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第16話 ムリだっつってんだろぉぉぉ



俺は石畳に転がったまま、握ったドリンクを口に流し込んでいた。

冷たい。うまい。生き返る……!

それと同時に、今まで汗で濡れた髪と服が一気に冷えて、ゾワッと悪寒に包まれる。あ、これ風邪ひくやつだ。絶対ひくやつ。


そんな俺を見下ろし、ライラは腕を組んだまま、じっと視線を落としてきた。

その目は澄んだ青。どこか氷湖を思わせる静謐さと冷たさを帯びている。

……あの、なんか俺、今めちゃくちゃ値踏みされてません?


「……ユウキ、と言ったか」

「は、はいっ!」

ビクッと反射的に姿勢を正してしまった。

やべぇ、先生に指されて答えられなかったときみたいな緊張感ある。


「記憶を失っているそうだが、元々お前はアリシア様と肩を並べる存在だったらしいな」

「……そう、なんですかねぇ……(本人は全く心当たりがないんですけど)」

「だが、今のお前はただの足手まといだ」

「それもう一回言うッ!? その言葉、心臓に直刺しですよね!? 俺まだ物理的に刺されるよりはマシだけどメンタルが死ぬ!」


グラドはそれを横で見ながらゲラゲラ笑っている。

「ハッハッハ! ライラは厳しいが正直だからな! 気にするな!」

「気にするわ!!!」


ライラはさらに一歩近づき、俺の目の前にしゃがみ込む。

狼耳がふわりと揺れ、鼻先からすっと吐息が落ちてきた。

近い近い近い! 狼ってこんな距離感で迫るの!? てか威圧感すごいんだけど!?


「ユウキ、お前は本当に戦う気があるのか」

「…………(いや、その質問、答えたら死ぬやつじゃね?)」

心の声が喉まで出かかるのを必死で飲み込む。


「お、俺は……その……」

「はっきり言え」

「戦う気は……ゼロですぅぅぅ!!!」


ついに口から飛び出した本音。俺の生存本能が理性を殴り飛ばした。


ライラはしばし黙り込む。

氷のような沈黙が流れたあと、彼女はゆっくりと目を細めた。


「……情けないな」

「うぐっ……!」


その一言は、剣よりも鋭く俺の心を抉った。


しかし、ライラはすぐに顔を背けると、淡々とした声で続けた。

「だが、逃げられはしない。アリシア様がそう決めた以上、お前に選択肢はない」

「……あの人、現時点で俺に選択肢与えたこと一度もないんですけど!?」

「ならば、お前にできることは一つだけだ。強くなることだ」


彼女はそう言い切り、すっと立ち上がった。

背筋は伸び、髪も毛並みも風に揺れて、やたら絵になる。狼耳までカッコよく見えるのなんなんだよ。


「……やめてくれ。そんな“主人公の覚醒フラグ”みたいな空気を出すの。俺、覚醒とか絶対しないからな!? する気ゼロだからな!?」


グラドは大声で笑いながら俺の背中をバシンと叩いた。

「ははは! 大丈夫だユウキ! 最初は誰だって弱いものだ! お前は鍛えればきっと強くなる!」

「いやいやいや! 俺は強くならないタイプのモブキャラなんだって! あの、もっとこう……“飯作って応援します枠”とか、“マスコット的癒し枠”とか、そっちにしてくださいよ!」


ライラは冷めた視線で俺を見下ろした。

「……本当に、アリシア様はなぜこんな男を選んだのだろうか」

「俺が聞きたいわぁぁぁ!!!」




***



ハアッ……ハアッ……。

俺はいま、人生で一番呼吸というもののありがたみを噛みしめている。


いや、違うな。これ、呼吸じゃない。もう「瀕死の魚のパクパク」だ。


グラドの「案内してやろう!」という声に従ったのが運の尽きだった。観光って聞いて、普通は歩くか、せいぜい馬車とかじゃない? なんでこの人(※ゴリラ体型)、さっきから全力疾走で街を走り回ってんの? “観光=マラソン”の公式、誰が作ったんだよ!?


ゼーハー言いながら石畳の通りを駆け抜ける。通りには色とりどりのテントや露店が並んでいて、魚介を焼く香ばしい匂い、果物を切り売りする甘い香り、香辛料のツンとした刺激が混じり合って鼻を直撃してきた。……いや、今それを楽しむ余裕ゼロだから!


「どうだユウキ! 美しい街並みだろう!」

「ゼェッ……ヒュッ……い、息が……できな……ッ」

「もっと胸を張って走れ!」

「ムリだっつってんだろぉぉぉ!!!」


周囲の通行人は「あらまぁ」みたいな顔で俺を見てくる。笑うな、見世物じゃないんだ俺は!



石畳の坂を下りきった瞬間、目の前にぱあっと光が広がった。

潮風だ。潮の匂いを含んだ、どこまでも清らかな風が頬を撫でる。


視界の先には、広大な海があった。


太陽の光を浴びて水面がキラキラと輝き、遠く水平線の先まで続いている。波は穏やかで、白い砂浜に打ち寄せては返していく。その向こうに建つ港町の風景も、木造の桟橋や白壁の倉庫が並び、カモメが鳴きながら飛び交っていた。


ああ……きれいだなぁ……。

息切れマックスで今にも倒れそうなのに、この景色だけは強制的に目に飛び込んでくる。


「……はぁっ、はぁっ……」

俺は仰向けにひっくり返って、青すぎる空と、視界いっぱいの海を眺める。

なんだろう。体力はゼロなのに、心はちょっと満たされる感じ。いや、でもやっぱり息できねぇ。



そんな俺を横目に、グラドは港に向かって大きく腕を広げていた。

「どうだユウキ! これが我らがレスタルムの誇り、海だ!」

「ぜっっったい、説明のテンション間違えてるだろ……」


ライラも静かに立っていた。風で揺れる青銀の毛並みが、海の景色と溶け合うみたいに映えている。

狼族ってズルいよな。汗でベトベトの俺と違って、どこまでも凛としてるんだもん。


俺は砂浜に手をつきながら、なんとか声を絞り出した。

「……観光って……普通は……もっとこう……のんびり……見るもんだろ……」

「体を動かしてこそ、景色はより鮮やかに映えるものだ」

ライラの声は潮風と混ざってやけに澄んで聞こえる。

「いやいやいや! そんな体育会系スローガン観光あるかぁぁぁ!!」


俺がギャーギャー言っていると、ライラがふとこちらに視線を落とした。

その真剣な瞳に、思わず背筋が凍る。

「ユウキ」

「ひぃっ、な、なに?」


ライラは真っ直ぐ俺を見据え、静かに尋ねてきた。

「……お前の記憶は、どこまで失われているんだ?」


その問いに、俺の喉がカラカラになった。

潮風が肌を撫でていくのに、なぜか冷たい汗が背中を伝う。


……そうだ。俺は、自分が何者かもわからないままここにいる。

地球から来たっていうのは確かに覚えてる。けど、それ以外は空白。アリシアとの関係だって、言葉で聞いただけで実感はない。

全部があいまいで、ふわふわしたままこうして流されるように走らされてきた。


目の前の海の輝きが、逆に残酷に思えた。

この世界はこんなに鮮やかで、力強いのに。俺だけがぼんやりした存在のまま取り残されている気がする。


……ライラの問いに、俺はどう答えればいいんだ?


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