だとすれば!
「調子に乗るなよ!
同じ手がこの俺に通じると思うなっ!!」
イクマは操作パネルをすばやく操作しコードを入力した。
するとモニターが緊急処置の警戒を示す赤いポップアップを出現させた。
―――左腕強制切断を実行します―――
小さな炸裂音と共にイクマ機の左腕部が根元から切り離された!
イクマは間髪いれずそれを無理やり掴み取ると頭上高くへと放り投げ―――
―――ドォォォォンッ!!
彼の撃ちはなったランチャーの弾が左腕を直撃しめまぐるしい閃光と共に凄まじい衝撃波を生み出した。
そして丁度その瞬間、フロウはイクマのすぐ目の前に出現し、この異常な状況にひるまざるを得なかった。
当然イクマ機にも相当の衝撃とダメージは避けられないが、
致命傷ではない。
「勝てばいいんだろ!」
イクマ閃光に備えて閉じていた目を開き、そして一時的に行動不能になっていたフロウをガッチリと掴んだ。
―――ボコッ!
「―――!?」
鈍い衝撃がイクマ機を走る。
どうやら苦し紛れでフロウが伸ばした触手の一つが機体の胴体部分に突き刺さったに違いない。
コックピット外壁に徐々に亀裂が走る。
『上等だ!どっちがたってられるか勝負ってわけか!!』
イクマはそう叫ぶと例のスイッチ―――空っぽのトライアド・ソドムの軌道スイッチを押した。
すると当然が如く3基の飛行ユニットがイクマの周囲で三角形の頂点を描くように配置する。
そう、コレがイクマの狙いだったのだ。
このユニットは核爆発の起爆用レンズをレーザーによって形成するもの。
目的は違えどソレは触れればたちまちたちまち蒸発するほどの威力を持っている。
『さぁ曝け出してもらうぞ』
―――グヌォォォォォ、、、、、、、
フロウの苦痛の雄たけびが耳朶をつんざく。
3基のユニットが形成するレーザーがそのほぼ中央に捉えられていたフロウを直撃する。
徐々にその体表を蒸発させ、やがてその核心―――コアをイクマの前にさらけ出した。
イクマはすでに構えていた電熱サーベルを振りかぶり、力をこめて振り下ろす。
―――おぉぉぉぉぉぉぉぉお、、、、、、、
ようやくそれは悲鳴から断末魔へと変わる。
電熱サーベルが生み出す激しい火花とレーザーがフロウとの接触によって生じさせる水蒸気。
イクマはその戦々恐々とした戦場でひたすらフロウの絶命を待ってサーベルを突き立て続けた!
フロウの抵抗は弱りつつも容赦なくイクマ機に突き刺さった触手越しに衝撃を止むことはない。
また一つ、また一つとコックピットの外壁に亀裂が増えていく。
3基のユニットの寿命である燃料は驚くほどの勢いでその水位を下げていっている事を計器が示している。
後は時間との勝負!
―――ピシっ!
小さな綻び、かすかな破綻がそれに現れ、、、、、、、、
コアが砕ける。
それに一足遅れて電熱サーベルと3基のユニットがその威力を失い静止する。
フロウの影の残滓が次々と崩壊し、、、、、、蒸気を放ち霧散する。
『、、、、、、終わったか、、、、、』
イクマは精根尽き果てて頭を垂れた
。体中の熱気が一気に冷えていく。
冷えていく?
正確には冷えたのはイクマの周囲の空気そのものの熱量であった。
それもそのはず。
燃料が尽きれば生命維持装置も止まる。
今コックピット内は全ての機能を止め、
あらゆる計器類がその灯火を消している。
だが、イクマは当然予感していた。
この急激な温度の低下が意味する重大にして決定的な要因―――空気が漏れているに違いない事に。
恐らくフロウの触手による衝撃によって生じたコックピット内壁の亀裂のそこかしこからすでにかなりの量の酸素が流出しているに違いない。
イクマは少しづつではあるが呼吸が苦しくなるのを感じた。
「生き返ったと思ったら、またこれか、、、、、あの夢が本当だとして、一体俺をどうしたいんだか?」
俺は毒づいて、そしてあざけるように笑って見せた。
『もってあと15分ってところか、、、、、』
イクマは次第にまぶたが重くなってゆき、やがて意識を失った。