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第5話 バカなのは彼でした

 家に帰ってから、私は落ち着かない気分で部屋の中を歩き回っていた。

 いつ、(れい)からアクションがあるんだろう。メールか、直接訪ねてくるのか——。

 携帯を握りしめながら、五分おきに窓から玄関前の様子を確認していた。


 メッセージが届いた瞬間、思わず飛び上がった。


(返事をくれるのか、それとも会いたいなんて言われたら……!)

 

 そんな想像を膨らませながら、震える手で携帯を操作した。

 そして、私の目に飛び込んできたのは、


 ——明日から、別々に行こう。


 そんな、淡白な言葉だった。


「えっ、なんで?」


 咄嗟に、声に出しながら返信していた。


 ——幼馴染とはいえ男女だし、さすがに高校生なんだから別々に行くべきかなって思った。


 その返事を見た瞬間、胸の奥にぽっかりと穴が開いたような感覚が広がった。

 ——あぁ、フラれたんだ。

 

 同時に何かがストンと落ちた気がした。


「……やっぱり、私なんて、ただの幼馴染だったんだ……」


 特別だと、こっちが勝手に思い込んでただけだった。

 だから彼は、遠回しに一緒にいることを拒否してきた。


(だったら、伝えなければよかった……)


 そうしたら、恋人になれなくても、せめて隣にはいられたのに。




 その夜は、一睡もできなかった。目を閉じるたびに、澪の顔が浮かんだ。

 優しい笑顔も、からかうときの拗ねたような顔も、全部。


「澪……っ」


 未練がましい声が、空気に溶けていく。

 いつの間にか、枕がしっとりと濡れていた。




 翌朝、学校へ行こうと制服に着替えたけれど、玄関のドアを前に立ち尽くしてしまった。

 澪と顔を合わせるのが怖かった。どんな顔をすればいいかわからなかった。


(別に……そんなに重く受け止めることないのに……)


 そう自分に言い聞かせても、体はまったく言うことを聞かなかった。

 気づけば欠席の連絡を入れ、ベッドにもぐり込んでいた。


 その日の夕方、澪からメッセージが届いた。

 優しいから、心配してくれてるんだろうとはわかったけど、見る気にはなれなかった。

 だってそれは、私の望んでいる言葉じゃないから。


 それからも、もし万が一澪が誰かと付き合ったという報告でも入っているんじゃないかと不安になって、携帯を見れなかった。

 そんな中、学校から神崎(かんざき)君がプリントを持ってきてくれた。門の前で渡してくれるだけだと思ったのに、心配そうに話を聞いてくれた。


 けど、私が本当に話したかったのは、神崎君じゃなかった。

 誰でもない、澪だった。


(でも、澪はきっと、もう私のことなんて……っ)


 そう思い込んで、またベッドに潜り込んだ。

 何もしていないと澪のことを考えてしまうので、日常系のアニメを垂れ流した。

 ……そんな自分も、嫌だった。




 数日が経ち、インターホンの音が鳴ったとき、私はあまりにも無防備だった。


(また勧誘か、宅配か……)


 そう思ってモニターを覗き込むと——澪が玄関先に立っていた。

 スーパーの袋を抱えて、少しだけ所在なさげに、でもどこか必死な顔をして。


「っ……澪?」

『今、大丈夫か? キツいなら全然いいんだけど』


 その声を聞いた瞬間、泣きそうになった。


「……ちょっと待ってて」


 半ば無意識にそう答えて、身支度を始めていた。

 期待なんてするなって、散々自分に言い聞かせたのに。ただ優しいから心配してくれてるだけだって、わかってるのに。

 

 それでも、心は私の意思とは関係なく浮き足立った。

 澪の表情を見て、もしかしたら、なんて思ってしまった。


(バカみたい……本当に)


 自らを嘲笑いながら、それでも私は——扉を開けてしまった。


「……何しに来たの?」

「いや、お見舞いにと思って」


 私のかわいげのない問いかけにも、澪はいつも通りの優しい口調で答えてくれた。

 そして、私の好きなものを買ってきたと袋を差し出してきた。

 ——追い返せるわけがなかった。




 リビングのソファーに、並んで座った。


(今さら、何を話すっていうのよ……)


 私は手をぎゅっと握りしめ、視線を落とした。

 そのとき——。


「なぁ……学校休んでるのって、俺のせいか?」


 澪が、息を詰めたような声で言った。

 その瞬間、あの日の傷が胸の奥で疼いた。


(なんで、そんなこと聞くのよ……っ)


 口をついて出たのは、意地悪な言葉だった。


「……だったら、なに? あんたから距離を取ったくせに」


 怒りというより、哀しみだった。

 これ以上、惨めな姿を晒したくなかった。


 けれど、澪は慌てて私の言葉を否定した。


「違う。俺は、夏希と離れたかったわけじゃない」

「……はっ?」


 思考が一瞬止まり、次の瞬間には怒りと混乱が渦巻いた。意味がわからない。


「じゃあなんで、いきなり別々に行こうなんて言い出したのよ?」

「いや、夏希が俺のせいで彼氏できないって言ってたから——」

「——はあ⁉︎ 私、そんなこと一言も言ってないんだけど!」


 私は思わず叫んでいた。何をどう拡大解釈したら、そんな結論に至るのか、訳がわからなかった。

 澪がおそるおそるといった様子で尋ねてくる。


「……もしかして、俺がいるからみんな諦めるんだってのは、俺が夏希の恋愛を邪魔してるって意味じゃなかったのか?」

「——全然違うわよ、このバカ!」


 もう、感情を抑えきれなかった。

 バカなのは私ではなく、澪だった。


「あれはっ、私と澪がカップルみたいな関係になってるから、みんな諦めるのは当然でしょって意味!」

「えっ……そうだったのか?」

「当たり前じゃん! 幼馴染ってだけで、男の子と一緒に登校すると思ってんの⁉︎ というかそもそも、高校でも私から一緒に行こうって誘ったんじゃん! その時点で気づきなさいよ!」


 それまで抑圧していたものが、ダムが決壊するように一気に流れ出した。

 なんでそんな勘違いをしたのか——。怒りと悲しみで、怒りと悲しみがないまぜになって、自分でも何を言っているのかわからなかった。


「な、夏希。やっぱりお前……っ」


 そして、息を呑む澪に、私はとうとう想いを告げた。


「えぇ、そうよ……。私は、あんたのことが好き」


 言葉にした瞬間、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 ああ、もう戻れないんだと思った。


 澪は、信じられないという表情を浮かべていた。


「……これまで、ホントに気づいてなかったの?」


 じっと見つめると、澪は気まずそうに視線を逸らした。


「あ、あぁ……全く」


 情けない答えに、思わず鼻を鳴らす。


「虚数より先に愛を勉強しなさい、このガリ勉」

「その言葉遊びが高一で出てくる時点で、お前も十分ガリ勉だろ」

「黙ってこの朴念仁。……で、答え……聞いてないんだけど」


 気丈に振る舞おうとしたけど、瞳は揺れていた。

 怖かった。これでフラれたら、どうしたらいいかわからなかった。


 でも、澪はまっすぐな瞳で答えてくれた。


「俺も、夏希のことが好きだ」


 その声に、世界が止まった気がした。

 信じられなくて、思わず詰め寄る。


「っ……同情じゃ、ないでしょうね」


 もう、これ以上傷つきたくなかった。

 彼は勢いよく首を振った。


「んなわけねえだろ。別々に行こうって言ったのだって……お前に距離取られるのが怖かったからだよ」

「……ホントに?」

「あぁ」


 澪がしっかりとうなずく。こういうときに嘘を吐く人じゃないことはわかっている。

 それでも、まだ少しだけ、不安だった。


「……じゃあ、証拠見せてよ」


 そう言った瞬間、目の前が暗くなった。

 全身を包み込むような温かさと、鼻先を掠める澪の匂い。


(……私、抱きしめられてるんだ……!)

 

 一気に顔が熱くなって、胸が高鳴った。


「こ、これでいいか? ていうか、夏希こそ本当なんだよな——」


 この期に及んで疑ってくる澪に、感情が爆発して、気がついたときにはその頬にキスをしていた。

 初めて唇で触れたそこは、思った以上に柔らかかった。


(キス、しちゃった……!)


「な、夏希……⁉︎」


 澪も、目を見開いていた。

 私は謎の対抗心を燃やして、強がった。


「こ、これでも信じられないって言うなら、何回でもしてあげるけど?」


 本当は恥ずかしくてたまらなかったけど、引くに引けなかった。


「死にそうなんで遠慮しときます……今は」


(今はってことは、また、してもいいってことよね——)


「っ……!」


 最後の余計な一言のせいで変な想像をしてしまい、私はそっぽを向いた。

 恥ずかしくて、照れくさくて。——何より、嬉しくて。


 でも、完全に安心できたわけじゃなかった。


(これ、付き合った……ってことで、いいんだよね?)


 私がそう不安に思っていると、澪が硬い声で「夏希」と呼びかけてきた。


「……なによ」


 思わず素っ気ない返事をしてしまった。

 でも、澪はそんなことお構いなしに、手を差し出してきて、


「——俺と、付き合ってください」


 私の目から、また涙がこぼれそうになった。

 ずっと欲しかった言葉を、やっと聞けたから。


 握手なんかじゃ、物足りなかった。


「遅いわよ、このばかっ……!」


 私は澪の手を振り払うと、おずおずと体を預けた。


「……ごめん」


 澪はそうこぼしながら、優しく抱きしめてくれた。

 ぬくもりの中で、胸の奥がじんわりと熱くなっていく。もう、涙を堪えることなんてできなかった。


 ずっと、こうしたかった。

 ずっと、こうしてほしかった。


 だから——


 今だけは、ちょっとだけ、甘えさせてほしかった。

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