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第4話 ルメルナ



ギィ……と木製の扉が軋む音と共に、冷えた宿の空気がふっと外へ抜けた。

その隙間から、まぶしい朝日が雪崩れ込んでくる。


「……お、おおおおお……っ!」


思わず声が漏れた。いや、これ、反射的に叫んじまうだろ。

だってさ――そこに広がってたのは、俺の知ってる“街”の概念を軽くブッ壊す規模の世界だったんだから。


石畳の大通りがまっすぐ延び、その両脇に立ち並ぶ建物は、木骨と白壁が美しい中世風。だけど屋根は鮮やかな赤や青、それに緑まであって、やたらカラフルだ。どの家にも窓辺に花が咲いていて、朝日に照らされてきらきら輝いている。

遠くを見れば、まるで山そのものを削って造ったような巨大な城がそびえ、尖塔が空を突き刺していた。城の外壁は真珠色で、雲の影をまといながらも威風堂々。あれ、RPGのオープニング画面にしか存在しない景色だぞ?


そして何より目を奪ったのは――そこを行き交う人々。

いや、“人々”って言ったけど、人間がいない。全員、何かしらの亜人だ。


角の生えた牛人族が巨大な荷車を押し、鱗に覆われた竜人族がパン屋で焼きたての丸パンを頬張ってる。猫耳の獣人族が器用に尻尾で荷物を持ち、背中に甲羅を背負った亀人族がゆっくり通りを横断中。さらには背丈が俺の腰くらいしかない小人族が、声を張り上げて露店で香辛料を売っていた。


耳を澄ますと、街全体が息づいているのが分かる。

パンを焼く香ばしい匂い、肉を炙るジュウジュウという音、遠くの広場から聞こえる笛の音色、子どもたちの笑い声――全部が入り混じって、俺の頭の中を満たしていく。まるでこの街そのものが一つの生命体みたいだった。


「……どうした、口あいてるぞ」


前を行くアリシアが、振り返ってにやりと笑った。

彼女はもうこの景色に慣れてるんだろう、すたすたと石畳を歩く足取りは軽い。

その銀白の髪が朝日に透け風に揺れるたび、反射的に見とれてしまう。……おっと、危ない。視線を少しでも下に向けたら、また理性が溶けかねないからな。


「い、いや……その……すげぇ……」


「何がすげぇのか全部言えよ。口ごもってんじゃねぇ」


男前な口調で俺を煽ってくる。けど、あれだ。

これだけ異世界テンプレの見本市みたいな景色を見せられたら、そりゃ言葉だって詰まるわ。


それに――俺は今さら重大な事実に気づいた。

この街、というか、この世界には“人間”という種族がいない。

通りを見回しても、エルフ、ドワーフ、獣人、竜人、小人、魔族っぽいのまでいるのに、俺みたいな耳も角も尻尾もない連中はゼロだ。

……いやこれ、めっちゃ目立ってない? 観光客どころか、珍獣扱いされてもおかしくないレベルじゃね?


案の定、通りすがりの兎耳少女に、好奇心全開の目でガン見された。

しかも友達らしき角持ち少年を連れてきて、ひそひそ話してやがる。おいおい、頼むから動物園の珍獣を見るみたいな目はやめろ。


「……なぁ、アリシア。この世界って、俺みたいなの、珍しいのか?」


「珍しいどころじゃねぇな。あたしはお前みたいなヤツ、ここじゃ一人しか知らねぇ」


「え、マジで?」


「しかもそいつが昨日、あたしとベッドで――」


「ストップストップストップ!!」


慌てて話を遮る俺。何か言われたら周りの買い物客まで耳をそばだてそうな雰囲気だったしな。


……でも、アリシアの言葉は冗談半分じゃない気がした。

この世界に俺は“唯一の存在”らしい。その事実が、朝日を浴びる街の光景の中でやけに浮かび上がって見える。

理由はわからないけど、胸の奥に妙な緊張が走った。

もしかして、この壮大な城下町も、ここに暮らす無数の亜人族たちも、全部が――俺の運命に関わってくるんじゃないかって。


「ほら、ついてこい。寄るとこがある」


アリシアの声に現実へ引き戻され、慌てて足を速める。

石畳を踏む音と朝の街のざわめきが混じり合い、なんだか冒険が始まる予感が胸を高鳴らせた。





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《ルメルナ》


ルメルナ(Lumelna)は、フロム星に存在する多種族都市国家であり、南方交易圏の中心都市。

双月のひとつ「セリア」が昇る東の空を背景に、真珠色の城と多彩な屋根を持つ街並みが特徴で、「光の城下町」とも呼ばれる。

多種多様な亜人族が共存する希少な都市であり、人間種は極めて珍しい(物語の時点では確認されているのは主人公1名のみ)。



■ 概要


ルメルナは、山を削って築かれた王城「アルヴァン城」を中心に同心円状に広がる計画都市である。

城は天然の岩盤を利用して造られ、周囲は白亜の外壁で囲まれている。街路はすべて石畳で舗装され、大通りは城門から王城まで真っすぐ延びる「王道(Royal Road)」が基幹となる。

屋根は赤、青、緑などの彩色瓦で統一され、窓辺には季節の花が飾られる習慣があるため、街全体が常に色鮮やかで観光的価値が高い。



■ 歴史


ルメルナの起源は約1,200年前、亜人同盟の交易拠点として築かれた防衛拠点にさかのぼる。

当初は竜人族の砦として機能していたが、周辺のエルフ、獣人、ドワーフらとの交易が活発化し、次第に多種族が居住する市場都市へと発展。

500年前、双月暦の「大調和条約」により、ルメルナは多種族の自治議会を持つ中立都市国家となり、以降は戦争から距離を置く方針を維持している。



■ 地理


ルメルナは「セレス平原」の中央部、三本の河川が合流する地点に位置する。

河川は交易と農業用水の両面で利用され、港湾地区は内陸にもかかわらず水運の拠点として賑わう。

北には「ドラヴァン山脈」がそびえ、そこから切り出された石材が街の建築に多く用いられている。



■ 地区構成


ルメルナは大きく五つの地区に分けられる。


1.王城地区アルヴァン・ディストリクト

王城と議会棟、軍司令部が集中する行政の中心地。一般市民の立ち入りは制限されている。


2.大通り商業区マーケット・プロムナード

宿屋、パン屋、鍛冶屋、香辛料市場などが並ぶ観光の中心。物語冒頭で主人公が目にした亜人族の多くはここで活動している。


3.職人街クラフツマン・レーン

ドワーフや獣人職人による工房が密集する地区。武器、防具、陶器、染物など多種多様な製品が作られる。


4.港湾・運河区リヴァーポート

三河合流地帯を利用した港。内陸交易船や物資倉庫が集まり、各地から珍しい商品や食材が運び込まれる。


5.外郭居住区アウターリング

農民や漁民、小規模商人が暮らす地域。家屋は素朴ながら、外郭市場では素朴な料理や手作り品が手に入る。



■ 住民構成


ルメルナは多種族共存を理念としており、特定種族の支配階層は存在しない。

主な種族構成は以下の通り(物語時点の概算)。


・獣人族(約35%)

・エルフ族(約20%)

・竜人族(約15%)

・小人族(約10%)

・亀人族・牛人族などその他の亜人(約19%)

・人間(1名)


人間種は記録上も極めて稀で、近年は確認されていなかったため、主人公の存在は都市内で注目を集めている。



■ 文化


ルメルナは年間を通じて祭礼が多く、特に双月が最も近づく「セリア祭」では、全住民が色鮮やかな衣装を身にまとい、音楽と舞踏で夜通し盛り上がる。

料理は多種族文化が融合しており、竜人族の香辛料料理、獣人族の肉料理、エルフ族のハーブスープなどが代表的。

街中には公共音楽台や大道芸の広場が点在し、芸術活動も盛ん。



■ 経済


交易都市としての性格が強く、香辛料、金属製品、魔導具、宝石などの輸出入が盛ん。

港湾区を経由して北方のドワーフ鉱山、南方のエルフ農園、西方の獣人遊牧地帯と結ばれている。

税制は比較的緩やかで、移住希望者も多いが、居住許可には多種族評議会の承認が必要。



■ 治安


表向きは平和だが、多種族ゆえの摩擦もあり、地下には密輸組織や暗殺者ギルドも存在する。

王城直轄の衛兵隊と、各種族が運営する自警団が治安維持を担当している。

魔術犯罪に対しては「魔導監視局」が取り締まりを行う。


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