棺の中からこんにちは
目が覚めた私は、真っ暗で窮屈なところに居る事に気づいた。日焼けマシンよりもずっと窮屈な空間だ。
上に被さっている蓋を外し、外に出てみた。どうやら、身長くらいの長さがある箱の中で寝ていたようだ。
箱の外も真っ暗で、辺りが確認出来ない。幸い、ロウソクの明かりが灯っている。私はロウソクを取り、電気のスイッチを探した。
スイッチを見つけ、電気を点灯させた。
そこは大きな部屋だった。振り返ると、そこには祭壇と花が飾られていた。
「そうか、ここは斎場か」
不気味なところで眠っていたものだ。誰の葬儀に参列したのだろうか。私は祭壇に飾られた遺影を確認し、絶句した。
「この遺影、私か…!?」
置かれていた会葬礼状を読んでみる。
「この度は、有賀勝彦の葬儀にご参列いただき…」
「有賀勝彦って…私じゃないか。え?私が何で死んだ事になってるの?」
その時、私の背後にある扉が開けられた。
「困るんだよなぁ、電気つけっぱなし…」
巡回の警備員だった。
入室してきた警備員と私は目が合った。
とりあえず挨拶だ。
「こんばんは…」
しばし、時が止まった。
「こんばんは…」
次の瞬間、叫び声を上げて警備員は走って出ていった。私の足元には、警備員が投げていった懐中電灯が落ちている。
私は死装束を着ていた。この格好は、学生の頃にお化け屋敷でアルバイトをした時以来だった。その当時も、私の格好を見て驚いた客が多かったので、妙に懐かしかった。
「懐かしんでる場合じゃない、とりあえず棺桶に戻ろう」
私は急いで棺桶に入った。
人の声が聞こえた。どうやら先程警備員が、何人か連れてきたようだ。
扉が開く音がした。
「ほんとなんですよ、ほんとに…」
声が上ずっている。先程の警備員だろう。
「お前なぁ、幽霊が明るいところに出てくるかよ。ほら、誰もいないじゃんか」
「逃げてしまったのかも…」
棺桶の蓋が開けられた。
「ほらみろ、仏さんは動いてないよ」
蓋がゆっくり閉じられた。薄目で、警備員が合掌しているのが見えた。
「こういうところで仕事しているとさ、そんな気になるんじゃないの?」
「いや、でも『こんばんは』って…」
「あるわけないって。万に一つもないよ」
扉の音がして、声が遠ざかった。
ちょっと待て…状況を整理しよう。
おそらく、何かの手違いで私は死んだことになったのだ。
そして、私のお通夜が行われたというのが今だ。私は再び棺桶から出た。
会葬礼状によると、明日が告別式になっている。
「このままだと、火葬されるな…」
立派な通夜が開かれた上に、沢山の弔問の方も来られた様だ。
「今さら、『生きてました!』なんて話になったら、葬儀メチャクチャになるよな…」
私は考え込んだ。誰にも相談できないし…ネットの「Yahoo知恵袋」に相談の書き込みをしてみようか。
「死んだことになっているんですけど、実は生きています。どうすれば良いですか」と。
私は想像をしてみた。
「釣り質問乙」
「へー大変ですねー(白目)」
ダメだ…誰が信じるよこんな話。
そういえば、長い時間、私は何も口にしていない。そこで、供物として置かれているバナナを食べることにした。
「生焼けにされるのはゴメンだ…かといって、今さら言い出せない。そんな申し訳ない事、出来るわけがない」
答えが出せぬまま、朝を迎えた。判断を間違えると、まもなく私はこの世からおさらばだ…
「ないないない、それだけはない」
棺桶に戻った私は、答えの出ぬまま葬儀の時間を迎えてしまった。お経が聞こえてくる。
焼かれるのが嫌なら、棺桶を出るしかない。「どっきりカメラ」と言えば許してくれるだろうか。吸血鬼は棺桶から出てきたから、前例がないわけではない…。
でも、高齢の弔問者が心臓麻痺を起こすかも…
やはり今出るのはまずい。
じゃあ、いつ出るんだよ…
[故人様との最後のお別れです]
棺桶の蓋が開けられ、皆が菊の花を入れている。菊の花びらが私の顔に触れる。冷たく柔らかい。
「いい人ばかり先に逝ってしまって」
「本当にお世話になりました」
皆の涙ながらの声に、私も胸が詰まる。
「まるで、眠っているみたいね」
「本当ね。起き上がってきそう」
起き上がりたいんです、私。このタイミングなら、起きても許されるか!?
迷っているうちに、蓋が閉じられた。最大のチャンスを逃した私。
ゴトッという音とともに、棺が持ち上げられた。しばらくすると、ホーンの音が聞こえた。
霊柩車が走り出す。もうカウントダウンだ…が、逃げ場がない。私は霊柩車の中で蓋を開けたが、隠れられるような場所などない。
助けを呼ぼうにも、スマートフォンなどあるわけない。答えの出ないことを考えているうちに、火葬場へ到着した。
「では、最後のお別れでございます」
ゴトゴトと音がしている。これは、火葬炉に向かっているのだ。人生最大級のピンチだ!
やがて、重たいモーターの音が聞こえた。火葬炉の戸が下ろされたのだ。
「やべっ!」
私は蓋を急いで開けて、外に出た。炉の中は意外にも広かった。実際には扉が閉められたあと、さらに棺が奥に送り込まれるようになっている。私が今居る場所は火が回らない。
「助かった!…が、どうする?」
見回すと、インターホンが目に入った。
[甦られた方は押してください]
私はたまらずインターホンを押した。
[はいはい、今開けますよ〜]
すると、金属音とともに奥にある扉が開けられた。作業着姿の職員が手招きしている。私はそれに従い、職員のいる場所に出た。
「ハハハ、還ってきたね」
紺色の作業着を着た初老の職員が、お茶を淹れている。
「まぁ、たまにあることだからね。ここに座って、ひと息つきな」
その笑みに、私は少し安心した。
「私はね、田城と言います」
田城が頭を下げた。
「有賀です」
私もつられて自己紹介をした。
「有賀さん、お茶お上がりなさいな」
「田城さん、ここは…」
「あぁ、ここは火葬炉の裏側。一般的には立入禁止だからね」
見れば、点火装置や炉を覗く小さな窓が並んでいる。ここで火の加減を調整しているのだ。
田城は立ち上がって、どこかに電話をしている。私はお茶をすすった。
「田城さん…先程『たまにある』とおっしゃいましたよね」
戻ってきた田城は、驚きもせずに頷いている。
「そうだよ、皆が知らないだけ」
田城が今度は煎餅を勧めてきた。
「もうすぐお客さんが来るからね。あ、ほらほら」
田城が立ち上がって、手を振っている。私が後ろを振り返ると、葬儀屋の男が走ってきた。
「田城さん、仏さんがご生還ですって」
葬儀屋が田城に聞く。
「そう、こちら」
「有賀です…」
「承知しております。私は有賀家の葬儀で伺っておりますので」
「まぁまぁ、お茶淹れますから」
田城が改めて人数分のお茶を並べた。
「さて、どうしますかな」
田城が私の顔を見ている。
「どうするって…どうすれば良いんですか」
葬儀屋がファイルを開きながら説明を始めた。
「有賀さんの死亡届が既にご家族から提出されています。ですので、埋葬許可書もこちらに…」
封筒を差し出してきた。
表面に[埋葬許可書]と筆文字で書かれている。
「つまり、有賀さんは書類上は死亡されておりまして、存在しない事になっております」
表情一つ変えずに葬儀屋は説明した。
「そうか…もう私はいないのですね…で、私が生還したら…」
「そうですねぇ。既に通夜、告別式が終わり、ご遺族様は御香典も頂戴していらっしゃいます。全てご返金となりますと…大変かと」
「そうですよね、ご迷惑になりますよね」
私は申し訳なく伝えた。
「戒名も書かれておりますし、ご家族様が先程、法要の打ち合わせもされておりました。ですので、そちらの取り止めのお手続きも必要になるかと」
そうだ…葬儀屋の言う通りだ。ここで戻ればパニックと大迷惑間違いなしだ
「あ、ちなみに葬儀のキャンセル制度はごさいませんので悪しからず」
葬儀屋が頭を下げる。
「とはいえ、書類上はともかく、有賀さんは生きていらっしゃるのも事実だからなぁ」
田城が葬儀屋の方を向いた。
「そうですねぇ。もう一度死にますかというのもおかしいですからね。手続きなどの面倒覚悟で、甦っちゃいますか?」
葬儀屋は表情も変えず、軽々しく言う。
「その場合、どういうことになりますか?」
私は葬儀屋の顔を覗き込むようにして聞いた。
「まず死亡届の取り下げと、遺族年金受給取り消し。さらに、国保加入なら再度申請し直しも必要ですね。生命保険の保険金もストップしてください。他には…」
「ちょ、ちょっと待ってください。死んだほうが手続き多いのって、おかしくないですか?」
私は面食らった思いになった。
「あれ?死亡届の取り下げは、訂正印で済んだかなぁ」
葬儀屋が手帳を何やら調べている。
「まぁたまにはあることだから。役所の人も慣れてるよ」
田城が笑いながら言う。
「その場合、なんて言えば良いんですか?『この前死んだ有賀ですが、生き返りました』って?」
「それで良いと思うよ」
田城は立ち上がり、炉の窓を覗きに行った。合掌した後、火の調整をしている。
「そろそろ2番炉上がるよ」
どこかに無線で連絡していた。
「どうなさいますか。死亡でお手続き進めますか?」
葬儀屋が小冊子をファイルから取り出した。
[亡くなった後のお手続き]
「これ…生き返った場合の手続きなんて…あるわけないか」
「それがね、あるんですよ」
葬儀屋が内ポケットから取り出した。
[お騒がせ生還パック(各所へのお詫び状代行付き)]
パンフレットには、笑顔の女性の写真に吹き出しがついて説明している。
[役所対応、近隣住民へのご説明、職場復帰時のフォロー、SNS炎上対策まで一括対応]
「炎上対策って何ですか!?」
「まぁ、“死んだ人が出勤してきた”となりますとね…どうしても」
さらに葬儀屋が身を乗り出した。
「なお、その裏面にお詫び状のテンプレートが載っております」
私はパンフレットのページをめくった。
「なに?『この度死亡したにも関わらず甦るという前代未聞の事態を招き――多大なるご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます』?」
私は目の前が暗くなる思いだった。
「何ですかこれは!?死んだ側が謝るんですか!?」
「はい、その方がまとまるかと」
なぜか葬儀屋は満面の笑みだ。
「有賀さん」
田城が私を見据えている。
「あなた、良い人なんだろうな」
「どういうことですか?」
「こうしたら迷惑になるんじゃないか、ずっとそんな話をしている。死んでもなお、ね。自分の心配より、他人の迷惑を考えてしまう」
「はぁ…」
「それ以上にあなたは、大勢の人の迷惑を一身に受けてきたんじゃないのかい?」
「いや、私だって沢山迷惑は…」
「迷惑を気にするなら、あなたが居ない方が迷惑なんじゃないのかな」
田城が笑みを浮かべた。私は自分の人生を振り返った。特別に誇るものもないが、「他人様に迷惑をかけるな」ということだけは、両親からきつく躾けられてきた。
だからといって、私は完璧な人間というわけではない。
「ワシもあなたと同じでね。甦った男なんだよ」
「田城さんもですか?」
「田城さんの葬儀も、うちでやらせていただきましてね」
葬儀屋が笑みを浮かべて話す。
「ワシは身寄りがなかったから、死ぬ方を選んだんだ」
「どういう意味ですか?」
「田城さんは、第二の人生を歩まれているんです」
葬儀屋はそう言って、また別のプランが載ったパンフレットを私に差し出した。
[第二の人生・応援します/生還したあなたに]
「なんでもあるんですね…」
私は葬儀屋の商才に苦笑いをした。
「はい!弊社は終活から墓場、そして甦りまで、一括サポートをしております」
葬儀屋は自信満々に高らかと説明した。
「褒めてないですけどね…」
「ワシは女房を早くに亡くしてね。だから、前の人生のまま甦っても、あまり意味がなかったんだ」
「それで、今は…」
私は田城に恐る恐る聞いてみた。
「ご覧のとおりだよ。第二の戸籍をいただいてね、ここで働かせてもらってるんだ。他の連中も、皆そうだよ」
見回すと、十人くらいの職員が火葬の業務に当たっている。
「『第二の戸籍』はオプションでご用意しております」
葬儀屋がパンフレットに記載された約款を見せてきた。
「有賀さん。さっきから待合室のカメラを見てるんだけどね。あなたが亡くなった事を皆さんが惜しんでいるのが、手にとるように分かる」
私は田城に勧められてモニターを見た。
年老いて車椅子に乗った母に、妻が寄り添っている。魂が抜けたように母はうなだれていた。
「ここから先は、少しはあなたの生きたいように生きたらどうだい?甦って迷惑に思う人達には、俺には思えないけどな」
「家族は…受け入れてくれるでしょうか…」
「それは、あなたが一番知っているはずだよ。ま、この後の手続きはちょっと大変だろうけどね」
「お戻りになるならば、私もお供致しますよ」
葬儀屋が私に近づいてきた。
「田城さん、一度戻ってみますよ。迷惑かけるでしょうけどね」
私がそう言うと、田城は笑顔で頷いた。
「では、『お騒がせ生還パック』のご契約ということで」
どこまでも商魂たくましい葬儀屋に呆れながらも、この状況を説明するのにはこの男の力を借りねばならない。私が書類に記入し、拇印を押した。
「有賀さん、人生第二部の始まりだ」
田城はそう言うと、背を向けて仕事に戻って行った。
「葬儀屋さん、行こうか」
私は死装束を着たまま、家族の居る待合室へ向かったのだった。
終




