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第7話 恋人っぽいこと

 恋人になってから、最初の勉強会。

 (れい)に教えてもらえるなら、面倒な勉強でも頑張れるかと思っていたけど、思わぬ誤算があった。


(勉強じゃなくて、もっと恋人っぽいことがしたい……)


 特別なことじゃなくていいけど、勉強を教えてもらうだけじゃ、これまでと何も変わらない。


「面倒くさいわね……解き方だけ教えなさいよ」


 さっさと終わらせて、もっと違う時間を過ごしたかったから、わざとそう言った。

 けれど、澪は「あとで困るのは夏希(なつき)だから」と譲らない姿勢を見せた。


(ほんとに、ちょっとでいいのに……澪は、私と同じ気持ちじゃないのかな……)


 ちょっと寂しくなって、「どうしてそんなに厳しいのよ?」と尋ねてみた。

 すると——、

 

「どうせなら、同じ大学行きたいだろ」

 

 澪はそう言ったあと、「あっ」と慌てて口をふさいだ。

 本心が漏れ出てしまったことは、明白だった。


(本当にもう、澪は……っ)


 顔が一気に熱くなる。

 狙っていないのが余計タチ悪いし、手に負えない。

 

 数年先も一緒にいたいなんて、私もそうだ。その先だって、いつまでも離れたくない。

 でも、それを口に出すのは、あまりにもハードルが高かった。


「……付き合った途端、強気じゃない」


 結局、そうやって揶揄ってしまったけど、澪は怒ることなく乗ってくれた。


「やめろ。小物感が際立つだろ」


 澪の微妙な表情に、思わず笑ってしまう。

 

「今更よ。十五年間も尻込みしてたんだから」

「いや、生まれた瞬間から好きなわけじゃねえよ」


 澪が苦笑したそのとき、私は絶好のチャンスだと思った。

 

「へぇ……じゃあ、いつからなの?」


 ずっと気になっていたし、それに——


(ちょっと恋人っぽいかも、こういうの)


 なんだかくすぐったい気持ちになった。


「……気づいた時にはってやつだよ」


 澪がぶっきらぼうにそう白状したとき、私はイタズラを思いついた。


「そう。ただ一緒にいたからってだけなのね」


 そう悲しげに瞳を伏せてみせると、澪は見事に引っかかってくれた。

 

「あっ、いや、違うって! 話しやすいし、そばにいると落ち着くっていうか……っ、それに、か、かわいいし!」


 必死すぎて笑っちゃいそうだったけど、胸の奥はぽかぽかして、変に顔がにやけそうになる。


「澪、そんなふうに思ってくれていたのね」

「っ……!」


 澪の頬がみるみる赤くなっていく。


(ふふ、照れちゃって、かわいい)


 このときの私は、澪の様子から、まさか反撃はないだろうと油断していた。


「そういう夏希はどうなんだよ?」

「……私も同じような感じよ」

 

 だから、咄嗟に視線を逸らしてしまった。

 その一瞬を、澪は見逃してくれなかった。


「覚えてないかもしれないけど……私が男子に揶揄われてたときに、澪だけが庇ってくれたことがあったのよ」

 

 そう白状しながら、私はそのときの澪の背中を思い出していた。


「それで、好きになってくれたのか?」


 澪がどこか嬉しそうに問いかけてくる。大正解だ。

 でも、素直に認められるはずもなくて。


「べ、別に、それで一発でオチたとか、そういうわけじゃないわよ⁉︎ その、流されずに助けてくれて、ちょっといいなって思っただけで……っ」


 本当は、ずっとずっと、好きだった。

 澪の隣にいられるだけで、世界が少し明るくなった。


(こんなに好きになってたの、あんたは知らないだろうけど)


 でも、それでいい。

 これから、少しずつ知ってもらえればいいのだから。



 

 帰り際——。

 靴を履いた澪に、勇気を振り絞って言った。


「彼女とお別れなのに、何もしないわけ?」


 顔が熱くて、逃げ出したかった。

 でも、澪はちゃんと答えてくれた。


 そっと、ぎこちなく、でもまっすぐに、私を抱きしめてくれた。


(あぁ……夢みたい)


 柔らかくて、温かくて、ほっとする感触。

 胸がいっぱいになって、頬がどうしようもなく緩んでしまう。


「あっ……」


 温もりが離れたとき、咄嗟に名残惜しげな声が出た。

 恥ずかしくてそっぽを向き、「合格よ」なんて、またかわいげのないことを言ってしまった。


 そして、澪が家を飛び出していったあと——私は、玄関先でひとり、そっとつぶやいた。


「……ばか」


 でも、その顔は、笑っていた。


(こんなにも、好きになれるなんて)


 私は胸にそっと手を当てた。


 この想いだけは、ずっと、ずっと、大切にしよう。

 そう、強く誓った。




 翌日、澪が筋肉痛になっていたのはびっくりしたし、そのときは意味がわからなかった。

 けど、家に帰ってふとその理由を考えていたとき、全てが繋がった。


 昨日の帰り際、澪がやや慌てた様子でハグをやめたこと。

 不自然なほど急いで、家を飛び出して帰ったこと。

 そして、筋肉痛。


(……そういうこと、だったのね)

 

 顔がじんわりと火照る。思わず頬を押さえた。


 友達の中には、「手をつなぐだけでも彼氏が反応するから、気を遣うし面倒くさい」と文句を言っている子もいたけど、全くそんなことはない。

 澪がそうやって私のせいで悶々としてたなら——愛おしくて、ますますくっ付きたくなるに決まってる。


 そんなことを考えていたからか、翌朝、学校に行くときはとても緊張してしまった。

 手をつなぐのはとても幸せだったけど、どうしてもそのことが頭をよぎってしまい、落ち着かない気分になった。

 だから、学校が近づいてくると、本当はこのまま繋いでいたかったのに、反射的に手を放してしまった。


「あっ……」


 澪が残念そうな声を漏らした。


「い、いえ、見られたくないとか、そういうわけじゃないわよ? ただ、その、揶揄われたりしたらお互いに面倒だと思っただけで……っ」


 勘違いされたくなくて、私は意味のわからない釈明をした。


「大丈夫。嫌がってるわけじゃないのはわかってるから」


 そう言ってうなずく澪の眼差しは、こちらを愛おしげに見つめていた。

 必死に真顔でいようとしているみたいだけど、口元はほんのり緩んでいる。


(そんな顔しないでよ……)


 私は胸の内で、そう文句をこぼした。

 だって、手をつなぐどころか、抱きつきたくなってしまうから。




 学校から帰ると、澪は神崎(かんざき)君について尋ねてきた。


(教室に入ったあとも何か話していたようだし、私が学校を休んでいる間に仲良くなったのかしら?)

 

 意外に思いながら、プリント類だけでなく、ゼリーなども買ってきてくれたことを正直に打ち明けると、澪は何やら真面目な表情になった。


(言い方はまずくなかったわよね? 澪だって、いろいろ買ってきてくれたわけだし……)


 私がそう不安になっていると、澪は何やら思い詰めた表情で、ぽつりとつぶやいた。


「絶対、幸せにするから」

「……えっ? はあ⁉︎」


 思わず、変な声が漏れた。

 どの流れでそこに行き着いたのか、訳がわからない。


(幸せにするとか、ぷ、プロポーズみたいなものじゃない……!)


 衝撃的すぎて、顔を背けることもできない。


「あぁいや、これは違くてっ! その、なんていうか……っ」


 澪が必死に弁明の言葉を並べる。

 ——それが、なんだか無性に嫌だった。


「……じゃあ、冗談だったってこと?」


 そう問いかけると、澪はしどろもどろになりつつも、そうではないと答えてくれた。

 前の「同じ大学に行きたい」と言ったときと同じで、たぶん、心の底ではずっと思ってくれていたことなのだろう。


「——なら、幸せにしてよ」

 

 私は、気づいたときにはそう口走っていた。

 その瞬間は、そういう関係になってもいいと思っていた。


 それでも、テンパる澪を見て、途端に恥ずかしくなった。


「あっ、いや、別に変な意味じゃないわよ⁉︎ ただ、普通に大切にしなさいよってだけの話!」

「あ、あぁ、そういうことか……」

「当たり前でしょ、澪のバカ!」


 私は澪の二の腕をポカポカと叩いた。


(……でも、考えてみたら、澪は何も悪いことをしていないわね……)


 私は申し訳なくなり、すぐに手を止めた。

 だって彼は、私の意図の通りに解釈してくれただけなのだから。


 そのあとにも、揶揄おうとした結果、「夏希が、一番かわいいからに決まってるだろ」なんて言われて、先程よりも強めに叩いてしまった。

 正面から受け止めて喜べるほど、私はかわいい女じゃないのだ。


 そのくせ、相応に面倒くさい女ではあると思う。

 だって、一週間記念日なんて、ほとんどの人間が頭にもないようなことを期待して、よそよそしくなってしまったんだから。

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