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第20話 カップ麺と宇宙エネルギー




「――よしユウっち、もっかいチャレンジな☆」


リリムが手拍子を打ちながら、のんきに言ってくる。

いやいやいや! すでにオレ、汗だくだぞ!? まだ何もできてないのに!


「だからさ、体の奥から“ぐわ〜っ”て感じでエネルギーを……」

「だからその“ぐわ〜っ”が分からんのよ!」

「えー、めっちゃ分かりやすく言ってんじゃん☆」

「どこがだよ! もっと理屈を……」

「理屈じゃなくてノリっしょ♪」

「ノリで超常現象ができるかァァ!」


頭抱えるオレを尻目に、リリムは腰に手を当てて「もー、頑固だなぁ」と笑っている。

いや、笑い事じゃないからな!? どんだけ脳をフル回転させても全く手応えらしい手応えが掴めないんだが!


「じゃあさ、イメージ変えてみよっか。ユウっち、カップラーメン食べるときってどう?」

「は? カップラーメン? それって食堂に常備してあるアレか?」

「そうそう。お湯注いで、待つじゃん? 三分間。で、できあがり☆」

「……」

「律量もそんなん」

「意味わかんねぇ!」


カップ麺と宇宙エネルギーを同列に語るな!

頭の中で、律量=ラーメンってイメージが固定されそうだぞ!?


「……やっぱオレには無理だ。才能ねぇんだよ」

投げやりに言って、オレは床にぺたりと座り込んだ。

いくらやっても“ぐわ〜っ”なんて感覚つかめねぇし、そもそも魔法少女みたいにキラキラ光らせるとか絶対無理だ。


「はーい、拗ねないの拗ねないの☆ 才能とかじゃなくて、慣れだから〜」

「いやいや、これ慣れるビジョンが一切見えねぇんだよな」

「大丈夫だって〜♪」


軽い。軽すぎる。

このギャル講師、絶対自分のセンスだけで理解してるから説明になってないんだ。


そう心の中で毒づいていたその時。


――ピピッ。


リリムの耳飾りから、軽快な電子音が鳴った。

ん? 通信?


「……はい、リリム。――え?」

さっきまでのギャル声が急に引き締まる。

オレは思わず身を乗り出した。


「……確認。座標は? ……第七防域、湾岸側。数は……中規模?」

短く応答する彼女の顔は、さっきまでのニヤケ顔じゃない。鋭い。

まるで別人みたいだ。


「……了解。すぐ行く」


通信を切ると、リリムは振り返ってオレを見た。


「ごめんユウっち。訓練、中断な」

「え? なんで?」

「“虚禍”が出た」


……空気が、変わった。

さっきまで「ラーメンがどう」とか言ってた女が、今はきっちり戦士の目をしてる。


「ちょ、ちょっと待て。虚禍って……あの、世界を食う怪物の?」

「そ。こっからそう遠くないエリアに湧いたっぽい。あんま規模はデカくないけど、放っといたら都市に流れ込む」

「……!」


心臓がドクンと跳ねた。

話には聞いていた。けど実際に「出た」と聞かされると、胃が冷たくなる。


「悪いけど、ユウっちはここで待機。今のアンタじゃ戦力外通告っしょ」

「……ああ、わかってる」


悔しいが、その通りだ。

オレは律量も使えねぇ、ただの足手まといだ。


「じゃ、行ってくるわ。アタシらの仕事、見せてくるからさ」


そう言ってリリムはひらりと手を振り、軽やかに走り出した。

その背中は、ギャルっぽさゼロ。

しなやかで、まっすぐで……あの時、一瞬だけ見せた“凛とした所作”そのままだった。


残されたオレは、呆然と彼女の背を見送るしかなかった。




リリムが走り去ったあと、俺は訓練場の真ん中にぽつんと取り残されていた。

頭の中では彼女の「律量=カップラーメン」理論がぐるぐると回り続けている。


…いや、あんなアホみたいな理屈がまかり通って良いわけが…


忘れたいのに勝手に脳がスープを沸かし始めてる。お湯注いで三分間待って出来上がり⭐︎ってなんだよ。


「……はぁぁ。ほんっと、意味わかんねぇ」


床に寝転んで天井を仰ぐ。さっきまでリリムが手拍子していた残響がまだ耳に残っていて、余計に腹立つ。

虚禍がどうこうって話も耳にはしたけど、これから先俺が役に立つような場面が訪れるのだろうか…

実際問題どんなバケモンなのかはわかんねーよ?

でも、ドラゴンが普通に存在してるような世界で恐れられてる存在なんだろ?

…そんなの、俺なんかがチームに加わったところでって感じじゃないか?

どんだけ訓練積んだって確実に一口サイズでパクリだ。足手纏いどころか即・エサだ。


――その時。


「よぉ」


低めの声がして、視線を上げるとドアのところにアリシアが立っていた。片手をポケットに突っ込んで、もう片手で煙草をひらひら。あいかわらず姐御感がすごい。


「……アリシア」

「ついていかなくてよかったのか?」


不意にそう言われ、俺は上体を起こした。


「い、いや……ついていくって言ってもよ? 絶対足手纏いになるだろ!」

「わかんねーぞ?」

「いやわかるだろ!律量も使えねぇ、剣も振れねぇ、素手で虚禍と取っ組み合いでもしろってのか??」


声がどんどん上ずっていく。自分で言ってても情けねぇ。

そもそも毎日ゲロ吐いてるようなレベルだぞ?

俺が行ったら一秒で「ごちそうさまでした」だろ。


「……ふ」


アリシアは短く笑った。俺が必死に弁解してるのに、なんで微笑んでやがるんだ。


「変わってないな。お前は」

「はぁ? 俺のどこが」

「怖がりで、理屈っぽくて、口ばっかり回るとこ」


ずばずば言うな! その三点セット、褒めポイントゼロだろ!


アリシアは煙草を灰皿に押しつけ、すたすたと俺の方へ歩いてくる。

そして当たり前みたいに手を差し出した。


「ほら、行くぞ」

「……は?」


俺は耳を疑った。


「ちょっと待て待て! 何をどう聞き間違えても、“俺が行く”って話にはならねぇだろ!」

「間違えちゃいない。これは実践を間近で見れるチャンスだ。机の上で学ぶよりも、一度本物を見た方が早い」

「……え、いや、でも俺」

「安心しろ。お前が戦うわけじゃない」


そう言ってアリシアは俺の腕を強引に引っ張り上げた。

力強すぎて、まるで子ども扱いだ。


「ちょ、ちょっと待てよ! 俺、見学とかで済むのか!? 死体見物コースじゃないのか!?」

「そのときは私が庇ってやる」

「物騒な前提をさらっと言うなァ!」


抵抗する間もなく、アリシアにずるずる引きずられて訓練場を出る。

階段を降り、ギルドの玄関を抜けると、そこには――


「……バイク?」


俺は目を見開いた。

けど、よく見れば俺の知ってるバイクじゃない。二輪ってよりは“浮輪”。エンジンの代わりに下部で青白い光が揺らめいている。車体は黒銀色で鋭い流線形。尻尾みたいな排気翼が二本、斜め後ろに伸びてる。


「名前は《走影ランシェイド》。あたしの専用機だ」

「……厨二ネームすぎるだろ」

「うるさい。乗るぞ」


アリシアはためらいなく跨がった。黒いコートの裾がひるがえり、後ろを振り返る。


「ほら、さっさと乗れ」

「……俺も?」

「他に誰がいる」


……マジかよ。

俺は渋々、後ろに跨がった。バイクというより巨大な獣の背にしがみついてる感じだ。シートが硬い。


「腰に手を回せ」

「え」

「落ちたいんだったら、話は別だがな」


……ぐぬぬ。

結局、俺は観念してアリシアの腰に手を回した。

予想以上に華奢で、逆にドキッとする。(ドラゴンに乗ってた時は余裕なくて気づかなかった)


「お、おい……」

「何だ」

「……思ったより細いんだな」

「痩せてるって言いたいのか」

「ち、違ぇよ! なんか……強そうなのに意外だなって!」

「ふふ」


アリシアが小さく笑った。バイクのエンジン――じゃなくて推進器が低く唸りを上げ、地面から浮き上がる。

身体がふわっと揺れて、思わずアリシアにしがみついた。


「しっかり掴まってろ。加速するぞ」

「ま、待て、心の準備が――」


次の瞬間。


《走影》は弾丸みたいに飛び出した。


「ぎゃあああああああああああ!?」


俺の情けない絶叫が、夜の街に響き渡った。

アリシアは前を見据えたまま、一言も発しない。背中から伝わる体温は妙に落ち着いていて、だからこそ余計に腹立つ。


俺だけジェットコースターで魂抜けてんじゃねぇか!


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