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第9話 言葉にしないと

 日曜日、正午前。

 私は駅前のカフェの前で、キョロキョロと周囲を見渡していた。


(このへんって言ってたけど……あっ)


 目に飛び込んできたのは、颯爽(さっそう)と歩いてくる背の高い少女だった。

 制服ではないけれど、見覚えのある顔と、どこか少年っぽいシルエット。


「ごめんごめん、待った?」

「いえ、私も今来たところです」


 私が軽く手を挙げると、(ゆう)先輩は口角を上げた。


「なんか今の会話、恋人っぽいね」

「確かにそうですね」


 元々の中性的な容姿に加え、悠先輩の今日の服装は、黒シャツにパンツスタイルという男装仕様だった。


(相変わらずイケメンよね、この人)


 そう思ったけれど、私自身はまったく気にしていなかった。

 先輩がボーイッシュな女性であることは、当たり前のことだったからだ。


「彼氏とは、こういう会話する?」

「いえ、家が隣なので……」

「あっ、そっか。毎回お迎えに来てもらってるんだもんね? いいねぇ、お姫様扱いだ」

「そ、そんなことないですよ」


 首を振って否定するけど、頬が熱を持つのがわかる。


「初々しいねぇ。どんな感じなの? ちゃんとイチャイチャしてる?」

「ちゃんとってなんですか。というか、そんなの言いませんよ」

「はは、ごめんごめん。夏希(なつき)とお出かけするのが楽しみで、テンション上がっちゃってるよ」

「まったく、もう……」


 相変わらず、愉快な先輩だ。


(かわいがってくれてるのはわかるから、悪い気はしないけど)


 そんなこんなで、ショッピングは賑やかに、そして順調に進んでいった。


(ここら辺、家から近いわね。(れい)と会ったり……は、さすがにしないか)


 そんなことを思っていると、悠先輩がふと、私の頬に指を伸ばしてきた。


「ひゃっ⁉︎」

「おっ、かわいい声出すねぇ」

「な、なにするんですかっ」


 反射的にその手を払いのける。


「あはは、もちもちだなって思ったら、いてもたってもいられなくて」

「子供ですか、まったく……」


 ため息を吐きながらも、つい笑みをこぼしてしまう。


「彼氏は、こういうことしてくるの?」

「し、しませんよ。あいつ、ヘタレですから」

「でも、大好きでしょ?」

「っ……そうじゃなきゃ、付き合ってませんし」


 私は赤くなった頬を隠すように、そっぽを向いた。

 

「それはそうだ」


 悠先輩はケタケタと楽しそうに笑う。

 

 釣られるようにして笑いながら、私から澪の頬をつついてみようか、なんて考える。

 きっと、かわいらしい反応を見せてくれることだろう。

 

 ——そんな妄想をしながらにやけてしまっていた私は、まさか今のやり取りをその澪に見られているなんて、そして彼が誤解をするなんて、考えてもいなかった。




 結果として、澪の誤解を解くことには成功した。

 でも、やっぱり——ちょっとだけ、引っかかっていた。


「まさか、私が浮気すると思ってるの?」


 自分でも、口に出してから後悔した。

 責めるつもりじゃなかった。ただ、寂しかっただけなのに。


 なのに澪は、思いのほかショックを受けたような顔をした。

 だから、恥ずかしかったけど——ちゃんと、本心を伝えた。


「そんなに自分を責める必要はないわ。その……ちょっと、嬉しかったもの」

「……えっ?」


 ポカンとした顔の澪を見て、今度は私の顔が熱くなる。


「だって、本気で好きじゃなきゃ、拗ねたりしないでしょ?」


 それは、私自身にも言い聞かせるような言葉だった。

 澪の感情が、ちゃんと私に向いてるって感じられて、嬉しかった——それが本音。


「ま、まあ……そうだけど」


 澪が頬を染め、照れくさそうに視線を逸らす。

 私は小さく笑いを漏らした。


「澪って、意外とテンパるわよね」


 からかうというよりは、嬉しさを隠すための照れ隠しだった。


「う、うるさいな……。というか、重いとか思わないのか?」

「一週間もサボった私が、そんなこと言えると思う?」

「……あぁ」


 澪が妙に納得したような声を出すので、私は思わず笑ってしまった。

 でも、まだ伝えなければならないことが残っている。言いたいことはしっかり言葉にしないと。


「事情は聞いてほしかったわ。……これ以上、すれ違いたくないもの」


 私の声は、少しだけ震えていたかもしれない。

 本音だったから。強がりでも皮肉でもない、素直な気持ち。


 澪は小さく息を呑んだような顔をして、静かにうなずいた。


「……ごめん」


 真っ直ぐに向けられるその視線が、胸に響いた。

 その瞳の奥には、逃げずに向き合おうとする誠実さが確かに宿っていて——


(……この人なら、もう大丈夫)


 そう、心の底から思えた。

 だから私は、澪を悠先輩に引き合わせた。


 心のしこりは、少しでも取り払っておきたかったから。

 そして、私が本気で「もうすれ違いたくない」って思っていることを、わかってもらいたかったから。




 悠先輩には、案の定というべきか、散々からかわれた。

 澪の前だからやめてほしい気持ちもあったけど、先輩は最後に大事なことを教えてくれた。


「好きな人には察してほしくなるけど、やっぱり言葉にしないと伝わらないことって多いじゃん。だから、不満とか疑念は溜める前にぶつけ合いなよ。ただでさえ、一回危うかったんだから」


 お母さんにも言われたことだけど、それが原因で別れてしまったという彼女の言葉には、説得力があった。

 ふざけているだけじゃないから、あの先輩は憎めないのだ。

 その分、タチが悪いとも言えるけど……あの人のおかげで、私と澪のぎこちなさもほとんどなくなった。


 私としては引き合わせた時点で満足だったけど、澪は改めて謝ってくれた。


「疑って本当にごめん。冷静に考えれば夏希が浮気なんてするはずないし、愛想尽かされても文句言えないくらい、愚かだったと思う」

「そんなに思い詰めなくていいわよ。それに、これで安心できたでしょ?」


 曖昧にしない誠実さが嬉しくて、私はイタズラっぽく笑った。


「あぁ……夏希、本当にありがとう」


 澪が本当に安堵しているのが伝わってきて、私も曖昧にしてはいけないと思った。

 

「大袈裟よ。悪気がないのはわかっていたし、何も言わなかった私にも責任はあるもの。それに、その……澪の気持ちも、知ることができたから」


「夏希っ……」


 名前を呼ばれ、そっと腕を回される。

 思わず息を呑んでしまったけど、全く逆らう気は起きなかった。


「前にも言ったけど、澪はもう少し自信を持ちなさい。私は、告白されて付き合ってるわけじゃないんだから」

 

 仲直りできたことが嬉しくて、そんな生意気なことまで言ってしまった。

 それでも、澪はしっかりと受け止めてくれた。それだけじゃなくて——、


「俺も、夏希が一番かわいいって、本気で思ってるから」

「なっ……! な、なにいきなりバカなこと言ってるのよ⁉︎」


 パニックを誤魔化すように、澪の胸をポカポカ叩く。

 顔なんてとても見ていられない。心臓の音がうるさくて、変な声が出そうだった。


「——夏希」


 名前を呼ばれ、ハッとして顔を上げると、澪の真っ直ぐな瞳が私を見つめていた。

 頬にそっと添えられた手が熱を伝えてくる。逃げようとしても、どこにも逃げ場なんてなかった。


(嘘っ⁉︎ ちょっと待って、心の準備が……っ)


 頭の中はパニックになっていたけど、止めようとは思わなかった。

 むしろ、望んでしまっている自分がいる。


 恥ずかしくてたまらない。けど、それ以上に、


(澪と、触れ合いたい……っ)


 まぶたを閉じて、ちょっとだけ唇を突き出す。

 息を呑む気配がしたあと、ふわっと澪の匂いが鼻先をかすめて——柔らかい感触が、唇に触れた。


「ん……」


 唇がそっと離れる。誤魔化しようがないほど、頬が火照る。

 でも、それ以上に嬉しかった。


(とうとう、キスしちゃったんだ……っ)


 幸せを噛みしめていると、澪が少しだけ照れくさそうに、でも真剣な声で言った。


「好きだ、夏希」


 その瞬間、頭が真っ白になった。


「な、な……っ!」


 返事なんてできるわけがない。

 私はただ、金魚みたいに口をパクパクさせるしかなかった。


(ふ、不意打ちは反則よ……!)


 でも澪は、そんな私をすべて包み込むように、私をぎゅっと抱きしめてくれる。

 恥ずかしいけど、それ以上にホッと肩の力が抜けて。


(あぁ、もう……好き)


 私は言葉の代わりに、澪の背中に回した腕に力を込めた。

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