第4話 もどかしい日々
サッカー部のマネージャーになったのは、友達に誘われたからだ。
その頃はまだ、澪のことはあまり異性として見ていなかった。
私は小さいときから発育が良かった。高校生になると一種のステータスになるが、小学生や中学生のときは、膨らみが嫌だった。
好奇の目で見られ、揶揄されることも多かったからだ。
中学一年生のその日も、男子に揶揄われていた。
「篠原って、なんか大人っぽいよな」
「うん、なんか雰囲気が他の女子と違う感じ」
「篠原姉さーん」
「「「ハハハ!」」」
男子たちは、手を叩いて笑い合った。
「ちょっと、やめてよ」
本当に嫌だったけど、場を壊したくなくて、曖昧に笑ってみせた。
それが逆効果だったのか、彼らの視線はどんどんあからさまになっていく。
「なに? 照れてんの?」
「いやいや、別に変な意味じゃなくてさ〜?」
周囲にいた男子たちは、面白がって笑い、女子たちは関わりたくないのか、目を逸らしていた。
(ホント、いい加減にしてほしい。一対一では冗談ひとつ言えないくせに)
耐えきれなくなり、声を上げかけた、そのときだった。
「——やめろ。夏希、嫌がってんだろ」
ちょうど教室に戻ってきた澪が、私の前に立ち塞がった。
「えっ、なに?」
「そんなに怒っちゃって、どうした?」
「ただのノリじゃん」
男子たちは薄ら笑いを浮かべた。
他から見ればいじめに見えることでも、ノリという軽い言葉で済まそうとするのはよく見られる光景だ。
しかし、澪は一歩も怯まなかった。
「ノリってのは、お互いが楽しんでるから成立するものだ。夏希が嫌がってるんだから、空気読めてないのはそっちだろ」
「はっ? 何わかった気になってんの?」
「わかるよ。夏希が本気で嫌がってるかどうかくらい」
「「「っ……」」」
澪のまっすぐな言葉に、男子たちは怯んでいた。
しかし、引くことはプライドが許さなかったのか、彼らは別の方面から澪を口撃した。
「あっ、もしかしてこいつ、篠原のこと好きで、格好つけたいんじゃねえの?」
「それだわ!」
「幼馴染ってだけで、いつも付きまとってるもんなー」
彼らが澪を馬鹿にするように笑った、その瞬間、
「——付きまとってない!」
私は反射的に叫んでいた。
「幼馴染だからって一緒にいるわけじゃない! 澪のこと、悪く言わないで!」
思い返せば、我ながらずいぶん素直な物言いをしたと思う。
それからだ。澪のことを、やけに意識してしまうようになったのは。
(……どうして、こんなにドキドキするんだろう)
それまでは、付き合ってるとか揶揄われても、くだらないと一蹴していた。
でも、あの日から、澪がふと笑っただけで、胸がきゅっと締め付けられるようになった。
「夏希、これ、持つよ」
「あ、ありがと……」
当たり前のように荷物を持ってくれる優しさに、何度も胸が高鳴った。
幼馴染だから、一緒にいるわけじゃない。
じゃあなぜ、一緒にいるのか?
——答えにたどり着くまで、そう時間はかからなかった。
「私、澪が好きなんだ……」
つぶやいた瞬間、頬がじんじんと熱を持った。
机に顔を伏せて、布団をかぶって、それでも熱は冷めなかった。
それからの私は、よそよそしくなった。
いや、なってしまった。
澪と普通に話そうとするたびに、喉が詰まってしまう。顔を見れば、うまく言葉が出てこない。
そんな自分が嫌で、何度も情けなくなった。
それでも、澪は変わらなかった。
優しくて、温かくて、私を責めたりしなかった。
またひとつ、好きになった。
でも、自分から距離を縮めるなんてできなかった。
部活で忙しかったし……いや、それは言い訳だろう。
それでも、澪の志望校を聞き出して、面倒な勉強にも本腰を入れた。
彼が偏差値だけではなく通学時間も考慮してくれたのは、ありがたかった。最難関の高校だったら、私は受からなかったかもしれない。
澪には、聞かれてもないのに「私もそこそこの距離でそこそこのところ行きたいし、ライバルいたほうがいいでしょ」と言い訳をした。
そして、ちゃっかり勉強デート(澪はそんなふうには思っていなかっただろうけど)を開催したりもした。
バレンタインも——今年こそは手作りチョコを渡そうと決意して、勉強の合間に練習を重ねた。
「……うん、美味しい」
前日に、これまでで一番満足のいくものが作れた。
私としてはもう少し甘さがほしいけど、澪はこれくらいがちょうどいいだろう。
浮かれた気分のまま数駅離れたショッピングモールに出かけて、可愛いラッピングも買った。
(澪、喜んでくれるかな……)
その夜はソワソワしながら眠った。
それなのに、当日になった途端、猛烈に不安が襲ってきた。
量産型ではないとわかる個性的なラッピングに、手作りチョコ。
誰の目から見ても、本命であることは明らかだった。
(こんなの、引かれるかも……)
関係を進めたい気持ちはある。でもそれ以上に、一緒にいられる今の状態が壊れてしまうのが、怖かった。
結局、これまでと同じように市販のチョコを用意して、ラッピングも普通のものにしてしまった。
「これ、別に大したものじゃないけど……」
それでも、手渡すときにはやっぱり緊張して、素っ気なくしてしまったけど、
「いつもありがとな」
澪は嬉しそうに口元を綻ばせてくれた。
(一応、喜んでくれてるみたいだし……変に拗れるよりはマシよね)
そう、自分に言い聞かせた。
「他の人からも、もらったの?」
「まあ、何個かは」
少しだけ胸が苦しくなったけど、想定内だ。これまでもそうだった。
(でも、中学最後だし、もしかしたら……)
私は拳を握りしめ、おそるおそる尋ねた。
「……手作りは?」
「一個だけ、もらったよ」
——ずきんと、胸が痛んだ。
私は逃げてしまったのに、別の誰かは渡したんだ。
「……それ、脈アリじゃない。どうするの?」
震える声を隠しながら問いかけると、澪は首をかしげて言った。
「さあ……ただお菓子作りが好きなだけかもだし。付き合うとか、考えたことないな」
その言葉に安堵すると同時に、そんな自分が情けなくてたまらなかった。
(……私は、その勇気すらなかったのに)
それで少し落ち込んだけど、チョロい私は「一緒に受かろうな」という澪の言葉に舞い上がり、無事に数日後の試験を乗り越えることができた。
合格発表も、一緒に見に行った。
「「あった……」」
同時につぶやいて、私たちは顔を見合わせ、吹き出した。
「高校も一緒だな」
澪がそう屈託なく笑った瞬間。
(そんな表情しないでよ……!)
私は顔が一気に熱くなって、思わずうつむいた。
「夏希、大丈夫か? 顔赤いぞ」
「さ、寒いからよ」
澪に心配されて、あわてて言い訳したのを覚えている。
本当は、嬉しくてたまらなかった。
高校では、入学式の日に、私から勇気を振り絞って「迷っても困るし、一緒に行こうよ」と誘った。
何度も考え直して、何度もためらった末の言葉だった。
「いいよ」
澪は当たり前みたいにうなずいてくれて、私はそれだけで空を飛べそうな気分になった。
それから、中学の頃と同じように、一緒に通学するようになった。
悪く言えば、これまでと変わらなかったけど、一緒に過ごせることが嬉しかった。
部活も、本当は帰宅部になるつもりだった。
(カフェとかゲームセンターに寄り道したら、きっと楽しいだろうな……)
そんな妄想まで膨らませていた。
でも、澪に「サッカー部のマネやるんだろ?」と聞かれたとき。
「……え、えぇ。やるわ」
下心を見透かされそうな気がして、咄嗟にうなずいてしまった。
片想い中の好意に気づいてほしいけど気づいてほしくない感覚は、多くの人が共感してくれると思う。
(澪との時間が減るのに、なんで私……っ)
後悔がぐるぐると頭の中を回って、冗談抜きにその日は眠れなかった。
でも、翌日の放課後。澪が当たり前のように部活終わりまで待ってくれると知ったときは、喜びで胸が打ち震えた。
(これ、さすがに澪から何か言ってきたりするんじゃ……!)
そう心を躍らせた。
その期待感があふれ出てしまったのか、中学に比べてめっきり告白されることが減った。
——でもそれは、肝心の澪にだけ、伝わっていなかった。
「夏希、また告白されたんだって?」
ある日、澪はそう尋ねてきた。
好きな人とそんな話はしたくなかったから、というのもあったもだろう。
「うちの高校のやつら、見る目なさすぎだろ……」
彼がそうつぶやいたとき、私の中で何かがプツンと切れた。
(どうして、気づいてくれないの?)
イライラしたし、このままでは一生気づいてもらえないのではないのかと不安になった。
だから、少しだけ勇気を出した。
「見る目あるから、じゃないの」
ぶっきらぼうな口調になってしまったけど、さすがの澪も気づくかもしれないと期待した。
「えっ? どういう意味だ?」
しかし、彼はキョトンとした表情で問い返してきた。
(もう、期待するだけ無駄なのかもしれない)
その瞬間、心の中でそんな考えがよぎった。
でも、どうしても、諦めきれなかった。
だから——。
「澪がいるから、みんな諦めるんでしょ」
精一杯の勇気だった。
その一言に、全部の想いを込めた。
澪が驚いたように目を見開くのを見て、
(……ようやく、届いたんだ)
本当は、すぐに答えがほしかった。
でも、怖かったから、そのときはそれ以上踏み込めなかった。
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