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Diaspora  作者: 吐露ヰ
2/11

決戦前夜、空母ラツィエール甲板

『―――夜明けが近いな』

俺は甲板の隅っこで海を眺めながらタバコを燻らせて物思いにふけっていた。

空は雲ひとつない。薄紫色にぼんやり染まりだした地平線が俺に夜明けの到来を伝えた。

再び空を見上げてみる。

『ユリイカさえみえそうだな』

余りに澄み切った空気と遥か遠くに感じるほどの空模様がそんな錯覚を催した。当然高度三万フィートかなたのソレを見ることなどできるはずはないのだが。


俺は徐ろにタバコを口から海面目掛けて噴き出した。すると音もなくタバコは赤い灯火を失うと同時に波に飲まれてたちまち所在を知ることはできなくなった。

俺は命が消える瞬間はこんな感じなのだろうかとふと思った。


「はい、イクマ。空母内は禁煙よ?」

不意に背後から親しげな感じの女性の声が聞こえた。

「何、風向きを知りたかっただけだよ。タバコ”が”ついでだ」

俺はそういうとその女性のほうに向き直った。

「あなた、こんなときでも口が減らないのね。さすがというか、相変わらずというか」

呆れたように彼女は潮風に乱された髪を左手で整えた。軍人にしてはえらく艶っぽい仕草だといえる。


彼女の名前はマヤ・リズベルト。生粋のアメリカ育ちだが、その目を見れば一目でフランス生まれとわかるほど魅惑的なブリュンヒルド(青い瞳)だ。

そして後ろ手に結わかれた金髪が夜明け間もない黎明に照らされて、あたかもヴィーナスのような神秘的な輝きを放っている。

彼女は俺の部隊”レイブンズ・アイ”の中でも唯一の女性軍人だ。だがメカニックの分野において彼女の右に出るものはいない。

そして何より、部隊内でも唯一俺の”前の”経歴を知る存在である。


俺は一度軍属を外れている。だが今この作戦のために三年振りに召集されこうしている。そして3年前俺が軍を退役する理由をマヤは知っている。

だからこそ隊長と一隊員に過ぎない俺たちには見えない信頼感を共有できているのかもしれない。


「こんな時だって?何、今まで経験した作戦と何も変わりないさ。ただ任務を全うするだけ。どの道俺の生きる道は戦いにしかないってことらしい。}

俺は少しお茶らけた風に言った。

が、その言葉が異様なまでに彼女の表情を激変させた。

「何ソレ?まるで自分が死んでも誰も悲しまないみたいな言い方は?私はあなたを良く知っているし、少なくとも一番多くの戦いを共に戦ってきたパートナーだと思ってる。あなたはそうじゃないの?最後かもしれないってゆうのに、、、、、、、あ、」

マヤは台詞の終わりを濁すかのように俺から目を背けて罪悪感と戦っているようだった。


俺には彼女の考えていることもわかるし、そのことで気を病んでいるつもりは毛頭なかった。

だが、そのことについて彼女の心を支えようと優しい言葉を掛けるのは果たして正しいのだろうか?

やがて”最後”を迎える男のすることだろうか?

ましてや、恐らくマヤは俺のことを他の男とは違う感情で見ているだろう。自覚はないにしても。


「俺のパートナーは”ハヤブサ”だけだ。俺はおれ自身の戦いのために生きて、死ぬんだ。だがマヤ、お前は違う。俺にお前のパートナーの座はもったいないな?もっといいイカツイダンディを捕まえたほうが生存率が上がるぞ」

俺はそういって悪戯っぽく笑った。

すると彼女は一瞬面食らったように俺のことをキッと見据えたが、やがて何かを心の中でふんぎったのか、

いつものように呆れ顔を俺に向けて笑みをこぼしてくれた。

「そうね。あなたみたいなウラナリ日本猿がココまで生き残れてきたなんてホント大した強運の持ち主ね。アタシはギャンブルが嫌いだからね。

あとタバコもね」

彼女はそういうと不意に振り返り右手をひらひら振りながらイクマから離れていった。

しばらく彼女の背中を眺めていた。不意に気付かないぐらい小さい仕草で彼女の左手が顔を覆っていたように見える。


「・・・・・・・・・」

これでいい、俺は自分にそう言い聞かせた。


夜が明けた。午前四時五〇分、作戦開始まであと十分。

俺は甲板上で無数に配備されている顕正へと至りコックピットへと乗り込んだ。

乗り込んでいの一番に目に付いたものは、俺が始めてみることになる無数の計器類と操縦レバーフ付近に急ごしらえで取り付けられたスイッチらしきものであった。

なんとも妙な気分だ。これから俺の棺桶になるコックピットが触ったこともない赤の他人のそれに見えて少し気が乗らなかった。

そう数十分後には恐らくこの中で俺はハヤブサとともに散る.


1十年前に始まったディアスポラと呼ばれる地上と軌道上勢力との戦争は今日終わる。

その引き金を引くのがこの俺、その鍵を運ぶのがハヤブサだ。

〇五〇〇にラツィエール空母甲板から発進し、俺の部隊レイブンズ・アイを中心に地上勢力”正統地球連合軍”の第二特殊空軍が随行して一気に高度三万フィートまで進軍する。敵ユリイカ勢力を正面から強引に中央突破し、レイブンズ・アイが敵中核に突貫。

後に俺とハヤブサ単機で敵の司令部に肉薄し、こいつを起動する。


―――コツン

俺は傍らに取り付けられたボタンの蓋を小突いた。その蓋にはメルトダウンのマークがラベルされており赤い警戒色に彩られていた。

「トライアド・ソドム、、、、、、、」

名前の由来は良くはしらないが、、、、、、つまりは核だ。正確には中性子爆弾だ。

これはつい最近開発されたものだが、トライアドと冠されるだけに三つのユニットが機動と同時に動作する。

その三つのユニットが生み出す電磁場が核起爆用のレンズの役割を果たすらしい。

そしてその三つのユニットに制御されたトライアド・ソドムは本来放射状に放たれるべき放射線を、

意図した方向へ集約させ破壊力を極大化することができる。


だが、その反面、ユニットへの電源供給が膨大であり、そのために顕正一機分のジェネレータを犠牲にしなくてはならなかった。

当然制御ユニットがあったとしてもさすがに爆心源にいればひとたまりもないのは言うまでもないのだが。


『他人のために戦ったことはない。いつでも戦いは俺自身のため。だが、最後には”途方もない他人”のために戦って散らなきゃならないのか、、、、、。

とんだ皮肉だ。或いは傲慢な兵士である俺への神罰か?』

俺は毒づくと、ヘルメットをかぶり、発進準備に取り掛かった。

そしていつものようにソレを見る。一枚の写真。一人の少女と俺が幸せそうという程ではないにしろ、それ以来覚えがないほど優しく笑っていた。

「―――セツナ、これで終わりさ、戦いは。もう楽になれる。待ってろよ」

俺はテープで貼り付けられた写真を指で弾くと、翻るように座席に収まった。


『―――作戦開始まで90秒だ。各自ジェネレータを起動しろ。発進準備だ!』

全機通信がコックピットに反響する。俺は指示に従い起動シークエンスに入った。

一気にコックピット内部の至る所の計器類が命を吹き込まれたようにともりだす。

「そうだな、、、、ハヤブサ、お前も俺と一緒に”行く”んだな。せめて最後ぐらい誰一人追いつかせてやるな。

俺とお前は最高のタッグだからな」

それに呼応するかのように顕正”ハヤブサ”が爆音を上げる。あたかも俺と最後の戦いに挑む喜びを叫ぶかのように。

俺はそして全てを忘れた。全てを忘れてハヤブサと一体となり、、、、、、


「レイブンズ・アイ隊長大鳳幾真、発進する!」

ハヤブサのバーニヤが青白い焔を噴出し瞬く間に甲板を離脱し一気に空高くへと音速域に至るまで一気に上昇する。

それが鬨の声となりレイブンズ・アイの顕正、無数の連合軍機が連なって怒涛の飛翔を見せる。


作戦は今始まった。10年余りに渡り続いた戦乱が今激烈なる終幕を迎えようとしている。

ここにいる誰もが甚大なる被害を犠牲にした勝利を確信していた。

たとえそれが人に許されざる禁忌の技術を用いたものであれ、

だからこそその苦渋の決断を選択した英断が故に敗北する余地はない。

そう歴史は今日地球という母なる大地に住まう正統なる人類の手に戻るはずである。


空母ラツィエールに静寂が戻る。

遥か地平線にはすでに朝日が半分のぼり、あたりを橙色に染め上げ揺らめいている。

相対して東の遠方は、いつの間にか物々しい鉛色の空が立ち込めはじめていた。

風は強い湿気を運んで荒れはじめている。


―――嵐の兆し

すでに無数の顕正たちは空のかなたに姿を消していた。

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