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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します  作者: Nami


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第14話 地下迷宮の掃除人



「……酷い臭いだ」

ロッシュ伯爵が、ハンカチで鼻を覆いながら呻いた。

王都の裏路地にある、封鎖されていた地下への入り口。

その鉄格子を開けた瞬間、腐った卵とドブの臭いが噴き出したのだ。

「慣れてください、父上。ここが今日の『職場』です」

マイルズは平然としていた。

彼はその身に、奇妙な装備を纏っていた。

防水加工された厚手の黒いコート。顔にはガスマスクのような呼吸器。

そして背中には、金属製のタンクを背負い、手には放水ノズルのような筒を持っていた。

「準備はいいか、シンシア」

マイルズは、地上で待機するシンシアと、携帯用の魔導通信機(マイルズが構造を改良したもの)で連絡を取った。

『はい、マイルズ様。……音波探査によるマッピング、完了しました。地下第二層、中央広場に生体反応が多数。そこが『黒鼠くろねずみ』のアジトです』

「了解した。……行くぞ、父上。そして精鋭部隊の諸君」

マイルズの後ろには、父ロッシュと、バーンズ領から連れてきた選りすぐりの兵士たちが十名。彼らもまた、マイルズ特製の防護マスクと、赤錆山の鋼で作られた警棒バトンを装備している。

「突入!」

地下水道は、迷宮だった。

崩れかけた石積み。足元を流れる汚水。壁を這い回る本物の鼠たち。

だが、マイルズは迷いなく進んでいく。シンシアのナビゲーションが、正確に敵の位置を告げていたからだ。

『前方、曲がり角の先に敵影三。見張りです』

「了解」

マイルズたちが角を曲がると、焚き火を囲んでいた薄汚い男たちが飛び起きた。

「あぁ!? なんだテメェらは!」

「ここは『黒鼠』様のシマだぞ! 生きて帰れると思ってんの……」

男たちがナイフを抜くより早く、マイルズが動いた。

彼が構えたのは、剣ではない。あのノズルだ。

「……汚いな。消毒が必要だ」

マイルズがトリガーを引いた。

バスッ!!

凄まじい音が響き、ノズルから圧縮された水の塊が発射された。

「ぐべぇっ!?」

先頭の男が、まるで巨人に殴られたかのように吹き飛び、壁に激突して気絶した。

「な、なんだ!?」

「水か!? いや、石礫みてぇに重いぞ!」

「『高圧洗浄砲ハイドロ・キャノン』だ」

マイルズは冷徹に告げた。

「赤錆山の職人が作った高出力ポンプと、私の水魔法による圧縮。……岩をも穿つ水圧だ。骨くらい簡単に折れるぞ」

マイルズはノズルを薙ぎ払った。

ババババッ!

強烈な水流が残りの二人を襲い、足元をすくって汚水の中に叩き落とした。

「確保しろ」

「はっ!」

後ろに控えていた兵士たちが、素早く男たちを拘束する。

「……マイルズ。お前の『掃除』とは、こういう意味だったのか」

ロッシュが呆れつつも感心したように言う。

「ええ。彼らはゴミです。ゴミは水で洗い流すのが一番でしょう?」

一行はさらに奥へと進んだ。

途中、数多くのチンピラや浮浪者が襲ってきたが、マイルズの水流と、父ロッシュの剣(峰打ち)、そして兵士たちの連携の前に、赤子の手をひねるように制圧されていった。

そして、ついに最深部。

かつて貯水池として使われていた巨大な空間に出た。

そこには、百人近い男たちが待ち構えていた。

中央には、玉座のように積まれた木箱に座る、巨漢の男。

犯罪ギルド『黒鼠』のボス、ガルドだ。

「……王都の兵隊かと思えば、ガキと田舎侍か」

ガルドが濁った声で笑った。

「俺たちのシマを荒らして、ただで済むと思ってんのか? ここは王法の及ばない場所だ。全員、ナマス切りにしてドブに流してやる」

百人の悪党が一斉に武器を構える。殺気が空間を埋め尽くす。

普通の子供なら泣き出す状況だ。

だが、マイルズは一歩前に進み出ると、マスク越しのくぐもった声で言った。

「王法は及ばないか。……好都合だ」

マイルズはマスクを外し、その美しい素顔を晒した。

冷ややかな微笑。

「ならば、ここで君たちをどう処理しても、誰にも文句は言われないわけだ」

「あぁ? 舐めてんじゃねえぞクソガキが!」

ガルドが合図を送る。「殺れ!」

怒号と共に、悪党たちが殺到する。

「父上、防御陣形を」

「任せろ!」

ロッシュと兵士たちがマイルズの前に盾を構える。

マイルズは、懐から数個の丸い物体を取り出した。

ガラス瓶の中に、怪しげな粉末が詰まっている。

「科学の力を見せてやろう。……『催涙弾ティア・ガス』と『閃光弾フラッシュ・バン』だ」

マイルズはそれを敵の集団の中に投げ込んだ。

カアッ!!!

強烈な閃光が地下空間を白く染め上げた。

「目が! 目がああああ!」

「な、なんだこの光は!」

さらに、割れた瓶から白い煙が噴き出す。

それは、マイルズが『創造』で精製した、カプサイシン(唐辛子成分)を濃縮したガスだ。

「ごふっ! げほっ、がはっ!!」

「息が……喉が焼けるぅぅぅ!」

一瞬で地獄絵図と化した。

百人の男たちが、涙と鼻水を流し、のたうち回る。

「ひ、卑怯だぞ……!」

「卑怯? 消毒に卑怯も何もあるか」

マイルズは再びマスクを装着し、高圧洗浄砲を構えた。

「総員、突撃! 混乱している敵を制圧せよ!」

ロッシュたちが盾を捨て、警棒を手に突っ込む。

視界と呼吸を奪われた敵になす術はない。次々と殴り倒され、縛り上げられていく。

「おのれぇぇぇ!」

ボスのガルドだけが、布で口を覆い、裏口へと逃げようとした。

「逃がすか」

マイルズはノズルを絞り、狙いを定めた。

「『水よ、刃となれ』」

シュッ!

細く、鋭く圧縮された水流が、ガルドの足元を襲った。

「ぎゃあっ!」

アキレス腱を正確に打たれ、ガルドが転倒する。

マイルズはゆっくりと歩み寄り、這いつくばるガルドの頭を踏みつけた。

「……さて。掃除は終わりだ」

ガルドは震える目でマイルズを見上げた。

「て、てめえ……何者だ……騎士団でもねえ、魔法使いでもねえ……」

「ただの『衛生改革官』だ」

マイルズは言った。

「君たちは不衛生だ。この王都の地下から退去してもらう」

戦闘は十分足らずで終了した。

『黒鼠』は壊滅。捕虜は百名以上。

だが、マイルズの仕事はここからだった。

彼は、捕らえた男たちだけでなく、地下の隅で震えている女子供や、労働力として搾取されていた人々を見渡した。

彼らは「悪党」というよりは、社会からあぶれた「弱者」だ。

「聞け!」

マイルズの声が響く。

「今日で『黒鼠』は終わりだ。お前たちを支配していたボスは消えた」

ざわめきが広がる。

「だが、地上に行っても仕事はない。……そう思っているな?」

マイルズは、捕虜たちを指差した。

「選択肢をやろう。……監獄に行くか、それとも『私の下で働く』か」

「……働く?」

「そうだ。これからここで、大規模な工事が始まる。地下水路の建設だ」

マイルズは宣言した。

「飯は食わせてやる。寝床も用意する。給金も払う。……その代わり、死ぬ気で働け。この汚い地下を、誇れる場所に変えるために」

彼らに必要なのは、罰ではなく、パンと役割だ。

労働力不足を解消し、同時に治安も改善する。一石二鳥の策。

「……飯が、食えるのか?」

一人の痩せた若者が聞いた。

「ああ。腹一杯な」

「……やる。やらせてください!」

「俺もだ! こんなドブ暮らしはもう嫌だ!」

次々と手が上がる。

マイルズは満足げに頷いた。

これで、地下の掃除と、労働力の確保が完了した。

「父上。あとは騎士団に引き渡し、彼らの更生プログラム(労働)の手配をお願いします」

「……まったく。お前は悪党よりも悪党らしいな」

ロッシュは苦笑したが、その目は誇らしげだった。

地上に戻ると、朝陽が眩しかった。

マイルズは防護マスクを外し、新鮮な空気を吸い込んだ。

「……臭いが、少し減った気がするな」

王都の地下を制圧したマイルズ。

これで、いよいよ「上下水道計画」が本格始動する。

だが、この派手な立ち回りは、当然ながら「あの方」の耳にも届くことになる。

ゼファー公爵邸。

「……『黒鼠』が潰されただと?」

公爵がワイングラスを握りつぶした。

裏社会からの上納金が途絶えたのだ。

「バーンズの小僧……! どこまでも私の邪魔をする気か……!」

公爵の背後で、一人の影が揺らめいた。

「……公爵様。次は、私が動きましょうか」

その声は、人間のものではないような、不気味な響きを持っていた。

マイルズの前に、科学では説明のつかない「真の脅威」が迫ろうとしていた。


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