希望霧散
「ええっ!?」
廊下にセキレイの驚嘆がコダマする。
「可能性の問題だ。この状況下で奴はこの選択肢を選んでもおかしくはないってことだ。」
二人は早歩きで廊下をい同士ながら会話する。
セキレイはリスキーから彼女の推測についてすでに移動しながら説明してもらった。
彼が過去の世界からやって来た兵士であるということ。
これに関してはセキレイも先ほどの訓練室での彼とのやり取りをリスキーに説明し、
それがもっともらしいだろうということは理解した。
とても絵空事にしか思えないが、だがリスキーに見せられた写真の日付がいやおうなくそれを納得させた。
そしてリスキーいわく、かれは彼の中の敵であるこのユリイカの艦から脱出しようと考えるに違いない、ということだった。
その際に彼は交渉材料として何かしらこちらに有益な存在を利用するに違いない。
そしてもっとも効果的で手っ取りばやく手にはいるソレは―――
「でも人質って、とてもそんな悪人には見えなかったけど。」
セキレイは訓練室での彼とのやり取りを思い出した。
なんとなくだが、あの雰囲気は父に似ている。
いや、或いは彼がまるで自分のことを自分の娘でも見ているような視線を時々感じたのである。
そんな人間がそんな非道なことをすることができるのだろうか?
「悪とか善とかそういう問題じゃない。彼はそういう判断基準で戦いを見てはいない、恐らくだが。
いま、最も現実的で可能性の高い手段、そう考えれば不思議なことではない。」
それは海賊討伐隊にいて多くの先頭を潜り抜けてきたリスキーならではの発言であった。
どの道、今は彼を見つけて話を聞く必要がある。
―――コツッ
「セキレイ!柱の影にっ!」
何かを感じたリスキーはとっさにセキレイを反対側に押し、自分はそのまま近くの廊下脇の柱に身を隠す。
『銃は、、大丈夫だ』
彼女は残段数を確認すると、すぐさま目の前でしりもちをついているセキレイに自分のソレを指差して示す。
躊躇いながらもセキレイはその意図するものを理解したため、腰のホルダーから銃を抜き出す。
―――コツ、コツ、、、、、
近づいてくる。間違いなくあの足音はこちらへ向かってくる。
セキレイは息を呑んだ。何てことだ、こんな息の詰まる緊迫感経験したことがない。
本当にこの向こうにいるのがさっきの男の人なの?
―――コツ
足音が止まる。
ソレを待ち構えていたようにリスキーが身を翻し、廊下中央に飛び出し、目の前の存在に銃を突きつける。
「やはり、お前か。」
リスキーはソレを見て小さく舌打ちをした。
セキレイは一瞬の出来事についていくことができなかったが、ようやく柱の影から首を覗かせ彼女の銃が向けられている先に目をやった。
「ヒスイっ!?」
セキレイは驚きの余り声を上げた。
間違いない目の前にいる少女はさっき見たはずのヒスイだった。
そして何より彼女を驚かせたのは、彼女があのイクマという男に拘束されているらしいという異常な状況。
ヒスイは涙をこらえ悲鳴を押し殺しているが、彼女が今までに感じたこともない恐怖に駆り立てられているだろうことはいうまでもない。
「ちょっと!あんたヒスイに何してんのよ!?
痛がってるでしょっ!早く離しなさ―――」
セキレイは自分が言い終わるよりも先に彼の懐からあるものが取り出され、
ソレが自分に向けられるのを見た。
それは訓練室前のショーケースに展示されているはずの時代物の拳銃だった。
「―――っ!?」
セキレイは思わず悲鳴にもならない声をもらすと棒立ちになった。
「大人しくしていろ。危害を加えるつもりはない。そっちのも、銃を床に置け」
そういうとイクマは今まさに敵意をむき出しに自分に銃口を向けているリスキーに言った。
「チッ!」
毒づくとリスキーは自分の銃を床に置いた。他に選択肢などない。
イクマはソレを確認すると、彼女の銃を拾い上げ自分の懐にしまった。
「よし、それじゃあ両手を挙げて俺の前を歩け。格納庫まで案内してもらう。」
彼は銃を持った手で彼女たちに指示を出し、彼女たちを移動させた。
二人は彼の言うとおりに並ぶと歩き出す。
『―――ちょっと。こいつ何考えてんのよ!?
でも見た感じヒスイは無事見たいだしよかった。』
無事と一定以上教科ワカラナイが、少なくとも彼は彼女に暴行を加えたりした形跡はない。
無論ヒスイは今までにないほどに怯えているのは見る間でもないが、
それだけでもセキレイはほっとした。
リスキーは歩きながら彼の考えていることを予想しようと努めた。
『くそっ!最悪だわ。私の予想していた最悪の事態。
格納庫ですって?やはりあの男は私の考えていた通り、ここから脱出しようと考えているのか、、、、、』
だが一体ここから脱出してどうしようというのか?
ここは恐らく彼のいた時代ではない。
彼に行く当てなどあるはずもない。
だが彼女はハッとして彼の考えていることを悟った。
「あんた、、、”アソコ”に行く気なの?」
アソコ―――それはこの時代のものならまず考えないであろう場所、かつて地球と呼ばれていた星の成れの果て、黒い霧の悪夢。
イクマは感心したように彼女の言葉を聴いた。
「ご名答だ。それがわかってるなら言う必要はないな?俺が必要としているのは軌道突入用ユニットを備えた移動手段だ。
俺は地球に帰る。」
セキレイはその言葉を聴いてイクマのほうに向き直る。
「地球って、冗談でしょ!?さっきの話聞いてなかったの!?
地球は200年も昔に消滅して―――」
だがイクマは彼女の反応を予想していたかのようにさえぎってみせる。
「”消滅”?それは誰かがみてきたのか?本当にあの”中”には地球外ないって、あそこから帰ってきた奴が言ったのか?」
セキレイは目を瞠った。この男は一体何を言っているのだろうか?
「”中”って、、、、、、、、そりゃ確かにあそこから戻ってきた人間がいないってのはそうだけど、、、、、だからって、、、、
あなたも見たでしょう?あの黒い霧を?
あれはあらゆる電磁波も光も通さないブラックホールみたいなものなのよ。
ありえないわ!」
黒い悪夢の”中”など考えるまでもない。そこに何かがあるなんて馬鹿げている。
この男は絶望の余りに正気を失っているんじゃないだろうか?
「だれかが見てきたわけじゃないんだ、100%じゃない。
それに俺にはもう他にいくところは無い。
俺は自分の目でソレを確認しなくちゃいけないんだ。」
そういうとイクマはセキレイに銃口を向け無駄口をたたくのをやめさせた。
だが、リスキーはそのセキレイとイクマのやり取りを横に見ながらある本で書かれていた記事を思い出した。
誰だっただろう、たしか若い研究者の論文だった。
その学者は確かにこの男の言うようにあの黒い霧―――”時空断裂帯”とそこでは書かれていた記憶がある―――地球が未だに存在する可能性を指摘していた。
むろんそんな空想科学現在のユリイカでは圧倒的マイノリティには違いない。
だがこの男の言うとおり誰かが確認したわけではない。可能性がないわけではないのだ。
ただあの宙域が絶対不可侵・計測不能だから誰も手を触れてこなかっただけ。
「着いたわ。ここが格納庫よ。」
いつの間にか時は過ぎ、思いのほか早く彼女たちは目的の場所までやってきていた。
「開けろ。先に行くんだ。」
そういうとイクマはリスキーの背中をEM-9で小突いた。
「っく!」
仕方なく彼女はその扉を開き彼の進路を開いてやった。
―――格納庫、そこは未だ先の戦闘で傷ついた機体の修復作業で活気付いていた。
当然そこには先ほどリスキーと舌戦を繰り広げたロコの姿もある。
彼女は周りに指示を出しながら自らイクマの愛機”ハヤブサ”の修理作業に没頭していた。
『隼、ちゃんとここに運ばれていたのか。』
イクマは一瞬その慣れ親しんだ相棒の朽ち果てた姿に目を奪われた。
いくつもの戦闘を彼はこの機体と共に駆け抜け、
そしてあの最後の作戦のときも彼と共にいてくれたのはあの相棒だけだった。
だが、今ここを脱出するということは当然この相棒をここに置き去りにすることを意味する。
そう考えると彼は思いのほか心がぐらつくのを感じた。
隼をおいて自分だけ地球に帰ろうとするということ、ソレは果たして”すべきこと”といえるのだろうか?
「まだ、信じられないわね。あんなボロボロの機体がフロウをやっつけたなんて。
私はあなたに命を救われて感謝してるのよ。
その子、ヒスイだってそう思ってるだろうし。
ねぇ、こんな馬鹿なことやめてよ。
あなたがいる場所がないって結うんならここにいればいいじゃない?」
セキレイはそういうとにこっと笑ってみせた。
イクマは手元に拘束されているヒスイを見やる。
彼女は涙交じりの表情で恐らくセキレイと同じ事を訴えかけるように彼の目を見据えていた。
「そうだ、我々はそもそも君を敵とはみなしていないのは言うでもない。
ましてやお前はフロウを倒した貴重な存在だ。
こんなことをした以上それなりの対応をせねばならんが、
それでも悪いようにするつもりはない。」
彼女たちに呼応してリスキーも続く。
おかしな連中だ。今まさに自分たちの仲間が人質に取られ、ましてや自分たちの命すらこの自分にの手のひらの上にあるというのに、
こともあろうか俺が敵ではないなどというのか?
違和感。拭い切れぬへ彼女たちとの隔たりがイクマの心に入り込んだ。
なんとこの世界の人間は平和ボケしているのだろう。自分には考えられない。
自分に銃を向けた存在は打倒すべき敵に他ならない。
その認識を揺らがせる感情は排除されなければならない。
それが常に戦いと共に生きてきたイクマの法だった。
そうだ、自分は彼女たちとは異なる世界の存在。
時代とか世界とかそんなことは関係もはや関係ない。
自分はたった一人で戦い続けることを宿命付けられた戦士。
どの道自分がいる場所などどこにもないのだ。
その考えが彼の思考からあらゆるノイズを消し去った。
そして彼は格納庫の天井に拳銃を向けると引き金を引いた。
―――ダァアアアンっ!!
けたたましい炸裂音が格納庫を縦横無尽に駆け回る。人の声と機械音で溢れ返っていた格納庫に忽ち旋律と沈黙が音連れ他。
少し離れた場所で隼の修復作業に当たっていたロコもまたその銃声に反応し、コックピットから顔を出してその音の放たれた方角に目を向けた。
「な、なんやっ!?銃声!?って、リスキーはん?それにセキレイはんも―――っ!?」
ロコはその音の放たれた地点にリスキーを見つけ、またセキレイをその隣に確認し、
そしてさらに拳銃を構えてこちらを見据えている見知らぬ男を目に留めた。
事もあろうかその男はヒスイを羽交い絞めにしているではないか!
ロコはすぐさまこれが異常な事態であることを察知した。
セキレイは突然放たれた怒号に全身の力を奪われ半立ち状態で耳と目を閉じていた。
リスキーは耳を塞いではいたが、彼の次の動作を見逃さないために彼から決して目を離さなかった。
「おい、あの機体は軌道突入は可能か?」
イクマはそんな彼女を尻目に、ある目の前にある期待を指差してみせた。
横にあった紫色の機体は腹部に激しい損傷をしており、
また別の緑色の機体は動き回るには向かないユニットがいくつも着いていたため、
彼は最も扱いやすそうなシンプルな赤い機体自然と選んでいた。
「それあたしの!ちょっとよりによってなんでアタシの機体なのよっ!」
そう、この赤い機体こそ彼女のアンファンだった。
「そうか、これがお前の機体か。」
なるほど、近くで見れば見るほど顕正と瓜二つ。
だがだからといって中身が同じなわけがない。
時代も違えばこれは地球軍のものでない、ユリイカの技術の産物だ。
するといつの間にかこちらにやってきていたロコが口を開く。
「あんさん、どういうわけかしらへんけど、そいつを操縦するつもりなん?
無駄やで、そいつはパイロットはなちゃんとしたパイロットが乗らへんと指一本動きゃしないんよ。
ダル・ヴィド・システムや」
「お前、こっちに来い。他は動くな。」
イクマはセキレイを指差して指示を出した。
「ちょっ!?あたしっ?」
セキレイはイクマの突然の命令に混和しリスキーをちらりと見た。
リスキーはソレに対して無言でうなずいた。
恐らくあの男は本当に危害を加えるつもりはないのだろうと彼女は感じていた。
実際今のところあの男が発砲したのはさっきの威嚇のときだけ。
彼にとって人質をとりながら自分たち二人までも威嚇しながら行動するのは本当はリスクが高いはずなのだ。
はっきりいってこの男が効率だけを考えて行動していたとしたら、
とっくの当に彼女たち二人は始末されていたはずだ。
だが彼はリスク覚悟で自分たちを生かしておくことを選択したのである。
完璧に安全などととはいえないにしても今はセキレイに彼の命令を聞いてもらうより他にない。
『冗談でしょ、、、、、、、なんでこんなことに、、、』
セキレイはリスキーの相槌をうけて、躊躇いながらも彼の元へと歩いていく。
「セキレイさん、、、、、ごめんなさい、私が、、、、、」
イクマに拘束されながらヒスイは申し訳なさそうにセキレイに社座石よと下。
「大丈夫よ。まだ誰も怪我したわけじゃないんだし。
痛くなかった?」
セキレイは憔悴仕切ってうなだれるヒスイに触れようとした。
―――バッ!
「あれっ!?」
突然視界に写る世界が一転した。気がつけば自分は今来た方角を向き、
目の前の床には投げ捨てられたように転がるヒスイ、
そしてなぜか自分の喉下がなにかによってガッチリと締め付けられている。
「セキレイッ!」
リスキーの呼び声によってセキレイはようやく今時分が置かれた状況を理解した。
「え、と、、、、ドユコト?」
セキレイはイクマにしっかり拘束されながら、背後で銃を構える彼の顔を見た。
「お前の機体なら、お前に操縦してもらう。来い、先にコックピットに入れ。」
イクマはそういうとぐるんと彼女と共に翻りセキレイの機体に身体を向けた。当然銃口はリスキーたちのほうへ向けられたまま。
『えーーーーーー!?なんでこうなったし!?私?私も一緒にいくってゆうの!?』
セキレイは困惑しながらも彼のいうとおりにせざるを得ない。
彼女は半ばイクマに押し出されるようにして自分の機体の前へとやって来た。
「待ちなさい!まさかその子を連れてあの場所に行く気なの!?」
当然この展開はそういうことになる。
リスキーは彼を制止しようと一歩踏み出した。
だがイクマは其れに対して反応することは無い。
むしろ彼女がそう出るであろう事は予想済みであったように。
「心配するな。あんたらの監視の外に出たらこの娘は脱出ポッドで解放する。
すぐに回収できるだろう。
だが、当然その時点でこの機体のさっきいっていた、、、、、、ダル・・・・・なんたらというシステムを切ってもらわないと話にならないがな?」
そういうとイクマは先ほどこの現場に闖入してきた赤毛の団子頭の方を見やった。
彼の視線の意味するところを理解したロコは自慢の赤毛をくしゃくしゃとかきむしって思考をめぐらせる。
「ダル・ヴィド・システムや・・・・・・・・・・
解除は可能や。ただどうなってもしらへんで?
認証システムを無効にしたら、自動的に全ての電子支援デバイスが無効になるんや。
まともに操縦できへんようなるが―――」
だがイクマは皆まで其れを聞くつもりなどなかった。
システムを無効化できるということさえわかればよい。
「よし、なら解除が確認できたら、其れと引き換えにこの娘を解放する。
行くぞ。」
そういうとイクマはセキレイをコックピットに押し込むと、自分も其れに続いた。
「、、、、、、わ、わかったわよ。」
セキレイはもはややけくそ気味に毒づいた。
リスキーはその一部始終を唇をかみ締めながら見据えていた。
口惜しい。よもや自分の部下を危険な状況に立たせてしまう結果になってしまうとは。
なんとも自分の無力さが悔やまれる。
「さて、、、、、、」
そういうとロコは格納庫の一角にある制御室へとむかって歩き出した。
『30分くらいやろか?
間に合うか微妙やな?』
ロコは腕時計を見やるとため息をはいた。
そもそも”ダル・ヴィド・システム”はアンファンの中核システムで、
PCでいうところのOSみたいなものである。
それを書き換えること自体結構面倒な作業なのに、
かなり厳しい時間制限付ときている。
だが、セキレイの身の危険が掛かっている以上何とかするしかない。
セキレイは自分の慣れ親しんだコックピットのシートへと腰を下ろした。
だが今日は常ならざる同乗者付だ。
いつもなら広いはずのコックピットも今日ばかりはひどく息が詰まりそうだ。
「ちょっ!どこ触ってんのよっ!?狭いんだからもっとそっちにつめてよ!」
そういうとセキレイはコックピットのハッチを閉めて座席の脇に腰を落とそうとしたイクマの背中を押した。
「悪いな、我慢しろ。それより早くここを出るぞ。」
そういうと彼は悪びれもなく彼女に指示を出した。
「、、、、、、」
彼女はあきらめたようにコンソールを開き、アンファンを起動した。
―――ウィィィン、、、、、、
イクマは奇妙な感覚に襲われた。
なんて静かな起動音だ。ジェネレータの動作音がほとんど聞こえない。
外見こそ顕正と似通ってはいても、コックピットの中はまるで似ても似つかない。
というより操縦棹らしきユニットが両手部分に、今しがた彼女が触れたコンソールユニットが一つ、
それがこのコックピット内にあるものの全てといっても間違いないだろう。
イクマの乗っていた隼に比べたらどれほど簡略化されたものだろう。
これがこの世界、この時代の技術力のスタンダードというわけか。
と、いう感じにイクマが異文化交流を脳内で体験している傍らで、
セキレイはなにやら念仏らしき独り言をつぶやいていることに彼は気がついた。
「ゆっくり、ゆっくり、足を踏み出して、、、、、、」
セキレイは必要もないのにまるで確認するかのようにつぶやいていた。
「?」
イクマは彼女のその行動をいぶかしげに観察していたが、
すぐ”ソレ”の意味を理解することになった。
―――ドォォォンっ!!
必要以上の出力で噴出すバーニヤとその衝撃で一気に体勢を崩すセキレイの機体。
「うぉっ!?」
だが、其れを予想していたのか、その動きに呼応するように格納庫ハッチが開かれる。
「とっとと。」
セキレイはすんでのところで体勢を建て直しそのままの勢いで宇宙空間へと飛び出すことに成功した。
イクマは不意にもコックピット内で転びそうに鳴ってしまったが、何とか踏ん張り体勢を維持していた。
「おい、、、、、、お前、大丈夫なんだろうな?」
人選をミスったか?むしろあの緑色の機体に人質にしていた少女を連れて脱出するべきだったかもしれないとにわかに後悔した。
「し、失礼ね!ちょっと手が滑っただけじゃない。それよりこのままあの黒い霧に向かえばいいんでしょ?
おとなしく座ってなさいよ!」
そういうとセキレイは座標モニターを確認して黒い霧を目指して航路を取った。
しかし機体が動くたびに異様な衝撃がコックピットを揺さぶっている。
『えらい、荒っぽい操縦だな、、、、、だが少し妙な感じだな。』
この娘が単純に下手なだけだろうか?
先ほど手合わせしただけではあるが、彼女の反射神経、瞬間的な判断能力にかんしてはかなり非凡なものをイクマは感じていた。
イクマも今まで隼のみならず多くの機体を操縦することもあったし、
銃火器に関してもおおむね一通り扱いを網羅している。
その中で自分が戦闘で真っ先に自分の命を預けられる相棒という存在は、
必ずしも高性能な兵器であるということを意味しないということは当然だった。
隼が何よりいい例だ。
あの機体は運動性能こそ高いが、型式でいえば当時三世代もまえの旧型だ。
だが使い慣れた装備であるということと”相性”は常に自分の命を救ってきたのはいうまでもない。
「ちょっと、何変な目で見てるのよっ!?そんなにアタシの操縦が気に入らないの?」
セキレイは少し気恥ずかしそうな表情を隠すようにつっけんどんにイクマに文句を言った。
「ふむ、、、、、、意外というか、さっき手合わせしたときとはだいぶ印象が違ってたんでな。」
イクマは彼女の触れている操縦棹やコンソール等に目を向けた。
とりあえずイクマがいえることは、薄気味悪いほどに人間味のない操縦系統だ、ということだった。
「うるさいわねっ!悪かったわね!
実技や筆記はよくても、アンファンだけは無理なのよ。
―――フロウを一人で倒しちゃうような人にはわからないでしょうけどね、、、、」
そういうとセキレイは彼から目をそらした。
実技はなんとなくわかったが”筆記”にも長じているということに意外な印象をイクマは受けたがとりあえず其れはおいておいた。
確かに自分は単機でフロウを倒すことができたのは事実だ。
まぁかなりこちら側の被害を前提にした我ながら無茶な作戦であったのは否めない。
だが、単機とはいえ自分が乗っていた機体が”隼”だったから可能であったに過ぎない。
もし彼女が今操縦している機体でもって同じ事を成し遂げられるかというと、それは不可能だ。
余りにも直感的に触れ、自ら判断するという要素がこのコックピットには欠けている。
恐らくその大半を機械が担っているのだろうが、そもそもイクマはそういうタイプの操縦が苦手なタイプだった。
とすると彼女もまた彼と似た”タイプ”なのかもしれない。
「相性が悪いのかもしれんな」
イクマはボツリとつぶやいた。
「あんた、、、、、言いにくいことを平然と、、、、、、
そもそも神経接続とか、思考フィルターとかそういうのが苦手なのよ。
もっとカラテしてるときみたいな感覚で操縦できたら少しはましなのに、、、」
神経接続や思考フィルターの意味するところはイクマにもわからなかったが、
恐らくかなり多くの部分を機械任せにしているのはわかった。
「それは切れんのか?俺の隼は余計な電子デバイスはついていない。
操縦棹を動かす、ペダルで出力を調整する、火気系統も基本自分の判断。
この時代の人間のスタンダードはしらんが、要は慣れの問題だ」
だがセキレイはあきらめた口調でイクマに答えた。
「できるわよ。マニュアルにすれば可能だけど。
無理よ。情報量が多すぎるわ。
前に一度実習で体験させられたけど、ひどい目にあったわ。」
セキレイはそのときの体験を思い出して苦虫をつぶしたような顔をして見せた。
だが、このまま彼女の今の操縦に任せていては目的地に一向にたどり着ける気がしない。
たしかに方角はあって入るが、修正舵が入るたびに体勢を崩して失速していたら事が進まな。
「俺は君を解放した後こいつを操縦せにゃいけない。
一通りの操縦をしっておきたい。
それに、多分君は俺と”似た”タイプかもしれないしな。
とりあえずマニュアルとやらに変えてみてくれ」
”似た”タイプ、その言葉の意味することがセキレイにはわからなかったが、
あのフロウをたった一人で倒した男のいうことなら何か意味があるのかもしれないとも思った。
「―――っもう!しらないわよ、どうなっても?
まともに動いたためしなんてないんだからっ!」
セキレイはそういいながらコンソールを開いて、操作モードの切り替え画面を呼び出した。
彼女はちらりとイクマの顔を見やる。
だが、彼は平然と彼女の次の行動を待ち構えそこに座っている。
『はぁ、、、、、何やってんだろ、、、あたしは』
―――フィィィィイィィン、、、、、、
静かに駆動音がコックピットから消えていくのを二人は聞いた。
恐らく電子デバイスが休止状態並行したのだろう。
すると、機体がぐらりと傾きだす。
「わわっ!ちょっ!?」
あわててセキレイが操縦棹を握り元の姿勢へと戻ろうとそれを傾ける。
だが強すぎた。機体は反対方向に回転したかと思うと一気に半回転回りすぎた。
「しまっ―――」
セキレイは再び操縦棹を逆へと傾けようと力をこめた。
が、その動きは全く別の力によって遮られた。
『え?』
操縦棹を握る彼女の手、そしてその上に覆いかぶさるように添えられたイクマの掌。
「こういう時は反発せず、機体の動きの一つ先の挙動を予測して流れにあわせるんだ。」
そういうとイクマはむしろその行き過ぎた回転を若干促す方角へ少し傾きを強め、
やがて一巡し元の体勢へと戻りつつある機体の動きに合わせて少しづつ操縦棹の傾きをニュートラルに戻していった。
機体は無事にもとの平衡感覚を取戻しその場に静止している。
「姿勢制御バーニヤの数が多いな。確かにこれじゃあ全ては制御仕切れないな。
こいつとこいつ、あと両サイドのを切ってしまっていい。
カメラは基本一つで構わない。後はレーダーで補完しろ。
いらない機能は自分で判断して切り捨てるのがいい。
俺もよくやる。」
セキレイはイクマの矢継ぎ早の指示を聞きつつせわしなくコンソール上で指を走らせている。
「こ、これでいいの?」
セキレイは一通り彼の指示を実行するとイクマのほうへ向き直った。
「まぁ、多分。あとは動かしかただが、
こればっかりは口で言っても伝わらん。
それ以前に俺は教えるのが下手なんでな。
っと」
そういうとイクマはするりとセキレイの座席にもぐりこんだ。
強引にセキレイを持ち上げるとその下に足を滑り込ませて、
ちょうど子供をひざの上に乗っけるような格好で彼は座席に腰を下ろした。
「なっ!ちょっとなんのつもりよっ!?って、触ってる触ってるっ!」
当然セキレイは赤面しつつ彼を座席から追い出そうと試みるが、
体勢的に考えてちょっと無理である。
「手っ取り早いんだよ。そら、機体がまたバランス崩すぞ?」
確かにこうして彼女が抵抗している間にも期待はまたあらぬ方向に傾きだしている・
「っく!お、覚えてなさいよ!」
そういうとセキレイは慌てて操縦棹を握る。
が、その力任せの挙作を和らげるようにイクマが再び手を添える。
「力は必要ない。この状態なら君の手の動きがダイレクトに機体が答える。」
そういうとイクマのほのかに伝わる力によって少しずつ機体が前進を始める。
にわかに小さなGがセキレイの身体に伝わってくる。
ダル・ヴィド・システム下では感じることのできない生身の感覚だ。
だが、セキレイはその衝撃がどこか心地よくさえ感じた。
以前自分がマニュアルで操縦したときには感じたことのない緩やかなGの伝達。
この機体がまるで意思を持っているかのようにその衝撃から次の動きを読み取ることさえできるようだ。
「Gを感じることから始まる。操縦ってのはパイロットの意思だけで決まるわけじゃない。
この伝わってくるGの方向や強さからこの機体が動きやすい力の無機を察知してやることが大切だ。
いわゆる機体との”対話”ってやつだ」
対話。
その意味することははっきりとは理解できないが、
だがセキレイはダル・ヴィド・システムに拘束されていたときには感じることのできなかったこの期待の息遣いのようなものを確かに感じているような錯覚を感じていた。
「これが、あたしの機体、、、、、」
セキレイはおもむろに操縦棹を傾けてみる。
イクマがその力を僅かに調整して操縦棹はゆっくりと必要な角度だけ傾く。
機体は直進運動からにわかに旋回運動を始める。
だがいつものようにはバランスを崩さない。
セキレイはいままでイクマがふんでいたペダルに足を乗せ操縦棹を緩めつつ踏み込んでみる。
急加速。大きな子を描くように機体は宇宙空間を疾駆する。
「あ。」
気がつけばいつしかイクマの両手は彼女の手から離れていた。
「あたしが、、、、操縦してるの?」
イクマは小さく笑って見せた。
「多分君はこっちのほうが向いてるんだろうな。
直感派というか、自分で動いて実感しないと理解できないタイプだ。
俺と同じさ。」
そういうとイクマは後ろで腕を交差させ座席に寄りかかった。
「なんとなく単純バカっていわれた気分。
でもいつもよりわかりやすくてうごかしやすいわ。」
そういうとセキレイは再び自分の手と足の動きに没頭した。
思ったとおりに動く機体、時折強く襲ってくるGの波。
その全てが新鮮だった。
確かにいつものように周囲の空間の情報が絶え間なく脳内に指令されることがなくて、
どこか不安がないわけではない。
だが、不思議とカメラ一つとレーダーだけでも、不思議とその様子が直感的に把握できるよう泣きさえしている。
「あはは、操縦がこんなに楽しいなんて思っても見なかったわ。」
セキレイはまるで自転車を始めて乗りこなせることのできた子供のように無邪気に操縦に熱中している。
『楽しい、か』
それはイクマが感じたことのある感覚だったろうか?
生まれてすぐ戦いと共にあった彼にとって、武器を扱うことは感情とは無縁だった。
楽しいとは違うが、せいぜい戦いのなかで生き延びたという”安堵”ぐらいしか彼を鼓舞してくれる感情などなかった。
やはり自分は普通の人間とは違うのかもしれない。
「ねぇ」
セキレイはおもむろに彼に言葉をかけた。
「本当にあの場所に行っちゃうの?」
セキレイはためらうように彼に視線を向けた。
「さっきもいったが俺は他に行く場所がないんだ。
この世界の住人じゃない。
仮にお前の言うとおりあの霧の中が地獄だとしてもそんなことは関係ない。
一度しんだようなもんだからな」
そういうとイクマはぼんやりと光芒を無数に浮かべる宇宙を眺めた。
「あたしはあなたに残ってほしいかも。
組み手の相手もいないし、
期待の操縦の仕方も教えてほしいし、、、、、、
もちろん今回のことで何か処罰はあるかもしれないけど。」
セキレイだけではない。
彼に対する興味は皆が持っているに違いない。
フロウに唯一対抗することのできた人間。
彼はシベリウスにとってもこのユリイカ全体にとっても有意義な存在名はずだ。
だが、それ以上に彼女はどこか彼の持つ秘密めいた強さの秘密をしり対と思った。
彼の過去。
彼の心。
彼の生きる理由。
彼は自分を”似た”タイプだという。
だが彼女にしてみれば彼は自分とは明らかに違う生き方をした特別な存在だと感じている。
彼女はなんとなくこのまま彼を行かせてしまいたくないという気持ちになっていた。
イクマは彼女の表情を見た。
まっすぐとこちらを見つめる二つの輝き。
隠すことなくまっすぎに、自分をそこに映している。
ああ、なるほど、やはり似ているんだな。
イクマは懐かしい感覚を喚起され、
しばらく彼女と視線を絡ませていた。
そう、セツナもまた彼をこうして見つめていた。
あの惨劇の最中、或いはそれから二人が過ごした日々の中で、
彼はずっと彼を必要とし、こうやってイクマを見つめていたのだ。
気がつけば彼はセキレイの頭にぽんと掌を乗っけていた。
『・・・・・・・・・・』
セキレイはその行為が一体何を意味するのかわからないが、
だが心地よかった。
久しく感じることのなかった感触、匂い。
それは今は行方の知れぬ父ゲオハルトのそれを彷彿とさせる何かがあった。
やがてセキレイ機はも九表への航路を順調に進み、あの黒い霧をはっきりと目視できる距離までやってきていた。
黒い霧―――正しい呼び名は”フラクタル・フレーム”というものらしい。
フラクタル・フレームとはその黒い霧全周囲を一定間隔で回転するいくつかの巨大なリング状構造物のことを指しているらしく、
そのフラクタル・フレームがその内部と外部のあらゆる電磁波・重力等を遮断している。
だが、あくまでユリイカの環境に対して影響の大きな要素を隔離するための目的のものに過ぎず、
物質の行き来は可能となっている。
だが当然行き来とはいっても”行く”の一方通行でしかないが。
「圧巻ね。あたしも本物をマジかで見るのは初めてだわ。」
セキレイ派息を呑んでその巨大なフラクタル・フレームの悠然とした動きと、その中で蠢く黒い霧の神秘的な光景を眺めていた。
「これが、、、、、地球の200年後の末路か、、、、、」
改めてその変わり果てた地球の姿を目の当たりにすると、
さすがにイクマも絶句するしかない。
―――ピッ、ピッ、ピッ
不意にコックピットに電子音が響く。
どうやら通信が来たようだ。
「あ、艦からの通信だわ」
そういうとセキレイ派コンソールのポップアップに触れ通信モニターを開いた。
『こちらリスキー。今ロコがシステムの解除を完了した。彼女派無事だろうな?』
リスキーの険しい顔がそこには映し出されていた。
「心配するな。約束どおりここで彼女を解放する。近くのデブリに固定しておくから回収してくれ」
そういうとイクマはセキレイを見た。
すると彼女は何か物言いたげな目をこちらに向けているが今は無視することにした。
『一応、アンファンは惑星活動も前提に設計されとるから、起動突入は可能や。
ただうちらは試したことないから実際どうなるかしらへんで。』
それはロコの声だった。
額にタオルを巻いて疲れきった表情を浮かべている。
どうやらイクマの注文が堪えたとみえる。
「そうか、ありがたい。感謝する」
イクマはそういうと通信をきろうとコンソールに手を伸ばした。
が異変はその刹那起きた。
「え、、、、、?」
それにまず気がついたのはセキレイだった。
セキレイはコンソール上のレーダー表示に視線を釘付けにして固まっている。
「?」
イクマはいぶかしがって彼女の視線をたどった。
―――なんだこれは?
それは泡が水中より上昇して現れるかのようにそこに生み出されて行く。
一つ、二つ、それどころの話ではない。
もうすでに増殖しつづけるその赤い点の数は30を超えていた。
「な、、、、、、、これはいったい!?」
赤い点は識別不明の意味を持つ。
一般船?馬鹿な!そんな数が突然現れるわけがない。
考えられる可能性派ひとつ。
「、、、、、、、フロウ」
セキレイが嗚咽を漏らすようにつぶやいた。
―――ビー、ビー、ビー
遅ればせながらけたたましい警戒音がコックピット内を反響した。
急接近だ。
『―――っく!こんなときに!
おい貴様、すぐにその宙域を離脱しろ!
すぐにわれわれもそちらに向かう!』
リスキー派通信モニター越しに叫ぶと、画面の向こう側でせわしなく指示を出している。
「こんな数、、、、、無理よ、、、、、、」
セキレイは目の前に現れたすでに50はあろうかというフロウの大群に怯えまともな思考能力を失っている。
無理もない。かくいうイクマですらこの状況でまともに生き延びられる算段が見出せそうにない。
「しっかりしろ!とにかく退避だ。あいつらが俺たちに気付いているとは限らん」
イクマはセキレイの頬を叩くと自ら操縦棹を握って機体を転進、退避航路を取らせた。
―――コォォォォォッーーー
無数のフロウの移動する音が伝わるはずもないのに宇宙空間越しにイクマの耳に届いてくるきさえした。
間違いない。奴らはこちらへ向かってきている。
だが、本当にこの機体を目指しているのだろうか?
イクマは妙な違和感を感じていた。
殺意、敵意、その類がどうもこちらに向いているとは思えない。
なら奴らはどこを目指している?
イクマは機体を近くのデブリの背後へと隠蔽した。
しばらくしてフロウの大群はまさにそのデブリの近傍を掠めるように通過してゆく。
『やはり、目当ては俺たちじゃない?』
安堵と共に新たなる疑問が彼にもたらされた。
今しがたからセキレイは彼に抱きかかえられるようにして座席の上で怯え震えていた。
「あんな、、、あんな大群見たことない、、、、、」
どうやらフロウというものは群れを成して行動することは今までなかったらしい。
だとすればどうしていまになってこんな大勢が出現したのだろう。
フロウの大群はやがてフラクタル・フレーム近傍まで肉薄し、そして―――
―――グモォォォォォン―――
信じがたい光景。
まるで光に引き寄せられる虫がごとくフロウはあの黒い霧めがけて落下してゆく。
次々に飲み込まれてゆくフロウの大群。
それはさながらレミングの集団自殺を思わせる奇怪な現象である。
『一体どうしてあんなことを、、、、、、?』
イクマは黒い霧に吸い込まれていくフロウの姿をいくつも目撃した。
途中まで自らの力で落下軌道を取っていたフロウは、ある一定の距離まで黒い霧に近づくと、
突然その巨躯を何か強烈な重力でゆがませられたかのように湾曲させられてゆく。
やがてその形状を保てなくなったフロウの各々は光の粒子に砕かれ、黒い霧に溶け込むように消えていく。
その耐えざる連鎖が今目の前で無常にも繰り広げられているのである。
『これは、、、、下手な拷問を見せられるより堪えるな、、、、』
イクマはその光景をまなざしながら胸焼けがしてくるような感覚に襲われた。
「、、、、、うっ!」
おもむろにセキレイはその異様な惨状を目の当たりにして嘔吐感にさいなまれうずくまった。
彼女はコックピット脇にわだかまったものを吐き出すと息を切らせながらイクマの腕の中に戻ってきた。
『一体何なんだ?まるで地球を求めてやってきたとしか、、、、、、
フロウとは一体何なんだ?あの黒い霧のむこうに一体何があるっていうんだ?』
地球。
イクマは今その言葉を安易に考えることができなくなっていた。
あの魑魅魍魎の存在があの場所にある何かを求めるかのように今目の前でその存在を散らしている。
あそこには確かに何かある。
奴らの行動にはそれを感じさせるものがある。
だが、それが果たしてイクマの望む地球だとは到底思えない。
胸元でセキレイは相変わらずぐったりとしている。
イクマは彼女の背中をさすりながら、未だ絶えず続いている惨状を見つめ続けている。
とりあえず現状で理解できたことは、まともな方法ではあの黒い霧の向こう側にはたどり着けなさそうなことだ。
同じように突っ込めばたちまちあのフロウと同じ末路を迎えるに違いない。
セキレイは息を整えながら彼の顔を見上げささやく。
「、、、、、、もどりましょう」
それだけゆうと彼女はふたたび言葉を発しなくなった。
イクマは他にできることはなかった。
引き返す以外にもはや選択肢はない。
―――ピーピーピー
通信が入る。
「セキレイさん!」
その声は先ほどイクマが人質にとったあの緑色の髪の少女だった。
その後ろには2機の機体が確認できる。
一機はリスキーとかいう女将校の機体だろう。
「ふぅ、、、、、、」
イクマはぐったりと座席にもたれるとため息をはいた。
一体これからどうなるのか?
地球に帰ることができるのだろうか?
フロウとは一体地球とどんな関係が?
そしてなぜこのタイミングであの大群が出現したのか?その必然性は?
解の得ようもない疑問がイクマを襲う。
フロウの大群はまもなく黒い霧に飲み込まれ再び宇宙に静寂が還ってきた。
そしてイクマの両目には変わらず不気味でまがまがしいうねりを生み出す黒い霧のありようが移りこんでいた。