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「お~い」
「無事か~」
一体いつ頃からだろう。頬をぺちぺち叩かれ続けて……うざいから跳ね除けてたんだけど、あんまりにもしつこく叩くもんだから、うがぁぁああとなって飛び起きた。
「あぁもう……少しは寝かせてくれよ! ……って」
目に映る光景は、断じて自分の部屋ではなかった。
寒い。
いや、その前に。ここどこ。
瞼をかっぴろげた惣一の視界に、見たこともない異様な光景が広がっていた。
天に広がる平和な夕暮れ空。いやに焦げ臭い辺りは、沈みゆく日に薄暗く染められている。ぱちぱちと音を立てて点灯した外灯が照らしたのは、古民家と古民家に挟まれた敷地一杯に転がる真っ黒な瓦礫、大小様々。……いや。よく見れば、黒い物体の所々に、記憶の中の見知った物と合致する箇所がある。例を挙げると、手元にあった「い」と「れ」の文字が辛うじて見て取れる長方形の黒い塊。……これって、ひょっとしなくても……、
「ようやくお目覚めか。こりゃまた暢気な奴ヂャの~」
声に視点を戻すと黒い景色の中、自分の両脇にしゃがみ込んで様子を覗き込んでいた光國、晶の顔があった。いやいや。それより何より、自分の正面に小さな小さな影が浮かんでいるではないか。ようやく、惣一は声の主に焦点を合わせ、無意識に避け続けていた現実を直視した。
「………………だから。なんで、猿がいるの?」
胸の上にちょこんと座っていた小猿が、突如凶悪に歯を剥き出すと、
「誰が猿ヂャい!」
空高く跳躍し、折りたたんだ扇子で惣一の頭を思いっきり叩いた。
「や、やっぱり猿が喋ってる!」
「二度も言うか!」
第二波を叩き落そうとする小猿に、惣一の両脇から冷たい視線が飛ぶ。
「猿だよ。一徹さん」
「猿だ。宮司」
「なんヂャ、おぬし等まで人を猿呼ばわりしおって……!」
光國と晶に向き直り唾を飛ばす小猿の背中を呆然と見ていた惣一。
「…………その声。ひょっとして、エロ爺……?」
「だぁれが、えろじじぃヂャ!」
飛び掛って顔にへばり付くと、バリバリバリ……。
「いってぇえ!」
盛大に悲鳴を上げた惣一の胸から降りた小猿は近くにあった大きな瓦礫に飛び移る。腰を落ち着けるとふんと鼻を鳴らし腕組みした。
「宮司。痛いのだが」
惣一の痛みが伝わったか、無表情で訴える晶に向き直るや否や、扇子の先を鼻先に突きつける。
「自業自得ヂャ、全く……! 心配してきてみればどうヂャ。忍木戸婆さんの店は崩壊。竜玉の嬢ちゃんは奪われ、挙句の果てには命の恩人を猿呼ばわり。儂がおらんかったら危うく街半壊しとったところヂャぞ!」
「予め店周りに結界張っといたのは俺っちだって。一徹さんはソレ強化しただけ。っつうか逆に訊くけど、一徹さんの力だけでさっきの防いだとか、めでたいコト思ってたの?」
「んーな事、いつまでたってもクソ生意気な小僧に言われんでも解っとるわ、神の力を儂の力だけで防げるものか! 貴様の竜牙じゃちと不安ヂャったからの、この儂の巫力を上乗せしてやったんヂャ。でなかったら竜玉の嬢ちゃん一人満足に護れんような貴様の張ったやわな結界なんぞ、木っ端ミジンコ瓦礫に消えとるわ~!」
「いい年こいて『いー!』はやめようよ一徹さん。それにさ、お嬢奪われたのはこっちの不手際じゃなくて、お嬢の独断行動の結果だし。結界は間に合ったってのにお嬢の奴、何考えてんだか俺っちを完無視してからさぁ……」
「……そうだ! 飯沼は……!?」
痛みに悶えていた惣一が、叫んで跳ね起きる。
引っかき傷だらけの痛々しい惣一の顔面をなんだか気の毒そうに見つめる一同。代表して、口を開いていた光國が溜息混じりにボヤいた。
「……だから。攫われてったんしょ?」
「だぁから首突っ込むのはよしとけっつったんだよ。ほら俺護衛だからさ、面倒ごとはごめんっつうかさ。けど、俺っちの忠告聞いた例がないもんだから、お嬢。だから今回はこっちもそんまま放置してたって訳。ほら、少し危ない目に遭えばさ。お嬢もお嬢育ちだし、さすがに懲りるかなって」
「……本当。おまえその性格でよく護衛なんて勤まるよな……」
「ん? 腕がいいから?」
一守家で食卓を囲む一同と猿。意識の戻らないおばちゃんを休ませる為と、腹が減っては戦ができないという理由だった。
程よく焼けた鮭の絶妙な塩加減がたまらない。至福の笑みを浮かべる光國に、惣一は白飯を租借しながら不快の表情を露にする。『アイドル発掘し隊』なんて二つ名を持つふざけた新聞部の頭であるこの男が一守や飯沼と同じ竜駒巫覡だったというのが信じられない。その上、よりにもよってこいつが飯沼の護衛ときた。どうりで飯沼一華に関する情報量が半端なかった訳である。以前から事あるごとにからんで来る、付き合いの長い奴だというのに全く気づかなかったなんて。まるでドッキリに嵌められたような気分だ。それとも、これ、夢? 俺、いつの間にか寝てた? ……って。
んな訳ねーんだよなぁ……。
「どったのミコちゃんさっきから溜息ついて」
「……んでもねーよ」
男達の向かい側で黙々と食事をしていた晶が、一粒残らず平らげた茶碗の前に箸を置くと手を合わせた。その音で、惣一と光國は揃って晶を視界に入れる。
「それで?」
渋い柄の湯呑みを啜ると、晶は光國に鋭い視線を向けた。
「水戸。元来面倒臭がりの貴様が今回でしゃばってきた理由とは?」
「でしゃばるって。そりゃ俺っち、お嬢の護衛だからさ。思惑通りとはいえ、対象が危険な状態にあれば飛んでいかなくちゃいけないのが……」
「貴様の竜牙は遠方からでも攻撃可能なはず。わざわざ姿を見せて私に事を説明しに来た辺り、何か企んでいるとしか思えない」
「あーあ。そんなに信用ないかね、俺っちって」
「その態度で信用しろと口にできる貴様が狂ってる。さぁ、さっさと吐くがいい」
「相変わらずだな晶チャン。人がせっかくアイドル発掘し隊発行『美少女図鑑』に写真載せてやってるっつうのに……ほら、ここ。な? 晶チャン結構人気あるんだぜ? しかめっ面ばっかしてると勿体無い……」
光國が顔の前で晶に見せるように広げた『美少女図鑑』。分厚い冊子の背から勢いよく青白い大刃が突き出された。
刃は青ざめる光國の鼻先数センチの位置でぴたりと静止している。
「天高く飛ばされたいか。地深く沈みたいか。昔の誼だ。選択権をくれてやろう」
「いや、マジに恐いし。相性からして竜牙にゃ分が悪いって知ってて竜角構えてる?」
「無論。嫌ならふざけてないで洗いざらい吐け」
「ワカリマシタ。長いし、どっから話せばいいかわかんないけどワカリマシタ。わかったから竜角しまって」
「……………………」
一寸置いて、手にした竜角を消す晶。だがその目は未だ警戒の色を解かない。「相変わらず冗談の通じない奴だな……」溜息を一つ。観念した光國は口を開いた。
「今朝、雇い主の一声でさ……」
「まった。雇い主って? 飯沼のこと?」
惣一の言葉に目を丸くする光國。
「……なんだ。ミコちゃんて本当に何にも知らないんだな。そこの無表情女から何も聞いてないんだ?」
未だむっすり気難しい表情を浮かべる晶を顎で指す光國。
「一守とは昨日会ったばっかだから」
「両手に花状態でじゃんぼに居たんだろ? てっきり俺、三人で暴露大会開催してんかなと思ってたんだけど」
「貴様がミコシバと知り合いだという事実を、私は兄と対面する直前に聞いた。つまりは、さっき初めて知ったのだ。ボスの店で貴様の話題が出るはずがないだろう」
「けどさ、晶チャン……」
「その呼び方で呼ぶな」
「……俺っちがミコちゃんと同じ学校に居た事位は気づいてただろ? あんた今朝、屋上で生真面目に気配探ってたじゃんか。相変わらずお嬢に過剰反応してたけどさ」
「竜玉と竜牙。二対一では分が悪すぎる。どちらかに何らかの動きがあれば、先に仕掛けるつもりでいた」
「……まぁ。らしいけど」
苦笑いして豆腐の味噌汁を啜る光國。と、惣一の困惑の視線に気づいてそちらを向き直った。
「悪ぃ悪ぃ。えーっと、俺っちの雇い主ってのはさ、飯沼本家なのよ。元々俺っちは心霊省の精鋭部隊所属でさ」
「シンリョウショウ?」
「国が主導する心霊対策機関の名だ。昼に一度話したと思うが」
しかめっ面の晶が補足する。
「どかーんと大爆発後で覚えてないってそんなの。でも精鋭部隊って…………水戸。おまえ、一体いつから飯沼の護衛なんてしてたんだ?」
「いつからって年齢? ……そうだな、飯沼の護衛に就いたのが小二、三の時で……お嬢専属になったのはそのすぐ後かな。尤も、その頃はお嬢付きは二人だったけど。さすがに大事なお嬢をガキ一人に任せられないだろ」
「って事は小二、三の時にはその、国の組織の精鋭部隊だったってのか!?」
「あー。それ、ちょっと大袈裟。なんでも素質? みたいのがあったらしくてさ。生まれてすぐに心霊省の育成施設に入れられたのね。周りよりかスタートが早かった結果。そんだけの話」
「ふええええ」
そんな小さな頃から親元離れて、陰陽師育成施設みたいな所で暮らして……で、小学校二、三の時――俺が遊びほうけてた時には既に精鋭部隊に属して、飯沼の所で仕事してただと?
そんな経歴を、いつもの軽薄な笑みを浮かべてなんでもない事のように話すこいつもこいつだ。
「話を戻したいのだが。水戸。飯沼本家の一声とは? 触れでも出たか?」
「そりゃ一つしかないだろ。あんたんとこの長男坊が竜駒を四つ奪って逃走してるっつうさ」
「……やけに情報が早いな。合流直後のおまえの話だと、昨日夕方に兄の姿を確認した時はまだ、竜駒は一つしか所持していなかったそうではないか」
「ふやけてても精鋭だし、同僚も仕事してるって。それに、そこは一晩で三つの竜駒を手に入れた兄貴の方を評価すべきでない?」
「なりふり構わなければ、貴様とてやれる所業だろう」
「かもね。まぁとにかく、おたくの兄貴がやらかしてくれたおかげで朝っぱらから屋敷の中、笑えるくらい大騒ぎでさ。竜玉が危うくなったと踏んだんだろうな。今日中にお嬢を本家に連れ戻せと、俺っちにさ」
「だから飯沼の後を追って、じゃんぼに来たんだな」
「いんや。さっきも言っただろ、放置してたって。御触れが出た直後にお嬢が動いたからさ。何するつもりだって、様子見てた」
「…………ご老公」
惣一のジト目を受け、慌てて光國は理由を捲くし立てる。
「御触れはお嬢にも伝わってただろうし。連れ戻されたら最後、当分の間、家から出られなくなる事位気づいてたんだろ。……の前に、やっときたいコトがあるっつうんだぜ? ミコちゃんだって気になるっしょ、お嬢の目的」
「本人に会って直で訊けばいい事だろ」
「解ってないなミコちゃん。それじゃあスリルってもんがないじゃん。テンションだだ下がりじゃん」
「青ざめる程に不真面目だな貴様」
「へへ。それほどでも」
「褒めてないのだが」
「一応いつでも動けるように朝から中庭で待機してたんだ。そしたら案の定、お嬢ともどもあんたらの気配が消えたからさ。こりゃなんかあったなって。ほら、な? 俺のこの研ぎ澄まされた直感。素晴らしくない?」
「………………ミコシバ。コイツを友人にして後悔はないか?」
「いや、そいつ、ただの腐れ縁だし」
「なんだよ二人してその物言い。さっきからひどくね?」
「至極真っ当な反応だ」
「むしろ物言いに驚いてるのはこっちの方だからさ」
「そ? そんなら別にいいけど……」
「少しは気にしてくれよ……頼むから」
「……んでさ。お嬢の気配が消えたの、じゃんぼ付近だったから、すぐ移動は果たせたんだけどさ。特殊な結界でも張ってあるのか、お嬢の姿はない。結界の位置もわからない。さてどうするべと考えてたら、どこからかカンカン何かがぶつかる音がする。適当に竜牙で裂いた中空からこいつが出てきてさ」
「そういや、返さなきゃだったな」と、やけに楽しげに呟きながら光國はごそごそと懐を探る。取り出した小瓶を直視した晶が突如憤慨の表情で立ち上がった。
「む、むささび守! ……貴様、むささび守になんて事を!」
「なんてって……瓶詰めにしてるだけっしょ」
「おのれ愛らしい動物精霊を愚弄しおって……大体、適当に竜牙を振るっただと!? むささび守に何かあったらどう責任をとるつもりだったのだ!」
怒り任せにずかずかと物凄い足音で踏み込んだ晶が光國の持っている小瓶に手を伸ばす。
それを立ち上がってひょいっと避けた光國。
「責任~? どっちかっつったら、そっちの監督不行届けだろ~」
「よくもぬけぬけと……!」
竜角を出して切りかかる晶。大剣をひょうひょうと避けながら光國は惣一を振り返った。
「てな訳で。コイツのおかげで俺っちは結界内に入れたって訳。晶チャンの姿をすぐに見つけて……」
「その呼び名で呼ぶな!」
「……互いに事態を把握した、まではよかったんだけどさ。お嬢が入った後、じゃんぼに二重結界を張られちまって、すぐに店内に入れなかったんだよ。で、その後は全員知っての通り、よりにもよって飛竜で竜尾を放たれてどっかーんの後、今に至る……と」
ちゃぶ台の周りで繰り広げられるドタバタを、惣一は呆れ返った目で眺めていた。
一人、先ほどから箸が進んでない。気づいた光國が動きを止め、苦笑を浮かべる。
「大丈夫だってミコちゃん。お嬢は無事さ。なんせ、こっちには竜牙と竜角がある。竜駒はまだ揃ってないんだからな」
その隙に小瓶を奪還した晶が、蓋を開け、光る何かを数珠に移した所で深い溜息を吐いた。
「……竜を呼び出すには、全ての竜駒を揃える必要がある」
「それは、何度も聞いたけどさ……」
目覚めてからこれまで、ふとした拍子に幾度も、意識を失う前に対面した長身の男の姿を思い起こしていた。
晶の兄と名乗った男は、気難しい表情をデフォルトとする晶とは対照的に、終始笑みを絶やさなかった。
しかしその切れ長の黒瞳は常に冷酷で不吉な光を放ち、未だ惣一の奥底に不気味な影を落としている。
あの言動。自分を敵視していた点から見ても、あの男は相当一華に執着している。
竜駒云々に限らず、普通に一華の身が危ないのでは……、
「水戸の話によれば、兄が手持ち全ての竜駒を手にしたのは昨夜。いくらなんでも全てを使いこなせはしないだろう。多数を所持しているとはいえ、そんな状態では竜玉に敵うまい。故に、兄が次に行動を起こすのは我々に対してだと考える。我々から竜駒を奪わなければ目的である竜の召喚も果たせないからな」
竜角を数珠に収納しつつ晶が付け加えた。
「水戸と同意見というのは気分が悪いが、私も飯沼は無事だと考える。かなりの確率でな」
「んだんだ」と相槌を打つ光圀。
「どーせ何か策でもあるんだろ。でなきゃ連れ去られる時少しぐらいは抵抗しただろうし。てことはさ、お嬢、自分の意思で奴についてったんだよ。大体あの女根っからの腹黒だからな。策を凝らした落とし穴に万一落ちてくれたとしてもただで転落するようなタマじゃないんだ昔っから」
片膝立てて座ると、食後の一服と言わんばかりにシガレットチョコレートを取り出した。
「おまえは少しは心配しろって……」
二人から断言されると少し安心する。残っていた飯をかきこんで箸を置くと、そういえばと続けた。
「ちなみにさ。竜駒が揃っていない状態で竜を呼び出そうとしたらどうなんの?」
手にした一本の包装を剥ぐ作業に集中しつつ光國は平然と答える。
「竜に食われる」
「く……!?」
青ざめ絶句した惣一に「マジだよ」とチョコレートを銜えた光國が一言。
「だから揃える事が必須なのだ」
着席した晶が、すっかり冷え切ってしまった茶を飲み干して湯呑みを置いた。
「しかし解せない。何故飯沼まで攫う必要があったのだろう。四つの竜駒のように、竜玉だけを奪った方が奴にとっても楽だったのではないか? 隙はいくらでもあったはずだ」
「あいつに竜玉は奪えないさ」
銜えたチョコレートを弄びながら、なんでもないことのように光國は断言した。
「何故言い切れる。確かに昔から、人間一人の霊力で竜駒を三つ以上制御する事は出来ないと言われてきた。過去それをやって暴走し自滅した巫覡の名、千日手をとって、竜駒巫覡の間で禁じられてきた事だ。しかしどういう妙技か知らないが今、兄はそれを成し得ている。千日手が可能ならば、使えずとも竜玉を所持する方法があってもおかしくないと思うが」
ぽりっと噛むと、ようやくチョコレートの先から晶へ視点を移す光國。
「じゃなくてさ。考えてみなよ。飯沼一族が大昔から代々守ってきた大事な宝を、幾ら長子だからって子供なんかに――それも、若い女の子に託す? 普通だったらそんな事やらないね。それをあえてやってるトコがミソだって」
「どういう意味だ」
「飯沼家が何の策も練らなかったと思うか? 例え奪われたって他の奴らにゃ使用出来ないようになってるさ」
「…………まさか、飯沼の奴……!」
「まさかもなにも、そうするしかないっしょ」
「……なんだ?」
晶の尋常ではない様子に問いかける惣一。
だがその声に答える者はいない。
「とにかく竜玉は奪えない。例えお嬢を殺した所で奴は使う事はできないよ。まぁ、うまくやれば一瞬だけ使えるのかもしれないけど」
「一瞬?」
「お嬢を殺して、お嬢が完全に息絶えるまでの間だけ、かな。その間ならお嬢も制御できないだろうし」
「おまえ……!」
「いちいちマジにとるなってのミコちゃん。事実を言ったまでだって。とにかく、竜駒が揃うまではお嬢は無事って事は理解できたっしょ?」
「……それならば、彼女が寝ている間でもできるのではないか? 要は意識を失いさえすれば良い訳だから」
「竜玉を継承してからこれまで、お嬢が意識を手放した事はないよ。きっとこれからもずっとだ。それこそ、死ぬまでさ」
「………………」
「……どういう意味だよ。それ」
「助けた後で、直接お嬢に訊いてみなよ。ミコちゃんにならお嬢も教えるっしょ」
言って自嘲的に笑う。光國の表情に、惣一はなんとなく胸がざわつくのを覚えた。
惣一の表情に気づいたのか、空気を変えるような明るい声色で光國は開口した。
「で? 結局お嬢は何しにそっちに行ったの。暴露大会じゃなかったんだろ?」
「てかさ。逆に疑問なんだけど。そもそもなんでご老公が飯沼の行動把握してない訳? 護衛って相手のスケジュールとか頭に入ってないと出来ない仕事だろ?」
「まーな。それがお嬢って、元々秘密主義……つか、基本信用してないんだろうな。俺らの事」
「俺らって、護衛の事をか? なんで?」
「外から来てるからさ」
「そと?」
「外とは印場と白羽外――心霊省を指す」
「シンリョウショウって……さっき言ってた国のなんたらってやつだろ?」
「行政機関の一つだ」
「それってもしかして……文部省とか環境省とか、そういうのと同じなのか?」
聞いた事無いんだけど。眉をひそめる惣一に光國はかかかと笑う。
「知らないの無理ないよ。極秘機関なんだ。元々普通の奴らにゃ説明できない事象を扱ってる機関だからさ。ミコちゃんだって今回の事がなきゃ耳にしたって笑うばっかだろ」
「まぁ、確かに。話してる奴を小馬鹿にするかも。漫画の読みすぎだ……とか」
「素直なのはミコちゃんの美徳だよな~。で、話戻すけど。印場と白羽は心霊省がマークしてる土地の一つなんだ。だから俺っちみたいなのとか、一守が派遣されてきてるのさ」
「一守も?」
光國の言葉に視点を移す。自分の湯呑みに茶を注いでいた晶が気づいて口を開いた。
「ああ。宮司は、元は心霊省に所属していた。白羽へは派遣されてきたらしい。土地の変調を正すと同時に半神族である飯沼の偵察、調査も含めた任を課せられたそうだが、程なくして脱退した」
だから一守、自分は飯沼の監視役だって言ってたのか。昼間、一華と対峙した時の晶の様子を思い返す惣一。考えが伝わったのか、晶はこくりと頷いた。
「けど偵察とか調査って……なんとなくスパイを匂わせる単語だよな?」
「まぁ、似たようなものだな」
「……なんか俺、そのシンリョウショウっての? あんまりいいイメージ沸かないんだけど。要するに、飯沼の事探ってるって事だろ? さっきエロ爺さんは脱退したって言ってたけど……まだ続けてるのか?」
「脱退している故、報告義務はないが。同じ能力者として、飯沼は危険視せざるを得ない。飯沼の監視は一守の義務のようなものだと捉えている」
僅かに非難の色の入り混じった視線を向ける惣一に、むっとした様子で返す晶。その様子を半目で見ていた光國が剥き終わったチョコレートを口に放り込んだ。
「心霊省に助っ人寄越せと依頼してきたのは飯沼さ。半神族とは言え血は薄まっている。この土地の特殊な環境を、飯沼だけじゃ押さえられなくなったんだろうな。尤も、心霊省がそう仕向けたところはあるんだろーがさ」
「それって嫌がらせしたとか?」
「そんなかわいいもんじゃない。それこそエゲツナイ事とか」
「だから、なんでそこまで」
「飯沼が心霊省に所属していないからさ。飯沼が管理しているこの印場と白羽には、心霊省の力は届かんの。心霊省って一応国の機関だけど、ミコちゃんもご存知の通り一般には認知されてない、力の弱い組織だからな。全国から陰陽師なんかを募って勢力や影響を拡大、影で日本を牛耳りたいっつう幼稚な野望もある。そんな心霊省にとって、半神族である飯沼や、小さな土地を聖地として祀り上げてしまう竜駒なんてのは脅威……っつうか邪魔でしかないだろうさ。あわよくば竜駒を奪おうともしている。確かに俺達は飯沼に依頼されてこの土地に入ったけど、同時にミコちゃんの言う通り、心霊省の犬でもある訳。勿論、飯沼も重々承知してはいるだろうけど、心霊省の申し出を断ってドンパチするのは避けたんだろうさ。エリート陰陽師が数いる心霊省に、たかだか数人の半神族と、団結してない竜駒巫覡でケンカ売った所で負け戦……よくて傷み分けになるのは目に見えてる。飯沼が己の護衛を完全に信頼してはいないってのはそういう訳」
「なんつか……心理戦? みたいな……」
「世は常々そういうもんだよミコちゃん」
呻いて後頭部を掻く惣一の肩に腕を回して、力任せに引き寄せる光國。
「な、なんだよいきなり……!」
「ミコちゃんが知らない影でたくさんの奴らが走り回ってる」
「……例え恐ぇよ」
「事実さ。ミコちゃんはもう少し己を知るべき。さもなきゃ」
「んだよ?」
「大事なモン、取りこぼすぞ」
「…………」
「今戻ったぞ~」
障子が開いて、冷たい外気と共に、ちょろちょろと小猿が入ってきた。
「随分長い厠だったな、宮司」
「馬鹿者。周囲の結界を強化して回っとったんヂャい。おぬし等がちんたらやっとる間に襲われちゃかなわんからの~」
席に着き晶と同じ仕草で茶を啜る。と、まるでずっとそこに居たような雰囲気で、世間話でもするような呈の声をあげた。
「して小僧。おぬし等飯沼えすぴーは、本家の御触れとやらが出る前に――確か今日明け方には心霊省から任を解かれとるヂャろ。嬢ちゃんが何も話さなかったのはそういう理由ヂャないのかい。逆に問いたいのヂャが。なんでお主、ここにおる」
一徹の声にはぁ!? と光國を振り返る惣一と晶。光國は口笛を吹き、まばらの拍手を一徹に贈った。
「さっすが一徹さん。情報早い」
「誰のおかげでこんな格好しとると思っとるんヂャ」
「あ。やっぱり一徹さん今、飯沼本家か」
「任を解かれただと!? 聞いていないぞ」
「ん? 言ってなかったっけ?」
「今朝から既に飯沼の護衛じゃなかったって事か!?」
「一応はね。けど、飯沼本家は事情知らなかった訳だし。俺っちも一応飯沼に学費払ってもらってこうしてミコちゃんと同じ高校生してる訳だしさ。最後の頼まれ事ぐらいはやっとこうかなって」
「お主らしくもない考えヂャの。実際お主以外のえすぴーは皆東京に帰ってしもうて、今飯沼の守備はからきしヂャ。ゴタゴタしとる、どころではないぞ」
「どういう事だ、宮司」
「どういう事も何も、心霊省の都合でしかないヂャろ。犬を放つ必要がなくなったと」
「何故だ。竜駒を揃えようと動く者がいる今、飯沼を護る名義でこれを倒し、使い手を失った竜駒を貰い受ける。心霊省にとっても千裁一遇の機会なのでは……」
「そこまで考えても、まだわからんの? 晶チャン本当に一徹さんの孫?」
「その呼び方は止めろと言っている……!」
「その『竜駒を揃えようと動く者』ってのが、心霊省に属してるっつったら?」
半立ちになって怒りにわなわな体を震わせていた晶が、光國の一言で硬直した。
「…………まさか。兄が?」
「心霊省で一守瑛って名は有名よ? 数年前に心霊省に入ったと思ったら、あっつう間に精鋭部隊に上り詰めやがったっつう、脅威の陰陽師。俺っちと同じ、超絶エリートだって」
呆けた表情で聞いていた晶。そのまま、茶を啜る小猿を振り返る。
「……宮司は知っていたのか」
「あやつは家を出た。どうでもいい事ヂャ」
「………………」
すとんと着席する晶。声をかけようとした惣一は光國に制される。
「程よく暗くなったトコで話戻すんだケドさ。結局お嬢、何しにあんたらに接触したの? よっぽどただ事じゃなさそうなんだけど」
「ただ事じゃないって……なんでそう思うんだ?」
「タイミングもそうだけど……そりゃあ嫌がってたからさ、お嬢。ミコちゃんに正体知られる事」
「………………」
光國の言葉で、惣一の脳裏に一瞬、一華の寂しげな笑顔が蘇る。
「いや、知ってて黙ってたのは悪かったけどさ。口止めされてたし。それに俺っちはちゃーんとお嬢に進言してたんだぜ? 全部吐けば楽になるぞって」
「取調べの刑事かよ……」
惣一の顔を神妙な面持ちで見上げていた晶。視線に気づいた惣一がそちらを見遣る。と、晶は喉を鳴らしてから光國に向き直った。
「飯沼は何もしていない。ただ、忠告しに来ただけだと」
「何を。一守瑛の事?」
「いや。ミコシバを元に戻せと言ってきた。さもなくば死人が出ると」
「ふーん。んじゃーそうすっかぁ」
気だるげに立ち上がると、首をコキコキ鳴らしながら部屋を出て行こうとする光國。
「って、おい!」
「俺を体に戻す方法、知ってるのか!?」
「いや、わかんね」
ずっこける一同。
「相変わらずヂャのー、お主」
「一徹さんもね。まぁ、完全に切れた魂を体に戻す方法。無くはないでしょ」
言って、障子を開ける光國。
「マジで!」
「つっても、手持ちじゃ無理なんだけど」
身震いするほど冷たい夜風に当たって気持ちよさげに深呼吸する光國の後ろで再び一同が畳の上に転がった。
「…………何回俺を転がせば気が済むんだ水戸」
「まぁさ。お嬢が言うんだ。なら、なるだけミコちゃんの体の近くに居た方がいいって事」
胸のすくような清々しい笑み。目にした惣一は自分には無い彼女との絆を感じ取る。
「……信頼してるんだな。飯沼の事」
惣一の言葉に、きょとんと目を見開く光國。
「いや、信頼っつうか。お嬢は知ってるからさ」
「知ってるって、何を」
惣一が首を傾げると、光國はしばし空に浮かんだ白月を仰ぎ……数秒後、無表情で顔だけ振り返った。
「……全部?」




