第14話 いきなりチーム入り!?
目の前のソファに腰かけたアリシアは、煙草をくわえたまま肘掛けに片腕を投げ出し、いかにも「もう話は決まってる」って顔をしていた。
ああいう顔をする人間が口を開くとき、ロクなことはない。経験上——いや、記憶はないけど、直感がそう告げていた。
「——ユウキ、お前、今日からうちのギルドメンバーだ」
はい出ました。嫌な予感、大当たり。
ていうか「今日から」ってなんだよ。俺、この星に来て(蘇って?)からまだ2日目なんですけど??実際何日くらい経ってるのかはわからないが、両手どころか片手で数えられるレベルなのは間違いない。
「いやいやいや、待ってくれ。俺、まだ右も左もわからないんだって。地図の見方も知らないし、通貨の単位だってあやふやだし……それに、自分が何者なのかもはっきりしてないんだぞ?」
そう、俺がわかっているのは“地球から来た”ということだけ。自分がどんな経緯で生き返ったのか、アリシアとの関係が何なのか、全部あいまいだ。
そんな俺に「今日から仲間です!」って、コンビニバイトの研修より雑な説明じゃないか。
「問題ない」
アリシアは即答した。
「問題しかない!」
「お前の面倒はあたしが見る。あたしの言うことを聞いてればいい。それで生きていける」
なんかサラッと恐ろしいこと言われた気がする。「従わなきゃ死ぬぞ」とほぼ同義じゃないか。
でも実際、この町での生活手段はないし、知り合いもいない。
野宿? 無理だ。野犬かモンスターに食われる未来しか見えない。
——結局、俺は悟った。ここで彼女に付いていく以外、生き延びる道はないって。
「……わかったよ。じゃあ、入るよ、ギルド」
「よし」
アリシアがにやりと笑う。嫌な笑顔だ。絶対に次の言葉で地獄を宣告されるやつだ。
「お前は武力部門——虚禍討伐チームに入ってもらう」
案の定。
「ぶ、武力部門? 虚禍って……さっき言ってた化け物のこと!? やだやだやだ! 俺、戦闘経験ゼロだぞ!? 剣とか振ったこともない!」
「だからこそ鍛える」
「やだって言ってるの! “鍛える”って軽く言うけど、命がけでしょ!?」
「そうだ」
「開き直るな!」
いや本当に、この人どんなメンタルしてるんだ。
俺は戦闘ゲームなら好きだが、現実でやる気なんてさらさらない。しかも相手は“虚禍”——この世界で一番厄介な怪物らしい。説明聞いたとき、存在そのものがバグみたいだと思ったぐらいだ。
「俺、もうちょっと安全な仕事ないの? たとえば、書類整理とか伝票チェックとか……ほら、ギルドの受付嬢の横で“いらっしゃいませ”って言うだけの役とか」
「うちの受付は可愛いエルフ嬢しかやらん」
「性差別だ!」
「差別じゃない、需要だ」
需要って言葉で片付けられた。なんだこの世界。
「それに、お前はあたしの魔力によって蘇った召喚体だ。普通の“生物”よりも頑丈にできているはずだ」
「“はず”ってなんだよ、“はず”って! 確定じゃないのかよ!」
「実験で確かめればいい」
「人体実験!? やめろ!」
俺は全力で拒否の姿勢を見せるが、アリシアはまるで聞く耳を持たない。
むしろ、すでに頭の中で「お前をどう鍛えるか」というスケジュール表でも作っていそうな顔をしている。怖い。
「安心しろ、初任務はベテランと一緒だ」
「それ、逆に怖いんだけど。絶対“ベテランが守ってくれるから大丈夫”って言って、一番危険な前線に放り込むやつだろ」
「よくわかってるじゃないか」
「認めた!?」
もう駄目だ。この人は俺の反論を聞く気がない。
俺はソファに沈み込み、頭を抱える。
でも——心のどこかでわかっていた。どうあがいても、俺はこの流れから逃げられないってことを。
こうして俺は、望んでもいないのに「虚禍討伐チーム」に配属されることが決まってしまったのだった。
いや、正直に言おう。これ、入社初日に「明日から現場行ってね」って言われるブラック企業よりタチが悪い。
◇
「——じゃあ早速だな」
アリシアが腰を上げるなり、煙草の灰をトントンと灰皿に落とした。
その目は、もう俺に逃げ場を与える気ゼロの色をしている。
「は? 何を?」
「武力部門のメンバーを紹介する。お前も顔を覚えておけ」
……はい、地獄の見学ツアー確定。
俺は心臓を押さえながら立ち上がり、アリシアの後ろにくっついて歩き出した。
廊下を進む靴音がやけに響いて、気分はもう罪人の護送である。
歩きながら、俺の頭の中は「嫌な想像」でいっぱいだった。
だってそうだろう? 戦闘なんて絶対にやりたくない。
それなのに武力部門だの虚禍討伐チームだの、物騒な名前の部署にぶち込まれるんだぞ?
いや、そもそも虚禍って何なんだよ。
説明を聞いた限り、牙があって爪があって触手が生えて、しかも人間の魂を喰らう?
おい、それもうラスボスだろ。なんで新入社員の俺がそんなものと戦わなきゃならないんだ。
「もし俺が戦うとしたら……武器は? 剣? 槍? 銃とかないのか? ってかまず使い方わからんし!」
心の中でぶつぶつ言いながら、俺はひたすら妄想していた。
——大剣を構えた瞬間に自分の足を切りそう、とか。
——槍を突き出したら、バランス崩して地面に顔面ダイブしそう、とか。
——銃を撃ったら反動で肩が外れそう、とか。
……結論。どうやっても死ぬ。
「言っておくが」
前を歩くアリシアが、不意に口を開いた。
「この拠点は本社だ。経理や管理、契約関係が主な仕事で、現場に出る者は普段ここにはいない」
「なにっ!? じゃあ、俺はまだ戦闘員に会わずに済むんじゃ……!」
「残念だが、そうはいかん。今は偶然、ひとり“ベテラン”が近くにいる。そいつに会わせる」
ああ、もうダメだ。
俺は頭を抱えた。こういう“たまたま近くにいる”とか言われて登場する奴は、大体ろくでもない。
鬼軍曹タイプか、常識外れの変人か、どちらかしかいないと相場が決まっている。
そうこうしているうちにアリシアはギルドの建物を抜け、裏手の訓練場へ向かった。
石畳の広場で周囲には木製の人形や、斬りつけられた跡の残る丸太が転がっている。
俺にとっては完全に「死の香りしかしない場所」だ。
そこで——いた。
一人の男が、巨大なハンマーを肩に担いで立っていた。
身長は二メートル近い。筋肉は岩のように盛り上がっていて、鎧なんて必要ないんじゃないかってくらいだ。
だが、その顔つきは……やたら陽気。
「おお! アリシア様〜! お帰りなさい!」
ドスの利いた声でありながら、テンションは居酒屋の店員みたいに明るい。
「それと……この人が噂の旦那さんか!」
ガッと肩を掴まれた瞬間、俺の体は宙に浮いた。
「ひいっ!」
「ほぉ〜、意外と華奢だな! だが目はいい! お前、やるぞ!」
「やらねえよ!」
俺の悲鳴を完全にスルーして、男は豪快に笑った。
その笑い声は雷鳴みたいに響き渡る。
「紹介しよう」
アリシアが煙草を指先で弄びながら言った。
「こいつが《黒銀の梟》武力部門の古株、グラド・ハンマーフィストだ」
「よろしくな! 坊主!」
グラドは、笑いながらハンマーを地面にドスンと突き立てた。
その衝撃で地面が揺れる。……ちょっとした地震じゃないか。
「よ、よろしく……」
俺は完全に震え声になっていた。
あー……やっぱりな。
“ベテラン”って聞いて、俺の頭に浮かんだ「鬼軍曹」そのまんまの人物が出てきたわけだ。
グラドは笑顔のまま、俺の肩をバシバシ叩きながら言った。
「大丈夫だ! 命なんて案外しぶとい! 死にそうになってもアリシア様が蘇生してくれる! だから安心して戦え!」
「それ安心って言わないから!!」
俺の抗議の声は、青空に虚しく消えていった——。