『タグ付けされた“私たち”は』
──Unravel × 山月記 × SNS × 解離性同一性障害(DID)
【1|“わたし”という名の部屋】
「教えて、誰が今、ここにいるの?」
真夜中、3つのアカウントが開いていた。
画面の向こうの“私”たちは、それぞれ違う言葉を使っていた。
•@real_me:大学の友達とつながる“社会的な私”
•@NoiseInside:吐き出せなかった言葉をぶつける“叫ぶ私”
•@光と影:詩や絵を投稿する、静かに観察する“誰か”
時々、どのアカウントを誰が管理しているのか、わからなくなる。
気づくと、誰かがログインしていた。
誰かが投稿していた。
自分の知らない、自分の言葉で。
【2|“私たち”がバズるとき】
“@光と影”が投稿した詩が拡散された。
壊せる、壊せない
狂える、狂えない
あなたを見つけて
「やばい、天才」「切なすぎる」
リツイートされた数と共に、どんどん“私”が増えていく感覚。
でも──その詩を書いた記憶が、ない。
部屋の奥で誰かが笑っている気がする。
「あれは私じゃない、でも…私たちだった」
【3|DM:部屋の中の声】
「あなたの詩、すごくわかる」
「私も“わたしたち”がいる」
DMの送り主も、分裂した意識の持ち主だった。
やりとりを重ねるうちに、なぜかその言葉がやけに馴染む。
彼女の言葉が、自分の内部から聞こえる声と、重なっていく。
「わたしは“あの子”じゃない」
「でも、“この身体”は、わたしだけのものじゃないの」
“誰が話しているのか”、わからなくなる。
【4|ノイズ、名前、欠落】
裏垢“@NoiseInside”に、こんな投稿があった。
揺れ、歪んだ世界に
だんだん僕は見えなくなって
透明のノイズが、肌の下でうずく
この言葉に見覚えがある。
でも、投稿日時は深夜3時。
そのとき自分は寝ていた──「はず」。
「あのとき、私がいた。あなたが眠っていた時間は、私の時間だった」
ふと、鏡を見る。
その顔が、誰のものか分からなくなる。
【5|共有アカウント】
ある日、すべてのアカウントが凍結された。
代わりに、ひとつの“新しいアカウント”が動いていた。
@null_identity
「二人が絡まって
二人が滅びる
その前に、
誰が“わたし”かを確かめて」
プロフィールには、こう書かれていた。
名前:未設定
生年月日:不詳
関係者:複数
DMには、通知が1件。
送り主は、見覚えのない名前だった。
「ずっとここにいた。ずっとあなたの中で待っていたよ」
【6|この身体の管理者は】
精神科医は言った。
「あなたは解離性同一性障害の可能性があります」
「“交代人格”が、役割を担っていたのでしょう」
「それが、SNS上で可視化されていたんです」
医者の声が遠くなっていく。
部屋の壁に、ノートが残っていた。
『私たちのログイン表』
月曜日:NOA
火曜日:灯
水曜日:零
木曜日:NOA
そこには、“私”が知らない名前が並んでいた。
【7|投稿:タグ付けされた“私たち”】
最後の投稿を誰がしたのか、誰も知らない。
「見ないで 聞かないで 定義しないで
わたしたちを壊すのは、あなたの善意かもしれない」
「壊すのも、守るのも、内部のわたし次第」
その投稿が、また拡散されていく。
“わたし”たちが、共有された身体とネットの海の中で──
何者かとして「存在」していく。
誰かがいれば、誰かがいなくなる。
でも、完全には消えない。
“Unravel”──ほつれ、ほどける、解ける。
その言葉こそが、“わたし”たちの祈りだった。