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棺の中からこんにちは

作者: 舞茸 満
掲載日:2026/03/30

 目が覚めた私は、真っ暗で窮屈なところに居る事に気づいた。日焼けマシンよりもずっと窮屈な空間だ。


 上に被さっている蓋を外し、外に出てみた。どうやら、身長くらいの長さがある箱の中で寝ていたようだ。


 箱の外も真っ暗で、辺りが確認出来ない。幸い、ロウソクの明かりが灯っている。私はロウソクを取り、電気のスイッチを探した。


 スイッチを見つけ、電気を点灯させた。

そこは大きな部屋だった。振り返ると、そこには祭壇と花が飾られていた。


「そうか、ここは斎場か」


 不気味なところで眠っていたものだ。誰の葬儀に参列したのだろうか。私は祭壇に飾られた遺影を確認し、絶句した。


「この遺影、私か…!?」

 

 置かれていた会葬礼状を読んでみる。


「この度は、有賀勝彦の葬儀にご参列いただき…」


「有賀勝彦って…私じゃないか。え?私が何で死んだ事になってるの?」


 その時、私の背後にある扉が開けられた。


「困るんだよなぁ、電気つけっぱなし…」


 巡回の警備員だった。


 入室してきた警備員と私は目が合った。

 

 とりあえず挨拶だ。


「こんばんは…」


 しばし、時が止まった。


「こんばんは…」


 次の瞬間、叫び声を上げて警備員は走って出ていった。私の足元には、警備員が投げていった懐中電灯が落ちている。


 私は死装束を着ていた。この格好は、学生の頃にお化け屋敷でアルバイトをした時以来だった。その当時も、私の格好を見て驚いた客が多かったので、妙に懐かしかった。


「懐かしんでる場合じゃない、とりあえず棺桶に戻ろう」


 私は急いで棺桶に入った。


 人の声が聞こえた。どうやら先程警備員が、何人か連れてきたようだ。


 扉が開く音がした。


「ほんとなんですよ、ほんとに…」


 声が上ずっている。先程の警備員だろう。


「お前なぁ、幽霊が明るいところに出てくるかよ。ほら、誰もいないじゃんか」


「逃げてしまったのかも…」


 棺桶の蓋が開けられた。


「ほらみろ、仏さんは動いてないよ」


 蓋がゆっくり閉じられた。薄目で、警備員が合掌しているのが見えた。


「こういうところで仕事しているとさ、そんな気になるんじゃないの?」


「いや、でも『こんばんは』って…」


「あるわけないって。万に一つもないよ」


 扉の音がして、声が遠ざかった。


 ちょっと待て…状況を整理しよう。


 おそらく、何かの手違いで私は死んだことになったのだ。


 そして、私のお通夜が行われたというのが今だ。私は再び棺桶から出た。


 会葬礼状によると、明日が告別式になっている。


「このままだと、火葬されるな…」


 立派な通夜が開かれた上に、沢山の弔問の方も来られた様だ。


「今さら、『生きてました!』なんて話になったら、葬儀メチャクチャになるよな…」


 私は考え込んだ。誰にも相談できないし…ネットの「Yahoo知恵袋」に相談の書き込みをしてみようか。


「死んだことになっているんですけど、実は生きています。どうすれば良いですか」と。


 私は想像をしてみた。


「釣り質問乙」


「へー大変ですねー(白目)」


 ダメだ…誰が信じるよこんな話。


 そういえば、長い時間、私は何も口にしていない。そこで、供物として置かれているバナナを食べることにした。


「生焼けにされるのはゴメンだ…かといって、今さら言い出せない。そんな申し訳ない事、出来るわけがない」


 答えが出せぬまま、朝を迎えた。判断を間違えると、まもなく私はこの世からおさらばだ…


「ないないない、それだけはない」


 棺桶に戻った私は、答えの出ぬまま葬儀の時間を迎えてしまった。お経が聞こえてくる。


 焼かれるのが嫌なら、棺桶を出るしかない。「どっきりカメラ」と言えば許してくれるだろうか。吸血鬼は棺桶から出てきたから、前例がないわけではない…。


 でも、高齢の弔問者が心臓麻痺を起こすかも…


 やはり今出るのはまずい。


 じゃあ、いつ出るんだよ…


[故人様との最後のお別れです]


 棺桶の蓋が開けられ、皆が菊の花を入れている。菊の花びらが私の顔に触れる。冷たく柔らかい。


「いい人ばかり先に逝ってしまって」


「本当にお世話になりました」


 皆の涙ながらの声に、私も胸が詰まる。


「まるで、眠っているみたいね」


「本当ね。起き上がってきそう」


 起き上がりたいんです、私。このタイミングなら、起きても許されるか!?


 迷っているうちに、蓋が閉じられた。最大のチャンスを逃した私。


 ゴトッという音とともに、棺が持ち上げられた。しばらくすると、ホーンの音が聞こえた。


 霊柩車が走り出す。もうカウントダウンだ…が、逃げ場がない。私は霊柩車の中で蓋を開けたが、隠れられるような場所などない。


 助けを呼ぼうにも、スマートフォンなどあるわけない。答えの出ないことを考えているうちに、火葬場へ到着した。


「では、最後のお別れでございます」


 ゴトゴトと音がしている。これは、火葬炉に向かっているのだ。人生最大級のピンチだ!


 やがて、重たいモーターの音が聞こえた。火葬炉の戸が下ろされたのだ。


「やべっ!」


 私は蓋を急いで開けて、外に出た。炉の中は意外にも広かった。実際には扉が閉められたあと、さらに棺が奥に送り込まれるようになっている。私が今居る場所は火が回らない。


「助かった!…が、どうする?」


 見回すと、インターホンが目に入った。


[甦られた方は押してください]


 私はたまらずインターホンを押した。


[はいはい、今開けますよ〜]


 すると、金属音とともに奥にある扉が開けられた。作業着姿の職員が手招きしている。私はそれに従い、職員のいる場所に出た。


「ハハハ、還ってきたね」


 紺色の作業着を着た初老の職員が、お茶を淹れている。


「まぁ、たまにあることだからね。ここに座って、ひと息つきな」


その笑みに、私は少し安心した。


「私はね、田城と言います」


 田城が頭を下げた。


「有賀です」


 私もつられて自己紹介をした。


「有賀さん、お茶お上がりなさいな」


「田城さん、ここは…」


「あぁ、ここは火葬炉の裏側。一般的には立入禁止だからね」

 

 見れば、点火装置や炉を覗く小さな窓が並んでいる。ここで火の加減を調整しているのだ。


 田城は立ち上がって、どこかに電話をしている。私はお茶をすすった。


「田城さん…先程『たまにある』とおっしゃいましたよね」


 戻ってきた田城は、驚きもせずに頷いている。


「そうだよ、皆が知らないだけ」


 田城が今度は煎餅を勧めてきた。


「もうすぐお客さんが来るからね。あ、ほらほら」


 田城が立ち上がって、手を振っている。私が後ろを振り返ると、葬儀屋の男が走ってきた。


「田城さん、仏さんがご生還ですって」


 葬儀屋が田城に聞く。


「そう、こちら」


「有賀です…」


「承知しております。私は有賀家の葬儀で伺っておりますので」


「まぁまぁ、お茶淹れますから」


 田城が改めて人数分のお茶を並べた。


「さて、どうしますかな」


 田城が私の顔を見ている。


「どうするって…どうすれば良いんですか」


 葬儀屋がファイルを開きながら説明を始めた。


「有賀さんの死亡届が既にご家族から提出されています。ですので、埋葬許可書もこちらに…」


 封筒を差し出してきた。


 表面に[埋葬許可書]と筆文字で書かれている。


「つまり、有賀さんは書類上は死亡されておりまして、存在しない事になっております」


 表情一つ変えずに葬儀屋は説明した。


「そうか…もう私はいないのですね…で、私が生還したら…」


「そうですねぇ。既に通夜、告別式が終わり、ご遺族様は御香典も頂戴していらっしゃいます。全てご返金となりますと…大変かと」


「そうですよね、ご迷惑になりますよね」


 私は申し訳なく伝えた。


「戒名も書かれておりますし、ご家族様が先程、法要の打ち合わせもされておりました。ですので、そちらの取り止めのお手続きも必要になるかと」


 そうだ…葬儀屋の言う通りだ。ここで戻ればパニックと大迷惑間違いなしだ


「あ、ちなみに葬儀のキャンセル制度はごさいませんので悪しからず」


 葬儀屋が頭を下げる。


「とはいえ、書類上はともかく、有賀さんは生きていらっしゃるのも事実だからなぁ」


 田城が葬儀屋の方を向いた。


「そうですねぇ。もう一度死にますかというのもおかしいですからね。手続きなどの面倒覚悟で、甦っちゃいますか?」


 葬儀屋は表情も変えず、軽々しく言う。


「その場合、どういうことになりますか?」


 私は葬儀屋の顔を覗き込むようにして聞いた。


「まず死亡届の取り下げと、遺族年金受給取り消し。さらに、国保加入なら再度申請し直しも必要ですね。生命保険の保険金もストップしてください。他には…」


「ちょ、ちょっと待ってください。死んだほうが手続き多いのって、おかしくないですか?」


 私は面食らった思いになった。


「あれ?死亡届の取り下げは、訂正印で済んだかなぁ」


 葬儀屋が手帳を何やら調べている。


「まぁたまにはあることだから。役所の人も慣れてるよ」


 田城が笑いながら言う。


「その場合、なんて言えば良いんですか?『この前死んだ有賀ですが、生き返りました』って?」


「それで良いと思うよ」


 田城は立ち上がり、炉の窓を覗きに行った。合掌した後、火の調整をしている。


「そろそろ2番炉上がるよ」


 どこかに無線で連絡していた。


「どうなさいますか。死亡でお手続き進めますか?」


 葬儀屋が小冊子をファイルから取り出した。


[亡くなった後のお手続き]


「これ…生き返った場合の手続きなんて…あるわけないか」


「それがね、あるんですよ」

 

 葬儀屋が内ポケットから取り出した。


[お騒がせ生還パック(各所へのお詫び状代行付き)]


 パンフレットには、笑顔の女性の写真に吹き出しがついて説明している。


[役所対応、近隣住民へのご説明、職場復帰時のフォロー、SNS炎上対策まで一括対応]


「炎上対策って何ですか!?」


「まぁ、“死んだ人が出勤してきた”となりますとね…どうしても」


 さらに葬儀屋が身を乗り出した。


「なお、その裏面にお詫び状のテンプレートが載っております」


 私はパンフレットのページをめくった。


「なに?『この度死亡したにも関わらず甦るという前代未聞の事態を招き――多大なるご迷惑をおかけしましたことを、深くお詫び申し上げます』?」   


 私は目の前が暗くなる思いだった。

 

「何ですかこれは!?死んだ側が謝るんですか!?」


「はい、その方がまとまるかと」


 なぜか葬儀屋は満面の笑みだ。


「有賀さん」


 田城が私を見据えている。


「あなた、良い人なんだろうな」


「どういうことですか?」


「こうしたら迷惑になるんじゃないか、ずっとそんな話をしている。死んでもなお、ね。自分の心配より、他人の迷惑を考えてしまう」


「はぁ…」


「それ以上にあなたは、大勢の人の迷惑を一身に受けてきたんじゃないのかい?」


「いや、私だって沢山迷惑は…」


「迷惑を気にするなら、あなたが居ない方が迷惑なんじゃないのかな」


 田城が笑みを浮かべた。私は自分の人生を振り返った。特別に誇るものもないが、「他人様に迷惑をかけるな」ということだけは、両親からきつく躾けられてきた。


 だからといって、私は完璧な人間というわけではない。


「ワシもあなたと同じでね。甦った男なんだよ」


「田城さんもですか?」


「田城さんの葬儀も、うちでやらせていただきましてね」


 葬儀屋が笑みを浮かべて話す。


「ワシは身寄りがなかったから、死ぬ方を選んだんだ」


「どういう意味ですか?」


「田城さんは、第二の人生を歩まれているんです」


 葬儀屋はそう言って、また別のプランが載ったパンフレットを私に差し出した。


[第二の人生・応援します/生還したあなたに]


「なんでもあるんですね…」


 私は葬儀屋の商才に苦笑いをした。


「はい!弊社は終活から墓場、そして甦りまで、一括サポートをしております」


 葬儀屋は自信満々に高らかと説明した。


「褒めてないですけどね…」


「ワシは女房を早くに亡くしてね。だから、前の人生のまま甦っても、あまり意味がなかったんだ」


「それで、今は…」


 私は田城に恐る恐る聞いてみた。


「ご覧のとおりだよ。第二の戸籍をいただいてね、ここで働かせてもらってるんだ。他の連中も、皆そうだよ」


 見回すと、十人くらいの職員が火葬の業務に当たっている。 


「『第二の戸籍』はオプションでご用意しております」


 葬儀屋がパンフレットに記載された約款を見せてきた。


「有賀さん。さっきから待合室のカメラを見てるんだけどね。あなたが亡くなった事を皆さんが惜しんでいるのが、手にとるように分かる」


 私は田城に勧められてモニターを見た。


 年老いて車椅子に乗った母に、妻が寄り添っている。魂が抜けたように母はうなだれていた。


「ここから先は、少しはあなたの生きたいように生きたらどうだい?甦って迷惑に思う人達には、俺には思えないけどな」


「家族は…受け入れてくれるでしょうか…」


「それは、あなたが一番知っているはずだよ。ま、この後の手続きはちょっと大変だろうけどね」


「お戻りになるならば、私もお供致しますよ」


 葬儀屋が私に近づいてきた。


「田城さん、一度戻ってみますよ。迷惑かけるでしょうけどね」


 私がそう言うと、田城は笑顔で頷いた。


「では、『お騒がせ生還パック』のご契約ということで」


 どこまでも商魂たくましい葬儀屋に呆れながらも、この状況を説明するのにはこの男の力を借りねばならない。私が書類に記入し、拇印を押した。


「有賀さん、人生第二部の始まりだ」


 田城はそう言うと、背を向けて仕事に戻って行った。


「葬儀屋さん、行こうか」


 私は死装束を着たまま、家族の居る待合室へ向かったのだった。





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― 新着の感想 ―
お騒がせ生還パックというフレーズが妙にしっくりときてしまいます。 迷惑だろうけど…と家族のところに戻るその背中のビジュアルが簡潔かつよく決まった落ちだと思いました。 仕事というテーマへの貢献→世の中あ…
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