第3話 誕生日③ —好きだから—
昨日公開するはずが、予約投稿を忘れていました……すみません!
会計を済ませる澪の横顔を、私はこっそりと観察していた。
——まだ『今日』は終わってないしな。
さっきの言葉。あのときの表情。
いったい、どういう意味だったのだろう。
(プレゼント? でも、ディナーまで奢ってくれてるのに……)
それ以外に何かあるとしたら——
「っ……!」
一瞬で顔が熱くなる。
(な、なに考えてんの私……!)
ぶんぶんと首を振っていると、澪が不思議そうにこちらを見た。
「夏希、どうした?」
「い、いえ、なんでもないわ」
慌てて澪から顔を背ける。
まさか、こんな素敵な雰囲気の店で、そういうことを示唆してくるわけがないわよね……?
なんて、自分でツッコミを入れたくなるような想像に、ますます顔が熱くなった。
けれど、澪の家が近づくにつれて、どうしても意識してしまう。
今日はお泊まりで、しかも両親は旅行中。——つまり、完全に二人きりなのだ。
(……年頃のカップルなんだもの。そういうことを想像するのは、別に変じゃない。……変じゃないはず)
そう自分に言い聞かせても、心臓の鼓動は一向に収まってくれない。
澪もどこか緊張しているようで、だんだんと口数が少なくなっている。
「……お邪魔します」
玄関をくぐると、空気が一気に変わった気がした。
さっきまでの明るさが嘘のように、静まり返るリビング。
ソファに並んで座ると、隣の距離がいつも以上に気になった。
「……ねえ」
思いきって口を開いた。
目を伏せたまま、ぎゅっと膝の上で手を握りしめる。
「改めて、今日はありがとう。楽しかったわ……本当に」
声が小さくなってしまうのは、仕方ない。自分からこういうことを言うのは、やっぱり、まだ慣れない。
でも、澪は優しく微笑んでくれた。
「俺も楽しかったよ。……夏希が喜んでくれて、よかった」
その言葉だけで、胸の奥がじんわり温かくなる。
「——けど、まだ『今日』は終わってないって言っただろ?」
「えっ?」
「ちょっと待っててくれ」
澪が自室へと向かう。
(まさか——)
鼓動が跳ねる。
戻ってきた澪の手には、小さな箱。
「こ、これって……っ」
「あぁ。何回目だって感じだけど……誕生日、おめでとう」
澪は照れたように笑ったあと、ただまっすぐに——まるで覚悟を決めたみたいに、両手を私に差し出してくれた。
その真剣な表情に、これまでのオドオドしたような雰囲気はなかった。
私はそっと両手を伸ばし、震える指先で箱を受け取った。
丁寧にリボンをほどいて、ふたを開けると——
「……!」
中には、シルバーのネックレス。
小さなハートのモチーフが、控えめに光っていた。
飾りすぎていない。でも、ちゃんとかわいくて、大人っぽくて。
まるで、今の私たちにぴったりなデザインだった。
「……バカ」
自然と、そんな言葉がこぼれた。
怒ってなんかいない。
ただ、どうしてこんなにも、私のことを一生懸命考えてくれるんだろうって——。
胸の奥が、どうしようもなく熱くなる。
「な、夏希……?」
澪が不安そうに私を覗き込む。
——もう、我慢できなかった。
気づいたときには、澪の胸元に手を添え、彼の唇を奪っていた。
「ん……」
短く、触れただけのキスだった。
それだけなのに、胸の鼓動がうるさくてたまらない。
顔を離すと、目の前の澪が、目を丸くして私を見つめていた。
「な、夏希……?」
戸惑う声。でも、その瞳は嬉しそうに揺れている。
私だって、自分らしくないのはわかってる。
今、間違いなく顔は真っ赤だ。それでも。
(……好きだから)
誤魔化すように、澪のシャツの裾をぎゅっと掴んだ。
すると、澪はそっと私の手を包み込んでくれた。
何かを確かめるみたいに、見つめ合って。
——気づけば、もう一度、唇を重ねていた。
最初は、触れるだけだった。
でも、澪の手がそっと背中に添えられた瞬間、私の体が吸い寄せられるように、自然と近づいた。
「ん……ん……」
唇を何度も重ねるうちに、甘く、柔らかな空気に包まれていった。
やがて、どちらからともなく、私たちは澪の部屋へと移動した。
ベッドの上に、並ぶように倒れ込む。
澪が、そっと私の頬に手を添えてくれる。
「夏希……」
優しく名前を呼ばれるだけで、心が満たされる気がした。
「……ん」
それだけで、すべてが伝わるような気がして——
私は、身を任せた。
温もりと温もりが重なっていく。
鼓動も、呼吸も、やがてひとつになって。
ゆっくりと、優しく。
私たちは、お互いを確かめ合った。
◇ ◇ ◇
「すぅ……すぅ……」
「……ふふ」
すぐ隣で寝息を立てている澪を見つめながら、私は小さく笑った。
(まったく……)
おそらく、今日一日ずっと気を張ってくれていたんだろう。
水族館も、公園も、ディナーも、プレゼントも。
私にとっては、どれか一つだけでも十分すぎるほど嬉しかったのに。
澪は、最後の最後まで、私を喜ばせようと必死に頑張ってくれた。
(……本当に、バカ)
愛しさで胸がいっぱいになる。
澪の髪にそっと手を伸ばしてみた。思ったより柔らかくて、気持ちいい。
「……ありがと、澪」
聞こえていないはずだけど、それでも伝えたかった。
寝顔は子供みたいに無防備で、つい微笑んでしまう。
(……私、今、すごい顔してるかも)
それでも、手は止められなかった。
きっと、これまでの澪の頑張りを見てきたから。
そして——これまでの私たちの時間を思い返してしまったから。
胸にあふれる想いに導かれるように、私は自然とまぶたを閉じる。
——あの日から、私たちは、少しずつ変わってきた。
ゆっくりと、確かに。
澪と出会って、幼なじみになって、すれ違って。
そして、恋人になって——
私の意識は、優しい記憶へと沈んでいった。
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