表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します  作者: Nami


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/22

第16話 黒鉄の使者と、蒸気の産声


第16話 黒鉄の使者と、蒸気の産声

王都での激動の日々を終え、マイルズたちがバーンズ領に帰還してから数週間。

領地はまだ浅い雪に覆われていたが、風には微かに春の匂いが混じり始めていた。

だが、領主館の執務室には、真冬よりも冷たい空気が張り詰めていた。

「……ガレリア帝国からの『親書』だそうだ」

父ロッシュが、重厚な封蝋が施された羊皮紙を机に叩きつけた。

その封蝋には、帝国の紋章である「双頭の鷲」が刻まれている。

王都でのマイルズの活躍――特に「コンクリート」と「製鉄技術」の噂を聞きつけ、ハイエナのように嗅ぎつけてきたのだ。

「内容は?」

マイルズは、王都から持ち帰った大量の資料整理の手を止めずに尋ねた。

「表向きは『友好条約の締結』だ。だが、条件が酷すぎる」

ロッシュが読み上げる。

「一、バーンズ領特産の『高純度鋼鉄』の年間供給。二、『コンクリート』の製造技術の開示。三、帝国の技術顧問団の駐留……事実上の監視だ」

「……なるほど。属国になれ、と言っているわけですね」

マイルズはペンを置いた。

ガレリア帝国。

ニース王国の北に位置する軍事大国だ。

魔法技術よりも、重装歩兵と騎馬隊による物理的な軍事力を重視し、周辺の小国を次々と併合している覇権国家。

彼らは、バーンズ領の技術が軍事転用可能であることを正確に見抜いている。

「拒否すれば?」

「『不測の事態』が起きるかもしれん、と書かれている。……要するに、戦争だ」

ロッシュのこめかみに青筋が浮かぶ。

「舐めた真似を……! 我が領軍で迎え撃つか!」

「勝てませんよ、父上」

マイルズは冷徹に告げた。

「我が軍は精強ですが、数は二千。対して帝国は、国境付近だけで二万の兵を展開できます。真正面からぶつかれば、すり潰されます」

「では、技術を売り渡して膝を屈しろと言うのか!?」

「いいえ」

マイルズは立ち上がり、窓の外、白煙を上げる赤錆山の方角を見つめた。

「技術は渡しません。戦争もしません。……相手に『戦っても損をする』と思わせればいいのです」

「抑止力か。だが、どうやって? 兵の数では勝てんぞ」

「数ではありません。『質』の次元を変えるのです」

マイルズは、シンシアを呼んだ。

「シンシア。王都へ行く前に、ガント親方に渡しておいた『極秘設計図』の進捗は?」

「……報告によれば、部品の鋳造は完了。あとは、マイルズ様による最終調整と、魔力コーティング待ちです」

「よし」

マイルズは父に向き直った。

「父上。帝国の使節団が到着するのはいつですか?」

「……雪解けを待って来るそうだ。あと一ヶ月といったところか」

「十分です。……彼らが到着するまでに、歴史を変える準備を整えましょう」

マイルズの瞳に、青白い炎が宿った。

「剣も魔法も使わずに、彼らの常識を粉砕する『黒鉄の怪物』を見せてやります」

場所は変わり、領都郊外の「赤錆山」工業区画。

一般人の立ち入りが厳しく制限された、最奥の第零工房。

「クソッ! 帰ってきたと思ったら、また無茶振りかよ若旦那!」

怒号と共に、蒸気がプシューッと噴き出した。

工房の中はサウナのような熱気と、油の匂いに満ちている。

「ガント! 愚痴る暇があったら手を動かせ! シリンダーとピストンの隙間は一ミリの百分の一以下だ!」

マイルズが、図面を手に叫び返す。彼もまた、貴族の服を脱ぎ捨て、煤だらけの作業着で現場に立っていた。

王都での優雅な香水使いの姿はどこにもない。ここにあるのは、鉄と油にまみれた技術者エンジニアの顔だ。

彼らが作っているのは、この世界の常識を覆す動力機関。

魔石マナタイトを使わない、純粋な熱エネルギー機関。

蒸気機関スチーム・エンジン」だ。

王都での「魔石不足事件」で、マイルズは痛感した。

魔石に依存した文明は脆い。供給を止められれば終わりだ。

だからこそ、領内で無尽蔵に採れる「石炭」と「水」だけで動く、自立した動力源が必要なのだ。

「ガント。帝国軍が来たら、お前の工場も接収されるぞ。自分たちの城を守りたければ、これを作るしかない」

「ちっ……分かってるよ! 意地でも合わせてやらあ! おい野郎ども! 研磨だ! 鏡みてえになるまで磨き上げろ!」

工房に、再び槌音とヤスリの音が響き渡る。

マイルズもまた、『創造』スキルで微細な部品の歪みを修正し、『生命』スキルで金属の疲労度を診断する。

不眠不休の三週間。

雪が溶け、地面が顔を出した頃。

ついに「それ」は組み上がった。

黒光りする鋳鉄の塊。

武骨で、荒々しく、しかし機能美に溢れた鉄の心臓。

「……火を入れろ」

マイルズが静かに命じた。

ボイラーに石炭がくべられ、火が点けられる。

水が沸騰し、圧力計の針が震えながら上がっていく。

シュウウウ……!

蒸気が逃げる音が、次第に高くなる。

「圧力、臨界点到達!」

シンシアの声が響く。

「バルブ解放!」

ガントが巨大なレバーを倒した。

瞬間。

高圧蒸気がシリンダーへと送り込まれる。

ドシュッ!

ピストンが押し出される。

コネクティングロッドが動き、巨大な鉄の車輪フライホイールを回す。

ドシュッ! シュウウウ……!

ドシュッ! シュウウウ……!

一定の速度で、力強く。

轟音と共に、鉄の車輪が高速回転を始めた。

「う、動いた……!」

「魔石無しで、鉄が動いてやがる……!」

職人たちが歓声を上げた。

「すげえ! 若旦那、こいつは怪物だ!」

マイルズは、回転する車輪を見つめた。

その回転力は、馬百頭分にも匹敵する。

「成功だ。……ガント、すぐにこれを『台車』に乗せるぞ。線路レールの敷設も急がせろ」

「へいよ。……しかし若旦那、こいつで何を運ぶんで?」

「帝国の度肝どぎもだよ」

そして一週間後。

雪解けのぬかるんだ街道を、威圧的な黒塗りの馬車列が進んでいた。

ガレリア帝国の使節団だ。

護衛として、全身を黒いプレートアーマーで固めた重装騎兵が百騎も付き従っている。

「ふん。ここがバーンズ領か」

馬車の窓から、一人の少女が外を眺めていた。

燃えるような金髪、紫色の瞳。

年齢は十四歳ほどだが、その体には大人顔負けの軍服を纏い、腰には身の丈ほどもある大剣をいている。

ガレリア帝国第三皇女、ヒルデガルド・フォン・ガレリア。

戦乙女ワルキューレ」の異名を持つ、武闘派の皇女だ。

「泥だらけの田舎道だ。少し小金を稼いだ程度で、帝国の保護を拒否するとはな。身の程知らずが」

ヒルデガルドは鼻で笑った。

彼女にとって、力こそが正義。

商売や小手先の技術など、圧倒的な武力の前には無意味だと信じていた。

「殿下。もうすぐ領都です」

副官の男が告げる。

「うむ。……ん? なんだあれは」

ヒルデガルドが目を細めた。

街道と並走するように、赤錆山から領都へ向かって、見たこともないものが敷設されていた。

枕木の上に固定された、二本の鉄の棒。

「鉄の……道?」

線路レール……というものらしいです。鉱山からトロッコを転がすための」

「贅沢なことだ。鉄を地面に敷くとはな」

ヒルデガルドが呆れたその時。

ポオオオオオオオオッ!!!

大気を震わせる、甲高い汽笛の音が響いた。

「な、なんだ!?」

軍馬たちが怯えていななく。

「魔獣か!? 警戒せよ!」

後方から、黒い煙を吐き出しながら、何かが迫ってきた。

泥道を走る帝国の馬車列を、あざ笑うかのような速度で。

それは、巨大な黒い鉄の塊だった。

先端には円筒形のボイラー。赤く輝く火室。

そして、その後ろには、山のような鉄鉱石と石炭を積んだ貨車を十両も連結している。

「ば、馬鹿な……!」

ヒルデガルドが絶句する。

「馬がいない!? 鉄の塊が、自走しているだと!?」

シュシュシュシュ……ドォォォォン!

蒸気機関車『バーンズ一号』が、轟音と共に帝国使節団を追い抜いていく。

その速度は、早馬すら凌駕していた。

そして何より、その圧倒的な「質量感」。

数百トンの物資を、たった一台で、高速で輸送している。

「あ、ありえん……! あれだけの鉄を動かすのに、どれだけの魔導師が必要だと……!」

副官が顔面蒼白になる。魔力反応がないのだ。純粋な物理的な力だけで動いている。

その機関車の運転席から、一人の少年が顔を出した。

煤で汚れた顔に、防護ゴーグル。

そして、不敵な笑み。

マイルズだ。

彼は、呆然とする帝国使節団に向けて、敬礼サリュートをして見せた。

『ようこそ、バーンズ領へ。……遅いですね、お先に』

声は聞こえないが、その口元はそう動いていた。

ヒルデガルドの背筋に、戦慄が走った。

彼女は軍人だ。だからこそ、理解してしまった。

(あれが……兵器だったら?)

(あれで、兵士や食糧を運ばれたら?)

(補給線が、無敵になる……!)

剣や槍の強さではない。

戦争の根幹である「兵站ロジスティクス」の次元が違う。

泥道を進む自分たちと、鉄の道を爆走する彼ら。

勝負は、戦う前から決まっていた。

「……面白い」

ヒルデガルドは、震える手で剣の柄を握りしめた。

恐怖ではない。武者震いだ。

「あの少年か。……バーンズの『頭脳』は」

黒煙の彼方に消えていく機関車を見送りながら、皇女の瞳に、獲物を狙う狩人の色が宿った。

「全軍、急げ! ……ただの石鹸屋ではないようだ。私が直々に値踏みしてやる」

蒸気の洗礼を受けた帝国使節団。

だが、これはマイルズが用意した「おもてなし」の、ほんの序章に過ぎなかった。

次に彼らを待つのは、胃袋と肌をトロトロに溶かす、文化侵略の罠である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ